トピックス ベトナムにおける臨床薬剤師を介して行う服薬支援ツールを用いた医薬品の適正使用推進プロジェクト

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製薬協国際委員会グローバルヘルス部会のアクセスグループ(以下、当グループ)は、2019年度から2021年度までの3年間、国立研究開発法人国立国際医療研究センター(NCGM)薬剤部および一般社団法人くすりの適正使用協議会と連携し、ベトナム北部地域における薬の適正使用推進活動を行ってきました。本活動は厚生労働省の医療技術等国際展開推進事業の一つとして採択されたものです。本レポートでは、3年間で実施した活動内容を中心に本事業の成果と今後の課題について報告します。

バックマイ病院正門にて バックマイ病院正門にて

活動の背景

プロジェクト開始前の予備調査から、ベトナムの臨床薬剤師業務は日常の薬剤払い出しや医師への医薬品情報の提供にとどまっており、患者さんに対する直接的な服薬指導はほとんどあるいはまったく行われていないという課題が浮き彫りになってきました。一方、患者インタビュー調査から、患者さんは自分が服用する薬への理解度が低く、服薬指導に対する強い要望をもっていることがわかりました。

このような背景から、製薬企業等が作成している日本の患者さん向け説明資料をベトナムの患者さん向けにカスタマイズし、これらを用いて薬剤の専門家である臨床薬剤師が患者さんに対して適切に情報提供・服薬指導を行うことで、医薬品の適正使用の推進を目指すこととしました。

※背景・予備調査の詳細は、製薬協ニューズレター2020年3月号(No.196)をご覧ください。
https://www.jpma.or.jp/news_room/newsletter/196/96t3-01.html

2019年度の活動

1年目となる2019年度は、ベトナムで国立病院の指導役を担うバックマイ病院を対象に、ベトナムでの研修を2回(2019年8月、2020年1月)、日本での研修を1回(2019年10月)行いました。

ベトナム研修1回目(2019年8月)

院内における臨床薬剤師の役割や業務内容のヒアリングを通じて、患者服薬指導の実態や課題を確認し、本プロジェクトで作成すべき服薬指導資材について議論しました。

日本研修(2019年10月)

国立研究開発法人国立国際医療研究センター(NCGM)が実施している糖尿病治療や患者さんとのコミュニケーション方法に加え、一般社団法人くすりの適正使用協議会や日本企業による適正使用推進の取り組みを解説しました。また、日本の患者指導資材を参考にした服薬支援ツール3種(「糖尿病治療における基礎知識」および「薬についての一般知識」の冊子、患者集団指導用のスライド資材)とともに、作成した服薬支援ツールのでき具合や、患者指導の適切性を患者さん自身に評価してもらうためのアンケート調査票の作成を進めました。ベトナムに帰国後、完成した服薬支援ツールを用いて患者指導のパイロット運用を開始しました。

ベトナム研修2回目(2020年1月)

バックマイ病院と関連機関の薬剤師を対象にした糖尿病小セミナーを開催し、本プロジェクトの内容を紹介しました。セミナーで発表された患者さんへのアンケート調査結果では、服薬支援ツールに対する高い評価と臨床薬剤師による服薬指導に対する高い満足度が示されるとともに、薬の効果や副作用に関する患者さんの理解度の向上も確認できました。また、以降の地方展開を視野に入れた北部地方病院へのプロジェクト紹介においても、服薬支援ツールや患者指導への高い支持が得られました。これらの成果はバックマイ病院内でも高く評価され、服薬支援ツールを用いた患者さんへの服薬指導や集団患者指導が、臨床薬剤師の新しい業務として、その後も継続して実施されることとなりました。

糖尿病ハンドブック・患者指導用動画と研修の様子)

2020年度の活動

2年目となる2020年度は、1年目にバックマイ病院で作成した服薬支援ツールを活用し、臨床薬剤師による患者集団指導をバックマイ病院以外の地方病院へ展開していく方針で計画を立てました。しかしながら、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のまん延により患者さんへの集団服薬指導ができなくなったため、それに代わる方法を模索しました。その結果、患者さんの服薬指導を集団から個別に切り替え、患者さんが服用する薬剤の情報提供資材を作成し、個別指導に使用することとしました。

