「製薬協会長記者会見」を開催 製薬協 産業ビジョン2035、製薬協 政策提言2025を公表
2025年2月26日、室町三井ホール&カンファレンス(東京都中央区)にて、「製薬協会長記者会見」を開催しました。
同会見では製薬協の上野裕明会長から、同日に公表された「製薬協 産業ビジョン2035(以下、産業ビジョン2035)」および「製薬協 政策提言2025(以下、政策提言2025)」を中心に、製薬産業のめざす姿についてプレゼンテーションを行いました。会長就任以来の出来事や取り組みを振り返りつつ、製薬産業を取り巻く環境変化を踏まえた10年後のめざす姿(産業ビジョン2035)および、その実現に向けた向こう2年間の政府への要望と製薬業界の取り組み(政策提言2025)を紹介し、まとめとして基幹産業としての製薬産業の将来像を示しました。
当日は報道関係者21社36名との活発な質疑が交わされました。以下に上野会長の発表内容と会長含む製薬協役員との質疑応答を紹介します。
会長会見の様子
1.会長就任以降の振り返り
政府施策の転換はあれど状況はいまだ厳しく
製薬協会長に就任した当時(2023年5月)の、日本の製薬業界における課題認識を示します。日本では医薬品のモダリティの多様化への対応が遅れ、新薬創製が鈍化していました。また、薬剤費抑制に偏重した政策により製薬企業が疲弊し、ドラッグ・ラグ/ロスの拡大、医薬品の供給不安が起こっていました。これらの課題を解決するため、製薬協では「日本の創薬力の強化とイノベーションの適切な評価の好循環」を掲げ、活動してきました。

それらの活動の結果、2024年度は、薬価制度改革ではイノベーションが評価される方向の制度見直しがなされました。また、政府は医薬品産業を日本の成長産業・基幹産業と位置付け、創薬力強化に取り組む姿勢を明示しました。しかし2025年度には、物価や賃金が高騰する中、中間年薬価改定が実施されることが決まりました。また、同年度は先日閣議決定された第3期健康・医療戦略の初年度であり、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の組織改革をはじめとした創薬力強化の関連施策が検討されていますが、これら施策を一貫性、継続性をもって立案・実行していく必要があります。この2年間を振り返って、2024年度の創薬力強化・イノベーション評価への政府施策の転換は良い流れでしたが、製薬産業の直面する状況はいまだ厳しく、多くの課題が残されています。(図1)
図1.会長会見時の課題認識
2.製薬産業のめざす姿 -製薬協 産業ビジョン2035-
「我が国、そして世界に届ける創薬イノベーション」を旗印に、3本の柱で構成
今回、10年ぶりに製薬協の産業ビジョンを策定しました。このビジョンは、10年先の製薬業界を取り巻く環境を見据えながら、10年の長期スパンで製薬業界のめざす姿をまとめたものとなります。
新たな「産業ビジョン2035」は、基本的には現行の「産業ビジョン2025」を踏襲しつつも、これまでの10年で変化した世界情勢・国内情勢・医療環境、また製薬産業の役割の変化も踏まえたものになっています。製薬協は日本に所在のある製薬企業の団体ですので 「我が国」 という言葉を加えた「我が国、そして世界に届ける創薬イノベーション」を旗印とし、「イノベーションを継続的に創出し、健康寿命延伸とともに我が国の経済成長に貢献する」「国民に革新的新薬を迅速に届け、健康安全保障に貢献する」 「倫理観と透明性を担保し、社会から信頼される産業となる」を3本の柱としました。(図2)
図2.産業ビジョン2035-全体像-
3.めざす姿の実現に向けて -製薬協 政策提言2025-
政策提言の3つの柱
製薬協ではこれまで2019年より2021年、2023年と2年ごとに政策提言を作成してきましたが、今回「産業ビジョン2035」と合わせ、「ビジョンを実現するための向こう2年間の具体的なアクションの提言」として「政策提言2025」を策定しました。
「産業ビジョン2035」の3つの柱を実現するため、政策提言も3つの柱で構成しています。1番目のInnovationには「日本の創薬力強化の重要性」、2番目の Accessには「イノベーションの適切な評価による魅力ある日本市場の形成」、3番目のTrustには「社会課題の解決に向けての必要な取り組み」がそれぞれ対応します。(図3)
