トピックス 「第9回 日経・FT感染症会議」にて特別セッションを開催 感染症領域の創薬エコシステムの構築に向けて ~産官学の連携を中心に~

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2022年11月16日、「第9回 日経・FT感染症会議」にて製薬協の特別セッションをオンラインにて開催しました。当セッションのテーマは「感染症領域の創薬エコシステムの構築に向けて ~産官学の連携を中心に~」であり、感染症領域の創薬エコシステムを持続可能なものとするために必要な課題や戦略について産官学の視点から議論が交わされました。以下は、セッション内容の再録です。

会場の様子 会場の様子

当セッションの目的(図1)は以下の3点について議論していただくことである。

(1)新しい感染症治療薬を創出し続けるための産官学の役割
(2)産官学連携強化のための課題と対策
(3)感染症創薬を持続可能なものとするための環境整備

今般の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックにおいては、異例のスピードでワクチンや治療薬の研究開発が進んだ。結果的に短期間で実用化されたが、本来であれば、平時から継続的に研究開発が行われ、感染症領域で絶え間なく新薬が生まれている状況が望まれる。

しかし、感染症領域の研究開発には資金が集まりにくい。投資家の立場からすると、社会的な意義の高さは認識しているものの、経済的予見性が低いために投資リターンを合理的に見込むことが困難で積極的に投資できないというのが現実である。さらに、大手機関投資家は主として上場する企業に投資し、アカデミアや未上場のバイオベンチャーへの投資機会はほとんどない。

左寄せ顔写真 モデレーター:三井住友トラスト
アセットマネジメント株式会社
スチュワードシップ推進部
シニア・スチュワードシップ・
オフィサー 高口 伸一 氏

アカデミアやバイオベンチャーが生み出した新薬のシーズをエンジェル投資家やベンチャーキャピタリスト(VC)が支援し、機関投資家は上場したバイオベンチャーやそれらと提携・買収した製薬企業に投資するという形のバトンリレーができないものかと考えてきた。そのような観点で産官学を代表する方々のご意見をうかがっていきたい。

図1 当セッションの目的
図1 当セッションの目的

■講演1

感染症創薬の強化に向けた国の取組み

厚生労働省 大臣官房 危機管理・医務技術総括審議官 浅沼 一成 氏                      

公衆衛生危機に備えた感染症危機対応医薬品等(Medical Countermeasures、MCM)確保のための重点感染症の暫定リストを中心にご紹介する。重点感染症とは、公衆衛生危機管理において、救命、流行の抑制、社会活動の維持等の危機に対する医療的な対抗手段となるMCMの利用可能性を確保することが必要な感染症のことを指し、一般的な公衆衛生対策として医薬品等の確保が必要になる感染症とは異なる概念で整理している。2022年3月の厚生科学審議会(健康危機管理部会、予防接種・ワクチン分科会 研究開発及び生産・流通部会、感染症部会)合同開催において、重点感染症の考え方と重点感染症を5グループに分類する暫定リスト案が了承された(図2)。

厚生労働省 大臣官房 危機管理・医務技術総括審議官 浅沼 一成 氏

図2 重点感染症の定義とグループ分類について
図2 重点感染症の定義とグループ分類について

 

この重点感染症の該当性を判断するにあたり考慮すべき事項は、公衆衛生的なインパクトと戦略的観点で、MCMを確保するためには戦略的観点が重要である。すなわち、既存のMCMが存在しなければ開発に重点をおき、存在するならば、その確保と後の利用可能性に重点をおく。たとえば、2022年7月の厚生科学審議会(予防接種・ワクチン分科会 研究開発及び生産・流通部会)において、ワクチン戦略における重点感染症に暫定リストのグループA、Bから8つの感染症を選定し、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の先進的研究開発戦略センター(SCARDA)と連携しながら研究開発を強化することとした(図3)。

図3 「重点感染症」として開発を支援すべきワクチンの検討結果
図3 「重点感染症」として開発を支援すべきワクチンの検討結果

 

