国連総会期間中に開催されたサイドイベント報告 日本発のイノベーションとマルチステークホルダーパートナーシップによるNCDs対策のグローバル展開:UHC実現への道筋

国連総会(UNGA)期間中の2025年9月24日、ニューヨークにおいて製薬協主催、日本政府(国連日本政府代表部)の後援および国際製薬団体連合(IFPMA)の支援により、サイドイベント「Japan’s Innovation and Multi-Stakeholder Partnerships for Tackling NCDs: Advancing the Pathway to UHC」が開催されました。

集合写真

司会:日本製薬工業協会 中川 祥子 常務理事

本イベントでは、製薬協の中川常務理事の司会進行のもと、非感染性疾患(NCDs)への対応とユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)推進に向けた日本の取り組みと、国際的なマルチステークホルダー連携の可能性について活発な議論が交わされました。

以下に本イベントの模様や議事内容を紹介します。

開会挨拶

NCDs対策とUHCの推進~日本政府の取り組み~

厚生労働省 国際保健福祉交渉官 江副 聡 氏

江副氏は、開会挨拶において、非感染性疾患(NCDs)は世界中で年間4,300万人が命を落とし、その約70%が低・中所得国(LMICs)において発生しており、人々の幸福や持続可能な社会経済の発展にも深刻な影響を及ぼしている現状に触れました。NCDs対策の充実には基盤となる保健システムの安定・強化が不可欠であり、日本は、「人間の安全保障: human security」の理念に基づき、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)を世界各国において実現することが重要であると強調し取り組みを推進してきましたが、世界では未だ多くの人が必須の医療サービスにアクセスできず、また、医療サービスに係る高額な自己負担により、経済的な困難に陥っていることが報告されています。国際社会におけるNCDs対策とUHCの推進には革新的な医薬品や診断、医療技術といったイノベーションの創出、強固な医療提供体制、持続可能な資金メカニズム、そして政府、国際機関、民間企業、市民社会を含む多様なステークホルダーの連携が不可欠です。

現在、日本政府は世界保健機関(WHO)および世界銀行と連携して「UHC ナレッジハブ」の取り組みを進めており、これは開発途上国の保健財政担当者や政策立案者の能力強化を目的とした知見収集や人材育成を行う世界的な拠点であるとしたうえで、2025年12月には東京でUHCハイレベルフォーラムの開催を予定していることを共有しました。さらに、本イベントの翌日に開催されるNCDsのハイレベル会合で安全で効果的かつ質の高い診断薬や治療薬、保健技術への公平なアクセスを推進するための議論がされる予定であることにも触れ、本イベントが日本のイノベーションや官民連携の経験を共有する好機となり、具体的な解決策、新たなパートナーシップ、そして協働の強化につながることへの期待を示しました。

基調講演

Building Capacity for Lasting Impact:Japan’s visionary role in the global NCD response through UHC and beyond

独立行政法人国際協力機構(JICA)緒方貞子平和開発研究所 主席研究員 瀧澤 郁雄 氏 

瀧澤氏は、日本の国際保健分野における実践的な経験を踏まえ、NCDsへの対応における日本の貢献と今後の展望について講演を行いました。冒頭では、日本は世界で最もNCDsによる死亡リスクが低い国である ことを紹介し、これはUHCに基づく医療制度の整備に加え、人々の生活習慣や健康行動、さらには、社会環境や文化的背景など、多面的な要因によるものであると説明しました。

講演では、JICAのNCDsへの取り組みについて、「UHCビジョン」「プラネタリーヘルスビジョン」「人間の安全保障ビジョン」の3つの観点から説明がありました。

  • UHCビジョン

    JICAは多くの国で、UHCを目指した保健システム強化を通してNCDs対策に取り組んでいます。その事例としては、ボリビア・日本消化器疾患研究センターのように世界的に認知された専門人材育成拠点の設立に繋げた中核拠点アプローチ、中米諸国(ニカラグア、ホンジュラス、ドミニカ共和国)でのNCDsサービスの家族・コミュニティサービスへの統合を支援したプライマリーヘルスケア(PHC)アプローチ、カンボジアでのPHCとレファーラル病院の双方を含むより広い保健システムアプローチがあります。JICAによる協力は自立発展性を重視しており、現地コミュニティのエンパワーメント、医療従事者や現地機関の能力強化を特徴としています。フィジーでは、世界的に推奨されているリスク診断ツール(WHO/PEN等)や動機付け面接等の手法を援用し、健康増進や早期介入に焦点をあててNCD国家戦略の実践を支援しています。

