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臨床試験・疫学研究から得られたエビデンスの解釈と発信


臨床試験・疫学研究から得られたエビデンスの解釈と発信
東京大学医学系研究科 公共健康医学専攻 生物統計学 教授 大橋靖雄 氏
解説講演(要旨)

製薬協広報委員会は、2010年11月24日、東京大学医学系研究科 公共健康医学専攻 生物統計学の大橋靖雄教授の講演によるメディアフォーラムを開催しました。新しい医薬品が世の中に生まれてくるためには、必ず効果と安全性を従来の治療と比較する臨床試験が行われます。その臨床試験の結果を正しく評価するために必ず統計的に処理された形で結果が提示されます。一方でこの臨床試験の考え方や、総計処理の概念が一般の方やジャーナリストから見て難解そうな印象を与えていることも事実です。そこで、生物統計学の専門家の立場からその意味するところをわかりやすく解説することに長年取り組んでいらっしゃる大橋教授より実例を交えたお話をいただきました。以下が講演の要旨です。


臨床試験だけでは完結しない。
疫学的な背景がわからないと正しい評価ができない。

 製薬会社にとっては臨床試験の結果が最も重要な事項であることは理解できますが、全体として背景にある疫学研究があり、それに基づいてその病気の実態がわかっていなければ、薬剤の評価や薬剤以外のさまざまな治療法も含めた治療法の正しい評価はできません。食事、健康行動や検診が及ぼす影響ももちろん重要です。そこであえて臨床試験・疫学研究というより幅広い視点からの話をします。

医療評価とマスコミ報道の影響の大きさ

 まずは、マスコミによる医療関連報道が社会に及ぼす影響の大きさについて2つの実例を紹介します。
 1つはある民放局が主催した乳がん検診キャラバンです。これは「余命一カ月の花嫁」という実話とそれに基づいて制作した映画をきっかけに若い女性に乳がん検診を受けることを呼び掛けるという趣旨のもので、2008年に開始されました。ところが、これに対して数多くの専門家が異論を唱え、キャラバンは辞めるべきとの要望書を提出しました。これを一部週刊誌や新聞が取り上げることで社会的な騒動となり、キャラバンは現在では行われていません。現時点で20代、30代の若年層の超音波、マンモグラフィーによる乳がん検診有効性の科学的根拠はありません。結果として、検診コストの増大、苦痛、検診による有害事象の発生、偽陽性による手術やそれに伴う医療費の増大、精神的負担等も含めて患者さんへの不利益が明らかであり、公的な資金を使って行う活動としてはふさわしくないというのが要望書の意図でした。キャラバンで早期乳がんが発見できた方もいるのかもしれませんが、それは個人が自己負担で検診を行う分には問題ないが集団全体としてのベネフィット(利益)は検証がなされていないということをわかったうえで行うべきものなのです。
 すべての医療行為はリスクとベネフィットを伴うものですので、そのバランスを正しく評価したうえで伝えないと、技術の真価が伝わらず新しい技術が有効に活用されないことになってしまいます。薬に関してメディアは副作用をかなり強調して伝える傾向がありますのでそのような例を次に紹介します。
 やや古い事例ですが1993年にある新聞が報じたイリノテカンという抗がん剤臨床試験結果に対する記事で、この抗がん剤によって20名が亡くなったというものです。いずれもがんの末期の患者さんですので薬を投与した結果多くの患者さんが亡くなることも多いわけです。この薬は効果はあるのですが副作用による相当な負担があり、副作用管理もむずかしいのです。実はこれは世界に冠たる薬で、このタイプの薬が発売されたのはこれが日本で初の出来事でした。ところが、この薬の警告記載が不十分で承認すべきではないという論調の記事が出たことで、この薬は日本ではほとんど使われることがなくなってしまいました。その後この薬は米国で進行再発大腸がんに対して開発が行われ、1996年に極めて短期間に承認されました。この領域は当時ほとんど薬がない疾患でした。既存の治療法で効果がなくなった大腸がんの患者さんに対しこの薬剤を使用したと ころ、15%の患者さんで腫瘍縮小効果が観測されました。これに対して米国FDA(食品医薬品局)では第3者の専門家の意見を公開し、許認可の判断を求め、その結果この薬剤は加速承認の対象となり早くも翌日に仮免許という形で承認されました。同じ薬に対する同じような評価の結果でこれほどまでに異なる結論が出るのです。データをもとに薬を正しく評価して、厳格な監視体制のもとで国民のためにどう正しく使っていくかという日米のレギュラトリーサイエンス(評価科学)の扱いの違いを見た思いです。

