政策研のページ 政策研主催フォーラム「“国民の皆様にとっての医薬品・DTxの価値”について考える」を開催

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医薬品やデジタルセラピューティクス(以下、DTx)のイノベーションによりもたらされる価値の議論が盛んになってきており、製薬産業の立場においては、その価値が適切に評価され、次のイノベーション創造を通じ、医療現場への還元と豊かな社会づくりに貢献することが重要であると考えています。現状では、医薬品の価値評価は医療的視点をもとに行われており、また、DTxは診療報酬制度への取り込みが検討され始めている段階であり、多様な価値の議論までには十分に至っておりません。そこで、医薬品とDTxの話題を一堂に集め、その差異あるいは共通点を交えながら、医薬品・DTxの多様な価値の要素について整理するとともに、整理された価値を国民のみなさんに知っていただくための方策について議論を交わす場として、医薬産業政策研究所(以下、政策研)が主催となり、本フォーラムを企画し、2023年8月21日に会場(日本橋ライフサイエンスビルディング、東京都中央区)とWeb配信のハイブリッド形式で開催しました。

当日の会場の様子 当日の会場の様子

フォーラムの概要

本フォーラムでは政策研の東宏主任研究員より簡単な概要の説明の後、前半は外部講師と研究員からの講演、後半は演者が登壇した全体ディスカッションを行いました。

まず、国民・患者視点の価値をテーマに、政策研の吉田晃子主任研究員より、「国民が重視する医薬品の価値の考察」について報告を行いました。次に、キャンサー・ソリューションズ代表取締役社長の桜井なおみ氏より、「Patient Journeyに寄り添う医薬品とDTx」について講演がありました。

続いて、医薬品の具体的な価値評価に焦点を当て、政策研の三浦佑樹主任研究員より、「英国の価値評価からみた医薬品のもたらす多様な価値」について報告を行いました。さらに、横浜市立大学医学部公衆衛生学教室准教授ならびに東京大学大学院薬学系研究科医薬政策学客員准教授の五十嵐中氏より、「アカデミアからみた医薬品・DTxの多様な価値とは?」と題し講演がありました。

その後、DTxにおける価値を題材に、政策研の辻井惇也主任研究員より、「DTxがもたらす多様な価値」について報告を行いました。続いて、MICIN代表取締役CEOの原聖吾氏より、「DTxが拓く医療の未来」について講演がありました。

最後に、前半セッションを受け、政策研の山田謙次所長が司会進行し、6名の演者間で医薬品やDTxの多様な価値およびその評価について全体ディスカッションを行いました。  以下本稿では、全体ディスカッションで議論されたポイントについて、概要を紹介します※1

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    講演内容については、政策研ニュース No.70「政策研主催フォーラム『“国民の皆様にとっての医薬品・DTxの価値”について考える』」(2023年11月)をご覧ください。

全体ディスカッション「医薬品やDTxの多様な価値及びその評価について」

〔トピックス1〕多様な価値の整理について

Q:医薬品/DTxの価値について、どのような観点や認識の広がりが重要か?

五十嵐氏は、まずwell-beingとQOLの概念の近さと、測定に際しての統合・代替リスクについて言及しました。三浦主任研究員の講演にあった英国の評価では、QOLの概念に収まらないメリットと、QOLの概念の内側には入るがEQ-5D等では測り切れない要素の2つに区分しています。五十嵐氏は講演の中で、測れないものは価値ではないといった議論になる恐れがある一方で、なにかを測る尺度を標準化すると、その尺度で測れないものは入れなくても良いとされ得る危険性があることを指摘しました。

また、QOLの概念と重なるwell-beingについては、QOL値で測る試み等も一部では検討が進んでいるものの、尺度ができればある要素のすべてが測り切れるという考えは幻想であり、議論が盛り上がってきたからこそ注意しなければならない点であると指摘しました。加えて、well-beingで測り切れない要素はなにがあるのか、新しい尺度であるがゆえに注意しなければならないと述べました。

