トピックス 「2023 ライフサイエンス知財フォーラム」を開催 —デジタルセラピューティックス(DTx)の現状と展望および課題—

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2023年2月3日に御茶ノ水ソラシティカンファレンスセンター(東京都千代田区)において、製薬協主催、一般財団法人バイオインダストリー協会後援により、「デジタルセラピューティックスの現状と展望および課題」と題し、「2023 ライフサイエンス知財フォーラム」を開催しました。当会場での開催は3年ぶりとなりましたが、コロナ禍において初の試みとなるオンライン形式とのハイブリッド開催となりました。当日は、来場者を含めて400名以上の参加となり大変盛況でした。本稿では、講演内容およびパネルディスカッションの概要について報告します。

パネルディスカッションの様子 パネルディスカッションの様子

はじめに

「2020 ライフサイエンス知財フォーラム」では、「デジタルデータを価値の源泉とする新ビジネスの保護の在り方~知財および契約による多面的保護~」と題して、デジタルデータを活用した企業の新ビジネスの具体例の紹介、当該ビジネスによるデータ保護や利活用、それによる成果の保護と取り扱いについて採り上げました。その後、2020年12月に禁煙治療領域における治療用アプリ・デジタル療法の保険収載としては世界初の事例となるニコチン依存症を対象としたデジタルセラピューティックス(DTx)が、いわば経済的な裏づけ(薬事承認を経て保険収載された)も伴って社会実装され、またデジタルヘルス関連の技術および法制度の研究と政策提言を行う業界横断的組織である日本デジタルヘルス・アライアンスが2022年3月に設立されました。

以上のような流れを受けて、本フォーラムでは、DTxの社会実装化に向けた現状と展望、DTxの国内外の治療用アプリの最新の開発動向、プログラム医療機器の承認審査に関する行政の取り組み、DTxの国内外知財動向および製薬企業としてのDTxへの取り組みと知財面から見た今後の課題等について、産学官を代表する登壇者より講演がありました。そしてパネルディスカッションでは、DTxの臨床試験における課題、国内外の制度や規制の実情やそれらによる経済的価値、知的財産による保護のあり方における課題、従来の製薬における知財戦略の考え方との相違点等と、これら課題の解決に向けた展望等について活発な討論が行われました。

■講演(1)

DTx(デジタルセラピューティックス)最新の動向について

シミック 執行役員 Real And Virtual Transformation本部(RAViX)本部長 三友 周太 氏           

本日は、DTxの中でも治療プログラムを中心に総論的な話をさせていただきます。現在、われわれがいるSociety 4.0の世界において、情報をいかに構造化してデータを収集していくかということが課題になっています。医療分野においては、多角化・個別化・主体化の流れが加速することで、Society 5.0に向かっており、今後は、そういった構造化されたデータを集約してDTx等に活用していくことが重要になってきます。

DTxは認知行動療法や行動変容によって症状を改善することを特徴としており、まずは精神疾患や生活習慣病を対象とする開発が進んでいますが、海外では、がんの副作用のコントロールといった領域での開発も進んでいます。

三友 周太 氏

国内動向の概要として、2014年の医薬品医療機器等法(薬機法)への改正に伴い、プログラム単体での承認獲得が可能となったことを皮切りに、日本においても治療アプリの開発が始まりました。規制については、2020年に医療機器の特性に応じた変更計画の事前確認制度(IDATEN制度)が始まり、2022年には「プログラム医療機器に係る優先的な審査等の試行的実施について」という通知が出る等、環境整備が進んでいます。そういった中、2020年に日本で初めての治療用プログラムが承認を受けており、2023年1月現在では、治療用プログラムのほか診断用プログラムも加わり、承認品目数は計382件となっています。開発を促す動きとしては、2020年の規制改革推進会議で医療用アプリの早期承認が謳われています。また、2022年12月には、社会実装の促進に向けた規制の見直しといったメッセージもでており、その実現が期待されています。今後は市場形成期に入り、2030年に向けて品目数が増えることで市場発展期となっていくといわれています。

