トピックス 「2024 ライフサイエンス知財フォーラム」を開催 今こそ、日本の創薬力強化を! ~ニューモダリティについての強靭な創薬エコシステム構築を目指して~

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2024年2月7日に御茶ノ水ソラシティカンファレンスセンター(東京都千代田区)において、製薬協主催で「2024 ライフサイエンス知財フォーラム」を開催しました。本年は「今こそ、日本の創薬力強化を! ~ニューモダリティについての強靭な創薬エコシステム構築を目指して~」と題して、5名の有識者による講演およびパネルディスカッションを行いました。2023年に引き続き、会場とオンライン形式とのハイブリッド開催でしたが、当日は、来場者を含めて300名以上の参加となり大変盛況でした。本稿では、講演内容およびパネルディスカッションの概要について報告します。

はじめに

2023年6月に公表された「知的財産推進計画2023」では、企業における持続的な価値創造には、外部の知識や技術を積極的に取り込んでいくオープンイノベーション(OI)が不可欠とされました。OIを推進するうえで、特定の産業分野にとらわれない、多様なプレーヤーとの連携を通じて、新たな技術が社会実装化され、新たな付加価値を継続的に創出するエコシステムの形成の重要性が増しています。とりわけエコシステムの中で生み出された知的資産を組み合わせることにより、新たな製品・サービスを創出して、知的財産の価値最大化をエコシステム内で実現することが今後ますます重要であると考えられています。

また、製薬協の上野裕明会長は、会長就任の挨拶で「『日本の創薬力強化』には、複数プレーヤーが連携する『創薬エコシステム』への移行が重要であり、そのために(1)創薬基盤技術の実用化(2)スタートアップの持続的起業と育成(3)新規モダリティ製造力の強化(4)データ利活用の基盤整備を推進させ、創薬エコシステムを好循環させていくための“ミッシングピース”を考え、取り組んでいく」と述べました。

そこで本フォーラムでは、創薬エコシステムの現状や将来の展望について、産学官それぞれの立場から講演を実施し、パネルディスカッションでは“ミッシングピース”を見出すべく、活発な討論が行われました。

■講演

創薬エコシステムの現状

製薬協 知的財産委員会 奥村 浩也 委員長                              

創薬エコシステムとは、一般的には大学やベンチャー企業が創出したシーズから製薬企業やその他のさまざまなプレーヤーが有機的な連携を行い、絶え間なくイノベーションを生み出していくシステムのことをいいます。海外、特にTOP10ファーマがあるような国では例外なく優れた創薬エコシステムの形成が見られますが、日本では残念ながら世界でも上位にランクされるような創薬システムは現在のところありません。今後、日本のアカデミア等で創出されたシーズを実用化する創薬エコシステムを構築し、ヒト・モノ・カネの好循環を生み出していけるかどうかが、日本の製薬業界の喫緊の課題となっています。本フォーラムはこのような現状を踏まえ、製薬エコシステムでイノベーションを生み出し、新たな医薬・治療法を患者さんに届けられる好循環を継続して引き出していくにはどうすれば良いのかをテーマとして議論していきます。

奥村 浩也 委員長

がんに対するCAR-T細胞療法の進展と将来展望

山口大学 大学院医学系研究科 教授
ノイルイミューン・バイオテック 代表取締役社長 玉田 耕治 氏                    

世界的に見ても、創薬は低分子から非常に複雑なモダリティに移っていますが、がんの治療でも、抗体医薬である免疫チェックポイント阻害薬、そして本日お話するCAR-T細胞療法が使用されるようになっています。そしてさらに新たな治療選択肢を作ることが重要な課題となっています。

CAR-T細胞は、患者さんのT細胞のがんの感知・攻撃能力を高めた遺伝子改変型T細胞であり、血液がんの領域では非常に高い治療効果を示し、大きなブレークスルーとなりました。

