トピックス 「2022 ライフサイエンス知財フォーラム」を開催 —COVID-19パンデミックで見出されたイノベーションエコシステムの課題と解決に向けた展望—

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2022年2月18日に、製薬協主催、一般財団法人バイオインダストリー協会後援により、「COVID-19パンデミックで見出されたイノベーションエコシステムの課題と解決に向けた展望」と題し、「2022 ライフサイエンス知財フォーラム」を、オンライン形式にて開催しました。当日は、300名を超える参加者がありました。本稿では、講演内容およびパネルディスカッションの概要を報告します。

はじめに

2020年度に開催された当フォーラムにおいて、国産の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンの研究開発が、欧米企業の後塵を拝した現状から、平時からの感染症対策の推進が国家安全保障の観点からも必要との課題認識が提示されたことを受け、2021年度は、ワクチンのみならず、医薬品への応用が期待されるmRNA創薬の現状とその可能性、日本におけるワクチン開発に係る治験環境の整備に向けた取り組み、ワクチン研究開発支援のための国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の取り組み、およびCOVID-19感染症対策に向けた製薬業界における知財面からの取り組みについて、産学官を代表する登壇者より講演がありました。その後、登壇者を交えたパネルディスカッションでは、mRNA創薬の特許保護に向けた課題、創薬ベンチャー支援への期待、ワクチンの生産開発体制強化のための産学官連携の課題とその解決に向けた期待、パンデミック等の緊急時における知財マネジメントや経済安全保障と国際協力について、活発な議論が行われました。

mRNA 創薬:ワクチン・医薬品への新展開

東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 生体材料機能医学分野 教授 位髙 啓史 氏             

本日は、mRNAワクチン・創薬の全体像をお話しして、自身の研究成果もご紹介したいと思います。mRNAは「情報伝達分子」であり、原理的にはどのようなタンパク質でも作れ、ゲノムに挿入されないので安全性の懸念も小さいことが特徴です。mRNAワクチンのパイプラインは、COVID-19ワクチンが主流ですが、他の感染症ワクチン含め多くの開発が行われています。

歴史的な経緯としては、1990年に動物の体内に遺伝子を投与してタンパク質を産生させる最初の報告がありました。しかし、mRNAは不安定であり、かつ自然免疫機構による強い免疫反応を誘導することから研究は進みませんでした。

東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 生体材料機能医学分野 教授 位髙 啓史 氏

重要なブレークスルーの一つは、シュードウリジンを含むRNAを使うことで免疫反応が抑制されるという、2005年のカリコ・カタリン先生の発見にあります。その後、核酸修飾の改良が進んでいますが、標的細胞、発現タンパク質、および投与方法(formulation)のすべてについて、核酸修飾条件が異なり、個別に最適化する必要があります。一方、mRNAそのものは公知の天然物なので、物質特許は取得できません。修飾核酸の特許を取得することは可能ですが、誰もが必ず使う基本特許を取得することは困難です。

mRNA医薬にとって、もう1つ重要なのがドラッグ・デリバリー・システム(DDS)です。脂質ナノ粒子(LNP)による核酸DDSの研究が古くから行われており、コロナウイルスワクチンでは、ほぼLNPが用いられています。その理由は、高い発現効率に加えて、免疫誘導能(アジュバント効果)を有することにあります。一方、ワクチンの副反応の原因もLNPにありますが、各社の成分が非開示であるため、サイエンスの議論が難しいという問題があります。脂質を使わず合成高分子を利用するポリマー粒子の技術もあり、われわれはそれを開発しています。

また、コロナウイルスに対するmRNAワクチンの重要なポイントは、液性免疫と細胞性免疫の両方を同時に誘導し得る点にあります。

コロナウイルスをはじめとして、1980年以降に80個以上の新しいウイルス感染症が発生しています。ところが、ワクチン開発に至ったのはたった3例です。個々の地域感染症はマーケットが小さく、ワクチン開発は製薬企業にとって採算が取れない面があります。しかし、mRNAワクチンは、配列を取り換えるだけで、迅速かつ低コストでワクチン開発が行えることから、1つずつが小さくても大きなマーケットになり得るのではないでしょうか。