一方、海外における状況を見ると、2010年に米国で糖尿病治療用プログラムが初めて承認取得されました。北米・欧州を中心とした疾患領域別の承認状況は、糖尿病、肥満、心血管疾患で全体の半分程度、あとはメンタルヘルス、消化器疾患等を対象としたプログラムの承認が続いています。臨床試験の登録数から見ても欧米とは大きな差があり、日本では治療用プログラムが計2件であることに対し、海外では2019年だけでも60件程度の承認数となっています。海外における迅速に審査を進める制度として、米国におけるPre-Certプログラムや、ドイツのDiGAといった仮承認制度に見るべき特徴があります。また、開発品目を考えるうえでの情報として、ドイツにおける処方に対する費用は開発を検討する際のベンチマークとなり、海外での製品の事例からはアプリだけではなくウェアラブルデバイスとの組み合わせが重要な要素となります。

■講演(2)

プログラム医療機器の承認審査等に関する行政の取組み

厚生労働省 医薬・生活衛生局 医療機器審査管理課 プログラム医療機器審査管理室長 飯島 稔 氏        

プログラム医療機器とは、「医療機器のうちプログラムであるもの又はこれを記録した記憶媒体」であり、2013年の薬機法改正により、単体プログラム医療機器の範囲に含まれることが明確になりました。薬機法の医療機器はリスクに応じて、低リスク製品(クラスI)は独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)への届出、中リスク(クラスII~IIIの一部)は登録認証機関による認証、高リスク製品(クラスIIIの一部、クラスIV)はPMDAの承認審査による厚生労働大臣承認等、規制が異なります。ただし、プログラムのうち、患者さんに対するリスクが最も低いクラスIの一般医療機器に相当するものについては薬機法の医療機器の範囲から除外しています。そのため、開発中のプログラムが医療機器に該当するのか判断する必要があり、「プログラムの医療機器該当性に関するガイドラインについて」を発出し、医療機器の該当性の判断基準、該当事例・非該当事例を明確にしました。現在、厚生労働科学研究において、当該ガイドラインの改訂作業を行っています。また、個別の該当性の相談事例については、厚生労働省のウェブサイトに公開しているので参照してください。

飯島 稔

プログラム医療機器の年度承認件数は2021年度で39件であり、2022年9月末時点において行動変容アプリ2品目を承認または認証しています。

厚労省では、2020年11月に「プログラム医療機器実用化促進パッケージ戦略(DASH for SaMD)」を公表し、これに基づき、プログラム医療機器(SaMD)の実用化促進のための施策を実施しており、たとえば、2022年6月9日に次世代医療機器評価指標「行動変容を伴う医療機器プログラムに関する評価指標」を公表しました。

この評価指標は、「医師の指導の下で使用され、個々の患者等に応じて情報提供することで患者等の行動変容を促す医療機器プログラム」を対象としており、申請内容に対して拘束力を持つものではなく、製品の特性に合わせて柔軟に対応することになります。

評価にあたっての留意事項では、設計開発の経緯、品目の仕様、開発機器の原理(アルゴリズムを含む)、対象疾患、使用目的または効果、類似品の国内外での使用状況、使用場所、使用方法を明らかにする必要があります。「対象疾病、想定される使用者の範囲とその要件」では、対象となる疾病やその重篤度、使用者が患者さんか医療者か、使用者の要件、使用に適さない患者さんまたは医療者を明確にする必要があります。「使用目的又は効果」では、予防、治療の別、特に治療を目的とする場合には医師の治療行為を補助または支援する物であるか明確にします。「臨床的位置づけ」では、アプリの介入内容、介入する治療段階、介入頻度、既存治療法との上乗せで使用するのか、既存治療の補助・支援・代替または新規治療アプローチで使用するのかを明確にしてください。

行動変容を伴うアプリが提供する心理療法の根拠として、新規手法が含まれるのか、標準治療や治療ガイドラインに基づくものか、検証的臨床試験で有効性を示しているのか、を明確にしなければなりません。特に、既存の標準治療やアプリのベースとなる治療アプローチが治療ガイドラインに位置づけられていることや、診療報酬で評価されていることがアプリの保険収載の判断に影響しますので、開発者におかれては開発初期段階から関連学会とも連携することが必要です。