図3.産業ビジョン2035から政策提言2025へ
創薬力の強化
製薬協ではこれまで、「創薬エコシステム」における各プレイヤーの連携の重要性を訴えてきました。たとえば、産学連携において、いかにアカデミアの発見や発明を組み合わせて製薬企業の創薬研究に繋げるかが肝になります。(図4)
図4.創薬力強化に向けた施策の全体像
魔の川をいかに越えるか
現在は、産学連携のステップが非常に難しくなっています。要因は、アカデミアの基礎研究と企業の創薬研究との間の大きなギャップ「魔の川」にあります。医薬品のモダリティやプレイヤーが多様化した現在では、基礎研究と臨床フェーズとの間の「死の谷」の前に「魔の川」があり、これを越えるには、アカデミアと製薬企業の双方が歩み寄ることが必要です。さらに、創薬力強化のためには、政府が主導し創薬のインフラや制度を整備することも必要です。(図5)
図5.アカデミアの基礎研究の実用化に向けて
患者さん・市民との「Co-creation=共創」
また、今回のビジョンと政策提言では、患者さん・市民との「Co-creation=共創」をキーワードに挙げています。研究段階での生体試料やデータの提供、治験への意見反映、利便性向上への協力、製造販売後の安全性情報の提供というように、製薬企業が患者さん・市民と「共創」する機会は数多くあります。製薬協では、臨床試験情報への患者さんのアクセス向上、患者さん・市民との対話や広報活動といった取り組みを進めていきます。(図6)
図6.創薬における患者・市民参画の重要性
イノベーションの適切な評価
政策提言2025の2つめの柱が「イノベーションの適切な評価」です。日本国民に革新的新薬をいち早く届けるには、日本市場が迅速な新薬投入に足る魅力的な市場でなければなりません。そのための条件は市場全体が成長市場であること、薬価制度がイノベーションを促進するに足る仕組みであること、ビジネス判断における予見性が高い制度であることの3点です。(図7)
図7.日本市場の魅力向上に向けて
シーリングの見直しを
1つ目の「成長市場であること」について、世界の医薬品市場は右肩上がりですが、日本では市場が頭打ちになっています。これは現状、社会保障費の伸びは高齢化相当分のみ認め物価高や医療の高度化による伸びは認められない「シーリング」があり、高齢化以外の増加分の多くを薬価改定(引き下げ)で抑えているためです。しかし、先日策定された「第3期健康・医療戦略」では、「我が国の市場の医薬品売上高を増加基調とする。」と明記されました。これからは高齢化に加え「医療の高度化」「物価動向や賃上げ対応」も反映できる仕組みとし、医療費の効率化については、DX化の推進や給付と負担の見直し等、医療全体で考えていくべきです。(図8)
図8.社会保障関係費のシーリング見直しの必要性
革新的新薬の価値を評価でき、予見性の高い仕組みに
2つ目の「イノベーションの価値の適切な評価」については、現行の薬価算定方式には、既存の類似薬の価格を参照する類似薬効比較方式と、コスト積み上げによる原価計算方式があります。最近の革新的新薬にはモダリティの多様化もあって比較対象となる既存薬がないこともあり多くが原価計算方式で算定されています。しかし、コスト積み上げでは当該医薬品の価値を十分に評価できていません。そのため新たな評価手法として、医薬品の類似性を疾患特性や製剤特性に合わせて柔軟に判断し、類似薬効比較方式の適用範囲を広げていくことを考えています。そして将来的には、企業自らが医薬品の価値について提示し、それを基に議論していく手法も検討していきます。
また、3つ目の「予見性の高い薬価制度の構築」についてですが、これまで8年連続の毎年の薬価改定に加え、市場拡大再算定のルール拡大が薬価制度改革のたびに導入・即適用され、上市後の事業性の評価がしにくくなってきました。さらに、2019年度導入の費用対効果評価制度を拡大する動きが出ています。製薬協は、政府はこれまでのパッチワーク的な施策を改め、抜本的な制度見直しを進めるべきと考えています。(図9)
図9.柔軟な類似薬選定による類似薬効比較方式の拡大
4.製薬産業の将来像
日本の基幹産業として
