トップニュース 「第10回 日経・FT感染症会議」にて特別セッションを開催
感染症領域の創薬エコシステム構築に向けて ~1年の振り返りと今後の取組~

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2023年10月17日、「第10回 日経・FT感染症会議」にて製薬協の特別セッションを開催しました。当セッションのテーマは「感染症領域の創薬エコシステムの構築に向けて ~1年の振り返りと今後の取組~」であり、2022年からの進展を踏まえて、感染症領域の創薬エコシステムを持続可能なものとするために必要な課題や戦略について産学官の視点から議論が交わされました。

特別セッションの様子 特別セッションの様子

■開会挨拶

特定非営利活動法人 日本医療政策機構 理事・事務局長/CEO 乗竹 亮治 氏               

「感染症領域の創薬エコシステム」は、産・学・官(民)で議論をする必要があります。これまでのセッションにおいても、感染症領域の収益性の低さや人材育成を含めて創薬エコシステム全体のメカニズムを構築していくことが重要であることが議論されています。日本医療政策機構は、2016年に発出した薬剤耐性(AMR)に関する提言の中で、初めて、『プル型インセンティブ』の必要性について言及し、日本でもようやく2023年に新規抗菌薬に対するプル型インセンティブ制度の試行的導入が始まっています。当セッションでは、対象をプル型インセンティブだけでなく、感染症創薬全体に範囲を広げ、どのようなエコシステムが必要かという点について、政府、アカデミア、ベンチャーキャピタル、そして製薬企業の視点から、知見を共有していただき、議論を深めていきたいと考えます。

■講演1

感染症領域の創薬エコシステム構築に向けて ~厚生労働省の立場から

厚生労働省 感染症対策部 感染症対策課長 荒木 裕人 氏                        

政府では、感染症領域に関する政策としてワクチン開発・生産体制強化戦略を進めています(図1)。本戦略は感染症領域における人材・産学連携の不足、戦略的な研究費配分の不足等の課題とそれら課題を補うための9つの政策を基本とします。現状、本戦略はワクチンに特化したものですが、創薬エコシステム構築のための重要な要素ならびに課題を含んでおり、感染症創薬全体についても活用できるものと考えています。世界トップレベル研究開発拠点の形成、ファンディングの改善、創薬ベンチャーの育成、さらには治験環境の充実等を含む内容となっています。

図1 ワクチン開発生産体制強化戦略
図1 ワクチン開発生産体制強化戦略

医薬品産業全体では、経済安全保障の観点からワクチン・感染症治療薬の開発・生産体制強化が課題となっています。「医薬品産業ビジョン2021」において、ワクチンや治療薬(AMR含む)の収益性や予見性の確保が述べられており、予見性の確保に対応して、2023年度からAMRに対するプル型インセンティブ事業を開始しています。

また、アカデミアと企業をつなぐため、厚生労働省では医療系ベンチャー・トータルサポート事業の総合ポータルサイト(Medical Innovation Support Office、MEDISO)を立ち上げ、経済産業省のInnoHub(Healthcare Innovation Hub)や、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)等とも連携し、医療系ベンチャー企業の研究開発に係る相談全般に対するワンストップ窓口として機能しています(図2)。

図2 医療系ベンチャー・トータルサポート事業:MEDISO
図2 医療系ベンチャー・トータルサポート事業:MEDISO

感染症領域の治験環境の整備やネットワーク化については、新興・再興感染症データバンク事業ナショナル・リポジトリ(REpository of Data and Biospecimen of INfectious Disease、REBIND)があり、その活用を検討しています。感染症に罹患した際に患者さんが最初に受診される感染症指定医療機関にこのネットワークに入っていただき治験環境の整備につなげたいと考えています。

■講演2

アカデミアにおける感染症領域の創薬の現状と期待

藤田医科大学医学部 微生物学講座・感染症科 教授 土井 洋平 氏                    

20世紀に入ってから薬剤耐性菌が増加しており、特にカルバペネム系抗菌薬に耐性を示す感染症が問題となっています。こうした耐性菌に対して新たな抗菌薬の使用によって有意に患者死亡率を低下させる事例も報告されています。抗菌薬は、1つの薬剤でこれだけの救命やインパクトがある医薬品として「新しい抗菌薬は命を救う」という大きな期待があります。一方、抗菌薬市場は困難な状況に直面しています。抗腫瘍薬の市場は投資額が年々増加しているのに対して、感染症市場の動きはほとんどなく、その市場規模も極めて小さいのです(図3)。

