「第12回 日経・FT感染症会議」にて特別セッションを開催 ~感染症の危機対応医薬品等(MCM)の確保に向けて~

2025年10月7日、「第12回 日経・FT感染症会議」にて製薬協の特別セッションを開催しました。当セッションのテーマは「感染症の危機対応医薬品等(MCM*)の確保に向けて」であり、感染症領域の研究基盤の強化、特に人材育成と事業の予見性向上がMCM研究開発の継続に不可欠であることについて産学官の視点から議論が交わされました。

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特別セッションの様子


講演1.創薬力向上に向けた取り組み及びワクチン戦略とその見直しについて

内閣府 健康・医療戦略推進事務局 参事官 堀内 直哉 氏

パンデミックがもたらした転換点

新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、我が国の感染症対策に大きな転換点をもたらしました。海外で生産されたワクチンを諸外国と競って確保するという状況を経験し、ワクチンが、国民の健康保持のみならず、外交や安全保障の観点からも重要であることが強く認識されることとなりました。こうした課題を受け、長期的かつ継続的に取り組むべき国家戦略として、ワクチン戦略が策定され、現在はMCM戦略への見直しが進められています。

感染症対策の課題

感染症対策を進めるうえでは、研究リソースや研究費配分の不足、新たな感染症ワクチン開発に必要な臨床試験の経験不足、さらには製造面での投資の困難さや、国内ワクチン産業の脆弱化、投資回収の予見性の難しさなど、さまざまな課題が浮き彫りとなっています。これらはワクチンに限らず、感染症を対象とする治療薬や診断薬などにも共通する課題です。

課題解決に向けた政策の推進

こうした課題の解決に向けて、アカデミアにおける研究開発拠点の形成やファンディング機能の強化、治験環境の整備拡充、薬事プロセスの迅速化、製造拠点の整備、ベンチャー育成、ワクチン産業の振興、国際協調やモニタリングの強化など、多角的な政策が推進されています。戦略の取り組みとしては、大規模臨床試験の体制整備や緊急承認制度の整備、製造拠点の強化などが進められており、引き続き体制の充実が求められます。

ワクチン・治療薬・診断薬の重要性

ワクチンが開発されても、感染症の流行自体がなくなるわけではありませんし、罹患時には治療薬が必要となり、またそのためには迅速な診断も重要です。治療薬については、インフルエンザ治療薬などで予防投与が認められているものもあり、近年は抗体医薬品や低分子薬でも長期的な予防効果を目指した開発が進められています。ワクチンと予防薬の垣根がなくなりつつあることも、MCM戦略の重要な論点としてあげられます。現在、ワクチン戦略の見直しや治療薬・診断薬への支援拡大が進められており、感染症協議会では、厚生労働省や文部科学省からも検討状況が報告され、年度内のMCM戦略改定に向けた検討が進行しています。

今後の展望

感染症対策は単独の省庁だけで解決できるものではなく、各省やアカデミア、産業界が連携し、平時・有事の課題を共有しながら戦略の見直しを通じ、次なる感染症有事に備えて日本発のMCM確保を適切に進めていくことが重要です。今後も国民や国際的な保健衛生の確保に貢献してまいります。

講演2.感染症の危機対応医薬品等(MCM)の確保に向けて

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)先進的研究開発戦略センター(SCARDA)
プロボスト 籔田 雅之 氏

SCARDAでは、ワクチン開発・生産体制強化戦略の九つの柱の中で特に重要な、世界トップレベルの研究開発拠点の形成と、戦略的な研究費ファンディング機能の強化という二つの事業を進めています。

世界トップレベル研究開発拠点の形成事業

フラグシップ拠点である東京大学を中心に、シナジー拠点(北海道大学、大阪大学、千葉大学、長崎大学)、研究支援のサポート機関と共に、革新的な研究開発の推進、産官学のワクチン研究や現場との連携による実用化、人材育成にも注力し、研究基盤の強化を図っています。各拠点が多様なウイルスを取り扱い最先端のウイルス研究が進められています。その中で8課題が新規モダリティ公募に採択され、実用化に向けて進んでいます。北海道大学が分離したウイルスは世界保健機関(WHO)のワクチン候補株の一つに認定されるなど、注目すべき成果が出ています。