行動変容アプリの場合には、非臨床試験のみで有効性・安全性を評価することが困難であることから、臨床試験成績に関する資料の必要性が高いです。

臨床試験のデザインは、比較対照群を標準治療、既存のプログラム、シャムアプリの要否を適切に判断し、臨床的有用性のエビデンスを示す必要があります。評価指標には、有効性の指標となる臨床的意義がある変化量を設定しなければなりません。

海外で承認された行動変容アプリを国内に導入する場合には、人種差や生活環境等の文化的背景が有効性に影響する可能性があり、日本語に翻訳するだけでは機能を発揮するのか確認できないため、国内での臨床試験の実施が求められる場合もあります。行動変容アプリの使用継続率が低いと臨床成績に影響する可能性があるため、ユーザビリティ・使いやすさを高めるデザインにする等、工夫が必要です。治験開始前にPMDAの相談を活用して検討することをお勧めします。

一部変更承認申請・軽微変更届出に関しては、プラットフォームのOSや併用機器の更新または改良が必要とされる場合があり、変更手続きは通知を参照して判断してください。

一部変更承認申請の必要性の判断の考え方は、有効性・安全性に影響する変更がある場合には一部変更承認申請が必要ですが、有効性・安全性に影響する事項は製品ごとに異なることから、適宜PMDAに相談することを推奨します。市販後の性能向上を想定しており、連続的で高頻度の改良を計画する場合には、IDATEN制度も利用することを検討してください。

プログラム医療機器の開発を行う企業は、スタートアップ企業等の小規模な企業が多いため、2021年4月1日に医療機器該当性、薬事開発、医療保険に関する相談を一元的に受け付ける相談窓口をPMDAに設置し、2021年度の1年間で238件、1営業日あたり1件程度の相談を受けています。PMDAのプログラム医療機器審査室が無料で対応していますが、相談内容は相談者の開発方針に影響するため、それなりの時間をかけて対応しているのが現状です。

現行制度における医療機器の製造販売承認申請には、通常の承認以外にも、先駆的医療機器指定制度、特定用途医療機器指定制度、医療機器条件付き早期承認制度(類型1、類型2)、IDATEN制度、リバランス通知、プログラム医療機器に係る優先的な審査等の試行的実施等の、さまざまなオプションがあります。

リバランス通知は、医療機器の市販前・市販後を一貫した安全性・有効性の確保を前提に、新たな治験を実施することなく承認申請すること等を相談のうえで開発を進める道筋を明確化しています。対象は、国内外の医療環境の差異の評価が必要な医療機器、十分な臨床使用実績のある種類の医療機器の改良品、臨床的な有用性を探索中の生理学的検査に用いる診断機器の3点のケースが想定されます。

リバランス通知「3. 診断の参考情報となり得る生理学的パラメータを測定する診断機器に関する相談」は、主に診断系のプログラム医療機器への適用が想定されます。これまでの臨床実績、機械的な性能に関する試験成績等をもって、性能での使用目的または効果で第1段階承認を取得し、臨床現場の使用経験をもって臨床的エビデンスを確立した後に、臨床的意義を標榜する一部変更承認を取得します。通常の医療機器では測定性能で第1段階承認を取得した事例もあります。

2022年度から「プログラム医療機器の特性を踏まえた薬事承認制度の運用改善検討事業」を実施し、プログラム医療機器に関する2段階承認制度を導入する方向で検討しています。第1段階の承認については、評価における非臨床試験や臨床試験の必要性および標榜できる臨床的意義の範囲等を検討し、第2段階の承認にあたっては、使用実績を踏まえて臨床的意義を評価できるのか検討する予定です。

