トピックス 「製薬協メディアフォーラム」を開催 テーマは「医薬品の多様な価値を再考する~医薬品に期待される社会への貢献とは~」

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2021年3月23日、日本橋ライフサイエンスハブ(東京都中央区)にて「製薬協メディアフォーラム」を開催しました。今回は「医薬品の多様な価値を再考する~医薬品に期待される社会への貢献とは~」をテーマに、東京大学公共政策大学院特任教授の鎌江伊三夫氏、横浜市立大学医学群健康社会医学ユニット准教授の五十嵐中氏より講演がありました。当日は会場およびWeb配信にて42名の記者が参加しました(会場参加22名、Web配信視聴20名)。フォーラム開催の背景と講演概要は以下の通りです。

フォーラムの様子

フォーラム開催の背景

我が国では少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少により、社会保障制度の「支える側」の減少が続いています。そのような中で社会保障制度を持続させていくためには、「支える側」を増やし、給付と負担のバランスをとっていく必要があり、医薬品には健康寿命を延伸させることでそれに貢献することが期待されています。

一方で、医薬品の価値評価は、新規性、有効性/安全性、治療法の改善、利便性といった医療的視点を基に行われており、医療的視点の延長線上にある、患者本人の生産性損失の改善、患者家族の負担軽減による社会復帰等を通じて、「支える側」を増やすという社会保障の持続性の視点からの評価は不十分な現状にあると考えます。

科学技術の進展によって革新的医薬品が今後も登場することが想定される状況下で、医薬品のもつ多様な価値が我が国の医療保険制度の中で適切に評価される仕組みが求められます。その実現に向けて、関連するステークホルダーとの議論を醸成していくことが必要であり、その一環として「医薬品の多様な価値を再考する」というテーマにてフォーラムを開催することとしました。

医薬品の価値に関する海外動向 ISPORの12の要素を中心に

東京大学公共政策大学院「医療政策・技術評価」研究プロジェクト 特任教授
キヤノングローバル戦略研究所 医療政策研究主幹
国際医薬経済・アウトカム研究学会(ISPOR)次期会長 鎌江 伊三夫

価値の評価と医療のパラダイムシフト

本日は、価値あるいは価値評価に関して議論のきっかけとなるような内容をお話しします。また、海外の価値評価の状況も眺めながら、よくある誤解あるいは認識不足がどこにあるのか、そして今後の課題についても述べたいと思います。

価値の問題が語られるようになった背景には、医療のパラダイムシフトが関係しています。古代ギリシャのヒポクラテス以来、20世紀の半ばくらいまでは経験に基づいた医療が実施されていました。1990年代には科学的なエビデンスが重要視されるようになり、21世紀に入ると科学的エビデンスだけではなく、もう少し広い社会的な価値に基づく医療が重要であると考えられるようになりました。そのような背景の中で、医療技術の費用対効果の研究あるいは費用対効果を前提とした臨床研究が実施されるようになりました。近年になり高額な医薬品が登場すると、国民皆保険を維持するために財政的な問題として取り沙汰され、「命の値段とは」という議論がなされるようになりました。

そもそも「価値」とは曖昧な言葉ですが、価値は1つの要素で決まるのではなく多次元の要素で決まります。経済学者は価値を、支払意思額あるいは機会費用(最善のあるものを得るために諦めた次善のものがもつ経済的価値)とも捉えます。価値は永久不変ではなく、特定の物の価値が判明しても時間とともに変わることが考えられます。

医薬経済学的な価値とは

医療技術の価値に関しては3つの着眼点があります。1つ目はなんらかの費用削減が起こること、2つ目は生存期間が延長すること、そして3つ目は患者さんの「生活の質」(Quality of Life、QOL)が改善することです。この2つ目と3つ目、すなわち生存年数とQOLを組み合わせて「質調整生存年」(Quality-Adjusted Life Year、QALY)という評価方法が英国国立医療技術評価機構(NICE)を中心に導入されました。医療技術の費用対効果を考えるうえでは、QALYと費用のバランスを考えるために増分費用効果比(Incremental cost-effectiveness ratio、ICER)という指標が考案され、そのICERを用いて医療技術を評価することが国際的に推奨されるようになりました。我が国は、世界で初めてそのICERを使用して医薬品や医療機器の価格を調整する制度を導入しました。ICERは価値の一つの指標であると考えられているので、ICER-based PricingはValue-based pricingであるとも言えます。

