トピックス 「2021 ライフサイエンス知財フォーラム」を開催 テーマは「COVID-19を含むパンデミック対応策における知財権の取り扱い方」

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2021年2月22日に、製薬協主催、一般財団法人バイオインダストリー協会後援により、「2021 ライフサイエンス知財フォーラム」をオンライン形式にて開催しました。COVID-19の感染拡大を受け、COVID-19に打ち勝つために必要なワクチン、診断薬、治療薬等のソリューションの開発に向けて診断薬・製薬業界に対する期待が高まる中、「COVID-19を含むパンデミック対応策における知財権の取り扱い方」と題し、こうした開発に必要なイノベーションを促進する知財の保護と、知財の利用や制限が前提となる可能性のある医薬アクセスとのバランスをどう図るのか議論しました。当日は300名を超える参加者を迎え、医薬品アクセスに対して知財の保護と制限のトレードオフの解決に向けた知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)等の枠組みや医薬品特許プール(The Medicines Patent Pool、MPP)等の国際連携を通じて図られた経緯やその法的意義、ワクチンや治療薬の開発をめぐる現状と課題や、COVID-19対応に向けられた日本政府や国際機関の取り組みが紹介され、イノベーションの促進と医薬アクセスのバランスをとるための提言等について活発な議論が行われました。本稿では、講演内容およびパネルディスカッションの概要を報告します。

パネルディスカッションの様子

講演(1) COVID-19と特許権の制限又は自発的取組み

北海道大学大学院法学研究科 教授 中山 一郎

COVID-19は世界的なパンデミックを引き起こしました。一方、グローバルでワクチン・治療薬の開発が活発に行われていますが、その次には、医薬品へのアクセスという課題が浮上してきます。論点の一つは、治療薬等が特許権の対象である場合に、特許権者の許諾なしに国が実施権を許諾する強制実施権のように特許権を制限する必要があるか、それとも特許権者の自発的取り組みにゆだねるべきか、という問題です。

公衆衛生と特許に関して想起されるのは、約20年前のエイズ薬問題です。当時、途上国におけるエイズの蔓延に対して、特許が安価な医薬品へのアクセスを妨げているとの批判が生じました。これに対して「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)と公衆衛生に関する宣言」(ドーハ宣言、2001年)では、TRIPS協定のもとで各国は感染症等の公衆衛生上の危機において強制実施権を許諾できるという同協定の柔軟性が確認されました。ドーハ宣言後、強制実施権の許諾例が増えましたが、その後は一段落しています。そして、医薬品特許プール(The Medicines Patent Pool、MPP)等、強制実施権以外のさまざまな取り組みも進み、途上国のエイズ薬の価格は大きく低下しました。これらによって、医薬品アクセス問題について一定の改善が図られたといえます。

さて、COVID-19パンデミックについて、医薬品アクセスと特許をどのように考えるべきでしょうか。2020年5月の世界保健機関(WHO)決議"COVID-19 response"には、自発的取り組みに基づく協力を謳うとともに、ドーハ宣言の「柔軟性」への言及があります。取り立てて問題にすることもないようにも見えますが、強制実施権の積極的利用を容認したものとの受け止め方があり、米国は、新薬開発インセンティブに悪影響を与えるとの意見表明をしています。このように強制実施権を志向する側と権利者の自発的取り組みを志向する側の攻防が見られます。

自発的取り組みを志向するアプローチとして、MPPのようなパテントプールがあります。また、新しい試みとしてプラットフォーム型があり、この例として、米国のIT企業が中心になって始めたOpen Covid Pledgeや、日本企業が中心になって始めた「知的財産に関する新型コロナウイルス感染症対策支援宣言」があります。これらは、COVID-19対策の行為について、参加企業の知的財産の簡便・迅速な利用を可能とするものです。

その他の動きとして、G7会議等でも話題となった「COVAX(COVID-19 Vaccine Global Access)ファシリティ」があり、ワクチンを共同購入して、途上国も含めて幅広く供給する仕組みです。同じ自発的取り組みといっても、医薬品業界にとっては、特許の無償利用より、COVAXのような特許製品の買上げのほうが受け入れやすいでしょう。

