ICHプロジェクト
横田委員長インタビュー
新薬開発のグローバル化が加速する現代において、医薬品の国際的な規制調和を担うICH(医薬品規制調和国際会議)の重要性は高まっています。1990年のICH創設メンバーである製薬協は、日本の優れた知見を国際標準に反映させ、世界の医薬品開発に貢献するというレガシーを継承・発展させる重責を担っています。その一方で、ICH活動を支える専門人材の世代交代や、アジアにおける日本のリーダーシップ発揮など、乗り越えるべき課題も少なくありません。製薬協ICHプロジェクトの使命や課題解決へ向けた取り組み、今後の活動目標について横田昌史委員長に伺いました。
日本の知見を世界の薬事規制へ
製薬協、ICH創設団体としてのレガシーを継承・発展
最重要課題は「ICH活動を担う次世代人材の確保」
ICHは、1990年に日米欧の規制当局と産業団体の6団体で発足しました。2015年には、医薬品開発・市場のグローバル化に対応してスイスの法人格を有するICH協会が設立され、より安定的で持続的な運営体制が整備されました。2025年7月時点では、会員数は23団体、オブザーバーは41団体となり、総勢64団体を抱える大きな組織となっています。
製薬協のICHプロジェクトは、製薬協を代表してICH協会へ参画し、薬事規制に特化したガイドラインの策定を担っています。その際、日本の強みを国際標準に反映させることと、国際標準を日本の産業界に取り入れることで、創薬力強化に貢献しています。製薬協各委員会との横断的な技術的課題に関する意見の交換や調整もICHプロジェクトが担っており、製薬協内連携のハブとして機能しています。
ICH創設時のレガシーを継承し発展させていくために、ICHプロジェクトが重要課題の一つと認識しているのが「ICH活動における人材確保」です。実績あるベテランの専門家の多くが引退する時期を迎えており、円滑な世代交代が喫緊の課題となっています。こうした状況を踏まえ、今年4月にはICH専門家候補者の裾野を広げるため、業界活動への人材派遣などを含めた協力を製薬協加盟企業にお願いしました。
具体的には、ICHプロジェクトを国際的なルール形成を担う人材の「育成道場」と捉えていただき、各社から将来を担う30代・40代の専門家候補者に参画していただくよう働きかけています。計画的に専門家育成を進め、ICHで活躍できる仕組みを構築するため、他の委員会とも連携していきます。加えて、ICH活動をグローバル人材育成の好機と捉え、「各社の人材育成計画の中にキャリアパスとして積極的に組み込んでいただきたい」ともお伝えしました。
しかしながら、ICHの専門家を育成するには時間を要するため、即効性のある取り組みとして、海外駐在員として活躍されている方々を抜擢し、海外からICH活動に参加いただくことも検討しています。グローバル開発に精通した日本人専門家は製薬業界全体の貴重な財産であり、各委員会と連携して専門家の皆さんの活躍の舞台を積極的に作っていきます。
また、ICH活動に取り組むにあたっては、「アジアの中の日本」という視点も大切にしています。ICHに参加している産業界の中で、アジア地域を代表する製薬団体は製薬協しかありません。第二次トランプ政権下の米国FDAが国際協力のリソース削減を進めている中で、ICH創設国の一員である日本が中心となって、アジア地域のメンバーと協力して存在感を発揮していきたいと考えています。日本の製薬産業の発展はもちろん、アジアの製薬産業が健全に成長できるよう貢献していきます。
新規トピックの議論を主導し、日本の創薬力強化へ
私たちは「製薬協 産業ビジョン2035」の実現に向け、「日本の強みを国際標準へ」「国際標準を日本の産業界へ」という双方向の取り組みによって、日本の創薬力強化を推進しています。2025年5月のICHマドリード会合では、持続可能なICH運営を検討するとともに、4つの新規トピックが採択されました。
「医薬品の有効性に焦点を当てたRWE利活用に関する考慮事項」は、製薬協としても検討段階から強く支持してきた新規トピックです。本ガイドライン策定により、特に小児領域など従来は有効性評価が難しかった分野において、RWEの最適な利用が促進されることを強く期待しています。RWEで臨床試験をどこまで補完できるのか、具体的に世界中の専門家で議論することが必要であり、製薬協からも2名の専門家を専門家作業部会に派遣しています。
次に「BS開発における有効性比較試験の有用性判断の枠組み」ですが、ICHがBSに特化した新規トピックを採択するのは初めてです。バイオ医薬品のコンパラビリティ評価に関するQ5Eを応用し、バイオシミラー開発を効率化するための一般的なフレームワークを構築することを目的としています。バイオシミラーの類似性評価とバイオ新薬のコンパラビリティ評価は表裏一体であることから、製薬協から2名の専門家を派遣し、万全の態勢で議論を進めていきます。
さらに「希少疾患医薬品開発を促進する自然歴研究とレジストリデータ」では、患者数が少なく臨床開発が困難な希少疾患治療薬の開発を促進するため、自然歴研究やレジストリデータを医薬品開発に最大限活用するための基本原則を提供するガイドラインとなることが見込まれます。日本でも希少疾患治療薬を中心としたドラッグラグ・ドラッグロスが課題となっており、世界全体でも患者数が極めて限られるウルトラオーファンのような、臨床開発が特に難しい希少疾患治療薬の患者アクセス向上につながることを期待しています。
最後に「先端医療医薬品(ATMP)の製造プロセス変更に伴うコンパラビリティ評価(Q3E補遺)」は、モダリティの多様化に伴い、ICHガイドラインでは対応しきれないケースが増加していることから、ATMPのコンパラビティ評価に特化した補遺を作成し、既存ガイドラインを補完したうえで、代替アプローチが必要な場合の推奨事項を提示する予定です。これにより、特性評価が難しい複雑な細胞由来のATMPなどについても、リスクベースのアプローチを用いることで、柔軟なコンパラビリティ評価が可能になると期待しています。
「Co-creation(共創)」の取り組み
「Co-creation(共創)」に関連するところでは、製薬協はICHの新規トピック候補「患者向け製品情報(Patient-centric Product Information:PCPI)に関する一般指針」を提案したことが契機となり、規制当局と業界団体が協力してPCPIの普及を推進する活動を立ち上げ、その取り組みをリードしています。2025年6月には、規制当局・産業界合同による世界初のグローバルワークショップを開催し、非公開形式での開催ながら世界70ヵ国の規制当局関係者が参加しました。患者向け製品情報の普及へ向けてベストプラクティスやケーススタディが紹介され、パネルディスカッションでは、国際的な患者団体の代表者も登壇して、患者向け製品情報の普及へ向けた課題や期待が共有されました。この取り組みを継続・発展させることで、PCPIを世界各地で普及させる支援をしていきたいと考えています。
ICHは、規制当局と産業界が協働する、他に類を見ない国際調和の枠組みとして今後も維持されるべきであり、製薬協は創設団体の一角として、ICHの国際的な枠組みを維持・継承しつつ、日本の知恵を反映させながら貢献していくことが重要です。今後も存在感のある貢献を果たすべく、製薬協内外のステークホルダーとのCo-creationを通じて、ICHプロジェクトの活動レベルをさらに高めていきます。
ICHプロジェクトの体制、活動は製薬協のホームページに掲載しています。是非サイトにアクセスしてみてください。
【ICHプロジェクト サイト】
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