もう1つ重要なのが、がん免疫療法です。がん細胞独自の遺伝子変異によるネオ抗原を標的にワクチンを作る例が挙げられます。一人ひとりの患者さんから、がん細胞を採取し、抗原設計を行うことが、mRNAなら可能となるでしょう。

現在のmRNAワクチンは筋肉注射されますが、その理由の一つは、筋肉ではmRNAからのタンパク質発現が高く得られるからです。ただ今後の技術開発により、筋肉以外への投与が可能となる可能性もあり、現在研究が行われています。

治療用のmRNAは、論文レベルでは多くの報告がなされていますが、まだまだこれからの分野です。ここで、われわれの研究グループの研究成果をご紹介します。

1つ目は軟骨誘導性転写因子(RUNX1)のmRNAを関節に投与する試みです。合成高分子ナノキャリアを使って変形性関節症モデルマウスにRUNX1のmRNAを投与し、薄く広く軟骨組織にmRNAを取り込ませて、軟骨変性を抑制する治療効果を得ることに成功しました。このプロジェクトは、AMED資金で2023年度に臨床試験を始めるべく、東京医科歯科大学・東京大学を含め、ベンチャー企業と一緒に進めているところです。

2つ目は脳の事例で、研究段階ですが、虚血性脳疾患に対する神経保護療法を目指しています。脳血管を遮断するモデルマウスを作り、脳由来神経栄養因子(BDNF)をコードするmRNAを投与したところ、脳梗塞(虚血)直後ではなく、2日目に投与することで、大きな効果が得られました。mRNAがアストロサイトに特異的に取り込まれ、神経細胞周囲にBDNFが分泌されることにより、神経細胞保護に働く微小環境が、一過性に形成されたことによるものと考えています。このようなメカニズムによる治療は、タンパク質での投与では不可能で、mRNAを用いることによって、同じタンパク質を用いるとしても、異なる作用機序に基づく治療・創薬につながる可能性があります。このプロジェクトについては、アクセリード社と共同研究を開始しており、mRNAを開発するArcturus社との共同研究へ展開する予定です。

「mRNAはほとんどすべての病気に適用があり得る」「我々は教科書を書き換えてゆく」というモデルナの言葉は、私も大いに共感するところです。mRNA創薬では、3つの要素技術、すなわち(1)mRNA分子、(2)DDS、(3)mRNAの「情報(なにを投与してなにを治すか)」のすべてが等しく重要です。特にmRNAの「情報」の部分、どのような細胞に対して、どのようなタンパク質を投与するかを、いかに特許化していくかが、mRNA創薬においては重要なポイントになると思います。mRNAを大量に製造する技術もまだ確立しておらず、これは経済安全保障的観点からも重要な点です。mRNAの研究は、さまざまな分野の融合があってはじめて成り立っています。最後に共同研究者のみなさんに感謝申し上げます。

我が国のワクチン開発に係る治験環境の整備の取り組みについて

厚生労働省 医政局 研究開発振興課 治験推進室長 野村 由美子 氏                    

国が取り組んでいるワクチン開発の取り組みに加えて治験推進についてご説明いたします。

ワクチン早期実現における厚生労働省の取り組みとして、ワクチン開発「加速並行プラン」を推進し、特に企業側での負担となり得る研究および生産体制については2020年度に迅速な第二次補正予算を措置し、開発活動を支援してまいりました。製造設備の支援については基金を設置し、ワクチンの早期実用化に向けて取り組みました。また、ワクチンの早期実用化のための体制整備として、上記に加えて注射器・針等ワクチン接種体制の確保、加えてワクチン供給のシステム等への費用確保も行いました。

厚生労働省 医政局 研究開発振興課 治験推進室長 野村 由美子 氏

さらに、米国では国立衛生研究所(NIH)等の国立機関を主導として治験が行われていますが、日本でも企業が実施する臨床試験の支援も行い、ワクチンの国内生産・確保が重要であるという意識のもと、ワクチンの大規模臨床に向けて第三次補正予算を措置しました。

ワクチン開発・生産体制強化戦略が出てきた経緯としては、日本で開発されたワクチンを国内生産させることができなかったことが課題となっており、政府として不足な点や改善点について議論を行い、施策とともに取りまとめられたものです。

