トップニュース 「製薬協会長記者会見」を開催 岡田安史新会長が所信表明

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2021年5月20日、ホテルメトロポリタンエドモント(東京都千代田区)にて、「製薬協会長記者会見」を開催しました。同会見では、同日に開かれた第260回製薬協総会で新しく選任された岡田安史会長から所信表明が行われるとともに、製薬業界が直面する厳しい課題と製薬協が今後注力していく取り組みについて語られ、岡田新会長のもと、製薬協は新たなスタートを切りました。今回の会見はWeb配信の形式であったものの、36名の報道関係者が参加し、活発な質疑が交わされ、製薬業界が向かう姿への高い関心がうかがえました。

会長就任にあたって

1. 製薬業界を取り巻く環境変化

現在、私たちを取り巻く環境ではさまざまな変化が急激に進行しており、製薬産業においても、市場や産業の構造、競争力の源泉、そしてビジネス活動の手段が大きく変化しています。これまでは、研究開発から販売に至るバリューチェーンすべてを1つの企業が内製化する「垂直統合型」が主流でしたが、複数の企業が各ステージを協働する「水平分業型」へと大きく変化を遂げつつあります。バリューチェーンの各ステージは、IT技術の進化等によって高度化、複雑化しており、それぞれの分野において、私たちにはない強みを有する企業、たとえばIT企業、データ/デジタル技術を扱う企業、創薬ベンチャーおよびアカデミア等の幅広いパートナーとの連携が極めて重要となっていると認識しています。

製薬企業の競争力についても、サイエンス力や営業力から、独立性の高いコーポレートガバナンス、人権、ダイバーシティならびに環境問題等のSDGsへの取り組み等、多様な要素が競争力の源泉となる変化にも留意しなくてはなりません。

グローバルに多様化、高度化するヘルスケア・ニーズを充足していくために、製薬産業は今まさに転換を求められています(図1)。

製薬協 岡田 安史 会長

図1 製薬産業をとりまく環境変化

2. 製薬業界の目指す姿

さまざまな環境変化が進行する中で、製薬業界として目指すべき姿は、新薬創出によりアンメット・メディカル・ニーズを充足し、国民の健康増進、健康寿命の延伸に貢献すること、そして日本の基幹産業として経済成長に貢献することだと考えます。

2000年から2019年にかけて、HIV・エイズ、慢性C型肝炎、そしてさまざまながん等、有効な薬剤の乏しかった疾患において、新薬創出が患者さんの満足度に大きく貢献しています。また、そのことが少なからず国民の平均寿命・健康寿命の延伸につながっています。厚生労働省が定めた「健康寿命延伸プラン」では、2040年の健康寿命を男女ともに75歳以上とすることを掲げており、製薬産業はこの目標達成に向けて引き続き中心的な役割を果たしていきたいと考えています。

現在、世界の医薬品の市場規模は126兆円に上り、産業分野別に見て、自動車、素材に次ぐ大きな市場であり、今後も安定的に成長していくことが予想されています。資源の乏しい日本において、よりいっそう国際競争力を強化し、世界という土俵で存在意義を高めることで日本経済を牽引していくことが、知識集約型産業であるわれわれ製薬産業に課された責務であると考えています。

3. 国家の安全保障政策に重要な戦略資産である医薬品

世界では米中間のデカップリングが熾烈を極めています。また、新型コロナウイルス感染症のパンデミックでは、ワクチン供給等をめぐり、世界各国が自国を優先する動きが出てきています。つまり、ワクチンや医薬品は、国家安全保障政策における戦略資産と捉えなくてはならず、こういった側面から製薬産業政策が議論されるべき時期に来ています。

研究開発型製薬産業の振興と製薬産業基盤構築に向けて

1. 日本の目指す製薬産業基盤の確立に向けて

新型コロナウイルス感染症の拡大では、日本のワクチン開発基盤の脆弱性が明らかとなりました。将来起こり得るパンデミックへの対応のみならず、今なお存在するアンメット・メディカル・ニーズを革新的新薬の創出によって充足し、国民の命と健康を守っていくためには、日本の創薬力強化が不可欠です。

そのためには、日本における製薬産業基盤の構築に向けて、ライフサイエンスクラスター、すなわちボストンのように起業家精神旺盛な人材が集い、最先端の研究を行うベンチャーが起業し、各種研究機関が集積する拠点を日本の中で形成することが必要です。

