トピックス 「製薬協メディアフォーラム」を開催 医薬品がもたらす多様な価値を考える —患者さんやそのご家族が望む豊かな日常のために—

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2022年6月7日、日本橋ホール(東京都中央区)にて「製薬協メディアフォーラム」を開催しました。当日は会場およびWeb配信にて20社27名の記者が参加しました。今回は「医薬品がもたらす多様な価値を考える —患者さんやそのご家族が望む豊かな日常のために—」をテーマに、横浜市立大学の五十嵐中氏、東京女子医科大学の田中榮一氏、獨協医科大学の平田幸一氏による講演と、製薬協の森和彦専務理事のファシリテートによる登壇者3名のパネルディスカッションを実施しました。

会場の様子

フォーラム開催の背景

我が国は少子高齢化に直面し、社会保障制度における「支える側」の減少が続いている中、医薬品には健康寿命の延伸によって「支える側」を増やすことへの貢献が期待されています。たとえば、医薬品による疾病の治癒、あるいは病状の進行を抑制することで、患者さんの生活の質(QOL)の向上、生産性損失の改善、あるいは社会復帰への貢献等が挙げられます。また、患者さんのみならず、医療従事者の業務負担や患者さんのご家族の介護負担を軽減する等、多様な価値をもたらします。

今回は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)や、関節リウマチ、片頭痛といった具体的な疾患を採り上げ、QOLの低下や生産性が損失している現状と課題について明らかにしていき、そのうえで、患者さんやそのご家族の生活に対して医薬品がどのように寄与しているのか、またこれから医薬品に対してなにが期待されているのか等について議論し、医薬品が有する多様な価値を考える機会として本フォーラムを開催することとしました。

以下は講演内容の採録になります。

■演題1

医薬品の「価値」とは?費用対効果を超えて…

横浜市立大学医学群 健康社会医学ユニット 准教授
東京大学大学院薬学系研究科医薬政策学 客員准教授 五十嵐 中 氏                      

本日は、医薬品の価値について、費用対効果(cost=お金/QALY[質調整生存年]※1)だけでは捉えきれない、さまざまな要素に着目して紹介していきます。

  • 1
    QALY(quality-adjusted life year、質調整生存年):生存における量と質の2点を評価し、医療行為に対しての費用対効果を経済的に評価する指標

医療資源の「最適配分」について

医療経済学においては、使えるリソース(お金)には限りがあるものの、立ち行かなくなれば他分野から予算を調達する、あるいは自己負担率や保険料を上げる等の措置を講じることで対応ができました。しかし、コロナ禍によって、医療には物理的なリソースに制限があることが広く認識され、他分野とのバランスを考えながらメリハリをつける必要性が生じました(図1)。また、健康ヘルスケアと経済の関係はお互いに強く影響し合うため、相対的に考えなければならないこともこの2年間で明らかになりました。

図1 医療資源における最適配分論の変化

価値の要素とは

価値の要素は、いわゆるcostとQALYだけではないことを認識することが大切であり、以下のような要素が考えられます。

(1)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による生産性の損失

生産性損失には、病気やその治療のために仕事が「できない」損失と、「はかどらない」損失の双方が含まれます。COVID-19の場合、2021年までは患者本人は10日、濃厚接触者は14日程度の自宅待機期間が設定されていました。濃厚接触者を1患者あたり2名と仮定して月別に医療費と生産性損失を比較すると、デルタ株、オミクロン株を経て、生産性損失の規模は医療費の5~6倍程度になると推計されました(図2)。感染者数が拡大する一方で、入院率が大きく低下するため、医療費よりも生産性損失の影響がどうしても大きくなります。医療費だけを評価していては、COVID-19治療薬やワクチンの価値は評価できないことを、裏打ちしているともいえます。

図2 医療費と生産性損失の比較

(2)認知症による家族への影響

疾病による患者さん本人のQOL低下に伴い、介護者やご家族のQOLも低下することが示唆されています。その最たる例が認知症です。病状が重症化していくにつれて医療費はさほど変化しませんが、介護費や家族介助等の社会的費用が著しく増加していくため、医療費のみでの評価では、やはり疾病の負担を捉えきれないことになります(図3)。

図3 重症度の増加にともない、社会的費用は上昇

(3)感染症の治療や予防効果

感染症の治療や予防は、対象者以外にもメリット(集団免疫)があり、感染爆発への不安を和らげる効果もあります。また、英国ではスチュワードシップ(管理運用等の意)の考え方に基づき、薬剤耐性(AMR)抗菌薬について、開発インセンティブを保つために使用量に限らず、国が製薬企業に対して一定額を支払う「サブスクリプション」のような施策を導入することで対応しています。このように適正使用の一環として、英国では医薬品が「使われない」ことも含めて、その価値が評価されていることが意義深いと思います。