一方で、がん患者の約93%を占める固形がんに対する効果は十分ではなく、いまだ承認されたものはありません。その原因の一つは、がん細胞へのアクセスです。固形がんは各臓器の中に塊を作って増えるので、点滴で投与したCAR-T細胞の一部しかがん細胞にたどり着けません。また固形がんは不均一な細胞の塊であり、攻撃するCAR-T細胞側にも多様性が求められます。

玉田 耕治 氏

これを解決するために、われわれはCAR-T細胞に、さらに複数の遺伝子、CCL19とIL-7を組み込みました。前者は免疫細胞のナビゲーションシステムに相当し、CAR-T細胞がたどり着いたがん組織に体内の免疫細胞を集積させることができます。後者はサイトカインとして免疫細胞の増殖・活性化を担います。実際にがんモデル動物では多様な免疫細胞のがん組織への集積が確認され、複数種の固形がんへの治療効果、長期のがん免疫の獲得が認められました。われわれはこのシステムをPRIME CAR-Tと名付けました。

さらにCAR-T細胞に限らず、さまざまなモダリティにおいてCCL19とIL-7の有効性が期待されるという知見に基づく特許戦略を取っています。

そして、これらの技術の実用化をめざして2015年にノイルイミューン・バイオテックを設立し、2023年6月東京証券取引所での新規上場(IPO)を達成しました。社名の由来は「No illness」と「No immunity, no life」です。現在、複数の製薬企業やバイオベンチャー企業との連携を介した研究開発を進めています。

また山口大学では、2023年10月に細胞デザイン医科学研究所が設立されました。研究所ではCAR-T細胞のみならず、細胞を治療のソースにし、遺伝子をデザインするゲノム編集やmRNAの技術を使った研究が進められています。またこの研究所では、共同獣医学部と連携し、イヌやネコ等の中型動物を扱えることも特徴の一つです。

知財戦略としては、強い特許を取得し、長い権利期間を確保すべく多くのパテントを出願しています。重要な特許については約50ヵ国に出願し、基本特許は大部分の国で登録が進んでいます。

また、自家のCAR-T細胞療法ではサプライチェーンが非常に重要かつ煩雑で、これを効率的にしっかり立ち上げる必要があるため、現在機械メーカーとの共同開発で、CAR-T細胞製造の自動化に取り組んでいます。試作機では、人が手作業で製造したものと変わらないクオリティーの製造が実現できつつあり、これを臨床試験にもっていけるように進めていく予定です。

我が国バイオ政策の展開

経済産業省 商務・サービスグループ 生物化学産業課 課長補佐 庄 剛矢 氏               

本日は「我が国バイオ政策の展開」として、政府の立場から現在取り組んでいる政策とその背景について紹介します。

経済産業省の生物化学産業課は、バイオテクノロジーを含んだ産業全般を所管しています。本日は創薬産業に対する3つの支援策のうち、スタートアップに向けた支援と医薬品製造拠点の整備に対する支援の2点を解説します。

創薬スタートアップの難しさは、開発成功率の低さに加え、非臨床から臨床にかけて巨額の開発費用を調達しなければいけないところにあります。単純化して日本と米国を比較した場合、大きく分けて人材と資金が不足していると考えています。またこの2つに加えて高度なモダリティになればなるほど、製造設備がアクセス可能なところにあることが大事になってきますが、これらすべてが不足しているというのが日本の現状です。さらにスタートアップ特有の課題として、EXIT(株主の出口)問題があります。日米を比較すると、日本はIPOを選ぶ企業が非常に多いという状況にありますが、大手企業に買い取ってもらうM&Aという選択肢を作っていく必要があると考えています。

庄 剛矢 氏

これらの現状を踏まえ、政府が立ち上げた事業を紹介します。

1つはリスクマネーの供給を促す施策で、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の認定を受けたベンチャーキャピタルが投資をする先のベンチャー企業に対して補助金を交付する事業です。これは創薬分野に特化して投資ができる方々の参画を期待しており、国内だけでなく海外の投資家にも参画してもらえるようにしました。これにより海外からの投資も増えつつあります。