加えて、デジタルトランスフォーメーション(DX)推進のための、日本人のビッグデータ基盤の整備、そして生み出されたイノベーションを適切に評価する薬価制度の構築が必要であり、日本の中でこの3つを核とする製薬産業基盤、すなわちヘルスケア・エコシステムを構築していくことが大切です。

2. ライフサイエンスクラスターの形成

今や世界の新薬のシーズの多くは、ベンチャーやアカデミアが起源となっています。国別に見ると、低分子、抗体、核酸等のあらゆるモダリティで、米国における創出がほぼ半分を占めています。また、遺伝子治療分野では、中国も伸びてきています。世界の主要バイオクラスター都市ランキングにおいて、残念ながら日本の都市は上位20位に入っていません。米国が約半分を占め、アジアの都市としては、上海、北京およびシンガポールがランクインしています。日本において、国際競争力のあるライフサイエンスクラスターを形成、構築することは、一朝一夕に成し得ることではありませんが、国を挙げて取り組むべき重要課題であると認識しています。

ライフサイエンスクラスターの形成には、起業家精神が育まれるような教育システムへの変更が欠かせません。そしてなによりも、革新的なイノベーション創出に成功した際には、それまでのリスクに見合う適切な評価と知的財産の保護が必要です(図2)。ライフサイエンスクラスターにおいて製薬産業は、最先端の創薬技術、大規模な臨床試験実施や製造のノウハウを活かして、革新的新薬を患者さんへとお届けするため、中核的な役割を果たすことを目指します。

図2 ライフサイエンスクラスター形成

3. 産学官によるワクチンや治療薬開発の連携体制の構築に向けて

新型コロナウイルス感染症のワクチンについても、同様にベンチャーやアカデミアが起源でした。ワクチンを開発した欧米では、政府の強力なリーダーシップのもと、平時から産学官から成るワクチン開発基盤が整備・強化されてきました。残念ながら、平時からの備えの差が、今般の日本との差に表れたと考えています。この経験を踏まえ、将来のパンデミックに向けて平時から推進すべき対策について、製薬協は提言してまいりました。

米国政府は、今般の新型コロナウイルス感染症の拡大の中でも、パンデミックのはるか前から中国・武漢でなにが起きているかを情報収集し、政府主導で速やかなワクチン開発に着手しました。イスラエルでも、非常に早い時期から政府主導でワクチンの開発状況を徹底的に調査し、製薬企業と早期に供給契約を結んだことにより、国民への迅速なワクチン接種を実現しています。有事の際には、政府による情報収集とそれに基づく迅速な対応が不可欠であり、ワクチンおよび治療薬開発についても、平時の企業申請主義ではなく、政府主導のもと、産学官の力を結集し、それぞれの強みをもち寄って一丸となって取り組むという枠組みも必要だと考えます。

また、新型コロナウイルス感染症ワクチンの特許権放棄が世界中で議論されていますが、特許制度は、発明・発見の範囲を明らかにし、重複を避けて次なるイノベーションを効率的に促すシステムであり、企業のノウハウのように、未来永劫占有されることを防ぎ、一定期間で発明がパブリック・ドメインに帰すことを定めた、公平性を保つ制度です。イノベーションの重要性を掲げる者にとって、特許制度に対する制限や否定を是とすることはできません。これは産業だけの問題ではなく、アカデミアやスタートアップ等においても共通であり、特許制度はイノベーション活性化の大前提であると考えています。

4. デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進

パーソナルヘルスレコード(PHR)と呼ばれる国民の生活・行動データ、健診データからゲノムオミックスデータ等を含む健康医療ビッグデータの利活用は、革新的な新薬の創出につながることはもちろん、疾患の予知・予防、超早期発見および個別化医療を実現し、健康増進、QOLの向上、あるいは健康寿命の延伸によって日本国民を幸せにする力になると考えています(図3)。

図3 健康医療ビッグデータの利活用等により実現できる社会

製薬協では、このたびの新型コロナウイルス感染症のパンデミックを機に、デジタル技術の進歩が加速したことを踏まえ、2016年に発表した「製薬協 産業ビジョン2025」を見直し、追補版を2021年5月20日に公開しました。本追補版はこのビジョンの実現に向けた私たちの6つの取り組みと、デジタル技術がもたらす社会を国民のみなさんに十分理解いただけるよう、わかりやすい表現で作成いたしました。今後もこのビジョンの実現に取り組み、国民のみなさんが健康で長生きできる社会の実現に貢献していきます。

