ベトナムにおける臨床薬剤師を介して行う服薬支援ツールを用いた医薬品の適正使用推進プロジェクト

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製薬協国際委員会グローバルヘルス部会のアクセスグループ(以下、当グループ)では、低中所得国への医薬品アクセス改善に向けて、国立研究開発法人国立国際医療研究センター(NCGM)薬剤部とベトナム・ハノイにあるバックマイ病院(BMH)とともに、薬の適正使用推進活動を行っています。本活動は2019年度より厚生労働省の医療技術等国際展開推進事業の一つとしても採択され、2020年度以降も継続してベトナム国内の地方展開を進めていくことを予定しています。本レポートでは、これまでに実施してきた活動内容を中心に、今後の活動計画の概要についても報告します。

BMH正門にて

活動の背景

開発途上国では、医師や看護師、薬剤師、助産師等の「保健人材」が圧倒的に不足しており、これが十分な医療サービスが提供されない要因の一つとなっています。また、薬という切り口で見れば、所得格差に伴う医薬品アクセス問題をはじめ、薬が正しく処方されない、提供されない、使われないといった不適正使用も大きな課題となっています。当グループでは、こうしたグローバルヘルス課題に注目しつつ、この分野で現地のニーズに見合った製薬企業ならではの実質的な貢献ができないかを5年以上かけて模索してきました。2017年になって、国立研究開発法人国立国際医療研究センター(NCGM)薬剤部がベトナムで臨床薬剤師の教育研修に力を入れていることを知り、その取り組み内容をうかがったところ、ベトナムの臨床薬剤師業務は日常の薬剤払い出しや医師への医薬品情報の提供にとどまっており、患者さんに対する直接的な服薬指導はほとんど、あるいはまったく行われていないという課題が浮き彫りになってきました。さらに、さまざまな関係者とも意見交換を行い、薬が正しく使用されるためには、患者さんへの適切な情報提供と、それをリードする人材として臨床薬剤師の職務機能を強化することが重要であり、こうしたニーズに応えるために具体的な行動を取ることも製薬企業の使命と考え、NCGM薬剤部をパートナーとして一緒に活動することとしました。

予備調査

現地活動に向けて当グループで考えた内容が、実際に現地の患者さんのためになるのかを確認するため、2018年から予備調査を実施することとしました。実施地域・国の選定は、製薬協が重点地域としているアジアで考えましたが、まったく経験のない活動であったため具体的な国の特定は難しく、NCGM薬剤部が土台を築いていたベトナムで活動することにしました。日本からベトナム保健省にアドバイザーとして駐在していた牛尾光宏氏から多くの貴重なアドバイスを受け、中でも「広く展開するには、まずは確かな実績と経験を少しずつ積み上げることが大事だ」という言葉は特に心に残っています。

予備調査の内容としては、患者さんがどのように薬を処方されているのかを観察するとともに、患者さん一人ひとりの薬に対するニーズはなにか、現状をどのように感じているのか等について、聞き取り調査を実施することです。調査を実施したバックマイ病院(BMH)は、ベトナムの首都ハノイにあるベトナム三大中央病院の一つで、ベッド数が2000床以上もある大病院であり、NCGMとは長年協力関係にあります。こうした大病院には、比較的重症度の高い患者さんが多いのですが、中等度の患者さんでもより良い医療を受けるために来院するので、院内は患者さんやその家族で溢れており、診察までの待ち時間も場所が足りないので廊下で寝そべっていたり、入院患者も1つのベッドを複数の患者さんが共有していたりします。医療スタッフに対する患者さんの数があまりに多過ぎて、患者さん一人ひとりへの対応にそれほど時間をかけていられないことは明白であり、薬も処方せんに沿って提供はされるものの、窓口で使用方法の説明等は行われていませんでした。当グループがNCGM薬剤部と協力して160名近くの外来患者さんを対象に聞き取り調査を行った結果からは、約3割の患者さんにおいて処方された薬が余る、あるいは足りなくなるという事象が発生すること、全体の半数以上が自分の服薬している薬の「効能効果」「飲み方」「副作用」等を理解していないこと、調査した患者さんの2/3は今以上の服薬指導を希望していること、また、希望していない1/3の患者さんについても、薬の理解度が必ずしも高いわけではないこと等がわかりました。

予備調査の様子

臨床薬剤師を介した薬の適正使用推進の本格稼働(2019年度の活動)

この予備調査の結果やベトナム保健省、世界保健機関(WHO)ベトナム事務所や独立行政法人国際協力機構(JICA)のベトナム事務所等との意見交換を踏まえ、臨床薬剤師の育成による薬の適正使用推進活動に意義があることは認識できましたが、より有意義な活動とするには製薬協グローバルヘルス部会の予算だけでは十分でないという課題が残っていました。そこで、国等の支援制度を調査し、以前、厚生労働省主管の「医療技術等国際展開推進事業」に製薬協の「レギュラトリーサイエンス研究推進のための人材育成支援プロジェクト」が認められて活動資金が得られた経験も踏まえ、本件について2019年度の当事業に応募したところ、幸いにも採択され、本格的な活動をスタートすることができる運びとなりました。

この医療技術等国際展開推進事業は、日本の医療や事業者の強みを活かしつつ相手国の医療水準の向上に貢献することで、日本と途上国の双方に好循環をもたらすことを目的とした研修事業です。当グループでは、まず、製薬企業や関連団体が作成している日本の患者さん向けの薬や疾患に関する説明資料をベトナムの患者さん向けに仕立て直し、次に、臨床薬剤師がそれらを活用して患者さんに服薬指導し、薬に対する理解度や服薬指導に対する満足度を患者さんに評価してもらうという2段階の活動計画を立てました。