このように、重点感染症は今後の感染症対策においてMCM確保に向けた重要なインデックスになると期待されていて、われわれもこれらの感染症に対して創薬に対する研究開発の支援や医薬品の備蓄等について取り組んでいく。
 

■講演2

感染症領域の創薬エコシステム構築に向けた臨床施設の役割と課題

国立研究開発法人国立国際医療研究センター 国際感染症センター長 大曲 貴夫 氏               

2022年7月15日、7学会合同感染症治療・創薬促進検討委員会が、「パンデミック・サイレントパンデミックに対する治療薬・ワクチン・検査法の研究開発を継続できる制度の必要性」を提言している。ポイントは、(1)創薬促進が続けられる制度づくりの重要性(プル型インセンティブの導入)、(2)緊急承認制度の活用による国産医薬品の早期臨床応用、(3)平時から新規治療薬・ワクチン・検査法を研究開発するための迅速な体制整備である(図4)。

図4 7学会合同感染症治療・創薬促進検討委員会 提言
図4 7学会合同感染症治療・創薬促進検討委員会 提言

 

これらの稼働には産官学による円滑かつ迅速な相互連携が必須である。そのうえで、アカデミアの役割を述べると、まずは、医療機関や研究機関における研究力と治験力の強化である。新興感染症が確認される医療機関(感染症指定医療機関)に対する人的・設備的支援が必要である。英国は国民保険サービス(National Health Service、NHS)下の市中の医療機関を活用して、COVID-19治療薬の無作為化臨床試験「リカバリー・トライアル」を実施していて、見習うべきことである。

また、研究機関を治験ネットワークとして国内外でつなぎながら、有事には迅速に対応できるような「エンジン」の準備が必要で、医師主導型治験や企業治験、さまざまな形の疫学研究、特定臨床研究等を平時から推進するべきである。

重点感染症の議論の中で設定された医薬品や診断薬の研究開発計画に対して、われわれのような医療機関や研究機関が、平時から臨床試験や治験を地道に推進していくことで、有事には回転数を上げて対応することができると考えている(図5)。

図5 国際共同治験につなげる研究開発のあり方
図5 国際共同治験につなげる研究開発のあり方

 

■講演3

ベンチャーキャピタルから見た感染症創薬ベンチャーの位置付けと出口戦略の重要性

Remiges Ventures株式会社 シニアアソシエイト 松本 京子 氏                       

日本におけるベンチャーへの投資額は年々増加傾向にあり、大学発ベンチャーに注目すると、バイオやヘルスケア、メディカルデバイスといった創薬ベンチャーが増加している。創薬ベンチャーが資金調達をする手段として、VCからの投資の他にAMEDによる支援事業があり、2022年にAMEDが創薬ベンチャーエコシステムの強化を目的とした新事業を開始している。

この事業の対象は、AMEDが事前に認定したVCからの投資がある、もしくは約束されているベンチャーであり、本事業に採択されると、認定VCからの投資とハンズオン支援を受けるとともに、AMEDからは認定VCの投資の2倍額にあたる支援が受けられる。1回目の公募(2022年9月)では、感染症や感染症に適用・転用できる技術を持つベンチャーが対象であった。

感染症領域はVCにとって魅力的ではない一面がある。VCはおおよそ10年間で案件を評価、投資し、最終的にEXIT(M&Aや新規公開株式(Initial Public Offering、IPO))まで運んでいくことが通常だが、VCがEXITを希望するタイミングで市場ニーズや製薬企業の買収ニーズがなければEXITを達成できない。従って、ベンチャー投資においては、いつ起こるかわからないパンデミックを待つような案件に対しては、投資が難しい状況である(図6)。

図6 感染症領域への投資は難しい
図6 感染症領域への投資は難しい

 

ただし、感染症領域のベンチャーにおいても高額な取引がなされているケースはあり、それらは感染症領域だけではなくて他疾患のパイプラインを有している、感染症領域以外の疾患への転用ができる創薬プラットフォーム技術を持っている、等の傾向がある(図7)。弊社も他疾患への適用ができるパイプラインや技術を持っている感染症領域のベンチャーに投資している。

