トピックス 「第36回 広報セミナー」を開催 戦略PRからナラティブカンパニーへ~ニューノーマルを経た新しいPRと企業のあり方

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製薬協広報委員会は2021年10月20日、野村コンファレンスプラザ日本橋(東京都中央区)にて「第36回 広報セミナー」を開催しました。今回は、本田事務所代表取締役であり、「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」に『PRWeek』誌により選出されたPRストラテジストの本田哲也氏による講演がありました。

セミナーの様子

本田事務所代表取締役の本田哲也氏は、2020年からの世界的なパンデミックにより、社会と企業のかかわり方や、情報発信のあり方にも大きな変化が起きることを予測し、コロナ禍に『ナラティブカンパニー~企業を変革する「物語」の力』を執筆。同書では、Amazonやパタゴニア等の世界的な企業の活動の潮流となりつつある「ナラティブ」とはなにか、新しい社会と企業のかかわり方とはなにかについて解説しています。その本田氏から「戦略PRからナラティブへ」というテーマで、会員会社で広報・PRに携わる方を対象に講演がありました。本セミナーにはオンラインと会場を含めた100名超の参加者がありましたが、製薬産業を取り巻く環境も大きく変わる中で、改めて産業の社会での存在意義を考え、国民のみなさんに理解されるPRのあり方について視野を広げる機会になりました。以下は本田氏の講演内容の採録です。

PRの重要性が増している背景

まず、「PRとはなにか」について改めて考えてみたいと思います。PRは、ご承知の通り「public relations」の略ですが、日本ではメディアの露出や広告換算に置き換えられ、メディア露出を最大化することが役割だと考えられることも少なくありませんでした。しかし、PRの本来の役割は、言葉が示す通り、“関係性を構築し、維持をマネジメントすること”です。

昨今、このPRの役割の重要性が増しています。その背景を考えるうえで、3つのキーワード、マルチステークホルダー、パーセプション、ナラティブがあります。それぞれについて、お話ししたいと思います。

本田事務所 代表取締役
本田 哲也 氏

(1)マルチステークホルダー

特に製薬産業は、医師や患者さん、患者団体等、利害関係者が多岐にわたる産業ではないでしょうか。世の中が複雑化する中で、業界を問わずステークホルダーが多様化しています。かつては、IR(investor relations)やCR(customer relations)等のように、対象をグループ化して対応することが一般的でしたが、現在はステークホルダー同士も相互に影響し合うようになり、個別に対応することは大変難しくなっています。さらに、SNSの発達もこれに拍車をかけています。このようなことからも、事業機会を最大化し、炎上等のリスクを最小化し、多様なステークホルダーと良好な関係を構築するPRの重要性が増しているのです。

(2)パーセプション

“どのように捉えられているか”であり、客観的な認識のことを指します。「認知(awareness)」とは異なり、発信する側でコントロールすることができず、メディアやSNS、有識者等のステークホルダーを通じて獲得されます。つまり、発信側にとって好ましいパーセプションを獲得していくうえでも、PRが重要なのです。

(3)ナラティブ

私は、「物語的な共創構造」と呼んでいます。情報が過多になり、さらにミレニアルズ※1等の新しい価値観をもった世代も台頭する中、発信する情報に「物語性」があることがますます重要になっています。つまり、従来型の一方的なストーリーの発信ではなく、社会や人々とつながり、共通の体験となるストーリーを発信し、共感を得ていくことの重要性が増しているのです。この土台となるのが「ナラティブ」です。

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    1980年代半ばから2003年の間に生まれた世代のこと。デジタルネイティブであり、社会のあり方を変容させる世代として注目されている。

AJINOMOTOに集まった社会の「共感」

私は16年前の著書『戦略PR』の中で、一方的な情報発信でなく、世の中の時流と商品をつなぐ「関心テーマ」を起点に世論を作りだす(=空気作り)PR手法を提起しました。冷凍食品大手のAJINOMOTOの例を挙げたいと思います。ことの発端は、2020年にツイッターに投稿された女性のつぶやきで、「冷凍餃子を夕食に出したところ、夫から『手抜きだよ』と言われた」という内容でした。このつぶやきに、AJINOMOTOの公式ツイッターアカウントは反応し、「冷凍餃子を使うのは手抜きではなく、手間抜きです」「空いた時間を子どもに向き合う等、有意義に使ってほしい」と投稿。この発信は、社会から支持され、最終的に44万超の“いいね!”が付く反響を呼びました。それだけでなく、同社は工場で冷凍餃子が丁寧に作られる工程を動画として公開。動画は1ヵ月で90万回以上再生されました。さらに、企業としてプレスリリースを発表し、“手作り信仰とも言える社会に疑問を呈することは意義があると考え動画を公開した”という企業の姿勢を正式に発表しています。

結果としては、売り上げが増えただけでなく、「冷凍食品を使っていいのではないか」という肯定的な声や多くの共感が集まり(ポジティブツイートが4割増加)、冷凍食品にネガティブだった既存のパーセプションを変えるきっかけになりました。この事例は、「フライパンで焼くだけで美味しい餃子」という商品便宜と「冷凍食品は手抜き/ジェンダー問題」という世の中の関心事に着目し、(関心テーマの)「手間を抜く」ことで、“冷凍食品をうまく利用して、有意義な時間をもつ”という生活者の関心事とメリットを訴求し、ブランドを高められた好例です。

