トピックス 「製薬協メディアフォーラム」を開催 健康と経済「世界が注目、高齢化社会日本の医療経済研究のゆくえ」

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2023年5月18日、室町三井ホール&カンファレンス(東京都中央区)にて、健康寿命延伸と経済成長牽引に関する研究会委員である一橋大学の高久玲音氏による「健康と経済『世界が注目、高齢化社会日本の医療経済研究のゆくえ』」と題した「製薬協メディアフォーラム」を開催しました。当日は会場およびWeb配信にて、14社23名のメディア関係者の参加がありました。

講演の様子 講演の様子

本講演では、今般取りまとめられた「健康寿命延伸と経済成長牽引に関する医薬品産業の貢献に係る研究と提言」での検討結果について解説いただくとともに、今後日本および世界が直面する超高齢化社会において、高齢者が健康を維持することで初めて活発に消費できる——高齢者が活発な消費者として現役世代が携わる生産活動を刺激するという側面に関する分析に関して、データを交えた講演がありました。

以下に、高久氏の講演内容を紹介します。
 

■健康と経済

「世界が注目、高齢化社会日本の医療経済研究のゆくえ」

一橋大学 経済学研究科 准教授/経済学部 准教授 高久 玲音 氏                       

「高齢化経済」の特徴

日本は世界に先駆けた高齢化の超先進国であり、GDPの60%程度を占める民間家計最終消費において、その多くの額が高齢者の世帯による消費になっています。年齢別の消費支出の動向はあまりマクロで試算されていませんが、現状約30%が高齢者の支出であり、将来的には約40%程度が高齢者の支出になると考えられています。

高久 玲音 氏

こうした高齢者の消費活動について、もう少し健康の側面から解説される必要があるのではないかと考え、高齢者の経済活動・経済貢献の意味を研究することとしました。健康産業という観点から、健康と消費活動には大きな関係が存在するということですが、健康維持に役立つ薬剤や治療をしっかり受けていただき、服薬コンプライアンスを守り健康に過ごしていただくことで、その人の人生の幸せだけではなく、消費者としてより活発になる効果があるのではないかと考えます。潜在的には高齢者になればなるほど健康の問題が非常に重要になりますので、そうした側面から製薬業界が経済活動に貢献するということはあり得ることだと思います。

進む少子化

高齢者の経済活動が今後ますます重要になると考えられる1つの要因は、若い人の人口がかなりのスピードで減っているという点です。国全体とすると高齢者の活動はより重要になり、高齢者に健康な状態で消費活動を行ってもらうことで、若い人の生産活動を刺激していただく、それによって若い人たちにお金が循環していく、というようなことを考えていく必要があると思います。

経済産業省の統計で公表されている年齢階級別の家計の資産残高を年齢別に見ますと、資産は金融と宅地住宅の合計値になりますが、宅地住宅を除いた金融資産残高は、60~80歳代は非常に多くなっています。割合としては40代と比較して、高齢者は約2倍の金融資産をもっているというのが現状になっています。

年齢別世帯数と消費額の予測値

世帯あたり消費額の推移を見るためマクロの統計を確認すると、この10年間で若い世代の消費は非常に減少したわけですが、高齢者の消費水準というのは、おそらく宅地住宅が金融資産というのも背景にあると思いますが、一定程度保たれています。

こうした年齢階級別の消費動向に世帯数の将来予測を掛け合わせますと、日本全体の消費の将来の姿がどのようになるかがある程度わかります。世帯数の年齢階級別の分布と、1ヵ月の推計消費額を掛け合わせて計算してみますと、2019年の段階で日本全体の消費の約32%が高齢者世帯、つまり65歳以上の世帯の消費になっているのではないかと分析できます。

マクロの民間家計最終消費が300兆円ぐらいですので、おおよそ100兆円が高齢者の支出になっています。その割合が今後どう変化するかを見ますと、2040年には高齢者の占める割合が約41%になり、今よりも高い消費割合を高齢者世帯が担うと推計されます。したがって、もし健康を害する高齢者が多くなり、彼らの消費が落ち込んでしまうということになると、これは国内の消費全体にとってもかなり大きなインパクトがあると思われます(図1)。

図1 年齢別世帯数と消費額の将来予測
図1 年齢別世帯数と消費額の将来予測
 

疾病が収入や労働供給に与える影響

高齢者の経済貢献については、病気になると働けなくなるというだけでなく、病気になるとお金を使わなくなるという側面についても同様に検討する必要があると考えます。疾病が消費に与える影響について、疾病によって働けなくなり収入が低下したため、消費が下がるということが考えられますが、75~80歳といった高齢者ですと、基本的には就労からの収入というのはメインの収入ではないので、就労や収入の低下を通じて消費が落ち込んでしまうということはなく、むしろ罹患による消費の限界効用の低下や、消費から得られる満足感が高齢になることで低下しているのではないかと考えます。こうした側面は学術的にも研究されていなかったと思います。