図7 各領域における取引額の推移
図7 各領域における取引額の推移

 

ベンチャー投資におけるEXITとしての製薬企業による買収については、企業にとってこの領域が魅力的なビジネスになっているという仕組みづくりが絶対に必要だと考えている。また、創薬ベンチャーをこれから継続的に出していくということを考えると、そのシーズ元となるアカデミア等の研究機関からの継続的な創薬シーズの創出という研究成果も必要になってくるので、それができる環境づくりも必要になる。また昨今、医薬品開発はグローバルで行われていて、グローバル視点で創薬シーズを開発EXITまで進めることができるような支援や人材確保も必要である。

2021年、弊社はインキュベーターであるRDiscoveryという会社を設立して、創薬エコシステムのステークホルダーとなりうる大学や企業と連携を始めている。それによってベンチャーを立ち上げる前の段階における創薬シーズへの投資を可能として開発を進めており、今後、日本の創薬ベンチャーエコシステムを強化していくために引き続き皆様とディスカッションできればと考えている。
 

■講演4

感染症創薬促進に関する製薬産業の取組みと産官学連携の期待

製薬協 岡田 安史 会長                                         

今般の新型コロナウイルス感染症の世界的大流行においては、日本ではさまざまな観点で感染症への備えに対する不足が明らかになり、製薬産業に身を置く立場として忸怩たる思いとともに、感染症対策は国家安全保障、危機管理において最も重要な課題として、平時から備えておくことの重要性を改めて認識した。国内の製薬産業はワクチンや治療薬の開発に遅れを来したが、政府の全面的なコミットメントや支援の下でその開発は着実に進展しているということをご報告申し上げたい。

現在、政府主導で今後のパンデミック対策としてワクチン開発・生産体制強化戦略の実行に加え、司令塔機能としての内閣感染症危機管理総括庁、厚労省の感染症対策部、日本版疾病予防管理センター(Centers for Disease Control、CDC)の設置等、国家としての危機管理体制の強化策が進められている。ただし、有事にしっかりと稼働するまでには時間を要することが見込まれ、また、各責任機関、ガバナンスや権限、役割分担等を明らかにすべきと考える。感染症の危機が薄れつつある平時にこそ、確実に来る次なるパンデミックへの備えを加速させていくことが重要である。

ワクチン・治療薬の開発促進に必要な施策については目下、多くのご支援をいただいているが、一方で今後の有事に備えるためにはワクチンや治療薬等と分けるのではなく、感染症対策として総合的・戦略的な支援体制の整備をお願いしたい。感染症は病原体の種類も多岐に渡り、いつどこで流行するのかも把握できない。すなわち、製薬産業における通常の医薬品創出とはまったく異なる領域のビジネスであるということをご理解いただきたい。従って、感染症に関しては開発当初からプル型インセンティブが制度化されていて、感染症の種類や流行の有無にかかわらず投資回収が見込めるということと、そのような国家的支援が単年度ではなく継続していることが非常に重要である。このことから、戦略的なファンディングとプル型インセンティブの法制化、ならびに基金化もご検討いただきたい(図8)。

図8 持続可能なワクチン・治療薬の開発・生産に向けた環境整備
図8 持続可能なワクチン・治療薬の開発・生産に向けた環境整備

 

また、感染症領域の創薬のバリューチェーンが構築されるためには、資金、設備はもとより創薬エコシステムを動かすための人材が極めて重要である。COVID-19のワクチン対応において、日本は国内製造基盤や臨床研究において人材不足という課題に直面した。製薬協はそのことをしっかり踏まえてバリューチェーンが機能するための人材育成によりいっそう力を入れていく(図9)。
 

図9 人材育成
図9 人材育成

 

現在、2023年に開催されるG7の保健アジェンダに向けて製薬協からの提言の取りまとめが進んでいるが、インセンティブや能力開発等の課題は国際課題として今後の議論とも共通である。今回のような産官学が集まる会合にて、その志を同じくして将来のパンデミックへの備えと対応を加速することができればよいと考える。
 