特に治験に関しては、コロナ拡大の急激な環境変化の中で大規模治験を速やかに立ち上げる対応が十分ではなかったと認識していることから、ワクチン開発における治験環境の整備・拡充について、短期的/中長期的な視点で取り組んでおります。

短期的な対応としては、ワクチン開発を迅速に進めている企業・アカデミアへの支援として、ニーズを踏まえたうえで、たとえば医療機関としての臨床研究中核病院※1や関連病院等への治験参加や医薬品開発業務受託機関(Contract Research Organization、CRO)の活用等を検討しております。

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    臨床研究中核病院:日本発革新的医薬品の開発を推進するため、国際水準の臨床研究等の中心的な役割を担う医療機関として2021年4月までに14病院を承認

中長期的な対応としては、ポストコロナとして平時の国内での体制作りを目指すべく、前述しました臨床研究中核病院等の開発拠点での人材育成を行う必要があると考えております。また、大規模臨床に備え、海外との協力、特に、COVID-19に限らず、アジア地域における臨床研究・治験ネットワーク拠点を築いてまいりました。

コロナウイルス関連でのさまざまな対応について、たとえば迅速かつ柔軟な治験審査委員会(IRB)審査を行うための整備、COVID-19の治療薬に限らずコロナ禍における治験実施に関するQ&A、COVID-19の患者さんの治験参加に関するルールの整備等に取り組んでまいりました。

最後になりますが、これからも臨床研究中核病院を活用した治験推進、さらなるネットワーク構築の支援を行ってまいります。

AMEDの研究開発支援について —ワクチン研究開発支援のためのAMEDの取組—

国立研究開発法人日本医療研究開発機構 実用化推進部 部長 塩見 篤史 氏                

新型コロナウイルス感染症対策に係る研究開発等の支援状況をご説明したいと思います。2019年度から2021年度までに補正予算等で1507億円がAMEDに配分されています。主な事業としては、治療薬・ワクチン開発では新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業やワクチン開発推進事業において、診断法・機器・システム開発ではウイルス等感染症対策技術開発事業において、多くの課題に取り組んでいるところでございます。支援した課題総数は400課題であり、その約5割が継続中になってございますが、コロナ禍で行動制限されている中、いち早く成果が出るようご尽力いただいているところでございます。

国立研究開発法人日本医療研究開発機構 実用化推進部 部長 塩見 篤史 氏

分野別の研究開発フェーズは、流行初期のころは、ドラッグ・リポジショニングや、既存の検査機器を用いた迅速検査等の課題に取り組み、さらにワクチン開発等、すぐに成果が求められる課題を重点的に進める必要がありましたので、治験や臨床試験等の出口寄りの研究開発に取り組んでいただきました。

その後、基礎研究や応用研究の比率が高くなってきていますが、新たな感染症の流行に備えて、平時から着実に準備をしていく必要があると感じたところでございます。

続いて治療薬の開発状況でございます。新型コロナウイルスの流行初期の頃は、迅速に治療薬を創出する観点から、ドラッグ・リポジショニングによる研究開発を中心に支援し、複数の課題において臨床試験実施中です。

ワクチンの開発については、基礎研究から非臨床・臨床試験まで一貫した支援を実施しており、組換えタンパクワクチン、mRNAやDNAワクチン等、多様なモダリティのワクチンを支援させていただいております。

引き続き新型コロナウイルス対策について成果の最大化を目指して取り組んでまいりますし、新たな変異株や今後の新たな感染症の流行に備えていく必要があると考えております。2021年6月に閣議決定されました「ワクチン開発・生産体制強化戦略」では、背景と要因、ワクチンの迅速な開発・供給を可能にする体制の構築のために必要な政策等についてまとめられています。これらの政策の一つとして、戦略性をもった研究費のファンディング機能の強化に関連して、AMEDに先進的研究開発戦略センター(SCARDA)を設置したうえで、平時から緊急時を見据えた研究開発を推進していくための方策を検討し、基礎から実用化までの研究開発をしっかりと進めていくことが決められており、現在SCARDAの詳細な機能等について関係省庁と議論を進めております。