ワクチン新規モダリティの研究開発

今後のパンデミックに備え、感染症有事に対して安全で有効、かつ国際的に貢献できるワクチンを国内外に届けることを目的とし、平時から新規モダリティを取り入れた研究開発を支援しており、三つの公募枠を推進しています。

  1. 政府が決定した八つの重点感染症に対するワクチン開発をフェーズ2まで支援:10課題
  2. 重点感染症にも応用可能な新規モダリティをフェーズ1まで支援:12課題
  3. 動物試験でPOC(Proof of Concept)を取得するための新規モダリティ:21課題

これらの中ではワクチン分野以外の研究者からの参画を促進するため、非臨床試験やキャリア技術支援も行い、研究開発を推進しています。

第三期の研究医療戦略

ワクチンだけでなく、治療薬や診断薬の領域も拡大していく方針としています。国内の治療薬の実用化に向けた研究開発環境は依然として厳しい状況ですが、産業全体の活性化や人材育成、国内での調達体制の強化が必要だと認識しています。また、コロナワクチン開発時には海外製の試薬や素材の入手が難しく、研究開発が遅延した経験もあり、今後はできる限り国内で調達できる体制を整えることが重要だと考えます。

最後に、MCMの研究開発に対する期待と課題として、以下を示しました。

  • 企業の早期参画の促進、そのための支援の必要性として、感染症治療薬の研究開発を進めている企業は国内では限られている一方、感染症治療薬もワクチンと同様に平時では需要が乏しいものが多いため、企業の参画には障壁があり、開発段階からプル型インセンティブの内容を提示する等の企業が開発に参画しやすい環境の整備に加え、産業基盤の強化が必要である。
  • 研究開発の持続可能性(sustainability)の確保として、ワクチンと同様、感染症治療薬の研究開発・生産を担う国内産業界の体力強化、人材の育成が重要であり、また、感染症治療薬は研究開発投資の回収が困難であるため、研究開発インセンティブ、収益性確保の仕組みが必須である点、等が重要となる。出口戦略を見据えて、基礎研究から実用化後の収益性確保までをAll Japanで支援すべきである。

講演3.感染症の危機対応医薬品等(MCM)の確保に向けて

日本製薬工業協会 宮柱 明日香 会長

日本の公衆衛生に関わる方への感謝と製薬産業の役割

日本の公衆衛生は、多くの先人や現場の努力に支えられています。先人たちの努力や、現在公衆衛生を守るために尽力している日経・FT感染症会議の参加者全員の献身が、日本の公衆衛生の礎を築いています。「不易流行」とは、伝統や価値を尊重しつつ、時代や状況の変化に応じて新しいものを取り入れる考え方です。この精神を持ち、先人が築いた公衆衛生の基盤のうえで、革新的な新薬の創出を通じ、日本と世界の公衆衛生に貢献することが求められています。

製薬企業のこれまでの貢献と課題

製薬産業は、医薬品の安定供給を通じて国民の健康寿命を延ばすだけでなく、経済発展や雇用創出、納税による社会的貢献も果たしています。また、企業はワクチンや抗菌薬などの革新的医薬品の創出を通じ、多くの命を救ってきました。一方で、日本の創薬力は低下傾向にあり、感染症領域の医薬品開発数は世界に比べて少ないとされています。要因としては、市場の予見性の低さ、政策変更の影響、国際情勢の変化による経済安全保障リスクなど、企業の投資判断を困難にする要素が多いことがあげられます。感染症は発生時期やウイルスの種類、流行規模の予測が難しく、ボラティリティの高い領域です。

共創(Co-creation)の重要性

これらの課題に対しては、製薬産業だけで解決できるものではありません。国民、患者さん、行政、研究者など幅広いステークホルダーとの対話を通じ、共通課題の解決に向けた前進が不可欠です。相互理解を深め、価値共創に取り組むことが重要であり、感染症領域こそ、一丸となった共創が重要だと考えます。

感染症治療薬の事業性向上と人材育成の活性化

感染症領域では、国の戦略も大きく影響してきます。感染症治療薬は平時の需要が少なく、企業が事業性を確保するのが難しく、余剰在庫の保管や廃棄リスクも企業が負担しています。さらに、有事には世界的需要の急増によるリソース争奪が発生し、安定供給が脅かされます。だからこそ、国内供給体制の整備とプル型インセンティブによる事業予見性の担保が必要不可欠です。これにより企業は研究開発や生産への投資判断を行いやすくなります。加えて、市場の魅力度低下は研究者のキャリア形成に不安をもたらし、抗菌薬研究者の減少という悪循環を生んでいます。製薬協は、アカデミアや専門家との連携を強化し、研究人材育成に貢献し、感染症領域の研究開発の魅力度向上に努めています。