IDATEN制度は、市販後に改善や改良が繰り返される医療機器、人工知能技術を活用したプログラム等、性能等を変化・向上させることが意図される場合に、承認審査の過程であらかじめ変更計画を確認しておくことで、市販後に計画の範囲内で承認事項の一部変更を届出で行うことができる制度です。2022年4月には、AIを活用したプログラム医療機器の性能向上等に対するIDATEN第1号として、内視鏡画像診断支援プログラムが変更計画の確認を受けました。

革新的なプログラム医療機器については、治療用アプリでは生活習慣病等を対象としたものが多く、既存の先駆的医療機器指定制度の対象疾患の重篤性に係る要件を満たしません。そのため、プログラム医療機器の特性に合わせた指定要件を設定し、指定された場合には優先相談・優先審査・事前評価・コンシェルジュ対応等を受けられます。指定希望品目の公募、ヒアリング、予備的審査、PMDAの評価、薬事・食品衛生審議会での審議を得たうえで公表する予定です。

厚労省では「革新的医療機器等相談承認申請支援事業」を実施しています。日本発の革新的医療機器、希少疾病用医療機器、ニーズ品目、プログラム医療機器の優先的な審査等の指定品目等を対象品目とし、ベンチャー企業や中小企業等を対象として、PMDAの相談手数料や審査・調査手数料の5割を補助する制度です。

プログラム医療機器の保険適用には、薬事承認・認証を得た後、保険適用希望書を提出し、中央社会保険医療協議会(中医協)の保険医療材料等専門組織において、個別の製品の特性に応じて、技術料包括で評価するのか、既存技術料よりも医療上の有用性が高い場合にはプログラム医療機器等医学管理加算または特定保険医療材料で評価するのかを決定します。なお、薬事承認後に保険適用希望書を提出しなかった場合には保険診療で使用できません。

2022年度診療報酬改定において、技術料包括で評価される医療機器のうち、革新性の高い技術を伴う製品も「チャレンジ申請」の対象に追加されたため、保険適用されたプログラム医療機器でもチャレンジ申請で技術料の算定要件や技術料の点数を見直すことが可能です。ただし、原則、同一製品で複数回のチェレンジ申請を行うことはできません。

2024年度診療報酬改定に向けて、プログラム医療機器の特化した診療報酬のあり方を検討するため、中医協の保険医療材料専門部会の下に「SaMD WG」を設置しました。

厚労省では、医療系ベンチャー・トータルサポート事業(MEDISO)を実施しており、医療系ベンチャー企業・アカデミアを支援し、専門家による相談対応、研究段階から製品化段階までの成長ステージに応じた支援、知財戦略・出口戦略調査、人材交流事業を実施しています。

最後に、プログラム医療機器の保険適用に向けた相談に関しては、医政局医薬産業振興・医療情報企画課(産情課)で事前相談を受けています。相談に対しては所定の様式に相談事項を申し込み、ウェブ会議または対面形式で面会し、出口を見据えた保険戦略を議論できます。特に、治療用アプリに関しては、臨床試験を検討する前段階で、どういうコンセプトの製品でどのような使用目的または効果で開発するのか、保険の評価にどのような臨床上の有用性を示すデータが求められるのか、保険申請の方向と開発・承認申請の方向性にズレがないか等の論点がありますので、適宜、開発早期の段階から医政局産情課に助言を得ておくことをお勧めします。

■講演(3)

デジタルセラピューティクスの国内外知財動向

デロイトトーマツ ファイナンシャルアドバイザリー 知的財産グループ ヴァイスプレジデント 大島 裕史 氏   

DTxの市場成長が急速に進んでおり、知財戦略も高度化・複雑化しています。今後事業を進めるうえでは、DTxエコシステム全体に対する多面的な保護と知財リスクの低減が重要になると考えられます。本日は、このようなDTxの国内外知財動向についてお話します。

最初に、DTx市場の全体像です。グローバル市場は年29%で急成長しており、2028年には225億米ドルに達する予測です。

大島 裕史 氏

DTxの疾患に対するソリューション型は、(1)行動習慣の改善による身体的・精神的治療、(2)服薬最適化、(3)五感刺激による脳・精神の改善、(4)患者モニタリングによる医療機関との情報共有、(5)身体への刺激の5型に分けられます。この中で、行動習慣改善型の開発が米国企業により活発に進められており、日本でもすでに承認を受けているCureApp、サスメド等が取り組み始めています。