最後に、ベンチャーの支援について、創薬の研究開発は開発期間が長く、成功率が低い、ハイリスクハイリターンで、事業化の難易度が高い分野でございます。特に、臨床試験のフェーズ1やフェーズ2になると、大型資金が必要となってまいります。エコシステムの底上げにはいろいろな面からの支援が必要ですが、本事業では、この大規模な開発資金の供給不足の解消に向けて、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のSTS事業(シード期の研究開発型タートアップに対する事業化支援)等を参考に、認定ベンチャーキャピタル(VC)の目利き力、ハンズオン能力を活用した事業の立ち上げを検討しております。

COVID-19感染における製薬業界の知財面からの取り組み

製薬協 知的財産委員会 石田 洋平 委員長                               

本日はCOVID-19感染における製薬業界の取り組みについて、知的財産面を中心にお話をさせていただきます。製薬産業における知的財産の特徴としては、有効成分をカバーする物質特許、適応症をカバーする用途特許等、少数の特許が重要な役割を占めており、1つの製品に対して、数多くの特許が存在する自動車や家電等、他の分野の状況とは異なっています。また、医薬品開発においては長期にわたる開発期間と多額の先行投資が必要とされ、それを製品が発売されてから回収しており、延長制度を含めた特許制度と薬事保護制度が非常に重要になります。

製薬協 知的財産委員会 石田 洋平 委員長

COVID-19の感染爆発から短期間のうちにワクチンが開発・供給されましたが、その背景には、長年にわたる知財をベースとした研究開発の継続がありました。ワクチン製造能力の拡大により、2021年末までに約120億回分のワクチンが供給され、2022年6月までには約240億回分のワクチンが供給されると予測されています。そして、このワクチン開発・製造・供給にあたって、これまでに例を見ないほど、短期間に数多くのアライアンスが進んでいます。短期間でワクチンが開発され素早く提供できたのは、知財をベースとしたアライアンスが進んだためであり、ワクチン開発・供給において知財は障害とはなっておらず、ワクチン供給の課題は、公平な分配、供給システム、ワクチン忌避等、別の要因が影響していると考えられます。

COVID-19をめぐる知財動向としては、知的所有権の側面に関する協定(TRIPS)協定に関する議論において、2020年以降、知財の取り扱いについて南アフリカ・インド提案、米国声明、そして欧州連合(EU)提案がありましたが、COVID-19の影響による世界貿易機関(WTO)閣僚会議の延期等があり議論は進んでいません。また、TRIPS協定は条件付きで強制実施権を認めておりますが、ブラジルでは強制実施権改正法案が提出されるなど、今後の運用を注視していくべき動きもあります。その他の国際社会の動きとして、2021年6月のG7の共同声明、およびG7カービスベイ保健宣言が挙げられます。

COVID-19に対する製薬産業の取り組みとしては、国際的な動きに協調し、国際製薬団体連合会(IFPMA)を中心に「COVID-19ワクチン供給の公平性を早急に向上させるための5つのステップ」が、2021年5月に発表され、ワクチンの生産・公平な分配に向けて製薬産業がコミットすること、各国ステークホルダーに求めること等がまとめられています。現在、多くの製薬企業が、COVID-19対応のため、アライアンスを積極的に実施し、共同研究開発パートナーと必要な知識、知的財産、そしてデータを積極的に共有しています。日本でもさまざまなワクチン開発が継続され、また、世界では既存の医薬品特許プール(Medicines Patent Pool、MPP)の枠組みを通じて、低中所得国に低分子治療薬の製造供給を拡大していく新しい取り組みも進んでいます。

製薬会社の重要な使命の一つは、新たなイノベーションに基づいて、医薬品・ワクチン等を提供し、人々の健康な生活に貢献することにあります。知的財産はそのようなイノベーションを生み出す源泉の一つであり、研究開発の重要なインセンティブです。それぞれの知的財産に基づいて、多くのステークホルダーと協業して研究開発を行うことで、よりスピード感をもって、さまざまなイノベーションを生み出し、新たな医薬品・ワクチン等を提供することが可能になると考えています。

将来のパンデミックへの迅速な対応を可能にするには、平時からの感染症対策の推進が重要であると考えられます。そのうえで、パンデミック時には、知的財産制度を基盤とした自主的で迅速なアライアンスを推進し、さらに生産拡大に対してはCOVAX※2やMPP等の既存の枠組みを活用することにより、ワクチン、治療薬等を公平に供給できる環境を整備する必要があると考えられます。そして今後は、「創薬エコシステム」と呼ばれる産官学の協業によるイノベーション創出の取り組みをいっそう進めていくことにより、製薬業界として、知的財産制度のもと、今後もワクチンや治療薬が開発され人々の健康な生活に貢献できるよう取り組んでまいります。

