「第11回 日経・FT感染症会議」にて特別セッションを開催 感染症創薬エコシステムの確立~実行のフェーズに向けて~
2025年01月09日
2024年10月23日、「第11回 日経・FT感染症会議」にて製薬協の特別セッションを開催しました。当セッションのテーマは「感染症創薬エコシステムの確立~実行のフェーズに向けて~」であり、感染症領域の創薬エコシステムの確立に向けて必要な課題や戦略について産学官の視点から議論が交わされました。以下に、セミナー内容の採録をご紹介します。
講演1
ヘルスケアスタートアップの振興・支援に関するホワイトペーパーの概要
厚生労働省 健康・生活衛生局 感染症対策部長 鷲見 学 氏
行動計画を抜本改正
DX推進しR&D強化
2024年7月、感染症危機に対し平時から準備すべきことを整理した政府行動計画を抜本的に改正した。計画では対策項目を6項目から13項目に拡大、ワクチン・治療薬・検査薬を独立項目とし強化を目指すとしたが、それには企業の関与が不可欠であり、市場の予見可能性を高めるためのインセンティブの導入が課題となる。施設整備や研究開発(R&D)を資金的に支援するプッシュ型や、備蓄を含めた買い取り保証などプル型のインセンティブが必要となるだろう。ヘルスケアスタートアップの育成や支援も強化する。
また行動計画の横軸としてデジタル・トランスフォーメーション(DX)推進によるR&Dの強化も重視している。電子カルテの情報などを素早く共有し、治験などに生かす仕組みづくりを急ぎたい。同じく横軸として国内外のネットワーク構築や人材育成の推進にも力を入れるが、これには25年4月に設立される国立健康危機管理研究機構(JIHS)が大きな役割を果たすと期待している。
感染症対策は新型コロナや新型インフルだけでなく幅広い感染症に備えたものでなければならず、重点感染症リストの見直しとともに、行動計画も実効性を確保するため6年ごとの見直しや毎年のフォローアップを予定している。
講演2
国内におけるヘルスケアベンチャーエコシステムの発展にむけて
エイトローズ ベンチャーズ ジャパン パートナー 香本 慎一郎 氏
ベンチャーの好循環へ
米国での資金調達も
当社グループはVCとして米国・ボストンで創業し、米国、中国、インド、ヨーロッパ、そして日本でヘルスケアスタートアップへの投資を行っている。またサイエンスアドバイザリーボードなどを米国で構築しており、キャピタリストだけではカバーできない専門的な領域に対しても様々なサポートをしている。
ベンチャーのエコシステムでは、起業→VCからの資金調達→製品の開発→新規株式公開(IPO)などによる巨額資金の獲得→さらなる知見の開発や人材の育成→新たなベンチャーの起業、といった好循環が起きることが理想だが、日本ではそうした好循環が起きにくい。理由の一つは資金規模だ。日本のバイオベンチャーの設立数は決して少なくないが、1社あたりへの投資額は米国25億円に対し日本は1.6億円に留まり、エコシステムを回すのに十分な資金が確保できるとは思えない。
また日本のバイオベンチャーが国内だけで治験をし、国内だけで承認を取っても、グローバルで戦うことは難しい。当社では日本のベンチャーが国籍を変更し米国に親会社を設立、米国のVCから資金を調達し事業を進めるという事例もサポートしている。日本から世界に羽ばたくための手段として紹介したい。
講演3
感染症創薬エコシステム確立に向けた アカデミアの役割
国際医療福祉大学 医学部 感染症学講座 代表教授 松本 哲哉 氏
自由な意見交換促し
企業との隔たり縮める
創薬エコシステムにおいて、アカデミアに最も期待されるのはシーズの創出であるのは間違いない。そのためにはイノベーションの母体となる基礎研究を強化することだが、現状は問題が山積している。科学技術指標2024によると、国別の学術論文数では日本は5位だが、注目度の高い論文数では13位と低迷しており、質の高い論文よりも、論文数を稼ぐことに注力されている現状が表れている。
背景にはアカデミアにおける研究職の不安定な雇用環境や論文重視の評価基準、研究と教育業務の両立による忙しさや研究資金不足などがあり、博士号の取得者数も欧米や中国などに比べて低迷している。
