トップニュース 「第7回 日経・FT感染症会議」製薬協ランチセッションを開催 産学官連携による今後の感染症対策の強化を提言

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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の全世界的な拡大は、グローバル社会・経済に甚大な影響を与えています。製薬協では、2020年6月17日に「感染症治療薬・ワクチンの創製に向けた製薬協提言」を取りまとめ、発信いたしました。治療薬やワクチンの早期創製、医薬品の安定供給という研究開発型製薬企業としての使命を強く認識して活動を進めるとともに、今後の未知なる感染症に対する備えに向けた課題を克服するための提言です。本提言では、日本における感染症対策の強化のために、いっそうの産学官連携の重要性を訴えています。製薬協では、その実現に向けた取り組みを進めていますが、その一環として「第7回 日経・FT感染症会議」(オンライン会議形式)に参画し、会議2日目となる11月7日に製薬協ランチセッションを開催いたしました。本セッションでは、感染症治療薬、ワクチンの迅速な創薬と供給のために、日本が今後どのように対応するべきなのか、平時からの備えや必要となる機能、国際連携等について、産学官各々のフィールドにおけるキーパーソンより情報発信が行われました。

会場の様子

製薬協ランチセッションは、感染症対策の強化に向け、産学官それぞれの立場から、現状の取り組みやこれからの連携のあり方についての講演が展開され、その後、演者がパネリストとなるディスカッションの場が設定されました。

まず、アカデミアの立場から、日本感染症学会理事長・東邦大学医学部教授の舘田一博氏より、新しい治療法の確立・ワクチン創製に向けた国際連携をテーマに、薬剤耐性(AMR)を中心とした感染症の脅威や平時からの備えの重要性についての発表がありました。次に、厚生労働省健康局長の正林督章氏より、国が一丸となって推進しているCOVID-19への対策、その取り組みにおける産学官連携・国際連携の重要性に関する解説がありました。続いて、ビル&メリンダ・ゲイツ財団日本常駐代表の柏倉美保子氏からは、パンデミックにおける国際的な産学官連携による感染症対策への取り組みと海外から見た日本の姿・期待に関する説明があり、最後に製薬協の中山讓治会長より、産業界を代表して、グローバルな感染症対策における産学官連携のあるべき姿、期待する事項について発表が行われました。

以下は、各演者の発表内容の再録です。

新しい治療法の確立・ワクチンの創製に向けた国際連携と産学官連携 AMR(薬剤耐性)対策を中心に

日本感染症学会理事長・東邦大学医学部教授 舘田 一博

日本では2016年に2020年までのAMR対策のアクションプランが策定され、取り組みが進められてきました。本年度はまさに、その5年間の評価を行って再考すべき時期にきています。アクションプランにおいて、われわれが感染症に関して取り組むべき方向性の一つとして「診断法や治療薬の研究開発」が示されていますが、これは残念ながら十分に進んでいません。その一つの要因として、ビジネス原理の観点が挙げられます。がんや呼吸器科、皮膚科領域といった薬剤と比較した場合、感染症治療薬は創薬しても利益が上がらない構造になっていて、企業としてもビジネスがなかなか進めにくい状況があります。しかし、一方で、サイレントパンデミックといわれるほど、臨床の現場では耐性菌の問題は確実に進行しています。われわれは、このジレンマに直面しているわけです。この問題をどのように解決していけば良いのか。

米国では2010年に「10 × '20 initiative」が示されました。2020年までに10品目の新規抗菌薬を創出するとの方向性を国が示し、リーダーシップを発揮して進められてきました。一方、日本でも2013年のG8首脳会議の際に、日本学術会議から提言書が政府に手渡されています。「耐性菌の問題は人類に対する脅威の問題であり、危機管理の問題として捉えて、対策すべき」との提言内容です。しかし、そうした取り組みがありながらも、なかなか進んでいかないのが現状です。