(4)疾患の重篤度に応じた価値

重篤な患者さんや終末期の患者さんにおける「プラス1年」は、そうではない人との価値レベルが違うのではないかという考え方です。救命原則、これまでの貢献度、これからの期待度等によって重み付けをすべきといった考え方もあります。これらについてはまだ議論の余地がありますが、少なくとも現行のHTA(医療技術評価)にはこの要素が欠落しているといえます。

医薬品の価値について

2020年11月、20~69歳の男女(回答者数2155名)を対象として医薬産業政策研究所と共同で、「一般生活者が考える薬の価値と受診等のあり方」についてのウェブアンケート調査を実施しました。この中で注目したのは、「医療負荷の軽減」という項目が、調査結果の上位に上がっているということです。コロナ禍を経て、医療者の負担を軽減することに価値があるということが認識されたのはとても重要であると考えています(図4)。

図4 新しいくすりの価値として大事だと思う項目

価値に見合った価格とは?

価値に見合った価格をつけるべき、といった声を最近よく耳にします。よく引き合いに出されるのがC型肝炎治療薬ですが、C型肝炎治療薬は投与が短期間で完了し、有効性も極めて高い。それなりに高額な既存薬(インターフェロン)が不要になるので、費用の削減も見込める。そして、QOLや医療費等のさまざまな国内データが、上市前にかなり整備されていた…という、希有な事例です。それゆえ、C型肝炎での試算がうまくいった(高い値段がついた)としても、他の領域でも同じ結果が得られる保証はまったくありません。たとえば、がん分子標的薬のような領域については、現時点で定量化されたデータの価格で積み上げると分析時点の薬価よりも非常に低い値段となります。この点は今後医薬品のさまざまな価値を評価していく際の課題といえます。今すでに定量化されている価値のみを積み上げていくのではなく、定性的な価値も考慮していくことが必要で、それらをどう反映していくのかは今後検討していくべき重要なテーマであると考えます。

■演題2

関節リウマチの治療の進歩と医療経済的課題

東京女子医科大学医学部内科学講座 膠原病リウマチ内科学分野 准教授 田中 榮一 氏              

関節リウマチとは

関節リウマチは身近な難病です。関節が腫れている部分を適切に治療しないと関節破壊が進行し、関節に変形が起こります。手の関節に起こる場合が多く、変形が進んでいくと手を使った日常生活(箸を使って食べる、お釣りをもらう等)に不都合が発生します。日本における推定患者数は約60万~70万名で、男女比率は1:4と女性に多く、好発年齢は30~60歳代です(図5)。いったん発症すると治癒することがなく、一生治療を続けなければならないため、目指すのは治癒でなく寛解です。寛解とは病気の勢いがほぼ止められ、痛みなく過ごせる状態のことで、薬物を内服もしくは注射しないと得られません。

図5 関節リウマチとは

治療効果

当院のデータベースによると、2000年の「寛解」割合は10%を切っていましたが、2022年には64%まで増加しています。「寛解」と比較的良い状態である「軽症」を合わせると80%を超えており、多くの患者さんが良い状態で通院しています(図6右)。

図6 関節リウマチ治療の進歩

治療に貢献した薬剤と患者負担

関節が壊れる前にしっかりと治療することで健常人とほぼ同じことができるようになったのが関節リウマチ治療の現状です。この20年間で治療に貢献した薬剤は2つあります。1つはメトトレキサートです。アンカードラッグといわれる第1選択薬で、当院でも70%の患者さんがこの薬剤で治療しています。もう1つが生物学的製剤です。メトトレキサートの効果が不十分な場合や副作用で使用できない場合に使用します。当院では3名に1名の割合で生物学的製剤が使用されています(図6左)。

関節リウマチは根本的原因がわかっていない疾患ですが、体内の免疫システム異常により、骨を破壊する因子や炎症を悪化させるサイトカインによって関節が破壊されると考えられています。生物学的製剤はサイトカインの働きを抑えることで炎症を食い止め、骨や軟骨を破壊させない効果が期待できます。

生物学的製剤を使用する患者さんの自己負担額は年間70万円(2007年当時の調査)です。この自己負担は生物学的製剤を使用していない人の約3倍です。2020年の調査でも、生物学的製剤を使用する患者さんの自己負担額は年間45万円と高額であり、使用していない人の約3倍であることは変わりありませんでした。病気の進行を止めることは重要ですが、高額な負担が求められる医薬品を使用する場合、それだけの価値があるかについて考える必要があります。

患者さんの1/3は就労制限を経験している

2008年に関節リウマチ患者さんの勤務状況に関する調査を行った結果、勤務者の1/3が労働制限を経験していたことや、家事従事者の40%が家事制限を経験していたことがわかりました(図7)。