さらにグローバルな人的ネットワークを強化する施策も考えており、日本から米国等へ進出し、最終的には日本に戻って活躍してもらう仕組みを考えています。G7広島サミット2023の日米首脳会談においてバイオ分野の協力を進めていくことで一致し、実際の活動としては、「Japan Innovation Night」の開催、スタートアップ支援のためのビジネス拠点(シリコンバレー)の設立、J-StarX(人材を派遣する事業)等の取り組みを進めています。加えて、税制面での支援策(オープンイノベーション税制やストックオプション税制等)も年々拡充しています。

さまざま紹介しましたが、医薬品開発の特殊性と創薬スタートアップ経営の難しさ、両方の課題に対して対応策を積み重ねています。その結果として、日本発の医薬品が国内だけでなく海外を含めた市場に上市され、高い市場価値が付き、投資家に還元され、そして人材も還流するという創薬ベンチャーエコシステムの構築を目指しています。

次に、国内のバイオ医薬品製造拠点の整備事業について説明します。2020年に新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起きたとき、バイオ医薬品を製造するために必要な資材の輸入が一時期止まったことがありました。このことから、バイオ医薬品を日本国内でも生産できるように体制を整えておくことは安全保障面を考えても重要と考えています。

その対応策として、平時にはさまざまなバイオ医薬品を作ることができるが、有事にはワクチンを製造する拠点の整備を進めています。また、ワクチン製造に必要となる部素材(培地等)についても国産化を進めており、サプライチェーン全体を見据えた施策を推し進めています。

最後に、海外の潮流を紹介します。現在、米国は民間主導、中国は国家主導でバイオ技術に対して大規模な投資が行われています。さらに米国政府は、2022年の大統領令でバイオ産業に集中的な投資を行う方針を発表し、2023年にはバイオ産業の強化に向けた政策レポートも公表しています。このように、すでに民間企業が成長している米国においても、バイオ分野が成長産業として非常に重要視されているのです。

大学知財イノベーションエコシステムの形成と課題 —アカデミア現場の視点から

東京大学 産学協創推進本部 知的財産契約・管理部長
紀尾井町法律事務所 弁護士 三尾 美枝子 氏                             

本日は、アカデミア現場の視点で、産学連携(産学協創)に関する東京大学の取り組みについて紹介したいと思います。

最初に組織についてです。産学協創推進本部のもとに、私の所属する知的財産契約・管理部があり、ここで大学が保有する知的財産につき、主体的に取り扱う役割を担っています。その他の組織は、スタートアップ推進部、産学イノベーション推進部国際オープンイノベーション機構、総長直轄の組織で大学が社会課題解決のために行う産学協創事業を推進する産学協創連携推進会議等があり、これらが承認技術移転機関(TLO)等とともに産学連携(産学協創)活動を支援しています。

三尾 美枝子 氏

契約処理についてですが、共同研究契約の決裁権限は部局にあり、一義的には部局が判断します。ただし、契約内容がひな形から外れる場合は、部局の希望により知的財産契約・管理部に相談依頼があるので、当部で対応・支援しています。一方で、共同出願契約・ライセンス契約は産学協創推進本部に決裁権限があるので、承認TLOの交渉を前提に、最終的には当部が契約条項を確認して同本部で契約締結します。このように、共同研究契約と出願・ライセンス契約は別の扱いをしています。

知財管理についてですが、東京大学では、発明を発明者に原始的帰属することとし、発明者からの発明届等を受け、TLOによる技術・市場価値評価を経て、大学としての承継の可否を知的財産契約・管理部が判断しています。出願した特許等についてはTLOがマーケティングを行い、ライセンス契約につなげる活動をしています。

一方で、組織対組織の大型研究テーマについては、産学協創案件として扱い、また国際オープンイノベーション機構では複雑な契約等の対応をワンストップで行っています。ここでは、産学連携を「研究+イノベーション」と捉えており、複数企業をネットワーク化した「エコシステム型共同研究」にも取り組んでいます。