抗菌薬のビジネスの観点における問題点、つまり、創薬の研究開発に非常に大きな費用がかかる点、そして、発売後も収益が上がらないビジネスモデルである点、今後ビジネスとしてうまく機能できるようにするためのインセンティブを、産学官が連携しながら作り出していくことが重要になってきます。インセンティブには、研究開発の段階でのプッシュ型インセンティブと、製品の上市後のプル型のインセンティブがありますが、特に最近ではプル型のインセンティブをうまく作り出して、難しい創薬を進めていくべきとの議論がされています。この問題はサイエンスだけで解決できるものではありません。必要な耐性菌治療薬の開発をいかに進めるのか、サイエンス(アカデミア)、エコノミクス(産業界)、レギュラトリー(行政)、それぞれの分野の方たちがともに入って議論を進めています。

日本でも感染症治療薬の開発において、プッシュ型の事業は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の医療研究開発革新基盤創成事業(CiCLE)の取り組みを通じて進んでいますが、プル型のインセンティブにおいては、残念ながらいまだ見えていません。今回の日経・FT感染症会議でさまざまな議論がなされ、ようやく形が見えつつある、そのような状況だと思われます。

AMRの問題は、サイレントパンデミックな状態であり、今動かないと大変なことになる、そのような性質の問題です。まさに、危機管理の視点から産学官が連携して進めていく必要があります。そして、AMRは世界的な問題であり、グローバルデータシェアリングをOne Healthの問題として捉えて考えていかなければいけません。そして、診断法の進化によって創薬の方向性が変わってきている点も重要です。これまで2、3日かかっていた感染症の診断は、今や30分で耐性菌の判定ができるようになってきました。これはCOVID-19への対応が、その変化を後押ししている面もあります。このような技術を用いると、治療対象がナローなものであっても、非常に強い抗菌薬の開発を続ける意義が出てきます。これも重要な方向性です。もう1つは、感染症治療薬というと、微生物に対する殺菌性が中心でしたが、今回のCOVID-19でわかったように、宿主側のサイトカインストームを抑制することによって治療につながるような方向性も見えてきました。まさに"Host-directed Molecular Targeted Therapy"が、今後の開発の方向性ではないかと考えています。

PPP(Public Private Partnership)による感染症対策の強化 治療薬・ワクチンの迅速な供給に向けて

厚生労働省 健康局長 正林 督章

感染症治療薬、特に今はCOVID-19の治療薬が焦点となりますが、その迅速な供給に向けて、国としてなにをしなければならないか。まずは研究開発の推進であり、開発された薬の承認審査を速やかに行うこと、そして承認が得られた薬をしっかりと確保していくことです。今現在、日本で承認されているCOVID-19の治療薬は2品ありますが、これについては国として確保に動き、流通の仕組みを整えてきました。ワクチンについても同様に、研究開発と生産体制の整備、そして製薬企業との交渉を通じた確保の動きを行っています。国際的な枠組みである「COVAXファシリティ」は主に発展途上国に向けた取り組みですが、これらも使って日本国としてワクチンを確保することになります。

菅義偉総理大臣は2021年前半までに全国民に提供できる数量のワクチンを確保する旨を宣言しています。そのために順次、ワクチン開発企業との供給契約を進めており、また、ワクチン接種を速やかに進めるための体制整備を図る法案を臨時国会に提出することになります。

これまでに国はCOVID-19対応のために、研究開発に大きな予算を投じてきました。2020年度トータルで1481億円を確保しています。その使途は、1つには治療法やワクチンの開発、さらにPCR検査や診断に関する抗原と抗体の開発です。体外式膜型人工肺(エクモ、ECMO)のような医療機器にも予算を使っています。また、基盤技術の開発については、COVID-19の患者検体のゲノムの解析などの事業に対し、医療研究の開発革新基盤創成事業と称して支援を行っています。さらに環境整備として、国立感染症研究所の検査体制の整備や、国際連携の強化のためにアジア地域の臨床研究治験のネットワーク構築、感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)やGaviワクチンアライアンスといった国際的な枠組みに対しての財政的な支援を行っています。