今後の展望

平時からの備え、事業予見性の確保、人材の誘致・育成を通じ、日本の公衆衛生を守り、感染症の脅威から社会を守るため、産学官連携による価値共創を推進してまいります、製薬協はその貢献にコミットしていきます。

 

パネルディスカッション

モデレーター 特定非営利活動法人日本医療政策機構(HGPI)マネージャー 河野 結 氏

パネリスト  堀内 直哉 氏、籔田 雅之 氏、宮柱 明日香 会長

  

河野氏


以下、2点教えてもらいたい。 
  1. 感染症対策や治療薬確保を考えるうえで、Co-creationの重要な点は何か。  
  2. 新しい取り組みの一例として、病原体輸送シミュレーションの話をうかがった。今後このような新たなチャレンジを推進するにあたっての具体的なアクションや、実施する上での難しさ、自治体との連携について。  

堀内氏

  1. Co-creationの重要性

    医薬品開発は多様な技術と人材が必要であり、発明者だけに依存しない仕組みが重要である。早期から多様なプレイヤーが関与することで、実用化の効率が高まる。
    感染症分野は事業の予見性や収益性が低く、国の支援と共に国際展開による価値創出が求められる。特にワクチン分野では需要のあるところに製品を届ける国際展開の遅れが課題である。

  2. (病原体輸送)シミュレーションの取り組み

    研究開発には多様な段階、プロセス、関係者が存在している。今後は、それを踏まえて、必要なシミュレーションを適切に実施していく方針である。

薮田氏

  1. 人材育成の課題

    感染症領域の研究者は世界的にも減少が続いており、継続していくためには産業界・アカデミアの活性化が不可欠である。そんな中、少しずつではあるが、ワクチンにおいてはSCARDAが資金支援した研究者は増え、実用化への動きも進展してきている。このような動きを治療薬や診断薬にも展開していきたい。

  2. 新たな取り組みを行う上での市民理解の促進

    感染症の重要性を市民の皆さんに理解してもらうことが重要である。
    科学的根拠に基づいた(サイエンスベース)対話を通じて、感染症の重要性・ワクチンなどへの理解を深めていきたい。

宮柱会長

  1. 産業界の視点からのCo-creationと期待

    政府の施策は不可欠であり、治療薬・診断薬への戦略的拡大を期待する。
    事業の予見性、プル型インセンティブ、人材育成は特に重要であり、は産学官が一体となって取り組む必要がある。

  2. 国家戦略とCo-creationの理念

    感染症領域は国家戦略が鍵となる。
    産学官の連携と患者・市民参画型の創薬を通じて、より良い医療・公衆衛生の実現を目指したい。

河野氏

(宮柱会長への質問)オンコロジー、神経領域と比較して、薬剤耐性等の感染症領域は患者・当事者団体が生まれづらい等の違いがある中でどのようにCo-creationを進めると良いか?

宮柱会長

産学官+市民によるCo-creationへの期待
産学官で対話することでCo-creationできると有難い。
今後、MCMも加えて、ワクチンだけでなく治療薬への展開も期待する。
対話を通じてサステナブルな貢献を推進し、プル型インセンティブ、人材育成の課題にAll Japanで臨んでいきたい。
オンコロジーは事業予測が比較的しやすいが、感染症領域は難しい。
オンコロジー、神経領域に携わった者として、感染症領域は国としての公衆衛生や感染症対策の戦略が重要になるが、企業独自で参画できるものではないので、各ステークホルダーが全体的な戦略に携わり、常にCo-creationが必要になる。
患者さん・市民参加型のCo-creationも必要ですし、あるべき医療、公衆衛生のより良い環境を築き上げていきたい。 

河野氏

明後日の2025年10月9日には感染症協議会も開催される。産学官民がそれぞれ役割を果たし、共創することで、我々もぜひより良い感染症対策に貢献していきたい。

 


(国際委員会/産業政策委員会 日経・FT感染症会議タスクフォース)

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