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    COVID-19ワクチンを、複数国で共同購入し、公平に分配するための国際的な枠組み。

■パネルディスカッション

COVID-19を含むパンデミック対応策における知財権の取り扱い方

モデレーター 明治大学専門職大学院法務研究科(法科大学院)教授 高倉 成男
パネリスト 位髙 啓史 氏、野村 由美子 氏、塩見 篤史 氏、石田 洋平 氏                                  

パンデミックにおける知財の役割についてパネルディスカッションを行いました。パンデミック時は政府支援が大きくなり、通常時の医薬のビジネスモデルとは異なりますが、その際に、「知財の重要性にも変化があるのか」をメインテーマとして議論が行われました。また、mRNA技術の新たな展開の可能性とそのための知財戦略、ベンチャー創出と知財の関係等にも議論が展開されました。

緊急時における知財マネジメント、特許権行使とワクチン供給

モデレーター 明治大学専門職大学院法務研究科(法科大学院)教授 高倉 成男 氏 モデレーター 高倉 成男 氏
  1. 緊急時のワクチン生産では、多額の政府援助が活用されているため、企業にとって特許による投資回収の重要性は減少するのではないか、つまり平常時と緊急時の特許の考え方は、その資金源が変化するため異なるのではないか、という疑問が生じます。しかし、生産準備において膨大な先行投資が必要となるため、企業としては知財権による保護なしに、思い切った意思決定はできません。製造のアライアンスにおいても、知財権が存在することで、先方を信頼して製造ノウハウの移管が実現します。企業としては知財の価値は変わらず重要です。
  2. 特許は投資回収のみが目的ではなく、新しい技術開発の促進やアライアンス構築等に必要なものであることを、一般の人々にも説明して理解を得ることが大事です。米国では、政府の公的資金のもとで開発された医療関連技術には、特許は必要ないという乱暴な意見もありますので、産業界側からも国民やマスコミに特許の重要性をしっかりと伝えることが重要です。
  3. 米国ではワクチン関連知財の権利不行使を宣言する等、特許がワクチン普及の妨げになっているかのような動きがあります。一方で、ワクチンの生産量は急激に増加しており、知財が障害になっているとすれば、このような生産量の拡大はあり得ません。ワクチンはバイオ製品であるため、特許よりも製造技術やその他のノウハウ等、生産技術上の課題のほうが多く存在し、これをクリアして生産を拡大するためには、むしろ特許に基づく技術移転やアライアンスが必要となります。
  4. ワクチンを共同購入して途上国に供給するCOVAXの活動を加速していくために、産業界として取り組むべきことは、アライアンスを活用した技術移管によって製造可能な拠点を増やすことではないかと考えます。ただし、ワクチン製造は高度な生産技術が求められるため、製造できる場所は限られています。製造可能な国々と協力しながら、中低所得国に供給できるような体制を作ることが方策の一つです。

mRNAと特許の関係

mRNA自体は天然に存在するものであり、特許権で保護できるものではありません。一方、デリバリー技術や修飾核酸に関するさまざまな技術が存在し、それらに関する特許が多数存在しています。

COVID-19ワクチンの場合、すでにSARS等のワクチン開発の経験で、スパイクタンパク質を標的にすることの有用性がわかっていたことが、早期開発成功の要因であると言われています。それを鑑みると、ワクチンに利用されるタンパク質等の「情報」が重要なポイントとなり、そこに特許化される要素があると考えられます。それをもっている会社は、強い競争力をもつことになると思います。

mRNAの基本技術は一般的になっていきます。そうすると、基本技術自体で事業性を確保することは難しくなります。しかし、デリバリー技術等は、個別最適化が必要であり、その技術は特許化が可能です。また、どのようなタンパクを発現させるかがポイントになりますし、そこには無限大の可能性があります。