これまでワクチンは不活化ワクチンが典型でしたが、今回のCOVID-19では、メッセンジャーRNAやウイルスベクターといった新しい技術が出てきています。そうした技術を使ったワクチン開発は、欧米の製薬企業が先行して進められている現状かと思います。一方で、国内での生産体制も整備する必要があり、その支援も国として行っています。

できる限り迅速にワクチンを確保するための取り組みについてお話しします。通常は治療薬やワクチンの承認は「研究開発-薬事承認-生産」のプロセスを経ることになります。しかし、それでは何年もかかってしまうので、COVID-19の対応に関しては、この期間を相当短縮するために、承認を得るプロセスと生産ラインを組むプロセスを同時並行的に進めることを考えています。それを後押しするため、補正予算を確保し迅速化に向けた支援を行っています。ワクチンの研究費として、第1次補正予算で100億円、第2次で500億円確保しました。また、生産体制を同時並行的に整備するため、ワクチンの緊急整備事業と称して1377億円を使っています。さらに、現在ワクチン開発で先行している海外メーカーとの交渉や、注射器やシリンジの買い上げ等に予算を投入しています。

特に、ワクチン生産体制等緊急整備事業と称して、公募によって一定の条件を満たすメーカーに対して、国内での生産ラインの構築に対し支援を行っています。

今のところ、ワクチンの確保に関し、海外の製薬企業2社と基本合意書を交わしています。何回接種になるかはわかりませんが、人の数でいうと6000万人分、回数でいうと1億2000万回分を各企業から2021年の前半に供給してもらうとの合意内容です。また、つい先日、別のメーカーと5000万回分の供給を次年度上半期までに行う契約を結びました。

必要となる治療薬やワクチンを迅速に供給するためには、官、民、そして学が強い協力関係をもつことが大切です。日頃から3者がしっかりとしたコミュニケーションをとり情報共有を行う。こうした取り組みを重ねることで、将来のパンデミックに備えていくことが重要だと考えます。

国際的な産学官連携による感染症対策への取り組みと海外からみた日本の姿・期待

ビル&メリンダ・ゲイツ財団 日本常駐代表 柏倉 美保子

本日は、新型コロナウイルス感染症に対する国際協調の重要性に関して、経済と持続可能な開発目標(SDGs)の両面からお話しいたします。

ビル&メリンダ・ゲイツ財団では、毎年SDGsの進捗状況を発表しています。2020年は、財団職員一同にとって非常に悲しい結果がすべての統計で出てしまっています。過去20年間、確実に世界の貧困は減少し続けてきましたが、本年初めて増加に転じました。突然10年前の貧困水準に後退した印象です。特に5歳以下の乳幼児の貧困の状況を見ますと、この30年間で半減してきたところ、2020年を起点に増加に転じる予測となる結果が出ました。栄養不良による成長阻害に関しても増加の兆しがあります。また、HIVやマラリアといった、新型コロナウイルス感染症ではないほかの感染症も非常にネガティブな観測結果が見られます。ワクチンの接種率では、2020年の最初の25週間で25年間分の後退が見られる状況となりました。新型コロナウイルス感染症だけでなく、さまざまな医療分野に残念な結果が出ています。

そのような状況の中、経済の状況を見ても、2008年のリーマンショック時の経済損失の2倍の影響があり、世界経済はおよそ90%縮小するといわれています。一方で、各国が今1800兆円の経済対策を打っているにもかかわらず、1200兆円の経済損失となるとの予測もあります。