5. イノベーションの適切な評価

革新的な医薬品を次々と生み出す、魅力ある製薬産業基盤が日本に構築されるためには、イノベーションの成果が適切に評価される薬価制度が不可欠です。そして最も重要なことは、新薬の価値が適切に薬価に反映され、特許期間において適切な薬価水準が維持されることです。

6. 革新的新薬創出サイクルの継続

製薬産業は他産業と異なり、医薬品の特許期間の満了とともにその後発品に置き換わるため、特許期間中に開発に要した投資費用を回収することが非常に重要です。製薬企業は、開発に成功した場合の薬価の見込みや売り上げ予測を開発段階から長期的なレンジで検討し、開発意思を決定するため、ビジネスの予見性が非常に重要です。私たち製薬産業は、特許期間中の薬価が維持されることで、研究開発原資を早期に確保し、革新的な新薬を開発し続けるというサイクルを回し続けていきたいと考えています(図4)。

図4 革新的新薬創出サイクル

7. 日本市場の魅力の維持

世界の医薬品市場に占める日本のシェアは低下してきており、日本市場の重要性が相対的に薄れていくことは否めません。昨今、新薬創出加算の対象範囲の縮小や薬価の中間年改定といった、製薬企業のイノベーションに対する極めて厳しい制度改革が行われており、その結果としてドラッグ・ラグの再燃も懸念されるところです。日本市場の魅力を維持するためには、限られた財源の中にあってもイノベーション・フレンドリーな産業政策が必要です。特に、新薬の特許期間中の薬価維持はなによりも優先されると考えています。

世界に届ける創薬イノベーション

革新的なイノベーションを創出し、国民の健康寿命の延伸、また日本の経済成長に貢献していくために、製薬産業は不可欠で、大切な産業であることを国民のみなさんに理解いただき、絶大なる支援を受けられるよう、全力を尽くしてまいります。また、国民をはじめとした多くのステークホルダーのみなさんと積極的に議論を交わし、日本における国際競争力のあるライフサイエンスクラスター、ビッグデータ基盤、そしてイノベーションを適切に評価する薬価制度の構築に取り組んでまいります(図5)。

図5 世界に届ける創薬イノベーション

主な質疑応答

質疑応答の様子

Q1 今後の国産ワクチン開発について、医薬品開発協議会で提言される強化策の実現に向け、製薬協はどのような施策、枠組みを検討しているか?また、どのような考えをもっているか?

「ワクチン先進国」であった日本は、ワクチンの重篤な副作用に対する集団訴訟や予防接種法の改正といったさまざまな経緯をたどり、ワクチン開発基盤が後退しました。医薬品開発協議会で提言される強化策を実現するためには、平時から有事に対して備えておくことが重要だと考えています。次なる感染症のパンデミックでは、製薬産業は、政府の強力なリーダーシップのもとで産学官の力を結集し、一丸となって取り組むことができるよう備えていきます。

Q2 任期中に最優先で取り組む内容はなにか?また、日本製薬団体連合会(日薬連)の会長会社である第一三共と、製薬協の会長会社であるエーザイにおいて役割分担はあるか?

製薬企業を取り巻く環境変化として、産業構造の大きな変化とそれに伴う他産業との協働の波が起こっていることに対して、私たち自身の認識を改革します。また、患者さんのみならず、健康な一般生活者のみなさんにまで対象を拡大し、予防・先制医療等のソリューションを提供することにより、健康寿命の延伸に貢献していきます。また、今回の中間年改定が業界に大きな衝撃を与えたことを踏まえ、日薬連、製薬協の団体や企業が一丸となって取り組む必要性を感じています。国民のみなさんに、製薬産業が重要な産業であることを理解いただくよう働きかけていきます。

Q3 「製薬協 産業ビジョン2025 追補版」の主な変更点はなにか?