この分野の特許出願は2013年以降急激に増加しており、行動習慣の改善に関する出願には多くの企業が参入しています。一方、服薬最適化、脳・神経への働きかけ、患者モニタリングに関する出願は、少数企業の寡占状況に見えます。現在の規模のDTx事業には、10~50件の特許で保護されていると見ています。

企業のアライアンス活動も活発で、製薬企業による治療アプリの開発・販売に関する提携だけでなく、たとえばVR技術等新規領域の共同開発や、企業買収等の動きも活発化しています。今後、DTx企業の技術を取り込む動きがますます活発化すると考えています。

次に、各社(Welldoc社、Click Therapeutics社、CureApp社、サスメド社、Akili社、Propeller社)の事例で各企業の知財出願動向について紹介します。各社の動向から、DTx知財戦略は、まず、治療コンセプトに相当する基本機能の特許保護を行い、続いて、患者さんや医療機関の利便性向上機能等の追加機能を順次特許保護している状況があります。アプリ画面のユーザーインターフェースとしてのアイコンデザインやその機能の保護等とデバイス保護の知財ミックスも今後対応が必要な内容でしょう。プラットフォーム提供を行う場合には、オープン化する領域について特許による保護を図る一方で、仕様書、ソースコード、アルゴリズム等の見えない部分については、ノウハウとして管理することが重要と考えます。さらに、通信技術・VR技術等については標準化・クロスライセンスを見越して知財リスク低減のために特許による保護を図ることも必要と考えます。

顕在化した知財リスクの例として、すでに米国では、パテント・トロール(Non-Practicing Entity、NPE)が汎用技術特許で、DTx企業を特許権侵害で訴訟提起している事例(提訴2021年12月)が存在します。DTx市場の急成長に伴い、汎用技術特許のライセンス交渉・訴訟に関するリスクは増加すると心配されています。

最後に、知財上の論点について、特に製薬企業がDTxベンチャーや関連企業と提携・投資する際の知的財産デュー・デリジェンス(DD)の視点について紹介します。

第1に、患者アプリの治療に関連するメイン機能だけでなく、各ステークホルダーに対する機能を保護できているかを確認する必要があります。保護は、特許だけでなく、ユーザーインターフェース・アイコンの意匠保護、見えないところのノウハウ化、プログラムの著作権保護等の知財ミックスにより保護できているか確認します。

提携先がさらに他社技術を利用している場合(たとえば、通信技術等)には、パートナー企業による特許保証が担保できているかも重要になります。

さらに、オープン化して、広く使ってもらうべき技術については、すでに特許化がなされているかチェックが必要です。標準化を目指す技術を特許で確保し、必要なところにライセンスアウトできる状態か否かを確認すると良いです。

さらにまた、アライアンス契約における知財確保のポリシーや知財戦略、その運営体制がしっかり整備されているかもチェックポイントとなります。事業成長に伴い知財リスクが増加するので、特に汎用技術については防衛団体への加入やクロスライセンスへの準備状況等の準備状況もチェックポイントとなります。

■講演(4)

製薬企業としてのデジタルセラピューティックスへの取組みと知財面からみた今後の課題

製薬協 知的財産委員会 奥村 浩也 委員長                                

最初に製薬企業におけるDTxの現状について、次に知財面から見たDTx領域で検討すべき課題について3点ほどお話させていただきます。

製薬企業は従来、医薬品提供が事業の中心でしたが、Society 5.0の進捗、デジタル技術の進展等があり、医薬品ビジネスの事業領域が予防・診断・治療・予後に広がっている状況です。製薬企業の内外でのデジタルトランスフォーメーション(DX)について、企業内ではR&D効率化、製造・生産の効率化等、企業外ではデジタルヘルス製品、顧客管理、マーケティング等においてDXの導入が急速に進んでいます。今回のテーマであるDTxはその一部です。それに関して製薬企業から見た知財面での課題を3点あげました。1つ目はビジネスモデルの多様性、2つ目は製薬とは異なる技術的特徴や許認可制度、3つ目は開発手法、協業・アライアンスです。