図3 抗菌薬の市場推移について
図3 抗菌薬の市場推移について

このような状況でアカデミアが果たす役割について、私自身が微生物学という立場で創薬の入り口に関与した事例を2つ紹介します。

事例1

ホスホマイシンは古くから使用されている薬剤です。近年、同薬剤を不活化し、耐性を示す細菌が増えてきています。そこでこの不活化酵素を阻害・抑制することで再度ホスホマイシンを活用できると考え、研究を行いました。その結果、特異的にこの酵素を阻害する化合物を発見し、現在、国際特許になっています。一方、本研究を進めるためには化合物の大量合成や構造の最適化等に追加での研究費が必要でした。そこで米国国立衛生研究所(National Institutes of Health、NIH)やCARB-Xに相談したのですが、起業を求められる等、支援のハードルが高く、それ以上前進しませんでした。その後、中小企業の技術力を促進するプログラム(Small Business Technology Transfer、STTR)から支援を受けることができ、現在は研究が進められています。米国の裾野の広さを実感しました(図4)。

図4 事例1
図4 事例1

事例2

1990年代に米国ピッツバーグ大学のHIV研究者がある抗菌ペプチドを発見しました。当時はさまざまな事情でそれ以上の展開はなされませんでした。その後、私自身がその抗菌ペプチドについて興味を持ち、AMR菌を対象とした評価を実施しました。その結果、AMRに対する有効性が確認され、当時の研究チームメンバーによってAMR創薬ベンチャーが設立されました。現在、人工関節感染症への局所投与といった適応で100億円近くの資金を集め第Ib相試験に進んでいます。今後の当該化合物の開発の進展に大変興味を持っています(図5)。

図5 事例2
図5 事例2

これらの経験を通して、アカデミアの強みは、リスクを過剰に懸念せず多様なアイディアを研究として追求できることにあるといえます。一方、アカデミア研究から実用化に向けてギャップが存在することも事実です。資金面も重要ですが、アカデミアにおいては企業やMEDISO等から製薬やビジネスの観点でアドバイスを享受することが重要です。今回、このような機会を通してアカデミアから企業へどのようにバトンを渡していくかについて議論を進めていきたいと思います。

■講演3

創薬ベンチャー立ち上げ・育成の現状と課題

株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)取締役・パートナー 宇佐美 篤 氏       

ベンチャーキャピタルの立場から、ベンチャー立ち上げと育成の現状と課題について(1)立ち上げに係る要件、(2)ハンズオン支援の内容、(3)課題認識の3つの点についてお話しします。

立ち上げに係る要件のポイントは、A. 優れたサイエンステクノロジーを持つこと、B. 製品開発を力強く推進できる強力なチームを有すること、C. グローバルな視点を有し人類規模の大きな課題に対しての解決策を提示できる事業を行っていること、です(図6)。創薬ベンチャー立ち上げにあたってはPhase 2試験の結果取得までのリスクをいかに低減させるかが重要な課題であり、また、1. 事業化の起点・タイミング、2. 少数精鋭のチーム、株主構成、資本政策、3. 知財化と論文・学会発表(のタイミング)については特に注意が必要です(図7)。

図6 投資にあたって重視する3つの視点
図6 投資にあたって重視する3つの視点

図7 立ち上げにあたって重視する点
図7 立ち上げにあたって重視する点

弊社では、技術シーズの各フェーズに応じた多面的な支援を行っており、経営面、技術開発面、薬事規制面においてもグローバルでの経験がある専門性の高いメンバーを配しています。

感染症領域における創薬ベンチャーの課題は、資金調達に加え企業との事業提携が難しい点にあります。これらに対する対策として、1. シーズのプラットフォーム性:化合物1つではなく複数のパイプラインを構築し、がん等の他疾患領域への展開を見据えた開発を行う、2. 出口イメージができる経験者の介入:基礎研究と製品開発とは別物であるため、早い段階からチーフサイエンティフィックオフィサー等の経験者に入ってもらう、3. 多様な資金調達手段を確保する:さまざまなベンチャーキャピタルや投資家にコンタクトを取り、かつプッシュ/プル型インセンティブの開発支援制度を活用すること、が挙げられます。これら3つを実施できれば感染症領域における創薬ベンチャーの課題を乗り越えられるものと認識しています(図8)。

図8 ベンチャー支援における課題と3つの重要な視点
図8 ベンチャー支援における課題と3つの重要な視点

■講演4

感染症領域の創薬エコシステム構築に向けた提言

製薬協 上野 裕明 会長                                      

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックが発生して3年半が経過し、この間にいくつかのワクチンや治療薬が実用化されてきました。デジタル技術も大きく発展し、新しい生活様式・仕事のあり方が可能になりました。一方、現在もCOVID-19の変異株やインフルエンザ感染症等の感染が拡大しています。改めてこのCOVID-19のコロナ禍の学びを忘れず、平時からの備え・有事の際に瞬発力を発揮できるよう次の感染症に備えることが重要です。いくつかのワクチンや治療薬が実用化されましたが、そこに至らなかったものも含めてさまざまなモダリティの開発が進められており、創薬の引き出しが増えたことも重要です。

科学的・経済的な予見性が低い感染症領域で創薬を行うためには、企業としてどのような支援ができるかという視点で創薬エコシステムを考えなければなりません。また、感染症領域におけるプレーヤーが減っている中で、将来の有事に備えるため、平時からの創薬コミュニティの形成が重要です。

