政策研のページ デジタルセラピューティクス(DTx)の保険償還におけるアウトカム指標の考察 —欧米の最新動向を踏まえた多様な価値評価に向けて—

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進展するデジタル技術は、「治療中心」であった医療・ヘルスケアのあり方を「予防から予後に至るライフコース全体」へ拡大するとともに、より個別・層別化された関与へと変えつつあります。そのような変化の中、デジタル技術を活用した治療を提供するデジタルセラピューティクス(DTx)の医療展開が世界各国で進んでおり、日本においてもさまざまな製品の開発が進行しています。このような新たな技術に対する我が国の制度整備は、緒に就いたばかりですが、DTxの保険償還制度については、各所での議論により大きな進展を見せています。そこで、今回のニューズレターでは、欧米の最新動向を踏まえた日本のDTx保険償還の評価軸について、政策研ニュースNo.65で取り上げた内容をもとに紹介します※1。

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    医薬産業政策研究所「DTxの保険償還におけるアウトカム指標の考察 —欧米の最新動向を踏まえた多様な価値評価に向けて—」政策研ニュース No.65(2022年3月)

はじめに

2010年に血糖値管理アプリ(BlueStar:Welldoc社)が米国食品医薬品局(FDA)の薬事承認を取得して以降、世界各国で複数のDTxが登場しています。たとえば、米国では、すでに10を超えるDTxがFDAから認可/承認を受けており※2、ドイツでは審査継続の仮登録も含め、28の製品/適応での臨床利用が認められています※3。一方、日本では、2020年にCureApp社のニコチン依存症治療アプリが、本邦初のDTxとして薬事承認を取得し、保険収載されました※4。加えて、製薬企業の参入も増えており、さまざまな製品の開発が進行しています(表1)。

表1 日本国内のDTx開発における製薬企業の動向
表1 日本国内のDTx開発における製薬企業の動向
出所:各社プレスリリースの情報をもとに著者にて作成(2022年2月時点)

このように続々とDTxが登場しつつある中、我が国においてはそれらの医療展開を支える諸制度の整備・構築が急務となっています。特に、DTx開発の促進や開発企業の事業予見性等に大きくかかわる保険償還制度の整備は喫緊の課題です。2021年度に入り、中央社会保険医療協議会(中医協)において、令和4年度保険医療材料制度改革に向けた議論がなされ、「プログラム医療機器の評価について」の記載が組み込まれる一方、保険診療上の評価軸について、その特性を反映した有効性・安全性以外の価値も考慮していくことが明示されました※5。

そこで、本稿では、DTx認可/承認品目数の多い米国、ドイツに加え、医薬品等に対する多様な価値評価が進む英国に焦点をあて、各国のDTxの保険償還の現状とアウトカム指標から、我が国におけるDTxの保険償還の評価軸を考察しました。

各国の保険償還経路とアウトカム指標

1. 米国

米国の公的医療保険は、大きく分けて65歳以上の高齢者および障害者を対象とする「メディケア」と低所得者を対象とする「メディケイド」の2種類がありますが、米国国民の多くはその受給対象にはなく、民間医療保険を利用しています※6。これにより、事業予見性は日本と比べ複雑であり、どのようなビジネスプランを指向するか、また、そのために必要となるアウトカム指標はなにかを開発段階からイメージすることが重要です。

<公的医療保険による償還>

FDAでは、DTxを含むプログラム医療機器(SaMD)に対する新たな制度設計を精力的に進めていますが、公的医療保険との連携は十分に行われておらず、現状、患者さんが直接使用するDTxは給付カテゴリーの対象とはなっていません※7。しかしながら、デジタル技術の急速な浸透を背景に、DTxの公的医療保険による償還の議論が加速しています。

たとえば、2020年3月に米国議会上院でメンタルヘルス、物質使用障害のDTxをメディケアおよびメディケイドプログラムの適用とするための法案が提出されました※8。また、政府機関であるCenters for Medicare & Medicaid Services(CMS)は、2021年1月に、FDA BreakThrough Deviceの指定を受けた革新的医療技術に対して、4年間のメディケア適応を認める規則の最終案を発表しました※9。ただし、これらはいずれも成立しておらず、公的医療保険におけるDTxの償還制度はいまだ議論の途上にあると言えます。