奥村 浩也 委員長

1つ目の課題は、ビジネスモデルの多様性についてです。医薬のビジネスモデルは医薬品等のモノの提供が前提でしたが、DTxはコトや体験の提供でビジネスモデルが全く違う点が大きなポイントになります。またDTxの中においても、技術的な多様性が非常に幅広い点が同じく重要となります。個々のDTxの知財戦略を考える場合、One size fits for allという考え方はできず、個別具体的にベストを考える必要があります。

2つ目の課題は、製薬と異なる技術的特徴や許認可制度です。まず技術的な特徴を見てみると、たとえばニコチン治療アプリの特許は、医薬品特許を見慣れている者にとってはまったく違う技術に基づく特許です。このような技術を取り込まなくてはならないという課題があるため、知財面では主に3つの点で違いがあると思います。1点目に、権利保護の中心となる特許は、医薬品の場合は1基本特許で1製品権利保護が一般的ですが、DTxでは多くの特許で1つの製品を保護するという違いがあります。2点目は継続的な特許のアップデートです。医薬品はアップデートの頻度は低い一方で、DTx製品はAIの追加学習等、頻繁にアップデートがあります。3点目は、DTxは意匠や商標等を積極的に使って重層的な知財ポートフォリオ構築が必須になっている点です。次に許認可制度の知識の必要性についてです。許認可制度を理解して知財保護を考えていく必要があるので、この知識の深耕は非常に重要な課題と考えます。そして、許認可制度等から見たDTx実用化の課題として、今後どのような制度設計がされていくのか見極めることと、独占期間の差異がポイントになります。DTxは主要国においてデータ保護制度の適用外になると理解していますが、ここは医薬品の制度設計と大きく違うところでもあり、十分留意する必要があると考えます。

3つ目の課題は、開発手法、協業・アライアンスについてです。DTx関連特許で製薬企業が出願人となる比率が低いことからも、製薬企業のDTxへの関与比率は低く、スタートアップ等のDTxの会社とうまく協業しないとDTx製品は成功しにくいと見てとれます。DTxの開発手法と知財課題については、スタートアップ等とのアライアンスが必要というところで、スタートアップ等との契約が重要になります。特にFTO補償条項の検討は重要な課題と考えます。また、提携先が重複・複雑化している状況にすでにあると思いますが、どのような内容でパートナーになるか、どのような形でお互いの強みを発揮できるのか、その点も重要な課題となります。

まとめとして、未来の医薬品産業を考えるという大きなテーマにおいて、DTxは、現在の医薬品提供ビジネスモデルから、まったく違うテクノロジーを使って異なるビジネスモデルの未来を目指そうというものかと考えています。自分たちが思い描く未来を想像して、今なにをすべきかを考える必要があり、そのうちの1つがリソースの確保、特に人材は大きなファクターと思います。製薬企業の知財部人材は、生物学・化学・薬学といったバックグラウンドをもつ人は多いですが、デジタルテクノロジーのバックグラウンドをもつ人はあまりいません。外部から人材調達することも必要ですが、社内での人材確保、リスキリングや社内人材の底上げも必要になります。