■パネルディスカッション

高口氏 バイオベンチャー発の感染症治療薬のシーズを継続的に開発・上市していくためには、産官学による創薬エコシステムをさらに充実させ、循環させることが必要である。産官学それぞれの立場で取り組むべき点や改善の必要性がある点をうかがっていきたい。

大曲氏 臨床現場から研究開発へ、いかにボールを早く渡せるかが重要である。2015年頃まで、臨床現場の対応は感染症を封じ込むことが主軸になっていた。そのため、感染症領域での創薬エコシステムを充実させるには、臨床現場で得られる患者の情報や検体を研究や開発で活かし、創薬スピードを上げていく仕組みが重要である。厚生労働省では患者情報、検体情報をリポジトリ化し、最終的にはアカデミアだけではなくて企業が迅速に利活用できるように環境整備しており、これが効果的に機能していくことが必要である。

松本氏 VCは投資を通じて、ベンチャーの付加価値を高めていく過程に貢献する。われわれも感染症領域をターゲットにするベンチャーに投資し、ハンズオン支援で、開発段階から計画を立てるが、感染症領域は出口戦略が見えにくい。取り扱う開発品について、感染症領域以外で活かす出口戦略を検討しつつ、経済性をいかにカバーするかが重要となる。感染症領域の経済的予見性を高めるうえで、EXIT先となる製薬企業にとってビジネス面で魅力と思える仕組みを整備していくことは重要と考えており、その一例としてプル型インセンティブが挙げられる。

浅沼氏 感染症領域におけるワクチンを含めた医薬品開発は民間の市場原理では対応できないので、政策的な対応が必要になってくる。健康局結核感染症課で「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」を作成した際も、10年単位で新規の抗菌薬が創出されなくなっていた。この原因としては、感染症領域での経済予見性が見えにくいこと、シーズ自体が見つかりにくくなっている、等が挙げられる。そのため、全ゲノムデータをライブラリ化したうえでの病原体のDNAやRNAレベルでの解明や、AIの活用等、今までとは異なる創薬手法の支援を進めていくことが必要である。同時に、ストックパイル(将来の需給の逼迫に備えた物資の備蓄)も重要である。今回のCOVID-19対策でも経験した緊急時の承認制度や、製造ラインへの支援等も含めて、今後の政策に活かしていきたい。

岡田会長 COVID-19のワクチン開発で日本は大きく遅れをとり、感染症領域における研究・開発力の低下が危惧されているが、実際のところは感染症領域だけではなく日本の創薬力そのものが低下しつつあり、日本のイノベーションエコシステムの再生と構築が急務である。現状、革新的新薬のシーズの多くはアカデミアやベンチャーから創出されることからも、創薬エコシステムの構築の鍵はベンチャー育成の強化である。日本政府が2022年11月8日に閣議決定した補正予算案では創薬ベンチャーエコシステム強化事業に3,000億円の予算を確保した。これは、感染症だけではない、創薬全般に対する日本政府のコミットと認識しており、これに対して製薬産業もしっかりと呼応しなければならない。その一つとして、ライフサイエンス分野のベンチャー環境において、創薬におけるさまざまなバリューチェーンをつなぐ人材が不足しているが、製薬協としてもこの課題の解決に対する支援を強化していきたい。

高口氏 シーズを持ったベンチャーとさまざまな知見を持つ製薬会社が力を合わせることで、創薬が効率化されることに期待している。企業価値には経済的価値のみならず、社会的価値も含まれる。感染症領域にはさまざまな課題があるものの、その重要性を問い続け、それが社会全般に広がれば、社会的価値の側面からも企業価値が向上するとともに、投資資金の喚起につながっていくはずである。

感染症領域での継続的な新薬の開発・上市には、産官学が同じ認識の下で連携するとともに、企業、アカデミア、バイオベンチャーによる感染症創薬の強化を図り、持続可能な創薬エコシステムを構築していくことが必要であることを最後に強調しておきたい。

(国際委員会 日経・FT感染症会議タスクフォース)

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