策定から5年が経過し、新型コロナウイルス感染症拡大による環境変化、特にDXの急速な進展を踏まえ、ビジョンの実現に向けた取り組みをDXにフォーカスし、患者さんとそのご家族にもわかりやすいバージョンも従来の版に加えて作成しました。

Q4 今後の日本のワクチン開発について、バイオテクノロジーの底力を向上させていく必要があると感じている。バイオテクノロジー向上につなげる対策や現状の力不足に対する危機感について教えてほしい。また、対策を実現するためにはなにをすべきと考えているか?

日本が低分子医薬品をはじめとしたいくつかの分野に強みをもつ一方で、バイオテクノロジーや最先端のモダリティの分野で遅れを取っていることは事実です。特に、新型コロナウイルス感染症に対する産学官一体の取り組みで遅れを来したことは非常に大きな問題であり、国家の安全保障における危機と捉える必要があると考えています。世界のワクチン市場は3~4兆円ほどと言われていますが、その9割が米国で、さらに市場のほとんどを4社の製薬企業が占めている状況であり、ビジネスとして日本のワクチン市場は厳しい環境にあります。そのため、政府をはじめ、産学官が連携した"チーム日本"での対応が迫られていると考えています。

Q5 産学官一体による対応の重要性を話されたが、個社でワクチン開発の技術をもっている企業は少ないことを踏まえると、政府の施策ありきのような印象を受けた。政府に並行して企業側からの働きかけも必要ではないか?その点についてどのような考えをおもちか?

製薬企業が、ワクチン開発を進めるために相当の投資額を要し、それを回収する必要があるというビジネスの側面を否定することはできませんが、国民の生命を委ねられている産業として、企業の枠を超えた取り組みが必要であると考えています。政府が提言する施策等に遅れることなく、企業側の対応も進めていきます。

Q6 日本の薬価制度には、医薬品の流通がかかわっていると認識している。医薬品卸会社の入札談合について製薬産業としてどのような見解をおもちか?

製薬企業は、実際の医薬品価格の調整に加わることができないことが前提であり、医薬品卸会社の入札談合に対し、製薬企業はコメントする立場にはないと考えています。一方で、自由市場原理によって薬価差が生じていることも事実であり、薬価制度や薬価差のみで現在の制度の良しあしを判断できるものではなく、診療報酬や医療制度も含めた全体での検討・調整が必要であると考えています。

Q7 健康寿命延伸に向けた取り組みの3本の柱について、ライフサイエンスクラスターの目指す姿は?

日本における製薬産業基盤構築につながるオープンイノベーションにおいては、日本人のデータを基にイノベーションが創出され、それがしっかり評価されることが必要です。今回の国産のワクチン開発の遅れを背景に、国家安全保障の課題解決や日本経済の成長を牽引するために、日本の中にオープンイノベーションの集積地となるライフサイエンスクラスターを形成していくことが大切だと考えています。そのためには、起業家精神をしっかりともった人材を育む教育システムの確立が重要であり、政府の支援に加えて、日本のヘルスケアを担う人材の育成にインセンティブが働くような仕組みが必要であると考えています。

Q8 DX関連のソリューションに対する価値評価のあり方は?バリューベースになると考えているか?

これまで製薬産業が対象としてきた患者さんの治療から、デジタル技術の進展に伴い、健康な一般生活者のみなさんにおける疾患発症前の健康管理や予防にまで、その範囲は拡大しています。こういったことが現行の社会保障制度の枠内にあたるか否かについては、今後議論がなされていくものと考えています。

Q9 健康寿命延伸に対する予防医療について、製薬協会員会社すべてが実施していくのか?難しいのではないか?

製薬企業の存在意義は、国民の健康を支え、健康増進に寄与することです。これは私が会長を拝命する以前より、製薬協が一貫して提示している目標であり、国民の健康増進に貢献することを尽力してまいります。

Q10 薬価の中間年改訂の範囲をめぐっては、製薬産業側からの要望が通らなかった経緯がある。イノベーション・フレンドリーを目指すうえで、今後どのようなアプローチを行っていくのか?

薬価の中間年改訂の範囲については、到底受け入れられるものではありませんが、決定された内容は事実として受け止めています。製薬産業には、医薬品の必要性および重要性を国民のみなさんに伝える責務があると考えており、今後、製薬産業が大切な産業であることを国民に理解いただき、支援を受けられるようしっかりと訴求していきます。

(広報委員会 メディアリレーション部会 岩田 尚之

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