桜井氏は、治療アクセスへの課題の一例として、精神疾患領域では専門医の不足や相性により患者さんが満足する治療が受けられない場合があるという事例を挙げ、DTxの活用の広がりにより、個人に合った適切な治療が受けられる、社会にカミングアウトせずに治療に参加できるといった新たな喜びが期待されると述べました。このような当事者である患者さん・市民がDTx開発に参画し、DTxの良さを可視化していくことが重要であると指摘しました。

原氏は2つの観点から見解を述べました。まず「治療以外の価値をいかに可視化するか」についてです。DTxに精通した医師によると、投薬治療に入る前や医薬品を追加する前の患者さんはDTxを受け入れやすくなる傾向があるとのことです。このタイミングの患者さんにとっては、なにかしらDTxの価値を感じていると想像できますが、このような見えない価値を可視化していくことが求められます。もう1つの観点は「デジタルエコシステムの価値を患者さんに実感ベースで伝えること」です。たとえば、DTx製品の利用の広がりは、DTx製品の進化や治療効果の高い患者群の理解等につながることが期待されます。このような事例を蓄積し、デジタルエコシステムが素早く実現される価値を患者さんに理解してもらうことが重要であると原氏は指摘しました。

Q:日本における医薬品/DTxの価値認識の現状について

五十嵐氏は現状について当面の課題とその裏面にある課題を指摘しました。当面の課題は、実例をもとに検証を進めていくことです。過去に発売された医薬品についてその時点でエビデンスが顕在化した部分のみを数値化して試算したところ、抗がん剤は約9割のマイナスという結果が出ています。一方で、C型肝炎治療薬の事例は、さまざまな要因が重なり、うまくいった事例でした。ほかの医薬品も同様に検証できるとはいえません。五十嵐氏は、検証が難しい事例も含めて評価をするのであれば、ある程度は質的部分も入れた評価が必要になると述べました。

これと表裏を成す課題は、製薬企業は足並みを揃えて価値に基づいた値付けを提唱する姿勢が整うのかという点です。客観的な価値の検証が議論される中で、すべての事例がプラスに評価されるわけではなく、プラスもあればマイナスもあります。場合によっては、今まで構築してきた価値観が無に帰す可能性もあります。五十嵐氏は、こうしたことを許容できるかどうかが、価値の議論を本気で進めることができるかのポイントになると指摘しました。

次に桜井氏は、予防の価値について見解を述べました。医薬品を含め、現在の議論は発症後からスタートしており、予防は議論の俎上に載っていません。デジタルの視点で見た場合、未病の方の健康増進や重症化予防に対する価値も考えられますが、その議論や見える化はまだできていません。海外では、医療へのアクセス性が日本よりも悪いため、自己の健康や症状の管理を目的としたアプリの利用が進んでいます。桜井氏は、デジタルには発症前からの介入を期待しており、製薬産業だけでなく保険産業等も含めた幅広い支援が必要であろうとコメントしました。

原氏は、アウトカムに基づくリソース配分について、改善の余地があるとの考えを示しました。診療報酬の点数の付け方に対する議論では、リソースの配分の議論がステークホルダーの利害関係で調整される部分があり、アウトカムに基づく議論が必ずしも十分になされていないのではないかと指摘しました。現状では、既存の仕組みが成り立っている難しさがあるものの、いずれは価値に基づいてリソースが配分される制度になると良いだろうと述べました。

〔トピックス2〕価値の評価について

Q:患者さん/国民の声を価値評価に反映することへの日本と海外の違いは?

この設問について、桜井氏は海外での事例として、後発品やバイオシミラーを実装化する際に患者さんにとっての価値を反映することがあるとの事情を説明しました。また、海外も含めた今後への期待として、データ活用によるプラセボのない治験の実現や、連続したデータの可視化、量(生存期間)も含めたQOL評価の実現、治療と治療の間の評価による顕在化していた価値が測れるようになる可能性等を述べました。

Q:2023年6月に厚生労働省より出された「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会 報告書」への受け止めについて

桜井氏は、同有識者検討会では、ドラッグラグ・ロス問題解決に向けて、患者団体として議論に参画し、生の声を届けることができたことに触れ、報告書にも「患者団体からの意見」が盛り込まれたことを紹介しました。

Q:DTx開発の多くは資金的に制約があるスタートアップ企業が担っていることが多いが、多様な価値を証明するためのエビデンスを取得することに対し、どのような課題や必要な支援があるか?