■パネルディスカッション

モデレーター  大島 裕史

パネリスト   三友 周太 氏、飯島 稔 氏、奥村 浩也 委員長                                       

1. DTx普及のための日本の課題

マネタイズの方法がわからないために、市場参入の意思決定が遅いように感じます。マネタイズをどう考えるかが今後の成長のカギでしょう。アプリ単体で収益モデルを作るのは難しいかもしれませんが、その場合は既存のパイプラインとのシナジーが重要となります。また、DTx導入による医療経済的効果を見たうえで、市場の拡大に結び付けていく必要があります。米国は保険制度が違いすぎてあまり参考になりませんが、ドイツのDiGAの保険償還制度のほうが日本に近いので、われわれもウォッチしているところです。
現在の製薬企業のビジネスモデルはB to Bで、患者さんのリアルな使用状況は把握しづらいですが、DTxの場合、毎日使用する中でデータが集積されます。それをいかにして既存事業とのシナジーに結び付けていくかが重要です。医薬にアドオンするのか、重症化予防に利用するのか。医療機器にする/しないも含め、デジタルとしての強みをよく考えたうえで、疾患と組み合わせた場合にどこにはまるか整理する必要があると思います。
デジタルアプリ部分での収益を重視しないとすると、これまでのビジネスモデルとは大きく異なることになりますが、患者さんや医療関係者に新たなオプションを提供するという点で社会的には必要なものと認識しています。あくまでも個人的な意見ですが、治療が必要になる前の未病領域に必要なものをどう普及させるかを考える必要があると思っています。
マネタイズを行政面からどう支援できるかですが、たとえば、保険適用を出口とするのであれば、保険適用の見込みや出口に向けた方策について、医政局産情課と相談して詰めたうえで、早期に臨床開発計画を立てることが重要です。技術料加算を求めるのであれば、それを臨床エビデンスで示さねばなりません。たとえば、対面での認知行動療法に参考となる技術料が存在しない場合、それをどう付加するかという戦略は開発初期に考えておかなければなりません。診療報酬改定の場に関連学会を通じて要望を出す必要があります。また、SaMDのすべてで保険適用を狙うのではなく、OTC-SaMD的なものも今後の標的としてあり得るのではないでしょうか。実際に、禁煙アプリは医家向けとして承認されたものの、バレニクリンの供給停止により、健保組合向けに販売する戦略転換が行われました。
海外の規制と比較した場合の日本の規制上の課題ですが、米国食品医薬品局(FDA)がトライアルで行っているデジタルヘルスソフトウエア事前認証プログラムのPre-Cert制度が参考になると考えています。ただし、厳しい要件が課されていてなかなか普及していない、参加企業数が少ない等の課題があります。日本でも少々アレンジして検討しようとしましたが、制度の欠点が指摘されて以来進んでいません。また、なぜIDATEN制度があまり活用されていないのか、どこを改善すれば活用してもらえるのかについて検討しているところです。DiGAの場合、仮承認後、1年以内に追加的な臨床データを出す必要があるので、きちんとデザインされたランダム化比較試験(RCT治験)しか実施できない(リアル・ワールド・データ(RWD)が活用できない)等の問題があり、普及できていません。日本の2段階承認制度は、RWDの活用も可能であり、諸外国と異なる制度になっています。
アプリの場合、臨床研究で瀬踏み(基礎的なデータの取得)をし、その後ピボタルな試験1本で承認を取るという流れが一般的ですが、瀬踏みでどれだけデータをとれるかがポイントになると思います。RWDを考える際には、patient journeyのどこにプログラムをはめれば最も効果があるかを見ていく必要があります。RWDから読み取れるところと、本当にやらなくてはいけない試験を絞り込むことが重要な要素になります。
DTxを普及させていくうえでの知財戦略について、DTxの承認プロセスについてはさまざまなやり方があり、どこが知財的にポイントになるのかまだまだよくわかっていない状況だと思われます。知財をとっていくプロセスにしても、これから勉強していく必要があります。制度もこれから固まっていくという状況です。