1つの例として異分野複合型共同研究の事例を紹介します。材料技術等の基盤技術の事業化において、個社の事業・利益創出に貢献する競争領域と、複数企業が協調・協創する領域とに分けて、前者は個別契約で、後者はコンソーシアム型契約で対応することでオープンクローズ戦略を展開しています。残念ながら、ライフサイエンス分野で、ここでの取り組みは少ないです。

また、医薬バイオ分野においては総長直轄で、全学がかかわる部局横断型の「東京大学 トランスレーショナル・リサーチ・イニシアティブ(TR機構)」があり、当該機構の中にある「TR推進センター」ではAMEDの橋渡し研究等を支援しており、知的財産契約・管理部もここでの知財相談会に参加しています。

東京大学では大学知財活動の「見える化」を推進するために、「知的財産報告書」を出しています。当該報告書を見てもらうと東京大学の知的財産の中身がわかりますが、その中から特徴を紹介しますと、米国の大学と比較して、本学では企業との共有特許の割合が顕著に高いことがわかります。また、本学単独保有特許のライセンス先に注目しますと、半分以上がスタートアップであり、ライフサイエンス分野が最も多いことも特徴的です。

そこで、ライフサイエンス分野の課題を見ますと、この分野における米国の市場が圧倒的に大きいという状況下において、日本のスタートアップの米国市場やベンチャーキャピタル(VC)等に対するアクセス・ネットワークが弱いことが問題だと考えます。また、研究の当初段階から、米国等ターゲットとなる市場を見据えて、知財を作っていくことも重要かと思います。

最後に、バイオ系スタートアップが成功するために大切に思うことを3つ挙げたいと思います。第1に、発明者(アカデミア)と経営者の関係・意思疎通が良好であり、研究の継続性が順調であること。第2に、これがとても重要なのですが、最初の段階から出口・事業を見据えた形で特許を取り、周りの知財を知財群として固めていくこと。第3に、研究資金が枯渇しないよう十分注意し、スタートアップが目指す最終ゴールまでVC等からの資金を上手につなぐことです。

企業アライアンスにおける知財戦略
~ビジネスエコシステム構築オープンイノベーション実現のために~

シクロ・ハイジア 代表取締役CEO
大阪大学 オープンイノベーション機構 特任教授 小林 誠 氏                      

ライフサイエンス領域の一つである医療分野では、従来は製品単体での治療効果が重視されていましたが、今後は予防から予後を含めて、個人を効果的・効率的にサポートすることが求められる等、量から質への転換が生じています。これに伴い、医薬品のモダリティは低分子からバイオやデジタルへとシフトし、技術・知財面からの不確実性と複雑性が増大しています。このような環境変化に伴い、医薬品産業にはライフサイエンス系の企業だけでなく、IT系企業等、異分野のさまざまな企業が自身の技術・製品・サービス基盤、顧客基盤を武器にライフサイエンス領域へ参入し、新たなビジネスエコシステムが生まれてきています。創薬におけるエコシステムの構築には、まだまだ種々の課題が存在すると考えられますが、本日の講演では「データ利活用の基盤整備」「オープンイノベーションの推進」「エコシステム形成からの市場形成」について、現状と事例を中心に話したいと思います。

小林 誠 氏

デジタル技術の活用事例として、医学的疾患等の予防、管理、治療を目的としたエビデンスに基づく治療的介入を行うデジタル製品である、デジタルセラピューティクス(DTx)の開発・投資が活発化していることが挙げられます。多くのDTxには医療機器プログラムであるSaMD(Software as Medical Device)が必要であるため、国際医療機器規制当局フォーラムが主導してSaMDのKey Definitionsを発表し、日本を含む参加各国はこの定義に基づく国際的な調和と、データ利活用の基盤整備を進めています。また、この領域にはさまざまな専門性を有する複数のプレーヤーが参画しており、特に米国においてはアライアンスに基づいた市場が形成され、エコシステム化が進展しています。