一方、強制実施権の実効性を考えてみますと、医薬品の場合、安全性と品質が要求されるため、ノウハウの提供なしに品質等を確保できるだろうか?また、新薬開発インセンティブに影響が出ないだろうか?という疑問が生じます。特に現状では、治療薬、ワクチン等の開発促進の優先順位が高く、新薬開発インセンティブの観点から強制実施権に頼るよりも自発的取り組みに期待すべきとも考えられます。他方、強制実施権には、自発的取り組みを促進し、私的交渉を促進し、合意形成を後押しする側面があります。また、先発の治療薬が第三者の特許権を侵害する可能性も否定できず、強制実施権は、その解決策の一つとなり得ます。そのため、あわせて強制実施権についても検討することは必要と考えます。

最後に提案です。あるアンケートから強制実施権制度についての課題が見えてきました。裁定請求は侵害の自白に等しい、行政庁の対価算定能力等への疑問です。

これらも含めた強制実施権制度の課題への対処として、仮に立法によるとすれば、米国型の政府使用が考えられます。政府使用は、ライセンスではないので許諾手続きや侵害自白問題を生じさせず、迅速に対応でき、特にパンデミックの際には有効です。また、特許権者には、行政ではなく司法(裁判所)の算定に基づく補償金支払があります。我が国においても検討の価値があると考えます。

講演(2) ワクチンの研究開発

製薬協 バイオ医薬品委員会 ワクチン実務委員会 福島 晃久 委員長

本日は一般的な医薬品とワクチンがどのような点で異なるのかを考えながら、理解を深めていきたいと思います。内容としては、ワクチン学の基本的な考え方、開発史、品質保証の考え方、現行ワクチンの製造の流れと国家検定について説明し、最後に多国間連携についても触れてみたいと思います。

まず、ワクチンをデザインするためには、どのような病原体・ウイルスかを知ることが必要ですが、通常その答えは自然界にあります。どのような感染ルートで、どのような感染を引き起こすのか、たとえば再感染、無症状感染があるか等です。自然界にワクチンのモデルとなる現象が存在するので、それを押さえることが重要です。そして、ヒトの免疫システムがどのように防御的に働くかも大切です。今回のコロナウイルスでは、中和抗体が重要な役割を果たしています。しかし、結核菌等抗体では防御できない病原体もあり、抗体と細胞性免疫のいずれが中心的な役割を果たすかという問題があります。また、ワクチンには公衆衛生上の意義があり、人から人へ感染するかどうかも重要です。これによってワクチンの性格も変わります。たとえば、日本の予防接種では、麻疹・風疹等のA類のワクチンは自己の感染予防のみではなく、集団予防の概念があてはまります。一方、肺炎球菌等のB類のワクチンは一義的にはあくまでも接種した本人を守るワクチンです。では新型コロナウイルスではどうなのか、これについては、今後検証されなければなりません。

さて、ワクチンの設計には、病原体由来の抗原として適切なものはなにか、アジュバント(免疫強化剤)の配合は必要か、適切な剤形はなにか、を検討する必要があります。今回開発されたmRNAワクチンは非常に分解されやすくデリバリーキャリア(担体)も重要です。

歴史的には、これまでワクチンの開発史においては主に6つのイノベーションがありました。まず、イギリスのジェンナーによる種痘法の考案、次に人工的に病原体を弱毒化させる生ワクチンの開発が挙げられます。1900年代に入ると、病原体の特定の成分だけを用いるジフテリアトキソイドワクチンが開発されました。その数年後には、免疫を増強するアラムアジュバントが生まれました。そして1980年代には、分子生物学的手法で組換えタンパク質が自由に作れるようになり、HBVワクチンが生まれました。そして、今話題の新型コロナウイルスで利用された核酸ワクチンは、1990年代から考案され、動物モデルで一定の効果を示していた技術です。以上のように、ワクチンは、生ワクチン、不活化ワクチン、トキソイド、コンポーネントワクチン、核酸ワクチンに分類されます。遺伝子からmRNAが転写され、タンパク質への翻訳を経て会合し病原体を構成するわけですが、いずれの段階で切り出してワクチンとするかという違いになります。このような技術革新には、知的財産権による保護が欠かせません。知財権があってイノベーションが加速され、パンデミックにも備えることができると言えます。