原氏は、DTxが保険償還でどの程度評価されるかという予見可能性が乏しいことが開発を進めるうえで難しい点だと指摘しました。新しい領域であるため、ある程度のリスクを許容しながら開発を進めているものの、評価の予見可能性をもう少し見えやすくすることが重要だと述べました。そのような観点から、さまざまな評価の切り口が予見可能性の議論の軸になると考えられますが、価値を評価する切り口が明確になれば、開発者はどのようにその価値を証明するかという戦略も立てやすくなると主張しました。ただし、単純に高い点数をつけてほしいという主張ではなく、評価軸の明確化に際しては、これまでのやり方とコンフリクトする部分に対し、どう調整していくかが重要になると付け加えました。

五十嵐氏は、DTx独自の強みとして、アプリが患者さんの手元にあることから、市販後のリアルワールドエビデンスを収集できる点があると指摘しました。特に、評価される項目(価値)や評価軸が明確でない場合、DTxでは収集済みのリアルワールドデータからエビデンスを構築することができることが大きな強みです。加えて、結果の患者さんへのフィードバックについて、DTxは個別具体的に患者さんへ結果を返還できるツールである点も見逃せないとの指摘もありました。

どのような治療手段でも承認時点でその価値のすべてを証明することは不可能であり、価値に基づく値付けをしていくということは、究極的には承認後のエビデンスに基づき、プラスにもマイナスにも再評価することを意味します。それを最も安価に達成できるのがDTxであると述べました。

加えて、桜井氏は患者視点の意見として、たとえばデジタル技術を用いて抗がん剤による外見変化をグラフィックで予測(可視化)することもできるのではないかと意見を述べました。こうしたデータを医学部での教育にフィードバックできる可能性もありえるとの見方です。一方こうしたデータの2次利用を進めるには、個々の開発者が個別に取り組むのでなく、国策としてデータを1つに集約していくことが必要であり、これによりペイシェント・ジャーニーのさまざまな時点でデータを利用しやすくなるのではないかと問題提起しました。

〔トピックス3〕国民に多様な価値を知ってもらうためには?

Q:国民の価値の認識をより高めるための産業側からのアプローチについて

吉田主任研究員は、医薬品に多様な価値があること、特に社会波及価値があることを、製薬企業が主体的に、具体化し、国民にしっかりと示していく必要があると述べました。社会波及価値(特に、生産性、社会復帰・復職、介護負担の軽減)を重視する集団は労働や家事に多忙な世代で、かつなんらかの疾患がある集団であることが示唆されており、疾患をもちながらも、治療しながら労働(家事)ができる、労働(家事)に戻れる、また、介護の負担が軽減できるといった、社会波及価値が医薬品にあることを、特に労働(家事)世代(国民)に対し、具体的に示し、届けていくのも、一案であると述べました。

また、三浦主任研究員は、多様な価値の整理のパートで出てきた「まだ見えていない価値」をどう見える化するのかが重要だと改めて指摘しました。治療をしている患者さんや患者団体の方に、今までできなかったことでできるようにしたいことの情報を聴取する機会を設け、患者さんと接する医師へこれらの情報をフィードバックするようなアプローチが、患者さんに多様な価値を知ってもらうためのアプローチになると述べました。

最後に、辻井主任研究員は、DTxでのアプローチについて、「医師等を介した間接的な啓発」と「直接的な啓発」の2つを挙げました。前者では、DTxにどのような価値があるかを、医師等へエビデンスをもって提示することが重要です。後者については、患者さんは専門的な言葉で言われても理解が難しいという問題があります。たとえば、製薬協では今春、健康医療データ活用に関する国民向けの啓発冊子を作成し、公開しました※2。この冊子のように、医療ヘルスケアに対するDTxの貢献やDTxがもたらす多様な価値等について、できる限り平易な言葉やわかりやすい表現を用いて直接国民に届けるアプローチが重要だと述べました。