12の価値要素

国際医薬経済・アウトカム研究学会(ISPOR)の研究者らが中心となり、主に米国に焦点をあててUS Value Assessment Frameworksというレポートを2018年に発表しました。この中には12の価値要素という概念が含まれています。レギュラトリーサイエンス誌に公表した総説には、その12の価値要素を日本語に翻訳したものが含まれています(図1)。

図1 価値評価のための12要素
出所:鎌江伊三夫. 医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス, PMDRS, 50(3), 135~141, 2019

12の価値要素のうち、さきほど述べたICERを算出するためのQALY増加や正味の費用が2つを占めています(緑色の円)。これらの12の価値要素は、それぞれが独立しているわけではなくお互いに関連しています。この12の価値要素が発表されたのは今般の新型コロナウイルスのパンデミックが起こる前でしたが、伝染の恐怖という価値(赤色の円)も含まれていることから、この概念には先見の明があるとも言えます。ISPORの中でもこのような新しい価値に関する議論が進んでいますが、問題となるのはこれらのさまざまな価値をどのように統合して評価するのかということです。

価値評価に関する誤解や認識不足とは

ここからは価値評価に関するよくある誤解や認識不足について述べたいと思います。まずは「価値評価の対象」についてです。我が国の費用対効果評価制度における評価の対象は医薬品や医療機器にとどまっていますが、マクロの医療技術評価では医療システムや医療制度、さらには医療政策もその評価対象に含まれます。次は「価値と価格の関係性」についてです。日本の制度におけるICERに基づく価格調整は、ICERと価格を便宜的に関係づけているに過ぎず、ICERと価格の理論的な関係とはまったく別のものであります。にもかかわらず、我が国の制度では主にICERのみを使用して価格を調整しています。経済学では、適正な価格は支払意思額を超えない範囲において、消費者余剰と生産者余剰のバランスで決まることが一般的に知られています。また、世界保健機関は、価値に基づく価格は高額になる傾向があり、過度の生産者余剰を生じるとして反対を表明しています。最後に「学問的なプリンシプル」についてです。個人の多様な価値を測っても最善の政策が選択できるとは限りません。多様な価値を数値化しても個人の価値を集約した社会的厚生関数は見出せないからです。また、諸外国では価値の主要な指標であるQALYに対してさまざまな懸念を抱いています。さらに価値の評価をどのように実現するかについては、それぞれの国の主義や価値観によって異なります。

手続的正義の構成要件およびISPORの「価値評価」報告が推奨する6項目と日本の現状

医療技術評価は単に実証分析(データの分析と提示)をするだけではなく、規範分析が混在する広義のサイエンスであり、手続的正義が必要になります(図2)。手続的正義の構成要件とは、関係者の参加、審議やルールの透明性、関係者全員の声、分配の基本・基準の徹底討議、審議を通しての合意形成の5つであります。日本の中央社会保険医療協議会(中医協)では、審議やルールの透明性と審議を通しての合意形成はクリアしていますが、分配の基本・基準の徹底討議に関しては議論されていないのが現状です。

図2 手続的正義の構成要件と日本の現状

ISPORは価値を評価する際に推奨する6つの項目も公表しています(図3)。日本は特に6つ目の「保険者と患者の両者の視点を反映する優れた価値尺度を作るために、ベネフィットの新たな要素を開発、試験せよ」という点に関しては未実施であります。

我が国は世界で初めてICERに基づく価格調整を導入しましたが、理論的な正当性については不十分と言わざるを得ません。また、価値を評価するうえでさらに認識を深めていかなければいけない問題が多く残されています。今後の日本の価値評価においては、医療という財産を守るという文脈で取り組んでいく必要があると考えます。

