トピックス 健康医療データ・リアルワールドデータの活用に向けて 次世代医療基盤法と製薬協の取り組み

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日常生活で発生する健康や医療に関連したデータは、製薬産業では臨床試験のデータと対比してリアルワールドデータ(Real World Data、RWD)とも呼ばれています。RWDは製薬産業の創薬、開発、市販後安全性、臨床研究等多くのステージで活用されています。たとえば、RWDを活用することで、研究開発が効率的に進むことが期待されています。また、RWDから一人ひとりのさまざまな特徴に合った医薬品の安全性や有効性のエビデンス(科学的根拠)を創出して、医薬品のより適正な使用に役立てています。健康医療データの利活用とそのための環境整備は、製薬産業のみならず国としても重要課題であり、国の代表的な取り組みの一つが次世代医療基盤法の改正です。また、製薬協も国民に向けた健康医療データ利活用の理解向上の取り組みを行っています。本稿ではその2つの取り組みについて紹介します。

次世代医療基盤法の改正

「仮名加工医療情報」の新設等により、利活用の幅が拡大へ

次世代医療基盤法の正式名称は「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律」です。医療分野の研究開発の促進を通じて健康長寿社会を実現することを目的とし、製薬企業等が医療情報を利活用しやすくするための法律で、2018年5月に施行されました。この法律が2023年5月の通常国会で改正され、1年以内に施行されます。新たに「仮名加工医療情報」の定義が設けられ、薬事申請目的で独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)等へのデータ提供ができるようになる等、製薬企業のニーズに沿った改正がなされました。

法改正前の問題点

この法律により、国に認定された事業者が、患者本人と特定できないように匿名加工した医療情報(匿名加工医療情報)を、製薬企業や大学等に提供することが可能となりました。しかし、この匿名加工という処理により、データをカテゴリー化したり、数値をずらしたり、数が少ないデータを削除したりすることで、個人の特定につながらないように加工した結果、以下のような問題が生じ、データの価値が大きく損なわれるという課題がありました。

数が少ない症例を削除しなければならず、医学研究上有用なデータが得られない
個別サンプルのデータの真正性を確認したい場合に、カルテ等の原資料に立ち返った検証ができない
一旦抽出したデータは患者さんのひもづけができなくなるため、その後に得られたデータを追加して、患者さんの時系列変化を追跡することができない
個別症例のデータをさらに発展的に研究したい場合に、カルテ等にあるほかのデータを追加取得できない

また、匿名加工医療情報は第三者に提供することが禁止されているため、たとえば薬事利用目的で製薬企業がPMDA等の薬事規制当局にデータを提出することができないという課題がありました。

これらの背景から、法律が施行されて5年経過したものの、利用件数が20数件程度にとどまっています。

法改正の議論

この法律の改正に際し、内閣府は2021年12月に「次世代医療基盤法検討ワーキンググループ」を設置しました。構成員として製薬協医薬品評価委員会の近藤充弘委員長(肩書は当時、現副委員長)が議論に参画し、次のような提案をしました。

仮名加工医療情報の概念の新設(氏名、連絡先を削除するのみで、医療データは加工しない)
国内外の薬事目的で求められるデータの信頼性を担保できる仕組みの導入
国内外の薬事目的で求められる仮名加工医療情報の第三者提供の許容
レセプト情報・特定健診等情報データベース(NationalDatabase、NDB)、死亡票等の公的データベースとの連携

これらの提案はほかの構成員の賛同を得て、全面的に改正法に反映されました。

仮名加工医療情報の新設

改正法では新たに「仮名加工医療情報」が定義されました(図1)。仮名加工医療情報は、氏名等単体で特定の個人を識別できる情報の削除は必要ですが、匿名加工医療情報と異なり、特異な検査値や病名であっても削除・改変は不要となります。そのため、データの信頼性が向上し、より精緻な研究ができるようになります。また、特異なデータも削除・改変されないので、希少な疾患や、まれな副作用の研究等も可能となり、利活用の幅が大きく広がります。

図1 仮名加工医療情報のイメージ
図1 仮名加工医療情報のイメージ
出所:首相官邸ウェブサイト
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/data_rikatsuyou/jisedai_iryokiban_wg/dai8/siryou1.pdf

仮名加工医療情報の利活用の仕組み

匿名加工医療情報と異なり、仮名加工医療情報を利用する場合には、事前に国の認定を受ける必要があります(図2)。一定の安全管理措置が要求される見込みですが、その基準は現在検討中で、今後発出されるガイドラインで規定される予定です。

なお、薬事承認申請のために仮名加工医療情報をPMDA等の規制当局に提出できるようになります。海外の規制当局にも提出できるように要望していますが、どの国まで認められるかは現在政府が検討中です。