疾病が収入や労働供給に与える影響に関しては、膨大な研究がすでに世界各国に存在し、有名な研究として、デンマークのがん患者さんがどれだけ働けるのかという研究を紹介します。デンマークでは、すべてのレセプトデータが、マイナンバーで収入情報とひもづいているので、がんになった患者さんがどれだけ収入の低下をこうむって労働市場から退出したかというのは、マイナンバーを通したデータによってわかります。こうした質の高いデータを使って解析した結果、がんになることで4年後には、約10%の人々が労働市場から退出しているということがわかりました。また米国の研究でも、重篤な慢性疾患に罹患した人の収入と、それ以外の人の収入を比較した結果、やはり重篤な慢性疾患を罹患した人は、77%ぐらい収入が低下するというデータが得られています(図2)。

図2 疾病が収入や労働供給に与える影響
図2 疾病が収入や労働供給に与える影響
 

WHAT GOOD IS WEALTH WITHOUT HEALTH?(健康でなくして富とはなにか?)

2013年にマサチューセッツ工科大学のフィンケルシュタイン氏が、「WHAT GOOD IS WEALTH WITHOUT HEALTH?」、つまり、「健康でない状態でお金だけあることがどれだけ良いことなのか?」といったタイトルの論文を発表しました。経済学の概念図として表すと、横軸が「消費」、縦軸が「満足度(消費からどれだけ満足を得られるのか)」となり、だんだんと右にお辞儀をした形のグラフになります(図3)。

図3 消費の限界効用に関する概念図
図3 消費の限界効用に関する概念図
 

つまり最初の消費はとても楽しいけれども、何度も何度も追加的に消費していくと、だんだん満足度が減ってくる。ハンバーガーでも最初の一口はおいしいけれども、3つ食べるともう満足度はない、というのと同じような話です。こうした考え方を用いて、病気になるということが一体どういうことなのかを説明すると、この満足度の曲線を下げる効果として考えられています。特に、どのように下がるのかというのが重要で、消費額が高い段階での限界的な消費の満足度を下げてしまうのではないかと考えられています。

たとえば食費は、病気になっても食べること自体はなくならないし、ある程度は楽しいというのが直感的な説明です。一方で、海外旅行に行くといった奢侈(しゃし)的な消費になればなるほど、健康が重要になります。奢侈的な消費を不健康なまま楽しめる人は、それほど多くないと思います。そういう消費額が高い経済活動であればあるほど、健康が重要になってくる。これが大事なポイントだと考えます。

実際に、フィンケルシュタイン氏の論文では、所得階層ごとに健康度の高い状態と健康度の低い状態を区分けして、それぞれ人生の満足度がどれだけ違うかを比較しています。比較すると低所得層ではそれほど違いがないように見えますが、奢侈品のかなえる満足度の割合が高い高所得者ですと、非常に満足度が落ちるということを発見しています。

くらしと健康の調査(JSTAR)を用いた分析

続いて、日本の高齢者ではどうなのかということに関して、日本で手に入る個人を追跡したデータでは最も質の高い1つである「くらしと健康の調査(JSTAR)」を用いて分析を行いましたので、紹介します。

調査年は2007年から13年まで2年ごとの計4回、全国13都市でデータを取っています。先進各国ですでに同様の調査が実施されていて、その日本版ということで比較可能なデータですので、今後、今回の分析を各国と比較して、論文化したいと考えています。

JSTARは一つひとつの観測値について健康状態と満足度が調べられています。調査でどのようなことが聞かれているかというと、普段1ヵ月の消費額が調べられています。普段の1ヵ月の消費額は16万5507円というのが平均になります。また耐久消費財の購入額等も調べられています。疾患の数も、どの疾患にかかっているのかしっかり調べられており、これを見ると、みなさん大体1つは疾患があるようです。平均年齢は65歳で、本人の年収は200万円ぐらいの人が多く、半分は女性というようなサンプルの対象について、疾患に罹患するとどれぐらい消費額が低下するのかというのを調べました。なお、JSTARで調べられている疾患は心臓病、高血圧症、高脂血症等、約10疾患になります。1人の人が複数の疾患に罹患していることもあります。そのほかメンタルヘルスに関する項目等も、かなり国際的な水準で詳細に調べられています(図4)。

図4 JSTARの調査項目
図4 JSTARの調査項目
 

JSTARを用いて、疾患がある人とない人で、消費がどれぐらい違うかを単純な集計で見ていくと、疾患がある人たちのほうが月2万円程度は消費額が低いというのが平均の姿です。所得水準別に分けてみますと、低所得者は疾患の数が3つ併存していると、かなり消費額が落ちています。

次に、満足度では、今の生活に不満足と回答した割合は、低所得者では疾患にかかることで増えてきています。こういったデータを使って実際にどれぐらい慢性疾患に罹患することで消費額に影響が出るか調査しました(図5)。

