トピックス 「第41回 広報セミナー」を開催 ~AI時代の広報の働き方~
製薬協広報委員会は、2024年5月21日に日本橋ライフサイエンスビルディング(東京都中央区)において、「第41回 広報セミナー」を開催しました。「AI時代の広報の働き方」と題した本セミナーでは、近年、日常的に使用される機会が増加している生成AIをテーマに、広報業務における具体的な活用方法等について、広報デジタルトランスフォーメーション(DX)ツール「PRオートメーション」を提供するプラップノードCOOの雨宮寛二氏に講演を依頼しました。
生成AIの代表的存在である「ChatGPT」は、その登場からわずか2ヵ月で1億人の利用者を獲得し、歴代最速の成長速度を記録しました。これにより、FacebookやInstagramを抜いて、最も急速に普及した消費者向けアプリケーションとなっています。また、いくつかの論文では、生成AIの影響を受ける職業として広報が上位に位置していることが指摘されており、その変革の波は広報業界にも強く影響を及ぼしています。
本セミナーでは、生成AIの広がりとその影響について、特に広報業務にどのように応用できるかを中心に講演が行われました。また、具体的な事例やデモンストレーションを交えて、生成AIがどのように広報業務を効率化し、生産性を向上させるかについての実践的なアプローチの紹介がありました。そして講演の最後には、生成AIの力を借りて省力化を図りつつ、人間の強みを活かしていくという、生成AIと広報の望ましいあり方について提案がありました。
当日は製薬協の広報委員に加え、会員各社の広報担当者もオンラインで聴講し、40社から約100名が参加しました。活発な質疑応答が行われたほか、事後アンケートでは「旬のトピックスで興味深かった」「広報業務への生成AI活用のイメージがつかめた」といった声が多く寄せられ、会員各社の生成AIに対する関心の高さがうかがえました。
以下、セミナー内容の採録を紹介します。
AI時代の広報の働き方
プラップノード COO 雨宮 寛二 氏
私自身が生成AIに触れてみた実感として、複雑な業務や専門的な業務はもちろん日常的な業務においても生成AIが大いに役立つと感じています。特に製薬業界の方は非常に科学的なマインドをお持ちのため、基本的には生成AIの導入によって生産性が向上するという方向で捉えているのではないかと思います。本日は、生成AIが広報業務にどのような変化をもたらすかについて、「生成AIの現在地」「生成AIとヘルスケア広報の協働」「生成AIとの3つのかかわり方」、そして「AI時代の広報の働き方」という切り口でお話しします。生成AIの最新のノウハウを広報実務に適応するとなにができるのか、生成AIが生産性向上にどのように寄与するかをお伝えできればと思います。
なお、生成AIは日々進化し続けており、本日お話しする内容は2024年4月末~5月半ばまでの情報をもとにしています。そのため、後日ご覧いただくと多少変わっていることもありますので、ご注意ください。また、社内で生成AIを利用する際には、各社の内規やシステム管理のプロフェッショナルの指導に従って使用いただければと思います。
1. 生成AIの現在地
まず、生成AIの現状についてお話ししたいと思いますが、最新のChatGPT-4oに「生成AIの歴史をまとめて」と依頼すると、図1のような情報が出てきます。
ここで注目すべき点は、ChatGPTが世に出たのは2022年11月であり、大多数の人々がそれを手にするようになったのは2023年の4~5月頃ということです。つまり、まだ1年程度しか経っていません。それにもかかわらず、生成AIは日本経済新聞等で毎日のように採り上げられ、産業構造にも影響を与えるほどの力を持つに至っています。
従来のAIは2020年代の終わり頃から広く普及し始めましたが、製薬業界ではこれまで、ディープラーニング等、従来のAI技術を活用して複雑な作業を行ってきました。そうした高度な作業を、日常の自然言語だけで実行できるインターフェースを備えているという点が、ChatGPTをはじめとする生成AIの新しい特徴です。
次に、生成AIに関するソーシャルメディアでの反響についてです。図2は、生成AIに関する記事の数とそれに対する反響数を示しています。具体的には、後ろの青い部分がソーシャルメディアで反響があった記事の数を、手前の薄い色の部分がその反響数、リポストやシェアの数等を示しています。
2023年1月にはほとんど話題になっていなかった生成AIですが、私たちが手にするようになった4~5月にかけて急激に注目を集め、現在では毎月1000件近くの記事が掲載されています。その反響数も毎月数万件に達しています。こうした状況からも、生成AIが社会に浸透し、広く関心を集めていることがわかります。