<民間医療保険による償還>

いくつかの薬剤給付管理会社では、独自に「Digital Health Formulary」を作成し、DTxを含むデジタルヘルスの保険償還を体系的に進めています。これは既定のエビデンスが認められれば、SaMDに限らずNon-SaMDも対象としており、広くデジタルヘルスへのアクセス性を高めています。たとえば、Express Scripts社では、糖尿病等の疾患や介護者ケアを対象とした15のモバイルアプリケーションを含む「Evernorth Digital Health Formulary」を策定しています※10。また、CVS Health社では、「CVS Health Point Solutions Management」を策定し、12のデジタルソリューションを選定しています※11。

フォーミュラリーへの収載可否の判断にあたっては、製品の有効性・安全性にかかわる「臨床的効果」や「セキュリティ/プライバシー」「コスト」「ユーザーエクスペリエンス」が評価されています。

<多様なアウトカム指標の事例>

DTxに特徴的なアウトカム指標として、ユーザーエクスペリエンスに基づくユーザビリティがあります。たとえば、Express Scripts社では、ユーザビリティとして、使いやすさやトラッキング、データ同期、アクセシビリティを挙げており、専門家による検証を行っています※12。

また、米国でのデジタルヘルスフレームワークの構築に向け、ジョンズホプキンス大学が政府機関等に提唱する「Digital Health Scorecard※13」では、ユーザビリティの基準を、「さまざまな要件(視覚障害、運動障害、認知機能障害等)をもつ患者さんに対して、使いやすさや測定労力、入力負担等が許容されるものであること」としています。加えて、臨床現場でのデータ連携や負担等、医療従事者視点での期待も十分に反映するよう言及しています。

さらに、臨床経済的評価研究所(ICER)は、デジタルヘルスの費用対効果評価における指標として、医師および患者さんの経験に基づくユーザビリティや医師の生産性への影響、多様な患者集団および医療システムへの適用等を挙げており、これらに対する強固なエビデンスを準備すべきとしています※14。

2. ドイツ

ドイツでは、2019年12月にDigital Supply Act(DVG)が施行され、DiGA(ドイツ語でデジタルヘルスアプリの意)ディレクトリに登録されたDTx等を、公的医療保険を通じて利用できるようになりました(図1)。さらに、DVGに基づき導入されたファスト・トラック制度※15は、申請から登録可否判断までの速さ(申請から3ヵ月以内)やメーカーによる償還1年目の価格設定への関与等から、迅速な市場アクセス性や高い事業予見性を有す制度として世界の注目を集めています。

図1 ドイツ:薬事承認申請から保険償還までの経路
図1 ドイツ:薬事承認申請から保険償還までの経路
出所:The Fast-Track Process for Digital Health Applications(DiGA)according to Section 139e SGB V※15内の図に著者追記

DiGAディレクトリに登録されるためには、「安全性、機能性、品質(相互運用性等)、データ保護、データセキュリティ」の各要件に適合することが必要です。これらの要件を充足したうえで、臨床効果(ポジティブケア効果)に対する検証が行われます。ただし、臨床効果はDiGAディレクトリ申請時に必須ではなく、十分なエビデンスが取得できていない場合は、文献による評価や臨床効果の試験計画が認められれば、仮登録の形で保険償還されます。この場合、12ヵ月(最長24ヵ月)の間にリアルワールドデータ等を活用した効果の実証が必要です。

<多様なアウトカム指標の事例>

臨床効果は、「医療上の効果」と「患者さんに関連する構造およびプロセスの改善」に大別されます。両方の実証はDiGA登録に必須ではありませんが、保険償還価格の決定に有利に働くことがあるとされています※15。適応疾患や効果等の違いを考慮する必要はありますが、実際に「患者さんに関連する構造およびプロセスの改善」を検証した製品では、相対的に設定価格が高い傾向が認められました(表2)。

表2 ドイツDiGAの保険償還価格
表2 ドイツDiGAの保険償還価格
出所:DiGAディレクトリ※3を参考に著者作成(2022年2月3日閲覧)
注:ほとんどの製品の使用期間は90日間に設定

(1)医療上の効果

「医療上の効果」は臨床試験で実証される治療効果であり、健康状態やQOL改善、疾病期間の短縮等が検証されます。その多くは複数のランダム化比較試験により検証されていますが、連邦医薬品医療機器研究所(BfArM)は、リアルワールドデータを用いた後ろ向き研究による検証も認めています※15。

