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大学における革新的創薬技術の開発と現状
~3万分の1の確率をいかに高めるか?~


大学における革新的創薬技術の開発と現状
~3万分の1の確率をいかに高めるか?~
東京大学大学院 薬学研究科 分子薬物動態学及び医薬品評価科学講座教授兼任
杉山雄一 氏
解説講演(要旨)

製薬協広報委員会は2011年12月20日、東京大学大学院 薬学系研究科分子薬物動態学教室 教授 杉山雄一氏を講師に迎え、メディアフォーラムを開催しました。
医薬品の開発で臨床試験段階にまで到達した候補化合物が最終的に医薬品として承認される確率は低く、失敗の原因の多くは薬物動態※1が関与しているといわれています。成功確率を上げるためには、早い段階でヒトでの薬物動態を予測することが必要です。そのための有力な手法としてマイクロドーズ臨床試験(MD試験)や早期探索的臨床試験(eIND試験)が注目されています。今回は、これらの試験法が生まれた背景やNEDOプロジェクト※2の研究成果などについて、その第一人者である杉山氏が解説しました。


1. 医薬品開発の現状とMD試験やeIND試験が生まれた背景


杉山雄一氏

 ヒトでの臨床試験に100個の候補化合物が入ってきたとしても、最終的に「くすり」になるのはわずか8個にすぎません。また、臨床試験前には多くの前臨床試験(実験動物を用いたin vivo試験や、試験管の中〈in vitro〉の試験)が行われており、候補化合物が選ばれる確率は1/3000程度です。さまざまなデータの裏付けに基づいて開発を進めているにもかかわらず、8%しか成功しないのが医薬品開発の現状です。
 成功しない理由を解析すると、1991年の統計では約40%が生物学的利用能(BA、薬の吸収性の指標)など十分な血中濃度が得られない(薬物動態特性が悪い)という薬物動態の問題で中止しています。2000年の統計では薬物動態については改善がみられるものの、薬効や毒性を理由とする中止は相変わらず多い状況です。薬効、毒性が原因で中止される化合物であっても組織中の薬物濃度が十分でなかったため薬効が十分に出ない、または高すぎたことや毒性につながる代謝物の生成に起因する副作用が原因で、中止する可能性が高いと考えられます。
 実はヒトでの薬物動態を動物実験から予測するのは容易でありません。BAという最も大事なパラメータでさえ、ヒトと動物との相関性は高くありません。さらに、たとえばアルツハイマー病治療薬であれば脳、制がん剤であればがん組織への移行性をも解明する必要があります。MD試験などの手法は、医薬品開発の早い段階でヒトでの薬物動態を正確かつ安全に予測する必要性から生まれたものです。日本では2008年に厚生労働省による「マイクロドーズ臨床試験の実施に関するガイダンス」が公示され、医薬品開発に応用する基盤はすでにでき上がっています。
 MD試験とは、「100μg以下かつヒトにおいて薬理作用を発現すると推定される投与量の100分の1を超えない、極めて低用量の被験物質を健常人に単回投与することにより行われる臨床試験」のことです。投与量は想定薬効量の1/100量を原則としますが、上限は100μgにしています。この範囲であれば、既存の薬物で有害でないことが知られています。
 従来の研究開発プロセスでは臨床試験に入る候補化合物を1つに絞る必要があります。しかし、必ずしも合理的な選択が可能とは限りません。選択を誤らないためには、候補化合物が3~5個の段階でMD試験を行って選ぶことが最も適切と考えられます。さらに、PET(陽電子放射断層撮影)などを併用すればヒトの脳やがん組織に分布するかどうかも同時に検証することができます。適切な候補物質に絞ることができれば、現在8%である成功確率をたとえば30%にまで高められる可能性もあります。
 eIND試験はMD試験よりも高い投与量(準薬効量)で実施する試験のことで、薬物動態のみならず、適切で感度の良いバイオマーカーを用いることにより、ヒトにおける薬効の作用機序の正しさを確認したり、臨床での有効投与量を推測することができます。いずれにしても、臨床第Ⅰ相試験に入る前の段階でヒトでの薬物動態、薬効に優れた化合物を選択する方法論が加わったことになります。

2. NEDOマイクロドーズ(MD)プロジェクト

 AMS(加速器質量分析法)やLC/MS/MS(液体クロマトグラフ-タンデム型質量分析計)の発達によって、薬物の検出感度は飛躍的に高まりました。一方、MD試験で1/100量を投与したときの血中濃度を、100倍すれば本当に臨床投与量での血中濃度を予測できるかという心配があります。実際にはおよそ8割のケースで予測可能であり、残りの2割も適切なデータを補えば予測は可能です。さらに数理モデルとあわせれば薬効量での血中濃度推移も予測できます。製薬企業コンソーシアム(12社)によるプロジェクトでは、既存の医薬品を用いたMD試験を3年間で計28件実施し、臨床投与量との比較検討を行いました。