イノベーションをスピーディに生み出し続けるためには、革新的新薬の創出の仕組みとイノベーションの薬価上の評価の仕組みがともに連携し、循環する産業政策が重要です。製薬産業が高付加価値産業として、少子高齢化・人口減少が加速する日本を底支えすることで、日本の基幹産業として位置づけられる存在となるようこれからも努力してまいります。(図10)
図10.日本の基幹産業として
5.主な質疑応答
創薬力の強化について
Q1:今回、AMEDの組織改革に言及していたが、これとは別に国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所(医薬基盤研)を中心とした枠組みや基金が整備されつつある。どのよう捉えているかうかがいたい。
A1:政府には支援の枠組みを複数作る意図や、枠組みが似て非なるものならば、それらの役割分担を明確にし、単に役割分担するだけでなく、それぞれが繋がってこそ効果を発揮できることを政府には意識してもらいたい。また、医薬基盤研の枠組みがうまく進まない時には、国全体の問題であるため課題を議論する場を提案したい。

Q2:基幹産業の定義をうかがいたい。
A2:基幹産業とは何かと端的に表現するなら、世の中で必要とされる産業というのが前提。また3つの要素として「国民の健康寿命の延伸」、健康の観点から国や国民を守る治療薬やワクチンなどの「健康安全保障」、また、産業の観点から日本発のイノベーションや知的財産を基に世界に出て「日本の成長や発展に貢献」することをもって、基幹産業になりうると考える。製薬産業は資源の乏しい日本にマッチしていると考えている。
Q3:創薬力強化の取り組みは個社でも可能ではないか。業界団体として何を取り組むのか。
A3:大学や地域のエコシステムには個社単位でも参画していると思うが、業界団体としては、国や団体等を相手にした広範囲な観点での支援を考えている。たとえば、AMEDに製薬産業から人が加わることで、どのような成果が出るのか、といった横断的な課題や解決策を考えるのは、業界団体でないとなかなかできないと考えている。
社会保障のあり方について
Q4:社会保障関係費のシーリング(歳出の増加を抑制する上限枠)の見直しについて、いつ、どのように求めていくのかうかがいたい。
A4:近年、国庫歳入は増加しているにも関わらず、社会保障費は従来通りの方法で圧縮されている。財政当局は物価上昇や賃上げ等に配慮しているというが、配慮の度合いが見えない。まずは次の2026年度の本格改定に向けて、ステークホルダーと議論をし、具体的に訴えていきたい。
Q5:給付と負担について述べていたが、医療費に対する風当たりは強く、見直しは非常に難しいと思われる。
A5:国民皆保険の堅持を前提とすると、一定の財源の中で何を保険で賄うかということになる。一般的な考えでは高額医療は公助を維持し、軽医療は個人負担でとなるだろう。この問題を解決せねば、日本の医療環境が崩れるであろうことも事実である。より一層、国民的な議論をし、解決していく必要がある。
薬価制度の見直しについて
Q6:薬価算定について、より価値を評価できる仕組みへの見直しが必要とのことだが、課題とされる原価計算方式でも現行も画期性加算などの加算はできるが、類似薬効比較方式の拡大を提案する理由は何か。また、比較対象は薬だけか。
A6:類似薬効比較方式は原価算定方式よりも予見性が高まる1つの方法として考えている。類似する既存薬がなくとも、医療技術等を含めて比較できる事例が増えてくれば、類似薬効比較方式のレベルも上がり、医薬品の効果をより広く示すことができるのではと考えている。
米国トランプ政権の影響について
Q7:米国ドナルド・トランプ大統領が医薬品を新たに関税対象にすると宣言しているが、どのような影響があるか。
A7:医薬品関税として25%賦課が表明されている。医薬品関税は1994年のウルグアイ・ラウンド※で撤廃され、その後は開発や製造コストが低減したことを踏まえると、関税賦課となれば医薬品、特に難病や希少疾患の薬剤の開発が停滞し、全人類に薬が届かない恐れがある。現時点では具体的な政策は出されていないので、状況を注視しているところである。
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※1986年から南米のウルグアイで開かれたGATT(48年に発足した関税や貿易に関する一般協定)の多角的貿易交渉。
質疑応答の様子
(産業政策委員会 小林 信教、藤原 章子)