このようなデジタル技術の発展に伴い、オープンイノベーションはますます重要性を増しています。最近の潮流として、イノベーションの創出主体(中小・スタートアップ企業/大学)と事業化主体(大企業)の分離、つまり役割分担の明確化が挙げられます。これはお互いの強み・弱みを補完するモデルであり、オープンイノベーションの本質である事業スピードの向上とWin-Win関係の構築を実現するものですが、これら協業・連携においては資金面だけではなく、事業化に向けた役割分担の明確化や、協業・連携中または後に生じる権利帰属や利益分配を意識した契約交渉が重要となります。

これまで医薬品産業は知財権ありき(独占)の知財戦略が中心でしたが、これからは知財権を中長期戦略とビジネス(他者連携)視点の情報戦略として活用すべきであり、特に複雑な市場(モノ×コト作り)では、市場参入チケット、連携ツールとして活用し、結果として新規事業の創出・成長・拡大に結びつけていくような戦略が求められます。

製薬産業における創薬エコシステムの重要性と好循環を生むためのキーファクター

製薬協 知的財産委員会 奥村 浩也 委員長                                                

創薬エコシステムにおける知財の重要性についてお話しします。エコシステム活性化は知財抜きに考えられませんし、エコシステムに重要な「ヒト・モノ・カネ」の「モノ」には、これをカバーしている知財も含まれるものと考えています。創薬エコシステムを回すために知財戦略は重要なポイントで、実際、知財ポートフォリオなしで起業すべきではない、ともいわれます。エコシステム好循環のために知財は重要な役割を果たしますが、そのマネージメントをどのように行うのかもエコシステムを機能させるための重要なポイントです。企業・アカデミア等の多数のプレーヤー、人材、資本、技術そして知財が集積することでイノベーションが促進される側面がありますが、従来の企業とアカデミア一対一の連携にとどまらず、複数機関が参画する協働によりイノベーションが創出される可能性が高くなっています。このような場面ではメンバーが安心してコンソーシアム等のコミュニティーに参加できるように、メンバーが保有しているバックグラウンド知的財産権(IP)、共同研究により創出されるフォアグラウンドIPの取り扱いについて明確なグラウンドルールを策定しておく必要があると思います。コンソーシアム等、多数のプレーヤーが参画する場合、知財の取り扱いが十分明確化されないまま共同研究が進行するということがままありますので、文部科学省「さくらツール」のモデル契約書等を参考に、適切な知財マネージメントを考える必要があるかと考えます。

コンソーシアム型知財マネージメントの参考例を2つ紹介したいと思います。1つはベルギーの半導体国際研究機関「IMEC」です。IMECではバックグラウンドIPと協働プロジェクトの成果のフォアグラウンドIPは、原則非独占で参加者が使用可能とすると同時に、特定分野については特定企業に独占を認めるマネージメントモデルを採用しています。この仕組みにより、IMECは新たなフォアグラウンドIPを得ることができるため、さらなる参加者を促すことにつながり、結果として資金呼び込みに成功して成長を果たしたコンソーシアムとして知られています。

もう1つの例は東北大学における知財マネージメントです。東北大学を中心にスタートした、分野や企業の垣根を越えてマイクロシステムの研究開発を行うプログラムになります。研究成果のうち基盤技術は大学が費用負担し、参画企業が自由に実施できる「パテント・バスケット」という仕組みを採用していますが、大学がこれを一括管理し基盤技術の共有化を進める一方で、応用技術は参画企業が効率的に出願できる仕組みであるため、大学・参画企業ともに大きなメリットがあるモデルです。