ゲイツ財団としては、SDGsのため、あるいは経済の回復のためにも、ワクチンを主軸にした取り組みを進めてきました。現在、資金のある先進国が先にワクチンを確保している状況にあるわけですが、その確保のために約138兆円が使われているとの統計が表れています。これを発展途上国も含めて国際協調に則って交渉をしていれば、1/13ほどに価格が抑えられたのではないかとの分析結果が出ています。また、先進国では国民1人当たりで2.5倍のワクチンが確保できているのに対して、途上国では人口に対して14%ほどしか確保できていない状況にあり、大きな格差が生まれています。別のデータによると、20億回分のワクチンを確保する場合に、先進国だけでワクチンを供給する場合と、世界全体に供給する場合を比較すると、死者数が大体2倍ほど変わるとの結果が出ています。これらのデータは、国際協調というものの重要性を顕著に表しています。こうした分析結果より、今回の新型コロナウイルス感染症、また将来起こり得るAMRに対しては、国際協調に則った仕組みやシステム作りが重要であることを改めて感じています。

そのような環境の中、新型コロナウイルス感染症に対する世界で唯一の国際協調のメカニズム「Access to COVID-19 Tools(ACT)Accelerator」があります。日本も立ち上げからこれに参画しています。これは、ワクチン、治療薬、検査キットの3点を、発展途上国含めて公正に公平に供給するためのメカニズムです。ワクチンに関しては、2021年の終わりまでに20億回分を世界に供給する、治療薬に関しては2021年の中盤までに2.45億回分を届ける、検査キットに関しては2021年の中盤までに5億件の検査を低中所得国で実施することを目指したものです。中でもワクチンのCOVAXファシリティは、日本を含む先進国も、ここからワクチンを購入できる仕組みであり、世界で唯一の全世界を網羅するワクチンのバイヤーズクラブのようなものといえます。

これまで日本政府は、国内での新型コロナウイルス感染症対策がうまく進められているといわれています。一方で、日本はこれまでにmultilateralismの精神に則ってグローバルな強いリーダーシップを発揮してきました。たとえば、COVAXファシリティについて、日本は先進国で初めて参加を表明した国です。日本がいち早くCOVAXファシリティに参加を表明したことにより、現在では180ヵ国以上がこのファシリティに参画しています。また、COVAXファシリティは日本国民の20%分のワクチンを確保するメカニズムですが、途上国のワクチンに関してはGaviの事前買取制度(Advance Market Commitment、AMC)と称される取り組みに、政府はODA予算で1億3000万ドルの拠出を決定しました。さらに、今回の新型コロナウイルス感染症治療薬のプッシュ型インセンティブにもなるCEPIに対し、日本政府は9800万ドルの拠出を決定しています。このように、multilateralismの重要性を認識した先進国として、いち早くさまざまな取り組みに参画し、国際協調の流れを作ってきました。国内の対策だけでなく、グローバルに日本政府は強いリーダーシップを発揮してきたと考えています。

産業界が考える感染症への取り組みと課題

日本製薬工業協会 中山 讓治 会長

私からは、製薬産業界の感染症への取り組みと課題についてお話しいたします。

まず、COVID-19の治療薬、ワクチンの開発に向けた製薬企業の取り組みです。治療薬の開発期間を短縮するため、すでに承認された化合物が使えるかどうか、いわゆるリポジショニングについて各社が試験を進めています。ワクチンにおいては、基礎研究と非臨床試験、臨床試験を並行して実施する、あるいは開発の成否がまだわからない段階から生産設備を構築準備することにより、製品の提供までの時間を短縮できるように取り組んでいます。また、ワクチンの開発と生産において、COVID-19の場合では鶏卵を用いた方法では生産できないことがわかっているため、メッセンジャーRNAやDNAといった新しいモダリティの活用や新たな生産方法に各社が取り組んでいる状況にあります。