3. 14C標識化合物を用いたMD試験

 体内に取り込まれた薬剤は、最終的になんらかの形で排泄される必要があります。そのため、新薬開発において回収試験(マスバランス)は重要な試験のひとつです。しかし、構造未定のさまざまな代謝物を含むので、放射性標識化合物を使う必要があるため、これまで日本国内では行われていませんでした。
 NEDOプロジェクトではヒト特有の代謝物を特定するモデルとして、14Cで標識したアセトアミノフェンとトルブタミドを使ってMD試験を行いました。試験の安全性・必要性を科学的に示し、IRB(施設倫理審査委員会)の審議を経て、日本では初めて放射性標識体をヒトに投与する試験を実現できました。

4. 非標識化合物を用いたMD試験

 MD試験では微量の化合物を定量する※3必要がありますが、必ずしも測定感度が高い薬物でしかできないわけではありません。実際によく使われている薬剤から31化合物を無作為に抽出して検討した結果、多くの化合物は標識化合物※4を使わなくても、MDを投与後の最大血漿濃度の1/10の濃度まで測定が可能でした。
 非標識体を使ったMD試験では、複数の候補化合物を同時に投与(カセット投与)した後、LC/MS/MSを使って分離定量することができます。この方法は複数の候補化合物を絞り込むためには最適の方法と考えられます。
 一方、LC/MS/MSでは構造未定の化合物を測定することは難しいため、さまざまな代謝物の量を測定する必要性がある場合には、前出の放射性標識体を用いる方法が優れています。

5. 薬物相互作用と遺伝子多型による個人間変動の解析

 薬物相互作用もMD試験を使って検証することが可能です。アトルバスタチン、ミダゾラム、プラバスタチンをカセット投与して試験を行ったところ、プラバスタチンでは薬物トランスポーター(「くすりの運びや」)であるOATP1B1を阻害するリファンピシンによって血中濃度が上昇し、ミダゾラムでは肝代謝酵素(CYP3A4)を阻害するイトラコナゾールで血中濃度が上昇することが検証されました。
 トランスポーター(OATB1)は個人間の変動が大きいことがわかっています。たとえばシンバスタチンで誘導される筋肉痛は、OATB1に遺伝子多型のあるヒトでは約20倍起こりやすくなります。こういったこともMD試験の血中濃度データから推計することが可能です。

6. PET-臨床試験に基づく有効性・安全性評価のための戦略

 組織や臓器での薬物濃度を直接的に予測する方法としてPETイメージングがあります。たとえばスタチン系の高脂血症治療薬をPET標識することで、薬効を発現する肝臓には高濃度に集積するが、副作用につながる筋肉への分布は最小限である物質を選ぶことも可能になります。
 また、安全性評価への応用については、たとえばオセルタミビルなどが実際に小児の脳に移行しやすいかどうかなどを、サルを使った実験を切り口にして検証することもできると考えられます。

7. まとめと質疑応答から

 MD試験のガイダンスやプロトコールが整備され、医薬品開発に応用する環境は整ってきました。放射性標識化合物を使った試験も国内での実施が可能になりました。NEDOプロジェクトでは過去3年間、既存薬を使って検証を行ってきましたが、今後は製薬企業との連携で開発化合物や大学・研究機関のシーズを使った実証試験が予定されています。また、PETなど分子イメージングによる検討も動き始めています。
 一方、現在の規制ではMD試験を行った場合でも、あらためて臨床第Ⅰ相試験から始めなければなりません。それでは、成功確率が上がったとしても開発期間は少し延びてしまいます。技術革新に応じたレギュラトリーサイエンスや規制改革などもイノベーションには必要と考えられます。

※1) 薬物動態…投与された薬物の、吸収(absorption)・分布(distribution)・代謝(metabolism)・排泄(excretion)の一連の過程。
※2) NEDOプロジェクト…独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構の支援(NEDO)からの支援を受け、「ナノ粒子の特性評価方法の研究開発」と題した、工業ナノ材料を対象としたリスク評価およびリスク管理の研究プロジェクト。
※3) 定量する…化学分析で、ある物質中に含まれている成分の量を定めること。
※4) 標識化合物…化合物中の特定の位置にある原子を放射性同位体または安定同位体と置き換えて普通の化合物と区別がつくようにしたもの。


以上が今回のフォーラムの要旨でした。

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