だが最も深刻なのは製薬企業とアカデミアの距離だ。アカデミアが何をやっているか、製薬企業には十分に見えておらず、アカデミアからはシーズを企業に渡し切れていない。そこでアカデミア、製薬企業、関連省庁などがお互いにコミットし合いながら、新薬開発ができる仕組みが重要であろうと考え、自由に意見交換できるコンソーシアムの設立を提言した。すでに基礎研究者と日本製薬工業協会との意見交換会、薬剤耐性菌対策の国際的パートナーシップ(CARB-X)との意見交換会なども実施し、連携を深めている。
講演4
感染症創薬エコシステムを真に機能させるために
日本製薬工業協会 上野 裕明 会長
次の危機に備え
具体的イメージを共有
この1年間で見ると、平時からの備えはかなり進んだと感じる。政府に対し創薬の司令塔機能の強化を求めていた中、来年4月に設立されるJIHSが、国内外のネットワーク構築やバイオ医薬品人材の育成などのハブとなり推進できるのではと期待している。また、プッシュ型・プル型インセンティブの重要性には共通認識が生まれたと感じるが、政府には引き続き臨床評価指標の事前の定義、実用的な緊急承認制度の設計などを求めていく。
一方、製薬業界としてはアカデミアやベンチャーに対する投資の強化とともに、創薬人材の育成や教育、国民への啓発を進めていきたい。また感染症分野では、2030年までに2~4品目の新規抗菌薬の上市を目指す薬剤耐性菌(AMR)のアクションファンドの設立に寄与するなど、内外の団体と連携しながら研究開発・投資を進めていく。
新型コロナ発生から既に5年が経過し、10年に一度パンデミックが起こるとすると、平時の期間も半分が過ぎた。次の有事に、日本が先んじてワクチンを自国や周辺国に投入するのであれば予算を含め数億人分の実生産体制、治療薬では十分量の安定生産体制が必要だが、そのために何を準備すべきか、平時から議論し、瞬発力を発揮するための具体的なイメージを共有しなければならない。
パネルディスカッション
モデレーター:東京大学 先端科学技術研究センター 教授 牧原 出 氏
初動期の瞬発力高める
牧原 感染症創薬エコシステムにおいて、危機発生に対する準備期や初動期での課題は何か。
松本 先進的研究開発戦略センター(SCARDA) などを中心として、100日ミッション(危機発生から100日以内にワクチンや治療法などの実用化を目指す国際的な目標)などに向けたプロジェクトは進んでいるが、日本全体のアカデミアが関与しているわけではなく、一部に限られる。様々な感染症に対応するにはプレーヤーを広げる必要がある。
上野 瞬発力を高めるため、初動期に予算がいくら必要か、携わるメンバーはだれかといった青写真を描いておく必要がある。また、アカデミアやベンチャー、企業、それぞれが持っているものがお互いよく見えていないという指摘があったが、それを一元化して集約したり、シーズと技術をマッチングさせたりすることなどは、今回設立されるJIHSの準備期における大きな役割の一つではないかと思う。
JIHS 連携のハブに
牧原 アカデミアや企業が情報を共有しながら危機に立ち向かうプロセスを作り上げていく中、その稼働ボタンを押すのは政府の役目ではないか。
鷲見 今回のコロナ禍でも、薬事規制の分野で特例承認や緊急承認など様々な枠組みがある中、適切に運用できたり、十分に運用できなかったりした部分があったが、そうした運用を危機に際して躊躇なく行えるよう、しっかり準備していきたい。また市場が働きにくい感染症分野のR&Dにおいて、JIHSがハブとなりアカデミアや企業の連携をどう動かすか、特に初動期の難しいタイミングにどう対応するかを真剣に考えていく必要がある。
上野 JIHSには製薬業界として人的貢献ができるのではないかと思う。またシーズをいかに実用化するかのアイデア出しや、生産体制の実装にかかる費用や時間など、連携のための実務的な情報の共有もできる。
香本 創薬ベンチャーエコシステムの強化を目指す今回の政府の対応は、世界的にも素早く、日本の先進的科学技術とあわせ、我々は自信を持っていいのではないか。日本にあるシーズのデータベースをつくり、海外の投資家に売り込んでいきたい。
牧原 コロナ禍の反省をもとに各プレーヤーが分析・対応を進めたことで、来るべき次のパンデミックに対し、一歩踏み出した展望を持てたのではないだろうか。
(日経電子版 採録記事より転載)