このように治療薬、ワクチンの早期提供に向けて注力していますが、効果が確実に検証された新規治療薬やワクチンはいまだありません。仮に、新型コロナウイルス感染が収束しても、将来的には必ずまた別の感染症が現れます。医薬品の研究開発を含めた感染症対策を有効に進めるためには、平時から国家戦略を立案・推進する司令塔機能が必要ではないかと考えています。

現状、各省庁が感染症にかかわる政策を担っていますが、平時からそれを統括する司令塔機能を設置し、長期的な視点で感染症対策の戦略を立案する機能を有する、そして、関係省庁を取りまとめて自治体や医療機関に明確な方針伝達を行うとともに、産学官連携による技術革新、人材育成、医薬品の生産設備や安定供給のための基盤整備を進めることが必要だと考えます。また、米国等との国際連携を進めることも、この司令塔の重要な機能になります。

司令塔がもつべき機能のうち、治療薬やワクチンの研究開発から安定供給に必要となる施策について、産業界として提案しています。たとえば、ワクチンの研究開発において、遺伝子組み換え技術を用いた核酸やウイルスベクター等が活用されています。これらは従来にない革新的なモダリティです。こうしたイノベーションを速やかに実用化するために、平時から産学官連携で研究開発を推進することが必要です。

世界ではCOVID-19以外にもさまざまな感染症が、われわれの生活を脅かしています。その中でもAMRは、特に重要な課題です。このままなにも手を打たなければ、2050年に年間1000万人の死者が出るとの予想があります。AMRを重要な課題とする理由は、死亡者数の多さに加え、ほかの感染症とは違い、AMRはある程度の予測が可能であり、防ぐことができる危機と捉えているからです。すでに、世界保健機関(WHO)と米国疾病管理予防センター(CDC)が、問題となる菌種をリストアップしていて、その菌種に対して優先的に新薬の研究開発を進めることにより重大な社会問題となることを防ぐことができると考えます。

新規に開発された抗菌薬の数は、1980年代をピークに減少の一途をたどっています。最近、新規抗菌薬の承認を取得した企業が2社、倒産しました。それは、現在の抗菌薬、特にAMRに対する抗菌薬の市場環境の厳しさを表しており、民間企業によるAMRへの取り組みは進んでいません。一方で、近年、複数の抗菌薬に耐性をもつ菌が出現していて、AMRの脅威はますます大きくなっています。AMRに対抗できる抗菌薬が枯渇すると、感染症による直接的な死亡に加えて、術後感染症への警戒から必要な手術ができないという事態も起こり得ます。

現状の問題を解決するため、世界の製薬企業20社以上が参画するAMR Action Fundが本年7月に設立されました。このファンドは、製薬企業等より計10億ドル(約1000億円)の出資を募る計画であり、製薬業界としては過去最大のプロジェクトとなります。このファンドによって、ベンチャー企業への資金提供を行うだけではなく、開発や事業化等の専門的知識やノウハウを研究開発する企業に提供する計画です。目標は、今後10年間で2~4品目の新規の抗菌薬を上市することです。

しかしながら、このファンドの効果は限定的であると考えます。AMRの治療薬は開発が成功しても、次の薬剤耐性菌を生まないために、その新規抗菌薬の使用を極力制限します。つまり、開発した製品の売上は上がらないことになります。AMRの研究開発が継続的に行われるためには、プル型インセンティブのような今までにはない政策の導入によって、民間企業がAMR治療薬の開発を続けられる環境を整えることが必要だと考えます。具体的には、製造販売承認取得報奨制度、定期定額購買制度、売上保証制度などが考えられます。このような制度を2022年度から試行的に導入して、運用に問題がなければ法制化することをぜひ検討いただきたいとわれわれは考えます。

AMR Action Fundだけでは問題解決に限界はありますが、プル型インセンティブの導入が果たされれば、民間企業、特にベンチャー企業を中心に活動が活発となり、新規抗菌薬が継続的に生み出される。そのような良いサイクルが実現できると考えています。