  • プラネタリーヘルス・ビジョン

    グローバル・シンデミックとも言われる肥満、低栄養、気候変動に対応したJICAのNCDs対策として食育の推進が紹介されまし。健康的で地産地消を推奨する食事を通じて人生を通じた健康行動の促進を狙った学校給食プログラムへの事例として、モンゴルやマレーシア、インドネシアを紹介しました。このモデルは、早期の健康習慣形成、持続的なNCDs予防、さらには地球の健康にも寄与することが期待されています。

  • 人間の安全保障ビジョン

    日本の開発協力の基本理念である人間の安全保障に基づき、JICAのNCDs対策では人々を中心に据え、人々自らが行動を起こして物事を変えていけるようなエンパワメント、また必要な保護の提供や社会や国境を超えた連帯の強化に取り組んでいることを述べました。

瀧澤氏は、NCDsへの対応は医療分野にとどまらず、教育、環境、経済など社会全体に関わる課題であることを指摘し、包括的かつ持続可能なアプローチの必要性を訴えました。講演の締めくくりでは、「アイデアを実践に移すことがJICAの使命である」と述べ、今後も相手国の能力強化を通じて、グローバルヘルスの課題解決に貢献していく姿勢を示しました。

パネルディスカッション

Multi-Sectoral Approaches to NCD Implementation: Accelerating Progress Toward UHC

パネルディスカッションは、Access Acceleratedのエグゼクティブ・ディレクターであるHerb Riband氏の司会進行のもと、NCDsとUHCに関する国際的な課題と解決策について、政府、国際機関、民間企業、市民社会の代表がそれぞれの立場から意見を述べました。

Riband氏は冒頭で、NCDsとメンタルヘルスが世界的に深刻な課題であることを指摘し、「グローバルヘルスは多くの課題と不確実性に直面しているが、同時に新たなアプローチと多様なパートナーシップによって大きな可能性が開かれている」と述べました。また、パネルディスカッションの目的として、LMICsを含む多様なステークホルダーの視点から、持続可能な資金調達と制度構築のあり方を探ることを提示しました。

登壇者は以下の通りです。

  • NCD Allianceケニア Chair Mary Nyamongo 氏
  • フィジー保健省 Head of Wellness Devina Nand 氏(事前コメント提供)
  • 世界銀行 Head of the Global Health、Nutrition and Population Department Monique Vledder 氏
  • 国際協力機構(JICA)緒方貞子平和開発研究所 主席研究員 瀧澤 郁雄 氏
  • 武田薬品工業 Head of Global Public Affairs Fumie Griego 氏

NCD Allianceケニア Chair Mary Nyamongo 氏

NCD AllianceケニアのNyamongo氏は、ケニアにおけるNCDs対策の現状と課題を報告しました。特に、疾患に関する基礎データの不足、医薬品へのアクセスの困難さ、予防よりも治療に偏った資源配分が問題であると指摘しました。また、医療費の自己負担が家計を圧迫し、貧困を助長している現状に対する懸念を示すとともに、NCDsを抱える人々がこうした議論の中心に置かれる必要性を強調しました。

フィジー保健省 Head of Wellness Devina Nand 氏

フィジー保健省のDNand氏は、NCDsがフィジーの死亡原因の80%以上を占め、経済的損失が年間2億6千万ドルにのぼることを報告しました。JICAとの協力により、医療従事者の育成、健康税の導入、職場での健康促進活動などが進められており、地域社会との連携による持続可能な制度構築が進行中です。

世界銀行 Head of the Global Health、Nutrition and Population Department Monique Vledder 氏

世界銀行のVledder氏は、世界で45億人が必要な医療サービスを受けられず、20億人が医療費によって経済的困難に直面している現状を指摘しました。NCDs対策における治療と予防への資金動員にはバランスが重要で、NCDsを予防することができれば大幅なコスト削減も可能となります。NCDs関連の資金提供が過去1年間で26億ドルに達し、ここ2、3年で大幅に増加したこと、AIやテクノロジーの活用による医療人材の効率化、民間との連携による医薬品価格の引き下げなど、持続可能な制度構築の重要性を強調しました。

国際協力機構(JICA)緒方貞子平和開発研究所 主席研究員 瀧澤 郁雄 氏

JICAの瀧澤氏は、NCDs対策は医療分野にとどまらず、教育、環境、経済など社会全体に関わる課題であると指摘しました。PHCへの統合、地域医療従事者の育成や現地保健システムの強化、コミュニティの参画を通じた持続可能な制度構築の必要性を訴えました。また、財政的課題に対し、JICAの開発政策借款を通じたUHC支援の例に触れつつ、パートナー国の財務省と保健省の対話の重要性に言及しました。さらに、グローバルヘルス財政を取り巻く現状における希望の印は、各国がオーナーシップとリーダーシップを強めている点にあると述べました。