ここで、ワクチンにかかわる史実を3つご紹介します。まず1930年ドイツでワクチンにヒト型結核菌が混入したリューベックBCG事件がありますが、これは今であればGMP遵守により防止することができます。また1948年、ジフテリア毒素が混入していた京都ジフテリア事件がありますが、ロットの概念、すなわち母集団の均一性の保証の重要性を示しています。これはいわゆる一般的な医薬品とは異なる点です。3つ目の1955年米国ポリオワクチン事件は、不活化理論そのものに過ちがあり不十分であったことによります。この事件はダブルチェックの有用性を示しています。

このように、ワクチンの品質保証の重要性は、過去の不幸な事件により認識されてきました。原理原則は、全工程において変動を小さくすることです。そして、多数の健康者に使用されるため、十分な安全性および有効性・力価も担保されていなければなりません。しかしワクチンの特徴は、低分子医薬品に比べて、複雑で分子量が格段に大きい点にあり、品質管理も難しくなります。また、力価についても、ヒトで抗体をどれだけ誘導できるかは、in vitro試験ではわからず、in vivo試験が必要になります。したがって、煩雑かつ変動幅を考慮した規格が必要になります。たとえばインフルエンザワクチンでは、毎年2月頃、次年度の流行予想株がWHOから発表され、1人当たり1.5個程度必要な有精卵を大量に確保し、ウイルスを増やし、ワクチン製造を行うという流れになります。そして、ダブルチェックとして、一般医薬品にはない国家検定を受けることになります。

以上のように、ワクチンは有効期間が短いうえ、有精卵等の中でウイルスを培養する工程を要する等、製造に長時間を要し、かつ不足した場合に代替措置ができないという特徴がありますが、その開発には多大な投資を要します。

このようなグローバルヘルスとしてのワクチンの開発・普及にあたって、今COVAXファシリティ等、画期的な多国間の取り組みがなされております。シンプルに表すと、研究・開発、安定供給、そして各国の定期接種含めた予防接種制度のエコシステムをしっかりと形成し、予防接種で防げる疾病は予防しようという基本理念の実現に向けた取り組みが重要なのです。

講演(3) COVID-19感染症の対策における医薬品・ワクチン・診断薬関連の取組

厚生労働省 大臣官房国際課 課長補佐 大久保 貴之

COVID-19対策の医薬品やワクチンの国際情勢の動向を中心に紹介します。

国内の厚生労働省等の政府の取り組みとしては、相応の予算を配分・確保し、研究開発支援、ワクチン開発、ワクチン確保、ワクチン接種体制の構築、感染拡大防止体制の推進等に取り組んでいます。

国際的な動向としては、感染症流行対策イノベーション連合(Coalition for Epidemic Preparedness Innovations、CEPI)、GAVIアライアンス(Gavi, The Vaccine Alliance、Gavi)、COVAX、Access to COVID-19 Tools Accelerator(ACTアクセラレーター)とWHOでの動きを簡単に紹介します。

CEPIは、各国政府・国際機関・民間・市民社会が一丸となってワクチン開発を進めていく2017年発足の官民連携のパートナーシップで研究開発を行っており、Gaviワクチンアライアンスは、ワクチンを途上国、特に子どもたちに配布することを主眼に、予防接種体制整備とワクチンの買い上げ・供給を行っています。

COVAXファシリティは、Gavi、CEPIとWHOがともにワクチンを共同購入する仕組みを作ったものです。途上国支援のみではなく、中所得国・先進国が自らの資金を拠出し自国用にファシリティを通じて購入する枠組みも取り入れています。日本は2020年9月に加藤勝信前厚生労働大臣がサインし参加しました。自国分確保のために172億円を拠出し、途上国支援のために2億ドルの拠出を表明しています。

ACTアクセラレーターは、EUを中心に、日本他が共同して提案したものです。ワクチン、治療、診断、保健システムを柱として新型コロナウイルス感染症対策を推進する国際的枠組みです。COVAXファシリティはACTアクセラレーターのワクチンの柱に位置づけられています。