パネルディスカッション

本セッションでは、産学官の各々の立場から今後の感染症対策に関する提言が行われた後、講演者がパネリストとなるディスカッションに移りました。

日本経済新聞社論説主幹である原田亮介氏がモデレーターとなり、講演者それぞれの提案の深掘りを行うとともに、セッションとしての議論の取りまとめを行いました。

パネルディスカッションの様子

産学官連携による今後の感染症対策の強化 必要な治療薬・ワクチンの迅速供給のために

モデレーター 日本経済新聞社論説主幹 原田 亮介
パネリスト 舘田 一博 氏、正林 督章 氏、柏倉 美保子 氏、中山 讓治 会長

原田氏
平時から感染症に対する国家戦略を形作る司令塔機能の必要性が指摘されています。この一連のコロナ禍の経緯を踏まえ、日本として薬、ワクチン、検査薬をどのように生み出していくのか、国・官の立場ではどのように考えられていますか。
正林氏

平時での対応に関して、過去に計画を作ったことがあります。予防接種法を2013年に改正した時に、日本版ACIP(Advisory Committee on Immunization Practices)と称する審議会を立ち上げています。そこで作成された予防接種基本計画には、ワクチンの研究開発について相当のページが割かれています。今後どのような方向に向かってワクチンを研究開発していくか、将来の方向性を指し示しています。それ以外にも、ワクチンの不足や研究開発の推進を求める世論が高まることがあり、その都度、方針を公表してきました。

しかし、今回のようなパンデミックが起きた時に、国としてなにができるか。一番必要なのは予算だと思います。研究開発費を多く集めて、それを研究者や企業に渡して開発に努めてもらう。今回に関しては、新型コロナウイルスという病原体が特定されており、その治療薬とワクチンをまずは早く開発してほしいとの思いでさまざまな支援を行ってきました。

これまでの取り組みにおいて、1つの方向性は示していますが、さらなるリーダーシップが求められるということであれば、みなさんの意見を聞きながら取り組みを進めていきたいと思います。

原田氏
司令塔機能に関して、産業界から補足することはありますか。
中山会長

平時での司令塔機能について、われわれは米国のケースをイメージしています。米国の場合は、感染症対策が国の安全保障政策の一部になっていて、バイオテロ等への対応が組織化され、平時より対策が採られています。また米国生物医学先端研究開発局(BARDA)という組織があり、生物化学的な脅威、放射線や核の脅威、あるいは新興感染症などの脅威から米国を守る目的で、さまざまな企業の研究開発に投資しています。そうした体制により十分な情報を蓄積しているわけです。日本でも、このような仕組みを平時よりもっておくことで、新たな技術や研究開発の情報を国として保有し、海外と強い連携が可能になるのではないかと思います。

もう一点、今、企業では感染症領域における研究開発活動は減衰しています。また、アカデミアの世界においても、なかなか若手の研究者・専門家が育たないという話も聞いています。今後重要なのは、感染症の専門家が幅広い年齢層にわたって常に存在することだと思います。人材育成の戦略も司令塔機能により進められるのではないかと思います。

原田氏
今の点に加え、AMR対策をオールジャパンでどのように取り組むべきかについて、アカデミアの立場からの見解をお願いします。
舘田氏

有事に備えて、平時の体制をどのようにするのか。それは今の危機をどのように捉えるかという視点が必要です。こうした議論は、2009年の新型インフルエンザの時の反省の中でも表出されていたことであって、残念ながらそれが果たされていなかったことを改めて考えないといけません。今回、失敗は許されないと思います。今回のCOVID-19の経験を踏まえ、危機管理の視点で国としてなすべきことを見極め、経験と反省の中で平時の段階から準備することが非常に大事です。