創薬段階におけるコミュニティにおいては、アカデミア・スタートアップに関しては、平時における情報や技術のプールとともにそれらが有事において活用できるかどうかが重要です。ベンチャーキャピタルに関してはそのファンディングやハンズオン支援に際して、ベンチャーの有するシーズに対する目利き力が重要となります。

実用化段階におけるコミュニティにおいては、ベンチャーと製薬企業との提携が重要であり、連携して世に医薬品を届けることが必要です。予見性の低い感染症領域において創薬を実現するためには、これらコミュニティに対するプッシュ型インセンティブと出口に対するプル型のインセンティブが不可欠です(図9)。

図9 感染症創薬エコシステムに重要な要素
図9 感染症創薬エコシステムに重要な要素

創薬エコシステムの各プレーヤーの役割としては、政府は司令塔機能の強化と感染症創薬推進の制度設計、アカデミアは新たな創薬シーズの獲得、ベンチャーキャピタルはスタートアップに対する投資とハンズオン支援、スタートアップは製薬企業への橋渡し研究の実施、製薬企業は実用化に向けてスタートアップと連携の加速が必要であると考えています。また、創薬エコシステムを支える人材育成もそれぞれのプレーヤーにおける共通の役割として挙げられます(図10)。

図10 感染症創薬エコシステムにおける各プレーヤーの役割
図10 感染症創薬エコシステムにおける各プレーヤーの役割

「平時からの備え」と「有事の瞬発力」を機能させるために、政府の司令塔機能の発揮、予見性を高めるためのインセンティブ、感染症創薬のエコシステムの強化をトライアングルに結び付けて、今後の感染症に備えていくことが重要と考えています。

■パネルディスカッション

モデレーター 乗竹 亮治
パネリスト  荒木 裕人 氏、土井 洋平 氏、宇佐美 篤 氏、上野 裕明 会長                                 

乗竹氏 感染症創薬のコミュニティを産・学・官(民)でどのように作っていくかという課題についてうかがいたい。

土井氏 アカデミア内でも相互理解が不十分な面があるため、まず自助努力は必要です。そのうえで、アカデミアは引き出しを増やすという点で貢献でき、増えた引き出しを感染症創薬のコミュニティにプールします。ヒット化合物の最適化や前臨床の入り口で停滞している研究も少なくないと想定されるため、出口に向けて伴走支援を受けることができるようなシステムが必要と考えます。

宇佐美氏 開発品の出口を見据えて、初期段階から適切な形で研究開発のサポートを行うことは重要です。出口側に関しては、人材の流動性を高める必要があります。国内でも兼業等で活発化をしてきていますが、創薬経験者が支援することが大事です。人と人、会社と会社をつなげることがベンチャーキャピタルの大切な役割の一つではないかと考えます。

荒木氏 伴走型支援については、MEDISOが1つの形です。人材の流動性という点では、MEDISOの職員に企業で経験を積んだ方もいます。ベンチャーキャピタルについては、まだ日本で進んでいない部分もあるため、国としてもバックアップできるような伴走支援のあり方というものを模索していきたいと考えます。

上野氏 1つは、感染症に限らず日本の創薬力強化を考えたときにスタートアップの強化が重要です。製薬企業で経験を積んだ人材を流動化させてともに取り組んでいくといった人材支援が可能と考えています。また、新規上場(IPO)やファンディングといった支援に加え、製品を協働して開発するといったことも可能と考えています。特に人材支援は業界としてすぐに協力できる部分である。若い人材にも感染症に興味を持ってもらい、さまざまな技術も蓄積しながら裾野を広げたコミュニティ作りが重要です。

乗竹氏 感染症エコシステムを議論する際に、経済的予見性を高めることが困難であると認識しています。ベンチャーキャピタルの目線からコメントをいただきたいと思います。

宇佐美氏 プル型インセンティブの制度設計が非常に重要であり、米国ではPASTEUR Actが議論されているところです。世界的にはスタートアップの支援について丁寧に各所で議論し、各国歩調を合わせて取り組みを進めてきた経緯があります。また、ベンチャーキャピタルとしての出口としてのM&Aやライセンス等に対してインプットを含めて支援がなされていることは非常に大事です。国内では入り口の部分は支援が充実してきているが、出口側はIPOやM&A事例が年間数例となっており、規模も小さい。こうした出口環境を変えていく枠組みが重要です。

乗竹氏 産学官の連携や伴走支援というものは、言うは易く行うは難しですが、当セッションで感染症領域にはどのような伴走支援が必要であるか、ベンチャーキャピタルからどのようなことができるのかについて議論することができました。アカデミアに関してはどのような視点で創薬のトランスレーショナル・リサーチができるかという点について非常に具体的な話ができたと考えます。今回の議論の内容をぜひ、感染症創薬に活かしていただきたいと思います。

(国際委員会 日経・FT感染症会議タスクフォース 粟村 眞一朗飯塚 直子酒井 俊明福田 秀行森本 恵史

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