繰り返しになりますが、医薬分野でニューモダリティが台頭する中、多様なプレーヤーが連携して創薬エコシステムをうまく回すことでイノベーションを創出し、新たな治療を患者さんへ届けることにつなげていく必要があります。このような創薬エコシステムでは知財のマネージメントは重要な役割を有します。今後、複数機関の連携によるイノベーションが期待されますが、このようなエコシステムでも本来の目的を達成できるよう、柔軟な実施条件の運用を関係者で見出す姿勢が必要と考えます。併せて明確な知財のグラウンドルールの策定も、今後、創薬エコシステムを活性化させるうえで重要なポイントであることを強調しておきたいと思います。

■パネルディスカッション

モデレーター 奥村 浩也 委員長
パネリスト  玉田 耕治 氏、庄 剛矢 氏、三尾 美枝子 氏、小林 誠 氏                                     

■ 中央画像 下に注釈

本日は、創薬エコシステムに好循環をもたらすキーファクター、あるいはそれにつながる論点について議論したいと思います。具体的には、1. スタートアップ支援、2. 人材、3. エコシステムのコミュニティーの3つの論点を採り上げます。また最後に製薬協の上野会長が指摘する「ミッシングピース」についても議論したいと思います。

1. スタートアップ支援について

創薬エコシステムで好循環を生むためには、スタートアップが立ち上がり、成功し、ヒト・モノ・カネの好循環が広がることが必須です。バイオ系のスタートアップはIT系のスタートアップに比較し、成功確率が高くありません。現状、バイオ系のスタートアップは、成功するために必要な支援を受けているか、課題があるとすればなにかについて、意見をうかがいたいと思います。

IPOは成功したスタートアップのEXITの一つですが、IPOを達成するためには、それ以前の段階と違う人材が必要になり、支援が必要です。また、モノの観点からは特許が重要です。最終的なビジネスモデルにつながる特許を、早い段階から事業化やIPOを見据えて取得していく必要があるので、その支援が重要になります。
山口大学では知財教育に力を入れており、全学部の学生が必ず知財教育を受講します。そして、アイデアが出れば大学知財部門とすぐにコミュニケーションでき、将来を見据えた特許を出願することができます。産学連携においても、ライセンス候補企業と話ができる環境にあります。
東京大学では、研究者とVCとの距離は近く、また、TLOも日常的に研究者に寄り添っており、研究シーズを社会実装につなげやすい環境にあります。しかし、スタートアップを成功させるためには、最終的な事業化を見据えて、最初の段階から知財を漏れなく取得していく必要があります。研究とビジネスの両方に精通している研究者は多くなく、その点で支援の質を上げる必要があると考えています。
EXITとしては高く買ってもらえれば良いので、IPOでもM&Aでもどちらでも良いと考えます。日本のIPOにおける一番の課題は、上場時または上場後に企業価値が適正に評価されないので、医薬品を開発し続けられるだけの資金調達ができず、医薬品上市に至らないことです。日本においてM&Aが起こらない要因としては、(1)投資家側の問題、(2)スタートアップ側の問題、(3)買収する側の問題の3つに分解して考えることができると思います。(1)については、M&Aを成功させるためにVCが交渉を主導するという経験値を上げる必要があると考えます。(2)については、起業家側に買収されることの拒否感があるのなら、M&A後に開発が進むという選択肢もあることを理解してもらうことが必要でしょう。(3)については、米国では1兆円規模のM&Aが多々あるところ、日本ではまだそのような成功事例がないので、ディールに値するようなスタートアップがたくさん出てくるように支援することが必要だと思います。
M&AやIPOは経営手段の一つですが、どちらも知財が評価されます。IPOの際には東京証券取引所の上場審査で知財がチェックされますし、M&Aではデューデリジェンス等で知財が評価されます。知財は事業戦略と一緒に考える必要がありますが、スタートアップの資金や時間軸を考慮してアドバイスできる人材は不足しています。知財のことだけを支援しても、事業戦略と乖離します。外部または内部の多様なバックグラウンドを有する専門家同士の連携が必要になります。