これは私たちの反省ですが、感染症専門医は、全国で今約1500人しかいません。残念ながら、感染症の指定の医療機関でも感染症専門医が不足している現状にあります。われわれとして、計画的に人材育成をして配置していれば、状況が変わったかもしれません。そうした人材育成と活用の戦略的な検討を、ぜひ行政にもお願いしたいと考えます。緊急事態が起こった時は、知識と経験のある人材を核としながら、地域の問題に対処していく。そうした動きは、まさに産学官の連携の中で考えていくことができます。これはCOVID-19だけでなく、AMR、サイレントパンデミックへの備えでも同様のことがいえると思います。

原田氏

日本のCOVID-19に対する対応について、2020年9月末に出された国立国際医療研究センターの分析によると、3~4月と比べ、6月初旬以降では劇的に重症者数が減少している、高齢者の感染も減っている。このことから、日本型の対応は、欧米で第2波が来ている状況からすると、うまく進められているとの評価が現時点ではできると思います。海外からは、この日本のCOVID-19の対応はどのように見られていると感じますか。

柏倉氏

国内の対策は、ご指摘の通り、海外の状況と比べてもうまく進んでいると思います。それ以外でも、ゲイツ財団として感謝を表したいのは、ワクチンの確保などの局面でナショナリズムが台頭する中、国内の対策だけでなくCOVAXファシリティをはじめとするグローバルなメカニズムの重要性を認識し、multilateralismの姿勢でいち早く参画の表明を行った点です。COVAXファシリティは、プル型インセンティブとして形がはっきりできましたし、CEPIはプッシュ型インセンティブとしての仕組みができ始めています。

一方で、膨大な資金ギャップが残っていて、たとえばACT Accelerator全体では現在、3.7兆円が必要とされる状況にあります。こうした中、改めて資金ニーズへの対応を議論していますが、実は、現在の経済の状況を見て3.7兆円という額は、世界経済の毎月の損出額の10%分であり、G20の観光セクターの1週間分の経済ロスの額にすぎません。こうしたことを考慮すると、今後、感染症対策に関する資金ニーズの手当の仕方は、引き続き重要なテーマであり続けると思います。

今回のCOVAXファシリティは、180ヵ国以上参加して、地球全体が網羅できるような流れができました。現在、世界の製薬企業から22社が参加を表明していますが、日本企業は2社にとどまっています。ワクチン開発を進めている日本企業において、海外展開を進める1つのきっかけとして、こうしたグローバルなメカニズムに目を向けていただきたいと考えています。

原田氏
日本の製薬産業の競争力という点で、戦略的な司令塔機能があることで国際連携を強化できるとの発言がありました。一方で、今回、ワクチンが日本でなかなか出てこないという社会の見方もあります。今後、オールジャパンで製薬産業の競争力をいかに高めていくべきかの視点についてはいかがでしょうか。
中山会長
今回、治療薬では日本の企業も既存薬のリポジショニングをかなり進めています。ワクチンについては、国内では新しいモダリティによる開発や生産のニーズが少なかった状況があるといえます。世界的に見て、表舞台に出てきたいくつかのワクチンにおいては、新しいワクチン開発に挑戦していたベンチャー企業が大手企業と結び付くことで事業化が加速している状況だと思います。日本でまったく同じ形になることは、市場性の観点から難しいと考えますが、大切なことは、民間企業同士がそうした技術ノウハウをグローバルに採り入れて、日本企業であってもジャンプスタートできる体制を作ることです。そのために、日本政府が間に立ち、情報を有している米国の政府政策当局との密な連携があれば、有事の際に技術のキャッチアップが速くなると思います。
正林氏

現在、世界では自国第一主義である国が増えているような気がしています。世界的な問題に対しては、世界で対処していくことが本当は重要なはずですが、自分の国のことだけを考えてしまう。COVAXファシリティについても、先進国で参加しようとしない国があるのは、良くない流れだと思います。今回、日本は早めに手を挙げたわけですが、それは厚生労働省の幹部にWHOの勤務経験者が複数名いたこともあり、ワクチンは途上国にも供給すべきとの意思決定が早めにできたことが大きかったと思います。