2. 製薬企業の今後の取り組み・関わり方

製薬企業のDTxとのかかわり方として、まず、侵害予防調査(FTO調査)について議論すると、この分野では関連する特許が多いでしょうから、知財専任スタッフをあまり抱えていないスタートアップがFTO調査をやりきるのは大変だと思います。知財のサポートを必要としているという調査結果もあり、製薬企業は彼らを知財面で支援できるのではないでしょうか。
クロスライセンス戦略という観点では、特許は他社とのクロスライセンスのため等のアライアンスのツールだと考えるのが良いと考えます。低分子医薬品の物質特許のような強い特許は取ることができませんし、アップデートも頻繁で、かつ、開発も早いです。そのような状況にあるので、医薬と同じ特許ポートフォリオの考え方は意味がありません。
人材育成の観点も重要だと指摘がありました。海外大手製薬企業は、デジタル技術分野に精通した弁護士を雇う等の対策を講じています。また、現在の医薬分野の人材のリスキリングも行われています。われわれもそれにキャッチアップしようとしています。
行政の対応としては、PMDAにプログラム医療機器審査室を設置し、医療機器の審査担当と医薬品の臨床審査担当がかかわっています。ただ、現在は多数の無料相談が寄せられていて、負荷がかかっています。どうやって人材を増やしていくのかは、課題になっています。
品質マネジメントシステム(Quality Management System、QMS)体制にも課題があります。DTxは医療機器の管理体制に近い部分もあれば、一方でヒトに対して直接効果があるので、医療機器というより、医薬品に近い部分もあります。スタートアップ企業が自社で販売していくとするとQMS体制の構築は難しいと思われます。
スタートアップやベンチャー等との契約も、成功するかどうかの重要なファクターだと思います。契約では、FTOをどうするか、データをどう扱うか、成果物の帰属をどうするか、等がポイントになります。DTxの場合は製薬企業が知財をもつのが適切かというと、そうではないと思います。どのように扱うべきかは、これからの検討課題です。スタートアップ等はその成果物を横展開したいと考えるでしょう。自分たちに必要なものを見極めながら、win-winになるように整理していくことが必要になります。

3. 将来の展望

Society 5.0を見据えてDTxの位置づけを考えてみると、RWDからSaMDを考えていくことも可能ではないかと思います。また、患者さんの目線で考えると、治療介入があった後に、その維持療法にSaMDが用いられるのだと思います。対象となる疾患の中で、求められている課題がなにかを考え、その先にDTxがあるというシナリオが描けているほうが自然に入っていけるでしょう。
希少疾患で特殊な治療が必要なものは、DTxとの親和性が高いと思いますので、これから伸びてくる領域ではないかと思います。また、認知症を含め、精神科系の領域は、社会の負担軽減の観点からも重要だと思います。一方、生活習慣病の領域は成熟してきて、新規参入は難しいのではないかと思います。
ゲームやマインドフルネス等で症状が緩和してくる事例も報告されています。10年後にはそれらも出てくるのではないでしょうか。VRやメタバース等に、ヘルスケアが組み合わされるのが当たり前になってくる可能性もありそうです。
DTxもモダリティの一つであり、患者さんに対して新たな選択肢を与えるものだと考えます。DTxというモダリティの中に、VR等のサブモダリティがあるという考えになるでしょう。
未病、予防、治療をつなぐようなDTx製品が出てくると非常に面白いし、大きな社会貢献になるのではないかと思います。
データが蓄積されてきてDTxが発展してくると、データをどう保護するのか、どう利活用していくのか、という知財上の課題も出てきます。データ自体が非常に重要ですが、なかなかうまく保護することができません。データをどう加工して知財保護していくかを常に考えていますが、良い対策は簡単には見つからないと考えています。
産業育成の観点では、SaMDは保険診療での使用が前提ですが、別の道としてOTCもあることを視野に入れて開発を進めてもらいたいと思います。OTCであれば市場も大きく、予防に用いることも可能かもしれません。同時開発は負担が大きいので、医家向けでデータを取得して承認を取り、それをOTC化する等の方法が考えられますが、その点は今後議論が必要な部分です。
DTxは行動変容領域から伸びてくると思います。また、ゲーム等のコンテンツ作成は日本の強みであり、今後伸びてくるものと思います。特に仮想空間等とどのように組み合わせていくのかがカギとなるように思います。
知財の切り口でいえば、ほかの産業で起こっていたことが、DTx領域でも起こると考えます。スマートフォンで起こっていた議論が、その後自動車産業で巻き起こり、さらに別の産業に移っています。次はDTx領域に進んでくるのではないかと思います。
技術は常に進歩し高度化していきます。この分野も同様で、期待できる分野だと感じています。それに応じて知財の活躍の場も広がっていくことを期待しています。

(知財フォーラム準備委員会)

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