トピックス 「製薬協メディアフォーラム」を開催 ウィズコロナ時代のワクチン接種 ~パンデミックに学ぶ

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2021年12月22日、日本橋ライフサイエンスハブ(東京都中央区)において、「製薬協メディアフォーラム」を開催しました。今回は、「ウィズコロナ時代のワクチン接種 ~パンデミックに学ぶ」と題して、川崎医科大学小児科学教授の中野貴司氏より講演がありました。ワクチンが地球上の感染症撲滅にいかに貢献してきたか、そして現在のウィズコロナ時代にもつべき正しい知識について、詳しい解説がありました。当日は、会場およびWeb配信にて22名の記者が参加しました。

会場の様子

感染症を予防するための手段

ワクチンの予防接種により、人は免疫を得て、病原体への抵抗力を獲得します。かつて、麻疹(はしか)は、多くの人々が罹患する病気であり、アラブのことわざに「子どもの数を数えるのは、はしかが終わってからにしろ」とあるように、世界各地に、はしかにかかわる表現が残されています。しかし、今日ではワクチンによって予防することが可能となり、患者数・死亡者数ともに大きく減少しています(図1)。

川崎医科大学 小児科学教授 中野 貴司 氏 川崎医科大学 小児科学教授
中野 貴司 氏

図1 過去50年間の麻疹患者数と麻疹が死因として報告された死亡者数

最も成功した例は、ワクチンという呼称の由来ともなった、エドワード・ジェンナーによる天然痘に対する人類初のワクチンです。このワクチンの開発から時間はかかりましたが、1980年、世界保健機関(WHO)が天然痘の根絶を宣言しました。恐ろしい病原体の一つを地球上から消滅させることができたのです。その効果は、罹患した人の健康のみならず、周囲の人々による看護や病院の体制、地域社会が構築する検疫対策やサーベイランス等、多くの社会的費用の軽減効果をもたらしました。ワクチンの普及には、こうした大きな社会的価値が含まれるのです。

ポリオ根絶計画

2014年5月5日、WHOは、野生型ポリオウイルスの拡大は「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(Public Health Emergency of International Concern、PHEIC)」であると宣言しました。現在、新型コロナウイルス感染症もPHEICとされています。世界ポリオ根絶計画は、1988年に始まり、この時、中野氏はガーナにおいて、計画の遂行に尽力しました。当時、ポリオの常在国は世界125ヵ国、患者数は35万人に達していました。その後、1994年には南北アメリカ地域が、ポリオフリー宣言を行い、2000年には、西太平洋地域で根絶を宣言しました。2006年にはポリオ常在国4ヵ国、患者数1997人まで減少しました。しかし、その後、予防接種で使用される生ワクチン由来のワクチン株ポリオウイルスが発生し、中東・アフリカ地域におけるポリオ患者が再び増え始めています。また、こうした新たな変異ウイルスの登場だけではなく、紛争や治安の悪化による医療現場への影響もポリオ根絶計画を困難にしています。中には、ワクチンに対する否定的な考えから、ポリオ対策に従事する保健医療スタッフが危害を被る事態も起きています。このように、世界ポリオ根絶計画は、「ウイルスとの闘い」という科学的な課題だけではなく、治安や格差等の社会的な問題もあり、依然として困難な道のりにあります(図2)。その意味では、天然痘が撲滅できたことは、実に幸運であったと言えるのかもしれません。

図2 ポリオ根絶の困難な道のり ~2つの要因

ワクチンの有効性の評価

次に、新型コロナウイルスに関する話に移ります。ワクチンの有効性の評価は、主に5つの指標で測られますが、中でも「発症予防」が最も一般的な指標です(図3)。この指標で、現在広く使用されているワクチンの有効性を見ると、いずれも高い発症予防効果を上げています。特に、イスラエルで行われた大規模調査では、発症予防効果が97%に達しています。この調査は、ワクチン接種後の数ヵ月以内に行われているため、その後の時間の経過とともに、有効性は低下している可能性はありますが、ワクチン接種者・非接種者の双方を大規模に調べたという点で、人類史上初めての調査ではないかと思われます。また、変異株に対する発症予防効果については、英国で行われた調査があります。デルタ株については、やや有効性が落ちるものの、依然として高い効果を上げていることがわかります。オミクロン株については、まだ注目すべき調査が得られていませんが、ワクチンの効果が減弱する可能性があると指摘されています。なぜなら、オミクロン株は、現在のワクチンがターゲットとしているスパイクタンパクにおいて、多くの箇所に遺伝子変異を有するためです。現時点では、試験管でのデータであるため、今後の調査が待たれるところです。

図3 ワクチンの有効性の評価

集団免疫効果への期待

ワクチンには、罹患した人の発症や重症化を防ぐ効果のほかに、重要なこととして「集団免疫効果」があります。ワクチン接種により、免疫を有する人を増やすことで、感染伝播をブロックし、それにより、ワクチンを接種できない人を守る効果です。残念ながら、何%の人が接種すれば集団免疫効果が得られるのかは不明ですが、感染拡大に対する予防効果が期待できます(図4)。

図4 集団免疫効果への期待

ワクチンの接種率が高まる一方で、「接種したのに感染した」という話をよく聞くようになりました。これは、人口集団の中で罹患者数(感染者数)は減っているものの、ワクチン接種者が増加しているため、結果的に接種済みの人が感染する例が増えている、という現象です(図5)。そうした事例には、特に注目が集まるため、多く感じられるとも言えます。しかしながら、ワクチン接種者の増加により、感染者数は減っており、事実、第5波の際には、高齢者の感染増加は、ほかの年齢層よりも低く抑制されていました。