2020年のWHO総会では新型コロナウイルス感染症対策の決議が採択されましたが、決議には知財の文言が入り、OP4で公正なアクセスや配分を求め、併せてドーハ宣言について言及されています。生産拡大に向けた協働が大事だと言われる中で、特許の自発的なプールおよびライセンスのための既存メカニズム活用が含まれています。また決議案のWHO事務局長に対する要請の中にもやはりTRIPS協定が言及されております。

私見ではありますが、ワクチンや生物製剤は特許の強制ライセンスだけで本当に作れるのかという問題があり、過去のHIV/AIDSのときとは違った側面があるのではないか、COVID-19の抗体製剤にHIV/AIDS薬と同じような取り組みがどこまでできるのか、という論点はあろうかと考えます。今回はGaviを拡張するような形でのCOVAXファシリティという新たな取り組みもありますので、関係のみなさんには今後の動向を注視していただければと思います。

講演(4) 医薬パテントプールは医薬品アクセス問題の解決策となるか

杏林製薬 わたらせ創薬センター管理部長・弁理士 澤田 孝之

パテントプールが医薬品アクセスの点で機能するのか否かにつきまして、私見も含めて述べさせていただきます。

まずパテントプールの理解のため、その概要について、一番進んでいる情報通信分野を例にご紹介します。

情報通信分野においては、標準規格によるメーカー間の互換性が重要であり、これによって利便性が向上し、ユーザー数が増えて市場が拡大します。その結果、自社保有特許のみで製品を製造・販売することは難しくなり、一製品に対して複数の権利者が複数の必須特許を保有するという状態になります。このような状況から、パテントプールが発達してきました。すなわち個々の特許に許諾を求めるのは大変なので、許諾すべき特許群をプールして実施許諾することとしたのです。

プールの運営形態としては2つに大別され、(1)特許管理会社が許諾を受けて再実施許諾を行う場合と、(2)特許管理会社が契約代行する場合があります。後述するMPPは(1)の形態をとっていました。

また、パテントプールを考えるうえで、独占禁止法との関係も重要です。各国で事情は異なりますが、日本では競争制限的な条件があった場合に規制対象となることがガイドライン上記載されています。

もう1つの問題として、アウトサイダーおよびホールドアップ問題があります。アウトサイダーとは、必須特許を保有するがパテントプールに参加せず、個別交渉により権利者優位に実施許諾を行う場合です。ホールドアップとは、技術標準の議論に参加して標準特許となり得る特許を把握していながら、パテントプールに参加せず、実施企業に対して権利行使を行おうとする場合です。

上述のような、製品を製造するために多数の特許権が必要である情報通信分野に対して、低分子医薬品では少数の特許権が重要となり、互換性による市場拡大等も考えにくいことから、従来パテントプールはなじまないと考えられてきました。

一方、バイオ医薬品では、複数の技術が重なり合っており、状況が異なります。たとえば古典的な例として抗体医薬では複数の技術が重なりあって第三者の特許権の実施許諾が必要となり、情報通信分野のケースと類似していました。

そんな中ではありますが、当時弁理士会で調査を実施したところ、低分子医薬品のパテントプールであるMPPが存在していました。2010年にUnitaidという医薬品アクセスに取り組むファンドが設立したものです。設立当時はHIV薬のドラッグアクセスが南北問題となっており、なんらかの手当てが必要とされていたのです。

複数のHIV薬の併用療法が確立されつつあったころでしたが、TRIPS協定後に、各国で物質特許制度が整い、低価格のジェネリック品を使えなくなりました。そこで、複数のジェネリック医薬品(GE)メーカーに対して、イノベーターから許諾を受けたMPPが特許権を再実施許諾し、GE間の価格競争を促し、安価な医薬品を提供させる仕組みを作りました。