図7 関節リウマチ患者の勤務状況

生物学的製剤は一般の方と同じように働くことを可能にすることが示唆された

米国では、関節リウマチ患者さんの給与の増減を5年間追跡した調査が実施されていて、生物学的製剤を使用した患者さんでは給与が15%上昇していたことが示されています。この結果は米国の一般的な給与上昇率と遜色がなく、生物学的製剤による治療によって、一般の方と同じように働くことが可能になることを示唆しています。一方で、生物学的製剤が使われていない患者さんの給与上昇率は3%で、欠勤や生産性障害により十分に働けていないことが示唆されました(図8)。

図8 関節リウマチ患者さんの賃金・給与の増加に関する調査

このように、生物学的製剤の薬剤費は高額である一方、生産性の損失を改善するという価値を有していて、患者さんのQOL改善だけではなく、経済的な観点からも大きなメリットであるといえます。医薬品を評価する際にはさまざまな価値を考慮した検討が必要であると考えます。

■演題3

新しい医薬品がもたらす片頭痛患者さんの豊かな暮らし

獨協医科大学 副学長 平田 幸一 氏                                    

将来の日本を担う世代に多い疾患

片頭痛の特徴として、片側に多く拍動性の痛みがあることはよく知られていますが、実は悪心や嘔吐、光や音への過敏、ひどくなると寝込んでしまうこともあります。また有病率に関しては8.4%というデータがあり、成人人口の840万名が罹患しているといわれています。

特に30~40歳代の女性に多い疾患で、女性患者さんの割合は男性患者さんの約4倍存在しています。このように片頭痛は、納税や子育て等で将来の日本を担う働き盛りの人たちを悩ます疾患といえます(図9)。

図9 片頭痛の疫学[年齢・性別有病率]

最近、片頭痛の病態が解明されてきており、「三叉神経血管説」が広く受け入れられています。なんらかの刺激が三叉神経を刺激して、そこから「カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)」を中心とした神経ペプチドが放出され、神経原性炎症を起こし、最終的に痛みを感じる、あるいは途中で嘔吐中枢を刺激して嘔気や嘔吐を誘発させると考えられています。

患者さんは第三者には見えにくいさまざまな支障や悩みを抱えている

片頭痛および他の神経系疾患の日常生活への疾病負担に関する海外データによると、アルツハイマー病や脳卒中は高齢年代に存在しますが、片頭痛は非常に若い世代、特に女性で疾病負担が高くなっています。また、日常生活にも影響があり、次に発作が起きることに対して不安になってしまうことで、家族との時間を犠牲にしているケースや、約束をしていても守れないということから、人との約束を遠ざけてしまうケースもあります(図10、11)。

図10 片頭痛および他の神経系疾患の日常生活への疾病負担

図11 片頭痛患者さんの日常生活の支障

治療の進歩

急性期治療薬であるトリプタンは患者さんに多くの福音をもたらしましたが、効果が得られず副作用が生じたりして投与できない場合もあり、治療満足度が低いことがわかりました。また、カルシウム拮抗薬、抗てんかん薬、抗うつ薬、さらにはβ遮断薬が予防薬として使用されてきましたが、その効果は限定的でした。そして、中学生・高校生から20歳代の若年期の患者さんは、既存の治療薬や市販薬の乱用や使用過多により慢性化してしまうといわれています。

そのような中、前述した三叉神経血管説により、CGRPが発作の中核になっていることが解明され、これを抑える作用機序として開発されたのが抗CGRP関連薬です。効果については、1ヵ月に13.8日あった発作日数が、投与後に7.6日に減少したというデータがあります(図12)。抗CGRP関連薬を使用することで日常の支障が軽減するため、患者さんは非常に救われていると考えます。また、経口のCGRP受容体拮抗薬は、現在治験段階にあります。

さらに他の新薬としては、血管症状や狭心症、脳梗塞がある患者さんにも使用できる5-HT1F受容体作動薬が発売されました。トリプタンは、そういった患者さんには使用できませんでしたが、これは心血管病の病歴を有する患者さん等においても効果が期待されます。

図12 抗CGRP関連薬使用前後の片頭痛日数の変化

総括

片頭痛の支障度は時に非常に高く、生産性に影響することがわかっています。その中で、画期的な新薬である抗CGRP関連薬による発症抑制療法が可能となりました。「片頭痛では死なないから、家で鎮痛薬でも飲んで我慢していなさい」という時代は終焉を迎え、新薬が患者さんのみならず、そのご家族のQOLを明確に改善する時代になったといえます。