図2 仮名加工医療情報の利活用に係る仕組み
図2 仮名加工医療情報の利活用に係る仕組み
出所:首相官邸ウェブサイト
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/data_rikatsuyou/jisedai_iryokiban_wg/dai8/siryou1.pdf

NDB等の公的データベースとの連結

また、NDB等の公的データベースとの連結が可能となります(図3)。連結できるのは匿名加工医療情報に限定され、レセプトデータが中心ではありますが、これによりデータの追跡性が向上します。特に今後NDBは死亡情報の収集を予定しているため、これまでは難しかった死亡までを追跡する研究が可能となります。

図3 NDB等の公的データベースとの連結
図3 NDB等の公的データベースとの連結
出所:首相官邸ウェブサイト
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/data_rikatsuyou/jisedai_iryokiban_wg/dai8/siryou1.pdf

最後に

次世代医療基盤法は、製薬協の要望を反映する形で改正され、利活用の幅が大きく広がります。この法律の最終ゴールは健康長寿社会の形成です。製薬企業がこの法律の枠組みで医療情報を安全かつ有効に利活用し、多くの医薬品やエビデンスを創出して医療に貢献することが期待されています。

「健康医療データと私たちの生活」を発刊

国民理解の醸成に向けた製薬協による啓発活動
作成の経緯と目的

ここまで健康医療データの利活用の重要性が高まっていること、また、それに対応するための国の代表的な取り組みの一つである次世代医療基盤法の改正について紹介しました。一方で、総務省の調査では、日本ではデータを誰がどのような目的で利用するか等のデータ利活用の詳細を「知らないこと」に対して不安視する割合が他国に比べて高いことが報告されています。国民にとって、健康医療データの利活用は身近ではなく、さらなる活用が進むことで実現できること等の理解が十分に浸透していない状況であることが示されています。

製薬協は、上記のような経緯を踏まえて、社会全体での健康医療データの利活用をより発展的に進めることを目的に、国民向けの啓発冊子として「健康医療データと私たちの生活」(以下、本冊子)を発刊しました(図4)。健康医療データがどのようなものか、そしてどのように利用されているのかを、少しでも多くの国民の方に興味をもって知っていただくため、平易な表現を用い、イラストを多用して本冊子を作成しました。また、冊子形式だけでなくeBookという形式で製薬協のウェブサイトに掲載しています。

図4 「健康医療データと私たちの生活」 右は同eBook版QRコード
図

「健康医療データと私たちの生活」を通じて伝えたいメッセージ

本冊子を通じて、健康医療データを利活用することで、より多くの方々の健康増進や質の高い医療の実現につながることをお伝えしています。そのうえで、健康医療データが「いま」どのように利用されているか、そして、「これから」どのように利用されることをわれわれが目指しているかを説明しています。特に、強調して主張したいことは、「あなたの健康医療データが利活用されることで、あなたご自身だけでなく、たくさんの方々の健康に貢献することができる」ということです。

たとえば、健康医療データが利活用されることで、あなた自身に対しては、健康を保持するのに役立つ情報が入手できたり、新しいくすりや治療法等をより早く使用できたりするようになります。また、医療機関に対しては、有効な治療法が確立していない分野の特定や患者さん一人ひとりに合った医薬品や治療法の提供、救急時や災害時の迅速かつ的確な医療の提供が可能になります。さらに、製薬企業に対しては、治験の効率化・高度化による画期的な新薬提供の迅速化、エビデンスの構築、健康被害リスクの効率的な特定と対策の実行が可能になります。そして、行政に対しては、健康問題に対する医療政策の立案や費用に対する効果の分析を通じて医療資源配分の適切性の判断等にも貢献することができます。

このように、多岐にわたる好循環を通じて、より良い医療の提供だけにとどまらず、国民の健康増進や生命寿命・健康寿命の延伸、イノベーションの活性化等、well-beingな社会の実現につなげることができると考えています(図5)。

図5 「健康医療データと私たちの生活」より抜粋
図5 「健康医療データと私たちの生活」より抜粋

今後の啓発活動について

健康医療データの利活用の意義について「知らないこと」に対する国民の不安を解消し、利活用への理解向上のための啓発活動を継続する予定です。健康医療データの利活用を通じた多様な価値を国民に提供し続けられる社会環境の実現を目指します。

現在、健康医療データに関連する用語を、医療にあまりなじみのない方々にも知っていただけるよう「用語集」の整理を関係ステークホルダーと連携して進めています。  本稿で紹介した製薬協による活動について理解いただき、健康医療データの利活用にご理解とご協力をお願いいたします。

(医薬品評価委員会 医療情報データベース活用促進タスクフォース 赤利 精悟安中 良輔東郷 香苗

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