2年目から新たにプロジェクトに参画したフォノイ病院およびラオカイ病院はバックマイ病院と協力しながら、糖尿病薬剤情報資材のひな型(記載ルールを含めたテンプレート)を作成し、さらに処方の多い薬剤については、情報提供シートおよび動画等の服薬支援ツールを作成しました。当初予定していた訪日研修・訪越研修はすべてオンラインで実施し、資材作成にあたってはフォローアップ会議を3回実施することにより、服薬支援ツールの作成をきめ細かく支援しました。研修生の臨床薬剤師は、作成した服薬支援ツールを用いて患者服薬指導を実施し、患者さんからは服薬支援ツールに対して「とても役に立つ」等の高い評価をもらいました。

服薬支援ツールを用いた服薬指導とオンライン研修の様子

2021年度の活動

3年目の2021年度は、臨床薬剤師による患者服薬指導の定常的な実践を目標に、服薬支援ツールをさらに拡充させること、服薬指導資材を研修不参加の病院へ展開することを計画しました。また、新しくドンアン病院、ミーリン病院が参加し、合計5病院が本プロジェクトに参加することになりました。2020年度に引き続きCOVID-19の影響で、すべての研修・会議をオンラインで実施することになりました。NCGM薬剤部の先生方から日本で使用されている心疾患治療薬や抗がん剤、薬剤耐性(AMR)対策等の講義があり、研修生であるベトナムの臨床薬剤師たちの知識向上に役立ちました。また、服薬支援ツールとして、ベトナムで多く処方されている糖尿病、心疾患、がん治療薬を中心とした薬剤情報シートを21種類作製しました。さらに、糖尿病患者向け服薬指導資材を服薬指導用パッケージとしてまとめ、研修対象外の薬剤師を対象とした同パッケージ説明会をバックマイ病院主催で実施しました。同会に参加した15施設29名の薬剤師の全員が「とても有用/とても役に立つ」「有用/役に立つ」と回答しました。

一方で、当初予定していた服薬支援ツールを用いた患者個別指導については、現地での急速なCOVID-19拡大の影響で実施できませんでしたが、COVID-19の収束後には改めて実施する意向を確認しています。

患者指導に用いる薬剤情報シート

各年度の活動の詳細については、厚生労働省医療技術等国際展開推進事業報告書をご覧ください。

これまでの成果と今後の課題

3年間の本プロジェクトにおいて、ベトナム北部の5つの病院の計11名の臨床薬剤師が、患者服薬指導を行うための知識・スキル・ノウハウを学びました。また、研修を通じ、服薬指導に活用する資材として、「くすりについての一般知識」「糖尿病治療における基礎知識」といった冊子や患者指導用動画6種類、薬剤情報資材30種類が、参加した臨床薬剤師の手で作成されました。これらの資材の作成は、臨床薬剤師の医薬品に関する知識や理解の向上に役立ちました。受講した5名の臨床薬剤師は、これらの資材を使って実際に服薬指導を行い、このような指導が医薬品の適正使用につながることを実感していました。

今後の課題としては、本プロジェクトで土台ができつつある臨床薬剤師による服薬指導が継続できる体制づくり、およびそれをベトナム全土に広げるための環境整備が重要であると考えています。その第一歩として、最終年度には服薬指導資材のパッケージ説明会を研修対象外の医療機関の薬剤師に実施しました。同会に参加した薬剤師からは、服薬指導と服薬支援ツール作成に取り組む前向きな意向が確認でき、ベトナム広域での薬剤師による服薬指導の普及が大いに期待できるとの感触を得ました。

この課題への具体的な対応としては、3年間の研修で作成してきた資材やその活用法等を本事業終了後もバックマイ病院が中心となり、その他の地方病院さらにはベトナム全土に展開できるような基盤整備が必要と考えています。また、これらの活動をベトナム保健省の関係者にアピールすることにより、ベトナムの広域に臨床薬剤師による服薬指導が展開されていくことも併せて期待しています。製薬協としては、引き続きこれらの活動を支援してまいります。

患者視点に立った服薬指導の実践は、患者さんの服薬アドヒアランスの向上や副作用に対する理解が向上し、薬剤の有効性や安全性が最大限に引き出され、ベトナムにおける健康増進につながると考えております。また、最終的には、日本の製薬企業によるこの取り組みがベトナム医療機関側に評価され、日本の製薬企業への信頼が高まり、ベトナムにおけるビジネスが拡大することを期待しています。

(国際委員会 グローバルヘルス部会 アクセスグループ 高橋 佳菜子、俵木 保典、丸山 潤美

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