■パネルディスカッションと質疑

ファシリテーター 製薬協 森 和彦 専務理事
パネリスト 五十嵐 中 氏、田中 榮一 氏、平田 幸一 氏                     

—関節リウマチや片頭痛では、日常生活が侵食されQOLが低下すること、またそれに対してさまざまな新薬が登場することで治療が進歩してきたことをご紹介いただきましたが、現状の治療満足度として、十分に満足できる状況なのか、まだまだ改善すべき課題があるのか、という点について、お考えをお聞かせください。

田中氏 関節リウマチは、メトトレキサートや生物学的製剤が登場するまでは、少なからず寝たきりの状態になってしまう方が多い病気でしたが、治療薬の進歩により治療戦略も変化したことで、現在では多くの患者さんが普通の生活を送れるようになっており、患者さんの満足度は高くなりました。ただ、良い薬はやはり高額という点が問題であります。一部の患者さんは導入を諦める、高額なため投与を続けられないということがあり、お金が払えない人はより良い治療を受けられないという点が、今の日本の医療システムの問題点ではないかと思います。治療アクセスを良くするために医療側も、医療体制を考える側も、それぞれ努力が必要だと感じています。

製薬協 森 和彦 専務理事

平田氏 関節リウマチと違い、片頭痛では外見は健常人とまったく同様なため、「なぜそんなに治療費がかかるの?」と家族の理解が得られないケースがあります。
 

—五十嵐氏の講演の中で、医薬品にはさまざまな価値があり、費用対効果だけでは評価しきれないことを紹介いただきましたが、疾患により働き盛りの人が働けなくなる、生活が侵食されるといった点についてはどのように評価していけば良いとお考えでしょうか?

五十嵐氏 たとえば英国では、ガイドラインを単純に読むと、医療費と介護費しか考慮しないと「誤解」されがちです。しかし、実際には多発性硬化症等さまざまな領域で、患者さんやご家族の仕事への影響も加味して評価した事例が見られます。

「この疾患・この薬剤に関しては、仕事への影響が大きい」ことが明確な場合には別途考慮することは、実はガイドライン上にも明記されています。やはり仮想の疾患で仕事への影響が大きいと主張しても理解を得ることは難しく、「このような疾患で、もし医療費しか考慮しなかった場合、明らかに本質を見失う」といった事例を示していくことが、評価のあり方を変えるきっかけになっていくと考えます。
 

—講演では、患者さんの生産性損失やQOL改善につながる医薬品の紹介がありましたが、現実問題として製薬企業や研究者が優れた医薬品を開発しても、日本では価値が十分に評価されない、あるいはイノベーションが認められない状況があると思います。今後、日本がイノベーションをどのように評価すべきかについてのご意見をお聞かせください。

五十嵐氏 近頃、価値に基づく価格についての議論が広まってきたのは良いことですが、考慮すべきことが2点あります。1点目は、価値の要素はそもそもすべて定量化できるものではなく、上市時に定量化可能だった要素を積み上げるのみでは、十分な評価はできないことです。医療費や生産性損失への影響のような定量化できる価値と、アンメットニーズのような定量化できない価値をどのようにミックスさせていくかは今後の課題です。定性的な価値要素を擬似的に定量化することは、一見イレギュラーにも見えます。しかし、現行の薬価制度における加算システムも、「新規な作用機序」「疾患の希少性」等の質的な要素を、加算率という量的な要素に置き換えているわけで、擬似的定量化の事例はすでに存在するのです。

2点目は、価値の高い薬剤は現在よりも高い評価になりますが、そうでないパターン、すなわち現行よりも低い評価になる薬も当然出てくることです。そうした状況を製薬企業が許容できるかについての議論が必要だろうと考えます。

田中氏 1つの製剤を開発して市場に出すことは、製薬企業にとって人的リソースや費用がかかります。現在の薬価ルールを鑑みると困難かもしれませんが、薬価の決め方に柔軟性も保ちながら、かつ、開発した企業の利益を考慮し、得られた利益から次の医薬品開発につなげていけるようなやり方が良いと考えます。

パネルディスカッションの様子

最後に

本日は、患者さんやそのご家族の暮らしを中心に、どのような治療が必要なのかを踏まえ、そのソリューションの一つとして医薬品を紹介いたしました。

COVID-19により、医療資源が限られていることや、先般の国際情勢の急速な変化に伴い、これまで当たり前であったものが実は当たり前ではないことが認識されています。このような状況下、医薬品の価値として本当に大事なものはなにか、また患者さんやそのご家族が望む豊かな日常のためにできることについて、今後さらなる議論に発展していくことを期待します。

(産業政策委員会 産業振興部会 清水 大三、飯田 耕士、玉富 一朗、小崎 昌昭、松田 拓朗

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