(2)患者さんに関連する構造およびプロセスの改善

患者さんに関連するDiGAの使用効果について、表3に示す評価項目が設定されており、患者さんや家族視点での多様な評価を行うことが目指されています。すでに、「アドヒアランス」や「ヘルスリテラシー」「患者さんの自立性」「日常生活における疾患関連の困難への対処」「患者さん・親族の治療関連の労力と負担軽減」に対するアウトカムが、実際の評価指標として活用されていました。具体的事例としては以下のようなものがあります。

  1. i.
    過敏性腸症候群の治療アプリCara Care(HiDoc Technologies社)※16
    ヘルスリテラシー(指標:HLS-EU-Q16)や労働生産性(指標:WPAI:IBS)
  2. ii.
    アルコール依存症の治療支援アプリvorvida(GAIA社)※17
    アルコール消費に対する自己効力感(自立性)の向上(指標:Alcohol Abstinence Self-Efficacy Scale)
  3. iii.
    広場恐怖症等の治療支援アプリvelibra(GAIA社)※18
    患者さんの心理的ストレスの効果的な軽減(指標:Brief Symptom Inventory)

表3 「患者さんに関連する構造およびプロセスの改善」に対するアウトカム事例
表3 「患者さんに関連する構造およびプロセスの改善」に対するアウトカム事例
出所:DiGAディレクトリ※3を参考に著者作成(2022年2月3日閲覧)

3. 英国

英国は、2018年に国立医療技術評価機構(NICE)が「Evidence standards framework for digital health technologies」を公開し、他国に先んじてデジタルヘルスの医療展開を図ってきました。この中では、デジタルヘルスの評価指標として、有効性や品質・セキュリティ、ユーザー満足度、平等性等といった「有効性基準」に加え、「経済効果の基準」を示しています※19。また、国民保健サービス(NHS)を所掌する保健省は、2021年1月に「A guide to good practice for digital and data-driven health technologies」を発出し、NHSがデジタル・データ駆動技術を導入するためのエビデンス要件(有効性や臨床安全性、使いやすさ、アクセシビリティ等)を示しています※20。英国でDTxの保険償還を目指す場合、開発企業はこれらの要件を開発戦略に組み込むことが推奨されます。

このように、公的機関から評価指標に関する文書が公開される一方、現状、DTxが全国レベルで保険償還を受けるための専用経路は存在せず、地域のNHSが保険償還の主要な役割を担っています※21。

<多様なアウトカム指標の事例>

NICEでは、市民や臨床専門家等により構成される独立委員会がエビデンスに基づくさまざまな文書を作成しており、デジタルヘルスを含む医療機器に対しては、「Medtech innovation briefings」として、その技術やエビデンス、予想されるコスト等について、見解やアドバイスを公開しています※22。本文書はNICEによる使用推奨を提供するものではありませんが、NHSや医療機関での当該技術の採用判断を支援する情報であることから、本文書を通じて、英国におけるユーザー視点のアウトカム指標を深掘りしたいと思います※23。

(1)患者さん・介護者視点でのアウトカム指標

携帯型の心房細動検出モニターおよび管理アプリからなるKardiaMobile(AliveCor社)では、不整脈が心房細動によるものか否かを迅速に確認でき、かつ医師等のケアチームと測定値を共有できるという患者さんの安心感がプラスの効果として挙げられています※24。

また、リアルタイム血糖モニタリングシステムであるDexcomG6(Dexcom社)では、英国糖尿病学会が、糖尿病の子供たちの両親や介護者が子供から離れている際に経験する糖尿病関連の不安を軽減することに潜在的利点があると述べています※25。

さらに、不眠症改善アプリであるSleepio(Big Health社)では、通院回数や治療までの待ち時間削減が利点として言及されています※26。

(2)医療従事者視点でのアウトカム指標

慢性閉塞性肺疾患(COPD)の管理アプリであるmyCOPD(my mhealth社)に対して、臨床専門家は、患者さんの教育に費やされる医療スタッフの時間を削減したり、患者さんの自己管理を促すことで診療や入院の必要性を削減できたりすることを利点に挙げています※27。また、うつ病の治療アプリであるSpace from Depression(Silvercloud Health社)においては、治療にかかるセラピストの対応時間を大幅に減らすこと(平均で約137分の短縮)をアウトカム指標の一つとしています※28※29。