図5 ワクチン接種率と感染者数の関係

ワクチンの安全性

ワクチンの安全性や副反応については、さまざまな情報が飛びかっていますが、正しく理解することが大切です。重要なことは、その副反応がワクチン接種と因果関係があるか否かです。初期には、接種後に、くも膜下出血や、急性大動脈解離が起きたという話がありました。しかし、現時点では、ワクチンを接種した人が、接種していない人よりも、そうした症状を起こしやすいという知見はありません。また、日本において高齢者は、原因にかかわらず、1日あたり3650人に1人が救急搬送されており、約1万600人に1人が亡くなっています。ワクチン接種後24時間で救急搬送された場合でも、必ずしも原因がワクチンであるとは限らないのです。

各社のワクチンの第3相臨床試験においても、接種群と対照群では、重篤な有害事象の発生頻度に、ほとんど差異はありませんでした。ただし、これらの試験は2万人規模での試験であり、10万人に1人といったまれな事象は検知できていないとも言えます。たとえば、ウイルスベクターワクチンで、血栓症が起きやすいという情報がありました。これは、ワクチン接種の約10万~25万回に1回程度という報告がされています。これを踏まえて、現在日本では、ウイルスベクターワクチンは、40歳以上に限定されています。そのほか、心筋炎や心膜炎になるという情報もありました。これらの症状もワクチン接種にかかわらず10万人に1人とされるものですが、mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチン接種後に、ごくまれな例として報告されています。ただし、発症しても軽症の場合が多く、今のところ、ワクチン接種のメリットのほうが大きいと考えられています(図6)。いずれも、正しい情報に基づき判断し、正しい対応を行うことが大切です。

図6 新型コロナワクチンの安全性~今後の検討課題

Vaccine Hesitancy(ワクチンに対する忌避(きひ)・躊躇(ちゅうちょ)・拒否・ためらい)

接種後に起こる有害事象(Adverse Event Following Immunization、AEFI)は、ワクチン成分等に対する反応だけではなく、不安に関連する反応も見られます。WHOは、AEFIの原因を「予防接種ストレス関連反応(Immunization Stress-Related Responses、ISRR)」という概念として考えています。その心理的要因はさまざまで、過去の痛みの経験や、周囲からのネガティブ情報等にも影響を受けます。

日本においては、多くが「静かな大衆(Silent Majority)」として、正しい判断をされていますが、中には「ワクチン接種をためらう層(Vaccine Hesitancy)」も存在し、この人々は「なんとなく」という心理にあると思われます。さらに、医療従事者によるVaccine Hesitancyに関しては、注意が必要です。たとえば、製造過程で鶏卵を用いるワクチンに対して、「卵アレルギーがあるなら、やめておいたほうが良い」とアドバイスする医師もいますが、海外では、卵アレルギーはほとんど影響がないとされています。

子ども(5~11歳)への接種

子どもへの接種について、不安視される方々もいます。子どもの場合、感染しても症状が強く出ない場合も多くありますが、mRNAワクチンについては、成人同様の発症予防効果(90%台)が確認されています。副反応についても、成人と同程度とされており、接種部位の痛みが頻度としては最も高く、全身反応としては発熱も認められます。また、副反応のデータを子どもと成人で比較しても、子どものほうが頻度が高い、あるいは程度が強い、ということはありません。ただし、米国で子どもへの接種が承認された基となったデータは、まだ数千例でしかないので、まれな頻度で生じる重篤な副反応のリスクが感知されていない可能性はあります。したがって、海外でこれから集積されるデータを注視するとともに、国内でも、安全性のモニタリングを継続する必要があります。

子どもへの接種にあたっては、接種抗原量や濃度が成人製剤とは異なるので、接種現場において間違わないように、事前の情報共有が不可欠です。また、課題としては、個別接種を基本とするのか、学校等の集団接種も行うのか、議論が必要です。さらに、副反応を疑う症状に対して、子どもに対応できる救急体制が夜間や休日を含めて必要となります。子どもへの接種については、感染による重症化の可能性が低い中で、ワクチンによるリスクを取る必要があるのか、といった議論もあります。感染のリスクとワクチンの有用性のバランス(図7)を考え、さらなる議論が必要です。

その意味では、妊婦の接種については、「接種勧奨」の対象となっていたものの、なかなか接種が進んでいなかった中、千葉で起こった不幸な事例をきっかけに、一気に接種が広がりました。法律上での位置づけと、個人の受け止め方は異なります。結局は、各人がリスクと有用性の両方を自身で考えることが大切です。

図7 感染のリスクとワクチンの有用性のバランス

最後に

今回のメディアフォーラムは、新型コロナウイルスのオミクロン株が感染拡大を始めた時期に行われました。人類が最初に新型コロナウイルスに感染してから、すでに2年以上が経ち、さまざまな医学的な知見が蓄積されてきています。今回の講演を通じて、ワクチンの役割や効果について医学的な知見を正しくわかりやすく伝えることで、人々の不安を少しでも取り除き、自ら適切な判断ができるような情報発信の重要性を改めて認識することができました。

(広報委員会 メディアリレーション部会 藤井 郁乃

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