武田薬品工業 Head of Global Public Affairs Fumie Griego 氏

武田薬品工業のGriego氏は、Access Acceleratedを通じた官民連携の進展や、社員投票によるCSRプロジェクト選定など、地域密着型の支援事例を紹介しました。南アフリカでのモバイルクリニック支援では、8,700人以上に医療サービスを提供し、地域の健康教育と啓発活動を展開していることが報告されました。またパートナーのニーズに寄り添った、長期的な地域主導型プログラムの価値を強調した。さらに、すべての国が財政的制約に直面している中で、保健財政、特に触媒的資金が極めて重要であると述べました。

登壇者による発表を通じて、NCDs対策とUHC推進に関する多様な視点と実践例が共有されました。セッション後半では質疑応答が行われ、参加者との間で現場の課題や制度設計に関する具体的な議論が展開されました。

質疑応答

はじめに、ジェンダー格差に関する質問では、男性の受診率の低さがNCDsの早期発見を妨げている点が指摘され、ケニアでの男性リーダー育成による行動変容の取り組みが紹介されました。これは、文化的背景に根ざしたアプローチとして注目され、他国への応用可能性も議論されました。

次に、栄養と食習慣の改善に関する議論では、家庭料理に含まれる塩分・油分の過剰摂取が課題とされ、食品表示の限界を超えた地域に根ざした栄養教育の重要性が強調されました。特に、学校給食を通じた早期の食習慣形成が、長期的なNCDs予防に有効であるとの認識が共有されました。

地域連携については、アフリカで実施されている国家間学習モデルが紹介され、政策立案者同士の知識共有と制度改善に有効であると評価されました。参加者からは、ラテンアメリカやアジア太平洋地域への展開にあたっては、現地の文化や制度に即した柔軟な設計が不可欠であるとの意見が寄せられました。

最後に、医薬品アクセスと調達の課題では、長期治療に必要な薬剤の価格と供給の不安定さが問題視され、共同調達やデジタル技術を活用した調達モデルの導入による改善策が議論されました。特に、民間薬局との連携やジェネリック医薬品の普及が、家計負担の軽減と持続可能な供給体制の構築に寄与するとの見解が示されました。
これらの議論を通じて、NCDs対策における多様なステークホルダーの役割と、国際的な連携の深化に向けた具体的な方向性が明らかとなりました。

UHCの実現に向けたNCDs対策の強化には、長期的かつ協働的な取り組みが不可欠であり、各国のリーダーや国際的パートナーは、外部支援に依存しない持続可能で強靭な保健システムおよびプログラムの構築を優先する必要があります。その実現のためには、一貫した政治的コミットメント、強力な国内リーダーシップ、そして各国の優先課題に整合したパートナーシップが求められます。

グローバルヘルスの改善は、すべての関係者が主体的に担い、共に推進していくべき共通の責任であるとし、パネルディスカッションを総括しました。

パネルディスカッションの様子

閉会挨拶

日本製薬工業協会 眞鍋 淳 副会長

眞鍋副会長は、NCDs対策とUHCの推進において、イノベーションとアクセスの両立が不可欠であると述べました。現在、私たちが直面している複雑で不確実性の高い国際環境下において、今こそ協働の重要性が一層高まっていることを強調しました。さらに、進展の鍵は「力を結集すること(uniting our strengths)」にあり、そのためには民間セクターや市民社会を含む幅広いマルチステークホルダー・パートナーシップを構築しつつ、各国のリーダーシップと優先課題を尊重することが重要であると述べました。

製薬協は、革新的医薬品の創製を通じてグローバル社会に貢献し、誰も取り残されない医療の実現に向けて、官民連携や国際機関との協働をさらに強化していきます。また、今後の国際的な議論の場においても、日本の経験と技術を活かし、持続可能な保健システムの構築に貢献していく意欲を表明しました。本イベントは、その第一歩となることへの期待とともに締めくくられました。

まとめ

本イベントを通じて、NCDs対策とUHC推進における日本の貢献と国際的な連携の可能性が改めて確認されました。限られた資源の中で最大の効果を生むためには、官民・国際機関・市民社会の協働が不可欠であり、製薬産業もその一翼を担う必要があります。製薬協国際委員会は、今後も多様なステークホルダーとの対話を重ね、持続可能なグローバルヘルスの実現に向けて取り組んでいきます。

(国際委員会 吉田 力、飯塚 直子)

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