我が国のDTx保険償還制度に関する考察

我が国の保険償還価格の検討において、医療機器業界は、DTxを含むプログラム医療機器に対する新たなアウトカム指標として、医療の質の均てん化にかかわる「社会的必要性」や医師等の生産性にかかわる「経済性・効率性」を提言しています。中医協での議論を経て、医療技術の均てん化や診療支援等に対する診療報酬上の位置付けが明確化されましたが、これらは、主に医療従事者の視点からのアウトカム指標と考えます。

では、その他のアウトカム指標はどうでしょうか。DTxは蓄積される患者さん情報を医療従事者が活用するのみならず、日常を通じて患者さん自らが利用し、介護者等も含めて自己の健康状態を共有・管理することで医療の高質化が期待されるツールと言えます。このようなDTxの特性を踏まえると、医療従事者視点のみならず、「多様なユーザー視点のアウトカム」も考慮すべきと考えます。また、DTxという新たなイノベーションを促進するために、多様なユーザー視点でのアウトカム指標が必要となっているからこそ、欧米でこのような指標を積極的に取り入れようとしている側面もあると考えます。

日本における評価軸については、DTxの特性や適応疾患等も踏まえた個別の検討が必要ですが、すでに利用実績のあるアウトカム指標を活用した多様な価値評価を実践し、迅速な制度検討を進めていくことが必要ではないでしょうか。たとえば、DTxの国内開発状況(表1)や各国のユーザー視点のアウトカム指標(表4)を考慮すると、精神疾患等に対する労働生産性の改善やヘルスリテラシーの向上、がん等に対する患者さん・家族の不安軽減等の価値を示せる可能性があります。また、医療従事者の負担についても、認知行動療法に基づく精神疾患治療での専門セラピストの人手不足の補完や、生活習慣病における患者さんの状態把握のための時間削減等が定量的に評価できると考えます。

表4 各国の保険償還に関連するユーザー視点でのアウトカム指標の例
表4 各国の保険償還に関連するユーザー視点でのアウトカム指標の例
出所:各国の情報をもとに著者作成
注:表内の太字は本調査で具体的事例が認められたアウトカム指標である。

一方、上記を進めるためには、医療従事者に加え、患者さんや家族、介護者等、幅広いユーザーの声を保険償還の評価に反映する仕組みの構築が必要です。

日本では、保険収載後の使用実績を踏まえ、臨床的有用性を再評価する「チャレンジ申請制度」がプログラム医療機器にも適用されます。多様なユーザー視点の価値を評価する場合、本制度の枠組みを活用し、臨床的有用性のみならず、収載後の一定期間においてリアルワールドで蓄積された多様な視点での価値も再評価の対象とされることが望ましいです。特にDTxの場合、ほかのデジタルツールとも連携し、患者さんや医療従事者等のアウトカムを広範に収集することが可能です。ただし、現状、事前の再評価計画や収集されたエビデンスの妥当性の議論に患者団体等は含まれていないことから、「ユーザー視点の価値」を適切に設定、評価するために、患者さん等の意見が反映される体制や制度の構築が必要と考えます。急速に進化するデジタル技術に対しては、現行のルールや枠組みを活かした迅速な制度整備が重要と言えます。

まとめ

この1年で我が国のDTx保険償還の議論が劇的に進んだことは、各ステークホルダーによる不断の努力の結果です。今後、保険償還制度をブラッシュアップする中で最も重要なことは、DTxの特性を踏まえた適切なアウトカム指標が評価項目として設定できること、および関係するステークホルダーによってそれらの価値が適切に評価できることと考えます。そのためには、国内外の事例や各国動向を踏まえながら、官民一体で個別のDTxに対する具体的なアウトカム指標や評価基準等を検討していくことが重要です。さらに、将来的なDTxのグローバル展開を考えると、各国共通のアウトカム指標の基準や定量化方法等について、国際調和のとれた規制整備への取り組みも考慮すべきでしょう。その際、医薬品において、ユーザー視点の開発や国際的な制度設計に関与し、多様な価値の検討も進める製薬産業が、これらの議論に参加する意義は大いにあると言えます。

今後、製薬産業も含めた多様なステークホルダーが協力し、議論がさらに進められることを期待します。

(医薬産業政策研究所 主任研究員 辻井 惇也


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