Q:医師自身へ価値を認識してもらうあるいは、患者さんに価値を知ってもらうための方策について

原氏は、治療効果や有用性を医師が感じること、どういうユースケースで有効なのかを見つけて展開していくことが重要であり、医師同士のコミュニティ等、さまざまな広がりがそのきっかけになると述べました。

Q:10年前との国民の認識の変化ならびに製薬産業とアカデミアの価値の認識を高めていくためのアクションについて

五十嵐氏は、世の中の価値の見方が変わったというよりも、当時と今とでは説明するステークホルダーが変わったことを指摘しました。これまでの医薬品の価値の説明は中央社会保険医療協議会(中医協)のメンバーを対象としていました。しかし、現在は国民に説明をし、納得してもらわないといけないという変化があります。説得する相手が増えたからこそ、より平易な言葉でかつ正確に説明しなければいけなくなったと述べました。

Q:患者さんにとって医薬品・DTx、医療そのものの認識がどのように変わってきたか、また、認識を高めていくために産業界と患者さんで取り組んでいけることや課題等について

桜井氏は、医薬品の処方や服用が、どこか他人事(受け身)であった過去に比べ、今は、かつてなら病状が厳しかったような患者さんも社会復帰ができる等、より幅広い薬の効能や価値を感じられるようになったと所感を述べました。また、医薬品・DTxに共通して、患者団体も含め、製薬産業等ステークホルダー皆が、本フォーラムのような価値や評価の議論を継続していくことの重要性を指摘して、締めくくりました。

おわりに

本フォーラムは多くの方に聴講していただき、会場とWeb配信を合わせて500名強がご参加くださいました。会の終了後に実施したアンケートでは、多様な価値への理解が「深まった」「やや深まった」という意見が医薬品については86%、DTxについては89%と、ともに大半を占める結果となりました(図1)。

図1 「“医薬品”、”DTx”の多様な価値について自身の理解が深まったか?」の回答結果(N=65)
図

またアンケートの価値に対する自由記載欄では、以下のようなコメントが寄せられました。(一部抜粋)

ステークホルダーに広く価値が多様であるように価値観も多様であり、万人に受け入れられる単一の価値尺度は存在せず難しい。
今後、普及が想定されるDTxの価値課題、位置付け、医薬品とのすみわけ、医師、患者のそれぞれのニーズなど色々な視点で大変参考になった。
価値は時代、環境、文化により変化するものと考えるため、持続的活動と共有をお願いしたい。

医薬品の価値や評価といった議論は、本フォーラムでさまざまな指摘があった通りまだ十分とはいえず、医薬品産業としていっそうの可視化、平易化に努め、患者さんや国民目線でリテラシーを深め、あるいは医師・薬剤師等の医療関係者も含め、事例を交えながら価値を示していく必要性を感じました。

これらは、従前も議論されてきましたが、本フォーラムを通じ、特に議論に興味・参画するステークホルダーが増えてきていると実感できました。中医協や厚生労働省主導のさまざまな検討会が立ち上がっている今こそ、評価手法等を駆使して、訴求力のあるデータをもって説明していく必要性が増したと感じています。これら、本フォーラムで得た示唆は、今後の政策研の調査研究にも活かしていきたいと考えています。

最後に、本フォーラム開催にあたり、ご尽力・ご協力いただいた演者ならびに関係者、そしてご参加いただいたすべての方に、改めて御礼申し上げます。

DTxも同様に、価値を実感していても可視化に至っていないものに対し、具体的なエビデンスを積み上げ、価値を実証していくことが重要であり、さらに、予見可能性といった評価軸の提示を産業側が積極的に行い、議論を前進させるべきと考えられます。

(医薬産業政策研究所 主任研究員 吉田 晃子辻井 惇也三浦 佑樹東 宏

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