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革新的な医薬品創出を目指し、先端的なトランスレーショナル研究を推進する九州大学
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一方、日本人のがん検診受診率はどのがんも30%前後で、ほかの先進諸国の70~80%前後に比べて圧倒的に低いのが現状です。低い理由として、面倒、時間がかかる、費用が高い、痛みを伴う、そしてこれらの負担の割には精度がそれほどでもないことが挙げられます。
 大腸がん、胃がん、肺がん、乳がん、子宮がんを5大がんといいますが、これは死亡者数の1~5位ではなく、有効な検査法があるがんということです。死亡者数上位5位には膵臓がん、肝臓がんが入りますが、これらには有効な検査法はありません。多くのがんについて手軽、低コスト、痛みのない、高精度な網羅的がんスクリーニング法が求められています。
 臨床現場では、がん患者には特有のにおいがあるといわれていましたが、これまでは研究対象としては注目されてきませんでした。それががん探知犬の研究によって、がんには特有のにおいがあるらしいことは明らかになってきました。しかし、がん探知犬の能力は個体差と集中力により精度が変化し、1日5検体程度しか調べられない、若いうちは教育・訓練が必要で、老いては介護が必要になる、正解がわからないテストでは精度が低下する可能性があることが指摘されています。
 線虫は線形動物門に属する動物の総称で寄生性のものが有名ですが、土壌や海洋中で自活しているものも多くいます。1億種ある、地球上のバイオマスの15%を占めるともいわれています。代表的なものとして回虫、ぎょう虫、アニサキス、マツノザイセンチュウなどが挙げられます。
 われわれが使っているC.elegansという線虫は生物研究のモデル生物で、世界中で広く飼育、研究されているポピュラーな生物で世代交代は約4日、雌雄同体のためかけ合わせの必要がなく、一度に100~300個の卵を生み、安価に飼育できます。
 線虫の嗅覚神経は頭部の先端にあり、構造はヒトや哺乳類に似ていますが、嗅覚細胞の数はヒトが500万個、犬が数億個に対して10個しかないので解析が容易です。嗅覚受容体は哺乳類と同じタイプ(昆虫と違う)で数はヒトの400個、犬の800個に対し、線虫は1200個あります。受容体の数が多いほどたくさんのにおいを識別することができるので、線虫は小さな生物ですが嗅覚が優れているといえます。
 線虫嗅覚の解析は、におい物質をシャーレの片側に置いて、中心に線虫を置き30分程度放置します。線虫は好きなにおいの場合はにおい物質に寄って来て、嫌いな場合は離れて行きます。それらの数で「走性インデックス」を算出します。
 当初、がん細胞の分泌物について線虫の反応を観察しました。すると大腸がん、乳がん、胃がんといずれのがんについても誘引される一方、正常細胞の分泌物では誘引されませんでした。また、においを感じられない線虫の変異体(odr-3変異体)で調べると誘引されなかったことから分泌物の中のにおいについて誘引されることがわかりました。
 実際の検査のことを考えると、人間の分泌物や血液を採取することは難しいため、簡便で苦痛がない、家庭で採取できる尿に注目しました。尿の原液に線虫が反応しませんでした。人間の場合でもにおいの好みは濃度によって変化することが知られており、インドールが高濃度のときは大便のようなにおいを感じ、低濃度のときはジャスミンのような香りを感じます。そこで、尿を10倍に薄め、識別できるかを観察しました。すると健常者の尿(10検体)には忌避を、がん患者の尿(20検体)には誘引を示しました。この初めての実験では精度は100%でステージIのがん患者の尿にも反応し、胃、結腸・直腸、膵臓がんのすべてに反応しました。次に、線虫ががんのにおいを本当に嗅覚神経で感じていることを証明するために嗅覚神経を破壊する実験を行いました。するとAWC嗅覚神経という誘引性においを受容する神経を破壊するとがん患者の尿に反応しなくなり、AWB嗅覚神経という忌避性においを受容する神経を破壊すると健常者の尿に反応しなくなりました。このことからにおいを嗅覚神経で感じていることが証明されました。
 より大がかりに精度検証するために、線虫嗅覚によるがん診断テスト(n-nose)を行い、242検体(がん患者24、健常者218)について解析しました。がん患者24例のうち、ステージ0、Iの早期がんが12例と半数を占めていました。結果は健常者218例の内207例(95%)は陰性となり、がん患者24例の内23例(95.8%)は陽性となりました。感度は他の腫瘍マーカーと比べても圧倒的に良く、糖尿病、妊娠、食事条件などの影響も受けないことがわかりました。
 n-noseの利点として苦痛がない、簡便である、早い、安価である、対象とするがん種が広い、早期がんを検出できる、高感度であることが挙げられます。
 この線虫嗅覚を用いた高精度がん検出法は「生物診断薬」という発想となり、ほかのがん診断新技術との違いは人工機器か生物かということで、嗅覚に関して人工機器をはるかに上回る生物の能力を利用するということです。この検査が日常的に実施されることになれば、定期健診時に、あるいは自宅で尿を採取して検査センターに送付するだけで検査可能になり、がん検診受診率の向上も期待できます。早期がん発見率の上昇、ひいてはがんによる死亡者数の減少、医療費の大幅な削減にもつながると考えます。

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