服薬指導は、NCGMが日本で実施している患者教室をイメージし、集団型の患者指導を行うことで多忙な医師や看護師の負担が減ることを期待しました。また、最初からすべての疾患を対象にすることは難しいため、非感染性疾患(NCD)の増加が国際的な優先課題になっていることや、BMH側が注力している治療分野、NCGM薬剤部の意見等を考慮し、糖尿病を対象にすることとしました。

こうして2019年8月、当グループはNCGM薬剤部とともに、改めてBMHを訪問しました。

BMH幹部との打ち合わせ

当初は臨床薬剤師のみを対象とした研修プログラムを考えておりましたが、BMH幹部と事業計画の詳細を協議したところ、資材の改良には医師のアドバイスが必須なうえ、患者さんへの服薬指導は薬剤師ではなく医師と看護師だけで実施していることから、服薬指導教育には医師の関与が必要であることがわかり、2019年度の活動計画を変更して医師の協力も仰ぐことになりました。これにより、結果的にはより良い資料が仕上がると同時に、BMH内の協力もスムーズに進行し、大変良い成果を生み出すことにつながったと思います。また、糖尿病治療に従事する現場のスタッフ(医師、看護師)や患者さんも含め、数名にインタビューする機会も得られ、さまざまな意見や期待の声が得られるとともに、BMHでは入院・外来患者ともに薬に関する資材は提供していないことや、イラストが豊富な日本型の資材は有用であること等も再確認することができました。さらに、BMHの廊下で行われている看護師による患者集団指導の様子を直接見ることができたのも、われわれがイメージを得るうえで大変貴重な機会でした。この訪問研修では、作成する患者向け資材の種類、構成、内容に関し意見交換するとともに、成果指標についても簡単に協議し、次の日本で実施する本邦研修にて最終化することを合意しました。

BMHでの患者集団指導の様子

9月30日からは、BMHの糖尿病専門医のNguyen Thi Thuc Hien氏と臨床薬剤師のBui Thi Ngoc Thuc氏が日本で5日間の研修を受講しました。研修の概要は下記の通りです。

  • NCGMにおける糖尿病の日常診療や臨床薬剤部業務の実地研修、講義を受講(2日間)
  • 一般社団法人くすりの適正使用協議会を訪問し、薬の適正使用に向けた学校教育や啓蒙活動について講義を受講。また、大日本住友製薬による糖尿病の治療支援に向けて開発中のウェアラブルデバイスを体験
  • 患者向け資材のベトナム版への改良と患者さんに対するアンケート調査票の最終化(2日間)

本邦研修の様子

5日間はあっという間に過ぎ、患者向け服薬支援ツール2種類(「糖尿病治療における基礎ガイド」および「薬についての一般知識」)(図1)と臨床薬剤師による患者集団指導用のスライド資材1種類の計3種類を作成しました。

図1 患者向け服薬支援ツール2種類

糖尿病治療の資料には、汎用されているインシュリンの使い方を盛り込んだり、日本では当たり前となったおくすり手帳の要素を加えたりする等の工夫も加えました。薬の一般知識については、くすりの適正使用協議会からの提供資料をベースにしています。これらの支援ツールの検証はHien氏やThuc氏がBMHで実際の診療や服薬指導に使用し、アンケートを通じて患者さんに判定してもらうことになります。

2020年1月、BMHを訪問し、この患者アンケートの結果を確認しました。作成した服薬支援ツール「糖尿病治療における基礎ガイド」と「薬についての一般知識」を読んだ患者さんに対して、当該ツールを今後どのように使用したいかという質問に対し、「いつももち歩きたい」「薬と一緒に袋に入れておく」「家の中の決めた場所に置いておく」のいずれかを選択した回答が80%以上であることが確認できました。また、臨床薬剤師の服薬指導に対する満足度は98%と大変高いものであり、薬の効果や副作用等に関する患者さんの理解度に関しては、すべての項目において「指導前に比べてより理解できた」と回答した人が85%以上でした。

BMH・薬剤師による患者集団指導の様子

今回の研修に合わせて、BMHとその関連機関の医療関係者を対象に糖尿病小セミナーを開催しました。日本における糖尿病治療の現状とともに当該研修事業の内容を紹介し、臨床薬剤師による服薬指導の重要性等が強調して説明されました。また、臨床薬剤師による服薬指導が患者さんから評価され、BMHが今後も継続して臨床薬剤師による患者集団指導を実施する意志があることを確認できたことは、当グループにとってこの活動を継続するに大きな励みになります。

糖尿病小セミナー

今後の活動

2020年4月以降も活動を続けるために、改めて医療技術等国際展開推進事業に申請し、承認を受ける予定です。次の計画は、作成した服薬支援ツールをBMHから地方の病院に展開し、臨床薬剤師による患者服薬指導をさらに広めていくことです。1月の訪問時、ベトナム北部にある2つの地方病院を訪問し、事業の継続可能性についても検討してきました。視察の結果、まずは病院長や薬剤部長らとの面談を通じ、臨床薬剤師が医療の中で果たす役割への期待の大きさ、日本との研修を通じて病院機能の向上を図りたいという強い思いを感じました。

一方で、現在、数が限られている臨床薬剤師は患者さんへの直接服薬指導は行っていないことや、採用されている抗糖尿病薬の種類や数もBMHと地方病院では大きな違いがあること等も判明しました。そのため、それらを踏まえながら地方病院に適した実施方法を検討することが今後の課題です。

当グループとしては医薬品アクセスの改善に向け、そして現地の人々の健康に少しでも貢献できるよう、今後も活動を継続してまいります。

地方病院にて

(国際委員会 グローバルヘルス部会 アクセスグループリーダー 恒成 利彦

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