戦略PRからナラティブの時代へ

最近PRの世界でよく聞かれるようになった「ナラティブ」についてお話ししていきたいと思います。ナラティブの本来の意味は、「物語。朗読による物語文学。叙述すること」です。PRでは、企業と生活者がともに紡ぐ物語であり、「物語的な共創構造」になります。

よくストーリーとの違いについて聞かれますが、3つの切り口で見てみましょう。まず、「演者」で見ますと、ストーリーが「企業やブランド」であるのに対し、ナラティブは生活者等のステークホルダーも参加する点が異なります。「時間」では、ストーリーは起承転結型であるのに対し、ナラティブは常に現在進行形であり、未来も含む点が異なります。さらに、「舞台」で見ると、前者は企業が業界等、会社起点であるのに対し、後者は社会全体であり、どのような物語を生活者とともに紡げるかが基本的な考えになります。これは、パーパスにもつながり、企業の社会での存在意義にもかかわってきます。

このようなPRアプローチをしている企業を私は「ナラティブカンパニー」と呼んでいます。つまり、ナラティブ(共創構造)を生み出し、その構造の中で企業活動を行い、価値を上げている企業です。アウトドアブランドのパタゴニアは2017年、公式サイトで、米国・ユタ州の国定記念物保護地域の大幅縮小を発表した大統領のドナルド・トランプ氏(当時)を訴えることを発表しました。同社のパーパスは「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」。つまり、パタゴニアは自社のパーパスに基づき、大統領が自然保護区を盗むことを阻止するという行動を起こしたのでした。結果として、ユーザー以外の消費者、環境保護団体、業界他社にまで支持されました。このようなナラティブカンパニーは今後も世界中で増え、企業やブランドの価値を上げていくと考えられています。

ナラティブ実践への5ステップ

ナラティブを実現するためには、5つのステップがあります(図1)。まず、起点で「パーパス」を設定しますが、これは「どのような想いがあるか」とも言えます。次は「目的」でパーセプションを形成しますが、社会的にどのように認識を変えたいのかを明確にすることです。「描く」でナラティブスクリプトを作成、「共創」でマルチエンゲージメントを展開、「はかる」で効果を測定していきます。このために必要なのがナラティブスクリプトで、ナラティブを意図的に生み出し、維持するためのいわば“脚本”であり、関係者の合意形成のための内部文書でもあります。

図1 ナラティブ実践の5ステップ

自治体も巻き込みESGカンパニーを目指すロッテ

ナラティブスクリプトを作成しプロジェクトを展開している事例として、ロッテの「その歯と100年。キシリトールプロジェクト」を紹介します。同社は、販売開始から20年以上が経っており、ブランドの認知度は約9割もありましたが、キシリトールの具体的な機能や特徴まで理解している人は3割以下でした。このギャップを埋めることがブランドにとって課題でした。そこで同社は、既存のパーセプション「ガムやお菓子のメーカー。キシリトールはなんとなく歯にいい」を「人生100年時代に貢献するESGカンパニー。歯の健康のためにキシリトールが必要」へ変えるプロジェクトを開始しました。

その際、同社が着目したのが、キシリトールブランドの母国フィンランドでした。SDGsの先進国であることに加え、行政や歯科医師、教育機関がキシリトールの摂取を推奨したことで虫歯が減っていたのです。ロッテは、自治体や歯科医、市民を巻き込んだ「その歯と100年。キシリトールプロジェクト」に着手、2028年までにキシリトールを生活に取り入れている人の割合を33%から50%にする目標を立てました。

まずプロジェクトの展開にあたり、同社はナラティブスクリプトを作成しました。その際に検討された3つのポイントがありました。まず、「社会的な大局観と課題提示」で、虫歯のない社会を自治体とともに目指す課題設定をしています。そして、なぜ自社がその取り組みをするのかである「オーセンティシティ(正当性)ないしブランドの優位点」。さらに、「未来のステークホルダー体験」で、将来的にマルチステークホルダーがどうなるのかがともにわかることです。ロッテの取り組みは始まったばかりですが、日本でも(ESG経営に取り入れる等)このようにナラティブスクリプトをもとに企業活動を展開する会社は増えていくと思います。

社会とともに歩む、ナラティブカンパニーへ

ナラティブとは、戦略PRから発展した概念であり、複雑化する社会の中で、重要性が増していることについてお話ししてきました。ナラティブに取り組むことは、自社の社会での存在意義を見直すことであり、社会の中でどのような未来像をどのステークホルダーとともに描きたいかを今一度考えることでもあります(図2)。このようなナラティブに取り組む企業はますます社会や消費者から支持され、その企業価値を高めていくのだと思います。特に、日本企業はマーケティングや製品開発、営業、広報等、業務が部門ごとに細分化しがちですが、今後は各部門が個別に活動するのではなく、企業として大きなナラティブを作り、シームレスに取り組む必要があります。その中で、広報部門が果たす役割はますます大きいのではないでしょうか。

図2 ナラティブカンパニーチェックリスト

製薬協 岡田 安史 会長

質疑応答セッションの様子

(広報部 荒井 智子

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