ここでヘルスケア業界に目を向けると、生成AIとヘルスケア業界の相性は非常に良いといわれています。たとえば、AI問診を通じて患者さんと医師のコミュニケーションを円滑にし、診療の精度を向上できるということは、生成AIの誕生当初からいわれており、この技術はすでに実用化に近い段階にあります。
さらに、医療画像解析の分野では、生成AIを使って膨大な数の画像を短時間で解析することができ、人間が行うよりもはるかに効率的です。このように生成AIはヘルスケアや製薬業界、いわば科学と非常に親和性が高いといえます。
一方で、広報活動については、生成AIとの親和性が必ずしも高いとは限りません。業界として生成AIと親和性が高いからといって、それが直接広報活動に適用できるかは別の話です。そこでここからは、生成AIとヘルスケア広報が協働するとはどういうことなのかについて、少し具体的にお話しします。
2. 生成AIとヘルスケア広報の協働
生成AIの一般的な利用方法
製薬業界においては、機密漏洩防止に非常に気を遣っていると思います。そのため、生成AIを業務で使用した経験のある方は少ないかもしれません。実際に体感いただくために、いくつかのリサーチ設問をChatGPTで試してみます。
たとえば、「過去3年間の日本における医薬品の売上高をランキングにしてください」といった質問に対して、現在のChatGPTはかなり精度の高い回答を返してくれます。約1年前のChatGPTは、2022年1月までの情報しか学習していませんでしたが、今では重要なソースにオンラインで直接アクセスし、かなり精度の高い情報を提供できるようになっています。さらに、数字を足し上げるといったことも、対話形式でスムーズに操作できるため、過去3年間のデータを瞬時に集計し、それをもとに資料を作成するといったことが容易に行えます。これにより、一般に公開されている情報をリサーチして、基礎的な資料を作成するような業務には非常に役立ちます。
生成AIのカスタマイズと応用
次に、このような一般的な使い方に加えて、広報特有の業務における生成AIの使い方を考えてみます。たとえば、新薬のローンチ等の場合、メディアとのやり取りを円滑に行うためのシナリオや想定Q&Aを事前に準備する必要があります。毎回、過去のデータや情報を参照し、それをもとに効果的な広報資料を作成するのは大変な作業です。
実は、ChatGPTにはGPTsというカスタマイズ機能があり、ユーザー自身が特定の用途に合わせて調整することができます。たとえば、製薬業界でよくある質問や新薬に関する典型的な質問を事前に学習させておくと、特定の疾患に関する薬が登場した際に、想定Q&Aを迅速に生成することが可能です。図3のように、仮に「ノナティカ」という架空の新薬のローンチ時に想定されるQ&Aを作成してみると、たたき台としては必要十分な完成度のQ&Aを短時間で生成できます(なお「A」はしっかり学習させても「それらしい」の範囲を超えないので「Q」を作ることを重視してください)。
もう少し単純な情報を得ることにも活用できます。たとえば、今後の広報活動としてなにをするかを考える際に、前年の同時期にどのようなできごとがあったかを調べたいといったケースがあると思います。生成AIに過去の記事データやソーシャルメディアの反響データを学習させておけば、前年の同時期になにが話題になったのかを簡単に確認することができます。
当社が保有するデータベースには、過去に反響の大きかった記事を、著作権に配慮したかたちで数多く蓄積しています。たとえば、2023年7月の記事で反響が高かったものを調べると、その時期になにが話題になっていたのかが鮮明にわかります。
さらに、こうして得られた情報をもとに、どのようなストーリーを練れば良いかを一般解として導き出すこともできます(図4)。これをもとに、大きな反響を得るためには、どのようなポイントを狙えば良いかという戦略を立てることも可能です。
このように、過去の記事をエクセルで保存しておき、それをもとにして示唆を導き出させたり、考察を行わせたりすることで、実務に大いに役立つ情報が得られます。生成AIのカスタマイズ機能を活用して、自分専用の効率的なリサーチツールを作り上げることで、広報活動の質が大いに向上することが期待できます。
生成AIを活用した素材づくり
生成AIは、たとえばプレスリリースといった素材づくりにも大いに役立ちます。しかし、素材づくりには機密性情報がリソースとなってきますので、特に製薬業界では情報の取り扱いに注意が必要です。そのため、一般に公開されているChatGPTをそのまま使うのではなく、適切な環境下で使用することが重要です。
たとえば、MicrosoftのAzure環境でOpenAIを利用すれば、入力した情報が外部に漏れることなく安全に利用できます。この環境を利用して、当社では現在、生成AIによるリリース作成機能を開発しています。この機能を利用すると、200~300文字程度の情報を入力すると、1000~2000文字の専門家レベルの文章を生成することが可能です。