これまでのmRNA技術を見てみると、企業側はmRNAの基本技術については、アカデミアの技術のライセンスを受け、一方で、デリバリー技術等で最適化を行い、その技術を特許化し、それらを組み合わせることにより、全体を保護しているのではないかと考えられます。

mRNA創薬は多くの技術の集まりなので、単独のバイオベンチャーが、mRNA生産、DDS、その応用にかかわる情報のすべてを1社でカバーするのは通常困難です。特に最後の情報は医学研究・医療現場にありますので、創薬においては、バイオベンチャーと医学の協業が特に重要と考えられます。

mRNA技術の応用の際、新規性や進歩性に課題が発生し、特許化が困難な場合もあります。事業化に際しては、特許権が重要となるので困ります。アカデミア発の技術を発展させていくためには、より柔軟に特許化できる制度も重要になるのではないでしょうか。

ベンチャー創出支援

COVID-19では欧米ベンチャーの活躍が目立っていました。一方で、日本では創薬ベンチャーが活性化していない状況にあります。米国等は投資額も大きく、ベンチャーが育つ環境が整備されています。今般の官主導によるベンチャー支援の施策に大いに期待しています。ぜひ日本でもベンチャー育成の土壌を作っていただきたいと思います。

AMEDの今般の支援策は、認定VCが有する創薬に特化したハンズオン支援能力等を活かした支援策であり、これによりVCによる創薬ベンチャーへの投資拡大等を図るもので、既存の支援策との違いはそこにあります。

最近は企業とベンチャーの個別の関係ではなく、企業と大学との包括的なコラボレーションの話も聞かれます。企業側は、包括的なコラボレーションにより、さまざまな技術にアクセスできるメリットを感じているのではないかと想像します。

ベンチャーにおいて技術が醸成され、それが製薬企業で応用されるという、技術開発のエコシステムが、さらに発展することを期待したいと思います。

ワクチンの生産開発体制の強化のための産官学連携

ワクチン予防試験では、臨床研究中核病院の活用よりも、国や地方自治体が主導して健常人を集めるような方策が必要ではないかと考えられます。

先端的臨床試験として、初めて人に投与する場合は安全性リスクが高いため、臨床研究中核病院の活用はメリットがあります。ワクチン開発においては、CROや臨床薬理機関等、既存の枠組みの活用も考えられますが、多くの健常人を短期間にどのように集めるかということは、大きな課題です。

SCARDAでは、平時の研究を緊急時に活用するための研究開発戦略が必要で、そのためには先端技術情報を収集・分析するための専門家が必要であり、他の機関とも連携し情報収集できるネットワークを構築したいと考えています。

国の支援を伴う研究成果の取り扱い

AMEDは、委託事業における研究成果に係る知的財産権は受託者に帰属するという考え方を基本としています。委託契約には、国の要請に基づき公共の利益のために特に必要な時には無償で実施権を許諾する規定が設けられていますが、これまで要請されたことはありません。

ワクチン生産体制緊急整備資金は、すでに開発に成功した外国製ワクチンの国内生産だけでなく、現在開発中のワクチンの生産設備についても支援の対象になっています。ただし、一定期間内に、ある程度の開発めどが立っていることを示した詳細な開発計画の提出が求められます。委員会等では、それらを基に実現可能性を検討し、支援の可否を判断しています。

経済安全保障と国際協力

ワクチン分野では、日本よりも欧米企業が開発にチャレンジすることが多いですが、日本でも経済安全保障の観点からワクチン開発を進め、少なくとも国内でワクチンを生産できる体制を構築すべきという意見もあります。

国際協力のもとで、共同開発していくという考え方も必要ですが、厚生労働省の「医薬品産業ビジョン2021」に、経済安全保障の観点から、ワクチン・感染症治療薬や必須医薬品等は国内製造を可能にし、国民の安全を確保することが示されています。両面を追っていくことになると思います。

短期間で新しいワクチンを供給するためには、mRNAの活用が必要ではないでしょうか。国産という視点で経済安全保障を考えた場合、mRNAの設計よりも、mRNAを高品質で大量に製造できる技術開発が国内においても途上であるため、これにつながる素晴らしい技術シーズに関する研究開発をうまく進めることで、国際貢献をすることができると同時に、国内の生産・供給体制を整えることができるのではないでしょうか。

(知財フォーラム準備委員会)

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