2. 人材について

バイオ分野は特殊で、専門的な知見が要求される分野だと思います。大学は研究者の先生方の発明に対して外部弁理士等のコメントを得る等してサポートすることはできますが、一歩進めて製薬企業に導出していくとなると、それを推進する人材は大学には不足しています。製薬企業出身者、医薬品開発業務受託機関(CRO)、医薬品製造受託機関(CMO)等の経験者の知見を活用できる仕組み、たとえば、スタンフォード大学のSPARKのような仕組みが作られることを期待しています。
SPARKは、スタンフォード大学にある組織で、製薬業界の知財、規制関連、投資等のバックグラウンドをもつ専門家が登録されており、それら専門家が無償でスタートアップを支援するという組織です。また、ヒトとヒトをつなぐ役割も果たしており、SPARKを通じて企業から大学、大学から企業へと人材が流動することもあるようです。
日本においてSPARKのような組織は聞いたことはありません。良いシーズがあっても、大学の研究者がそれを事業化するノウハウがないためにシーズが埋もれている可能性もあります。また、将来を見据えて知財を権利化する必要もあります。SPARKのような組織からのサポートは役立つと思います。
人材が一番重要であり、これに対しての政府の支援策は大きく2つあります。1つは、起業したいと思う人が成功するように支援することで、これについてはスタートアップの好循環が見られる米国から学べるような施策を実施しています。もう1つは、起業したいと思う人自体が増えるように支援することで、これは短期的に解決できない非常に難しい課題です。政府は、スタートアップ5ヵ年計画の中で、資金や税制等の施策を実施して起業したいと思う人が増えるように努力しているものの、10年単位の長期的な取り組みとしてやっていく必要があると考えています。
VC経験者や知財経験者等、個々には多様な専門家が揃っていても、自分の専門分野の視点からしかアドバイスできないケースが多いと思います。知財教育をVCの方に、知財の方にはファイナンスの学びをしていただく等、専門家同士が互いにリテラシーを高めていく必要があります。また、個別の人材は揃っていてもそれを連携させることについて、スタートアップや企業自身がそのドライビングフォースとなるのか、外部からドライビングフォースとなる人材を調達するのかについても議論が必要と思います。

3. エコシステムのコミュニティーについて

欧米の場合、SPARKのように、専門家がプロボノ活動をしたり、専門家でなくてもボランタリーに活動することに価値観を見出して活動するケースが多いと思います。それに対し、日本的なコミュニティーのあり方では、自然発生的なプロボノ活動は見られません。また、日本的なコミュニティーでは、人材は揃っていても、誰か一歩踏み出す人がいないと動かず、受け身的な姿勢が見受けられるので、ドライビングフォースとなる政策や人材が必要であると思っています。
米国の大学の場合、発明が出ればすぐに大学知財部と協議が始まり、特許出願すればTLOが来て、ライセンス候補先を選び面談を設定してくれます。研究者自身が動く必要はありません。一方、日本の場合は、研究者自身が積極的に動かないといけないのが現状だと思います。

4. ミッシングピースを探して

重点的に課題に取り組んでも、創薬エコシステムがうまく回らないことがあり、そこに“ミッシングピース”があるのではないか、と製薬協の上野会長が指摘しています。この点について、意見を聞かせてください。

リスクテイクができるかどうかだと思います。創薬では、失敗を許さない投資はあり得ません。リスクを“見える化”することや、リスクの評価をできる目利き等が重要になると思います。
事業化を考えると、日本の市場だけでは小さく、グローバルな市場を考えていく必要があります。世界の中でどういう市場があるかを考えていく姿勢が必要だと思います。
資金面は改善傾向にあります。次に課題となるのは、忍耐と時間だと思います。チャレンジを続けていく忍耐力と、成功するまでチャレンジする時間が必要です。その支援をしていくことが重要だと感じています。
成功は簡単ではありません。うまくいかなかったことから課題を抽出し、次の挑戦をすることが必要です。そのためには、資金や制度や時間も必要ですが、熱意も重要ではないでしょうか。最後までやりきるのだという熱意、そのような無形なものが重要だと思います。

(知財フォーラム準備委員会)

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