具体的には、たとえば新薬の承認に関するプレスリリースをドラフトする際、タイトル要素や主要な内容を入力するだけで文章が生成されます。最終的な調整は必要ですが、初期段階で質の高いドラフトを得ることができます。各社で言葉遣い等の文法的なルールを定めているケースもあると思いますが、過去のプレスリリースを学習させておくことで、ルールに沿った表現で文章を生成することも可能です。
また生成AIは、画像の生成にも役立ちます。たとえば病院の診察室で医師と患者さんが話している様子のイメージカット等を容易に作成することができます。図5のようにフラットスタイルやイラスト風の画像とすることで、ちょっとしたお知らせやウェブサイトのイメージカットとしては十分使用することができると思います。
本日の講演資料も、大部分の画像を生成AIで作成しています。このように、見栄えを良くする面では生成AIは非常に強力なツールですが、同じものを再度作成するのが難しい点には注意が必要です。同じテイストで作るように指示をしても微妙に異なる結果が出ることがあるため、その点を踏まえて使用するようにしてください。
3. 生成AIとの3つのかかわり方
今お話しした内容が生成AIと広報のかかわり方に関する概略です。これを大きく分けると、図6にある通り、生成AIには3つの主な使い方があると考えています。これは当社が多くの研究を重ねた結果でもあります。
まず1つ目は、生成AIの過去の知識体系を言語化して抽出する能力を活用することです。ChatGPTは、過去の事例に基づいてPRストーリーを作成することが得意です。また、生成AIは「こういう質問に対してどう答えるべきか」といったアドバイスやアイデア出しの壁打ちにも役立ちます。専門家が答えるわけではありませんが、一般的な回答を提供することで、自分たちの考えを発展させるドライブとして非常に有用です。
2つ目は、機密性の壁を越えることができれば、素材づくりに大いに貢献するという点です。素材づくりのために外部に発注すると時間がかかり、その間に自分の中のアイデアが失われてしまうこともありますが、生成AIを使えば迅速に素材を作成できます。最終的な精度に若干の課題はありますが、初期段階の素材づくりには非常に有用です。
そして最後の3つ目は、生成AIの管理・リサーチ能力を活用することです。クリッピングやレポーティング業務のほか、問い合わせや取材対応業務でも、管理されているデータベースから条件に合う人物を選定し、その人にアプローチするといったことが可能です。
4. AI時代の広報の働き方
生成AIは、広報をはじめとする知的で創造的な部門の「問題解決」に大いに役立つ可能性があります。広報では、明確な答えを見いだせるケースは少なく、そのため事前のリサーチをしっかりと行い、説得力のある資料を作成する必要が出てきます。生成AIを活用すると、着想からカタチにするまでを非常に速いスピードで進めることができるため、自分たちの着想を逃すことなく実行に移すことができます。
生成AIを活用する際には、図7のプロセスのように、アイデアを「着想する」こと、「AIで作る」こと、最終的にその正確性を「検証する」ことが重要です。本日のセミナー資料も、構想から作図に至るまで、生成AIとの協働で作成しており、私ひとりで作成するより、良い仕上がりとなっています。岸田文雄政権の2023年の「新しい資本主義実現会議」でも、生成AIがマーケティングや広報の生産性向上に寄与することが明確に指摘されており、私たちもこの流れに沿って生成AIを活用していきたいと考えています。
生成AIの活用によって、広報業務の省力化が進むと思いますが、それによって生まれた時間を、業界のトレンドや競合他社の動きといった情報収集、企画の着想に使っていただき、それをカタチにする作業は生成AIと協働するといった使い方が良いのではと考えます。そして、生成AIには絶対できない関係先とのリレーション調整等に力を注ぐことで、全体としての成果が向上していきます。生成AIの力を借りて省力化を図りつつ、人間の強みを活かしてリレーションを築くことが、生成AIと広報の幸福なあり方だと思います。
補:リスクについて
最後に、「ハルシネーション」という、生成AIが時折、嘘の回答を生成する現象についてお伝えしておきたいと思います。これは生成AIが、質問者の意図を推測し、最も確率が高いと思われる答えを生成するという仕組みになっていることから生じる現象です。
つまるところ、今の段階の生成AIは真実や事実には興味がなく、ユーザーの指示に対して「もっともらしく回答する」ことに興味があります。何度か指示を出し続けているうちに正解に近づくことがありますが、最初の回答は必ずしも正解ではないことは念頭に置いておくことが大切です。また製薬業界では特に、機密性情報の漏洩に対しても厳重な注意が必要です。生成AIを使用する際には、これらの点をしっかりと考慮いただいたうえで、広報業務の効率化や生産性向上に役立てていただければと思います。
(広報部 宮永 睦)