その結果をみると、1つの疾患に罹患すると10%消費が減っています。疾患に罹患すると消費額がかなり落ちるということを示しましたが、その通りの結果になっており、2つ罹患すると20%、3つ罹患すると30%というのが推定結果の解釈になります。高齢者ですと2つ、3つの疾病に罹患している人は多いので、そう考えると病気に1回もならないのは難しいにせよ、病気になるタイミングを遅らせるとかいったことがマクロ経済上に、かなりインパクトを及ぼすのではないかと考えられます。

図5 慢性疾患に罹患することでの消費額への影響
図5 慢性疾患に罹患することでの消費額への影響
 

疾患別の結果

次に、どの疾患で消費への影響が大きいかを説明します。今回の結果としては、胃腸の病気として分類されているものの効果は非常に大きくマイナス0.52となり、約50%低下します。おそらく胃腸の病気というと潰瘍等、自覚症状がある病気だと思いますので、そうした疾患というのはアクティブに生活することを妨げてしまうというのは、データでもサポートされていると考えます。また、肝臓の病気も罹患するとかなり消費の動向に影響していました。次に、糖尿病ですが、今回は推計されて特に影響がないという結果ですが、おそらく自覚症状がなく、診断だけされているというパターンが多いのではないかと考えています。最後に、心疾患の影響ですが、これはかなり大きいようです。こうした病気を発症してしまうと、約30%~40%ぐらいの人の消費意欲が低下してしまう結果となっています(図6)。

図6 疾患別の結果
図6 疾患別の結果
 

慢性疾患の数別の影響

次に、慢性疾患に複数罹患すると消費にどのように関係するかを考えました。やはり高齢者は、3~4の疾患に同時にかかっているというのは実態としてあると思います。もっている疾患の数でどれぐらい影響が変わるかを計算しました。この定式化に基づくと、1つ疾患がある人の消費の低下は大体20%になります。2つ同時にあると消費は50%低下、3つだと90%低下ですので相当大きくなります。だんだんと罹患している疾病数が増えていくにしたがって、消費もしなくなるという傾向がきれいに見て取れると思います(図7)。

図7 慢性疾患の数別の影響
図7 慢性疾患の数別の影響
 

さらに、こうした健康と消費の関係に薬剤はどのように貢献しているのでしょうか。たとえば、高脂血症における服薬の有無では、消費への影響はほぼ同じにとどまっていました。服薬している人のほうが症状は重いにもかかわらず、消費への影響は軽微で、なし群と同等にとどまっているのであれば、薬の効果によって消費低下の影響が小さくなっているという解釈が可能ではないかと考えます。これは、まだ解釈にすぎませんので、学術的にはしっかり確認しなくてはいけないとは思います。

マクロ経済へのインプリケーション

紹介した疾病の効果について、2つの罹患で20%程度消費が落ちるということでしたが、効果を過大評価している可能性もあります。というのは、本研究での疾病数は大体1つあるというのが平均でしたが、国民生活基礎調査等で疾病数を確認すると、2つ以上かかっているのが平均の姿となっています。つまり、本研究においては過少に疾病の数が報告されている可能性があるということです。ただそれにしても、消費への影響はグラフでもはっきりと観測されていますので、相当無視できない影響だと思います。概算として、マクロ経済全体でこうした疾病による消費の損失がどの程度の規模であるだろうと考えました。

現状は65歳以上の高齢者世帯の消費は約91.5兆円と考えられています。将来的には家計消費の4割くらいが高齢者世帯の消費になりますので、もっと割合は上がってきますが、われわれがこの研究で得られた線形性を仮定した推定結果では、健康の消費への影響について、2つの疾患への罹患で20%消費が低下するという結論を得ました。

多少は過大推計である可能性を加味して、試みに2つの疾患に罹患すると15%消費が低下すると仮定すると、疾病のない状態における高齢者の消費額がおそらく107兆円ほどだったので、疾病により15%低下して現実は91兆円、つまり疾病罹患による消費損失は年間で16兆円程度と解釈できます。

ほとんどの人が75歳以上になると2つ、3つの疾病を抱えているというのが現状です。それを1つ減らせる、または減らせないにしても疾病にかからない状態と同等のQOLを維持できるような医療技術が開発されることが可能であれば、疾病を1つ減少させるだけで16兆円の半分の年間8兆円ぐらいの経済効果が見込めるはずだということになります(図8)。

図8 マクロ経済へのインプリケーション
図8 マクロ経済へのインプリケーション
 

就労への影響というのが病気の予防では注目されます。しかし、今後の日本を考えると必ずしも労働市場で働いて経済貢献することではなく、むしろ健康をできる限り維持して、健康な一人ひとりの消費を足し上げた結果、大きな経済貢献があると考えたほうが世代間の対立を生まないビジョンなのだろうと思います。

概算とはいえ、実際に日本で使える最も良いデータを使って推計すると、健康状態の損失が消費に与える影響はやはり大きいと考えられます。健康状態が損なわれた状態ですと、消費をしても楽しくないというのは実感だと思いますし、お金を蓄えてはいるけれども消費しないまま死亡してしまうということが、今後ますます経済問題として重要になってくると考えています。

(産業政策委員会 総合政策部会 アドボカシーグループ 本山 聡平

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