先ほどCOVAXファシリティへの日本企業の参加が2社しかないとの話がありましたが、日本のワクチンメーカーは研究所からスタートするところが多く、海外市場獲得の意欲が海外のメガファーマに比べて少し弱いとの印象を受けています。そうした意識が育っていけばCOVAXファシリティのような仕組みが出てきた時に即応できるのではないかと感じています。

原田氏
薬やワクチンを開発する際のインセンティブについて、プル型が紹介されていましたが、詳細をお話しください。
舘田氏

ビジネス原理が働けば、黙っていても開発は進みます。そうではないのが、ワクチンや耐性菌治療薬です。特に、耐性菌に対する治療薬はビジネス原理では動かないので、米国では国がリーダーシップを発揮して推進していますし、日本でもその方向性が考えられています。その中で注目されているのが、プル型インセンティブをどのように組み込んでいくかという議論で、世界各国から出てきています。英国やスウェーデン、米国でもプル型インセンティブを使った方向性が打ち出されています。これは、国際的な協調の中で進めていく1つの大事な方向性だと思います。

中山会長

まったく同じ考え方をもっています。具体例として、2019年に米国で抗菌薬を開発した2社が倒産しました。これが典型的な証明になっていますが、感染症治療薬は新薬を出しても多用してもらっては困るのです。耐性菌を出現させないため、できる限り使わないようにする薬を作るのは、通常のビジネスシステムでは持続性がなく実現できないと思います。

国際的な協調は、感染症の場合は特に重要になってきますが、一方で、今はデカップリング(分断)が始まっていて、深刻な状況につながっています。日本としては、洗練された作戦をもたないといけない。一律に国際機関がすべてをカバーするというのは、かなり楽観的な考え方ではないかと考えます。有力な製薬技術をもつ国、私にとってそれは米国だと考えますが、その国といかに連携していくかが、今後の日本国民のための医薬品獲得という意味では極めて重要だと考えます。

原田氏
マスクや医療機器が日本国内で生産できずに中国に頼るであるとか、原材料がほかの国にあるとの話がありますが、薬の原薬についてはどうでしょうか。
正林氏
新型コロナウイルスの対応ではマスクが典型でしたが、需要が高まった時に用意ができない、日本国内で原材料がない、あるいは生産ラインが不足していたから中国からの輸入に頼らざるを得ない、というこれらの状況は国家の危機管理上も良くないことだと痛感しました。治療薬の世界でも同様のことが起きているのではないかと思います。特に、非常時に国内で生産体制が組めない状況は良くないです。平時から、原材料も含めて国内で賄える体制を組んでおく必要があります。
中山会長

今の原薬の問題について、現在の原薬の生産地はほぼ、中国、インド、一部ヨーロッパです。しかも原薬といっても中間体であり、さまざまな製造工程が絡んできます。それは純粋にケミカルの世界であり、スケールメリットをどれだけ出せるかが勝負になる世界です。これに対抗するのならば、よほど手厚いインセンティブがないと難しい。別の方法として、中間体メーカーを日本の監督官庁が視野に入れて、常日頃から指導できる体制を構築することが考えられるかと思います。

感染症については、終息すると皆がまたすぐに忘れてしまうという問題があります。過去に何度かあったにもかかわらず、同じようなことが起きている。今後、二度と起こさないようにするため、どのような対策をする必要があるのかを、形としてはっきりと残さなければいけないのではないでしょうか。製薬協は2020年6月に政策提言を発表いたしました。これまで製薬業界は、あまりこの種の提言はしてこなかったのですが、今回は医療に携わるメンバーとして、将来の日本のため、コロナ禍を1つの転換期にしたいとの思いを強くもった次第です。

  • 本セッションの模様は、日経チャンネルで視聴することができます。
    (2021年11月5日まで視聴可能)

(広報部 部長 酒井 信一

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