図3 ISPORの「価値評価」報告が推奨する6項目

一般生活者が考える医薬品の価値のあり方 コロナ禍を踏まえたWebアンケート調査を一例として

横浜市立大学医学群 健康社会医学ユニット 准教授
東京大学大学院 薬学系研究科医療政策学 客員准教授 五十嵐 中

本日は、医薬産業政策研究所と共同で実施したWebアンケート調査の結果や価値のあり方について紹介します。

一般生活者が考える薬の価値と受診等のあり方

2020年11月に、20~69歳の男女(回答者数2155人)を対象にWebアンケート調査を実施しました(結果は2021年3月政策研ニュース. No.62, p.15~p.20に掲載)。当調査には、一般生活者が医薬品の有効性・安全性・治療費以外に価値として重視する要素とコロナ禍における今後の受診動向が調査項目として含まれています。まず通院頻度の変化について、「通院を減らした・中止した」と回答したのは全体の31%でした。さらに、「今も減らしている・中止した」と回答した人が、全体の20%以上を占めました。オンライン診療に関する今後の動向では、調査期間中にオンライン診療を受診した人は全体の10%を下回っていました。しかし、全体の半分以上が、今後はオンライン診療を利用すると希望していました。

医療経済学とは

医療経済学は、医療資源には限りがあるからこそ、適正配分すなわち効率的な使い方を考えなければならないという考え方がベースとなっています。しかしこれまで、「なぜ有限なのか?」の説明は医療財源等オカネの議論に終始していました。そのため、自己負担や税金・保険料の引き上げ、さらには他領域の予算を振り向けることで、実質的には無限であるかのように扱われてきました。それが今回のコロナ禍で、明らかにヒト・モノのような物理的な医療資源には限りがあることが可視化され、なぜ資源配分を考えなければならないのかという最適配分の議論が発展する契機となりました。

HTAとは

医療技術評価(Health Technology Assessment、HTA)の本来の定義はとても広いですが、狭い意味では「費用対効果評価をもとにして医薬品や医療機器の給付の判断や価格設定を行うことで、効率的な医療の実現を目指す」ということです(図4)。しかしながら、かつては「費用対効果=価値」という誤解もされていました。価値に見合った医療政策、価格、保険システムを考えた場合に、その価値をどのように計測するかが問題です。費用/QALYで一定程度は計ることができる、というのが本来のあり方ですが、それがいつの間にか費用/QALYこそが価値である、かのように変化してきました。しかし最近になり、海外では揺り戻しがあり、費用/QALY以外にも価値の要素があると言われるようになってきました。教科書的には、新薬と既存薬の費用と効果を出し、効果をQALYに換算して、費用の差をQALYの差で割り、「1QALYあたりのICER」を出し、出したICERをあらかじめ定めた基準値や閾値と比べた際の大小によって、費用対効果の良し悪しを最終判断します。しかし、実際にこのように教科書通りに実施している国はほとんどなく、さまざまなICER以外の要素の考慮が肝要であり、費用/QALYで捉えきれない要素もいろいろあると認識されています。

図4 HTA(ヘルステクノロジーアセスメント、医療技術評価)

病院に行かないことの価値や医療者の負担を最小化する価値

医療経済学的には、通院回数を減らすと医療費削減になりますが、それは世の中の人にとってプラスに受け止められたかというと実は違っていて、できれば通院したいという人が大多数です。確かに医療費の削減は良いことですが、世の中の人には価値として認めてもらえていなかったのではないかと考えています。ところが現在は、病院に「行かなくて済む」ことが明確なメリットになりました。オンライン診療やセルフメディケーションで困らない人は、病院に行かないことで本当に困った人のために医療資源を残すことができるのではないでしょうか。

こちらは冒頭でお示ししたアンケートの結果です(図5)。医薬品の新しい価値としてどのような項目が大事であるかを調査しました。私が注目しているのは、「医療者の負担を軽減できる」という項目が調査結果の上位に挙がっているということです。コロナ禍を経て、医療者の負担を最小化すること自体に価値があるということが認識されたのはとても重要であると考えています。