EBM(evidence-based medicine)と疫学、臨床統計学

 科学的かつ客観的な証拠に基づいた正しい医療を行っていこうという意味のEBMという言葉が一種の流行のようになっていますが、エビデンス(医学的証拠)の元になっているのが臨床研究、そして正しい評価のために必要な学問が疫学と生物統計学です。
 疫学とは病気に関する基礎的な学問で、集団として予防に役立つ情報をいかに収集し、解析するかを研究する学問です。日本は歴史的にこのような問題を学問としてとらえる考え方がなく、公衆衛生学的な考えが入ってきたのは戦後、マッカーサーによってもたらされてからです。日本で疫学の講座ができたのは、1990年代に入ってからで、東京大学で講座ができたのが初めてです。製薬業界でも疫学研究は積極的に行われていませんでした。薬が承認され使用されるために必要ではなかったからです。今やそのような時代は終わりを告げ、疫学的な背景に基づいてさまざまな予防治療が評価されなくてはいけない時代になっています。
 世の中にあふれている健康情報の中で正しい情報を得るのはとてもむずかしく、正しい情報をいかに見極めるか、その手段を提供していくことがとても重要になります。信頼に足る健康情報であるかを見極める指標を「食べ物とがん予防」著者である坪野吉孝さんは以下のように定義しています。

 1、 具体的な研究に基づいているか?
 2、 研究対象はヒトであるか?
 3、 単に学会発表だけでなくきちんと論文発表されているか?
 4、 その論文が定評ある医学専門誌に掲載されているか?
 5、 研究デザインが「ランダム化試験」か「前向きコホート研究」か?
 6、 複数の研究で支持されているか?

 以上の厳格な基準を当てはめてさえ、あくまでも現時点でのエビデンスに過ぎず、将来は覆る可能性があるということにも留意する必要があります。これらはとても多くの時間とお金がかかる研究で、薬の承認を取るためには原則ランダム化臨床試験が必須ですが、それ以外の目的ではほとんど採用されていないのが実情です。
 疫学研究の方法論は、最もエビデンスレベルの高いランダム化試験からケースレポートまでさまざまなレベルのものがあります。採用される方法によって得られたデータの信頼性は大きく異なることを知ったうえで情報を流す必要があります。しかしながら現実には正しい医療情報を流すことがいかにむずかしいかということは歴史が物語っています。現代においてもエビデンスのない遺伝子診断やホメオパシー治療※などが依然として行われています。
 米国では1980年代に国の威信をかけてLRCCPPT研究という心筋梗塞とコレステロールの関連を調査する歴史的な研究が国費で行われました。このような研究の結果が一流紙を通じて国民にも広く知らされることによってコレステロール低下キャンペーンが始まり、国民の健康意識や食生活が変わってきました。日本ではこのような研究を行うシステム、体制が整っておらず、国民の意識も高くないのが現状です。
 現実にはさまざまな方法で統計的に嘘をつく方法が存在し、都合のよい結論を導くことが可能です。それらはさまざまなバイアス(偏見)やセレクション(選択)が介在し、真の価値を見極めることをむずかしくしています。また、1つの医学情報をどのように解釈するかということは読み手によって異なるのが当然であり、1つ1つの試験結果を真の結論として報道するのではなく、議論を行うための問題提起という形で報道することが重要なのではないでしょうか。

※ホメオパシー治療…病症と同様の症状を起こす薬を用いて病気を治療しようとする方法。


以上が今回のフォーラムの要旨でした。

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