図5 新しいくすりの価値として、くすりの有効性・安全性や治療費以外に、大事だと思う項目

今後の「価値」のあり方

HTAや費用対効果が導入されると、今まであやふやだったものが1つの軸で評価できるという錯覚に陥ります。しかしもともとは、有効性や安全性は不確実なもので、追加的な効果と追加的な毒性のバランスを検証するために実施されるのが臨床試験です。そして、「効果+毒性」の軸である臨床的有用性と、オカネとのバランスをみるのが費用対効果です。効果と毒性、すなわち有効性や安全性に不確実性があるときに、費用対効果の数字が一意に定まることは、当然有り得ないことです。有効性や安全性が曖昧であるときに、費用対効果による結果だけでそのバランスが一意に定まることはありません。だからこそ、費用対効果は良い道具ですが、それで計りきれないものをしっかりと見ていく必要があります。加えて、いろいろな価値があるということをただ主張するのではなく、いろいろな価値があることを地道に抽出していくということが、今後登場する高額の薬剤の価値を明らかにする際に求められるのではないかと考えています。

討論

鎌江氏、五十嵐氏からの講演後、製薬協の森和彦専務理事をファシリテーターとして、以下のように討論が行われました。

「価値に基づく価格は適正な価格となるとは限らない」という点については、ICERに基づく価格決定はICERと価格を便宜的に関係づけているに過ぎず、これでは不十分である、という意味でしょうか?

鎌江氏
日本の費用対効果の現制度を前提とすると、ICERに基づく価格決定は必ずしも適正な価格とは言えないという面はあります。ただ、ここではもう少し広い意味も含んでいます。つまり、「適正な価格とはなんなのか」が明確でないと、適正な価格とは判断できないということです。我が国の薬価制度では、薬価を決める際には、原価計算方式と類似薬効比較方式の2通りの算定方式がありますが、どちらによって決められた価格が適正なのかと質問した場合、おそらく多くの意見が出るでしょう。適正な価格とは市場におけるバランスによって決まる問題です。企業、支払者、患者さんのそれぞれに考える価値があることを踏まえると、価値に基づく価格がすぐに最適価格をもたらすとは言えず、多くの議論すべき点があります。

これまで評価されていなかった価値の一例として「医療機関に行かないことの価値」を紹介していただきましたが、これをどのように価格に反映することができると考えますか?

五十嵐氏
医療機関に行かないことの価値が定量化可能かどうかといえば、不可能です。ISPORの12の価値要素の中でも、現段階では定性的な評価すら難しいもの、定性的な評価なら可能なもの、ある程度は定量化が可能なもの、に区分けできます。価値をどのように評価するかということについては、すべてを定量化することは不可能という前提に立ったうえで、ある程度定性的なものをどのように加えていくかという議論が不可欠です。海外各国でも評価の中にアナログな部分を残し、定量化という点ではふさわしくないですが、明らかに認めるべきであると考えられる価値が評価されています。

定量化できない価値であっても、しっかりと議論したうえで判断されたことが誰の目から見ても明らかになるようなプロセスが重要であると言えそうです。これは鎌江氏の講演の中で示されていた「手続的正義」と共通するように思いますが、この点について我が国の現状をどのように考えますか?

鎌江氏
我が国の過去を振り返ってみると、値ごろ感で価格が決定され、そのプロセスが不透明であったという事実はあります。その揺り戻しの一つとして、費用対効果評価を用いて価格を調整する制度が誕生したと言えます。ICERに基づく調整は透明ではありますが、ICERが価値のすべてを捉えているわけではないという点には注意が必要です。新たな制度をまず導入してみるということは重要であると考えますが、手続的正義が今後の課題になります。
五十嵐氏
費用対効果評価では、20数年先行している諸外国ではなぜICERに基づく価格決定を行っていないのでしょうか。ICERを用いると値が1つに定まると錯覚してしまいますが、仮定を少し変えるだけで値も大きく変わります。また、ICERを用いることで見えなくなってしまう価値もあります。一見透明性が高いと考えられる一方で、その背後で失われてしまっている情報があるということも理解し、今後議論していく必要があります。

討論の様子

フォーラムを終えて

今回のフォーラムを通じて、改めて医薬品には多様な価値があることを認識できました。我が国の医療保険制度の中でこれらの価値が適切に評価される仕組みを検討するうえでは、引き続きさまざまなステークホルダーと議論を重ねていくことが重要であると考えています。製薬協では、2021年度も今回のような企画を継続して開催し、医薬品の多様な価値について議論を深め、価値評価のあるべき姿について検討していきたいと思います。

(産業政策委員会 産業振興部会 湯淺 晃、飯田 耕士、玉富 一朗

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