現在、MPPから3医薬品(HIV、C型肝炎、結核)についてライセンス提供されており、MPP側では2030年までにこの3つの疾患を撲滅する旨を提言しています。

しかし、MPP形式のパテントプールには、以下に挙げる問題点があると考えております。

すなわち、イノベーターの参加のインセンティブが希薄となることです。なぜなら、イノベーターとしては百数十ヵ国に提供することとなりますが、ライセンス料はごく一部の国からしか得られず、ドラッグアクセス問題への取り組みの一環ではあるものの、直接の利益に結び付きにくいからです。また、許諾の形式が再実施許諾であり、直接実施権者をコントロールすることができず、品質問題への対応ができない懸念があります。さらには、薬剤を広く大量に使用することにつながるため、薬剤に対する耐性誘発の可能性が広がる危険性もあり、医薬品自身の寿命を短縮してしまうおそれもあると考えられます。

またバイオ医薬品にパテントプールを拡大させた場合には、さらに違った問題、たとえばアウトサイダーやホールドアップ問題が生じるおそれがあります。加えて、バイオ医薬品はまったく同一のものを製造することはできず、「バイオシミラー」であるため、開発・製造コストは高額になり、作れる企業が限られてくるためMPP式の価格競争になじまないことが考えられますし、特許実施権の許諾のみでは実施が困難であるところ、特許権者の製造ノウハウ等の提供には大きなハードルがあると考えられます。

最後にパンデミック対応にパテントプールは有効であるかについてですが、パテントプールにより特許が開放されても迅速な供給体制構築が困難で、パンデミック対応にはそぐわない可能性があると考えられます。また、MPPがHIVで成功した理由、すなわち、低分子医薬品であったこと、および特許権のみが参入障壁であったことから、特許を開放することにより複数のGEが参入し価格競争が生じたことを考えると、長い開発期間・高コストを要するワクチンでは、特許の開放を行うことが成否にかかわらない可能性があると考えられます。

講演(5) COVID-19対応策における知的財産権の役割

製薬協 知的財産委員会 石田 洋平 委員長

医薬品産業における知的財産権の特徴としては、医薬品をカバーする知的財産権(特許・意匠・商標等)の中で、有効成分をカバーする物質特許、適応症をカバーする用途特許等、少数の特許が特に重要な役割を果たすことが挙げられます。

新薬の研究開発は、リード候補化合物の発見から開発候補品を見出し、臨床試験を経て承認取得まで10~17年という長い期間を要します。また、成功確率は約3万分の1と低く、1製品あたり数百億~1000億円以上の多大な研究コストがかかる中で、新薬の開発には大きなリスクが伴います。

現在、製薬業界は、COVID-19に対して世界中で前例のないスピードで、かつ、多種多様なアライアンスのもと、ワクチン・治療薬・診断薬の研究開発に取り組んでいます。また、Gavi、CEPI、COVAX等の国際的取り組みへの参画も進めています。その結果、COVID-19感染が拡大してから1年以内に、ファイザー/BioNTech、モデルナ、アストラゼネカ/オックスフォード大のワクチンが各国で承認され、投与が開始されています。

このような前例のないスピードでのワクチン開発は、これまでに培ってきた技術を背景に各社が積極的にイノベーションを共有して協業を進めることで可能となっています。その中では、産官学を通じたオープンイノベーションも積極的に活用されており、このような多面的なアライアンスに対して、知的財産が研究開発の妨げになるということはなく、むしろこれら前例のないスピードでの協業を促進するツールになっていると考えています。

製薬業界においては、特許制度は一定期間の独占を特許権者に認めることにより、将来医薬品が販売される際にその研究開発に要した費用回収の可能性を保証し、次の研究開発に投資するという、一連の長期かつ莫大なコストがかかる研究開発サイクルを支える重要な制度です。この特許制度のもとで製薬企業は多くの医薬品やワクチンを開発・提供し、人類の福祉に貢献してきました。

パンデミックのような非常事態に際しては、特許権も含めて既存の枠組みにとらわれない柔軟な対応が求められる場合もあると思われますが、そもそもCOVID-19の対応に特許権が障害となっている事例は認識されていません。特許の扱いについては、ワクチンや治療薬をできるだけ早く必要な人々に供給するためにも、当該特許に係る製品を取り扱っている各企業の裁量を広く認める一方で、官民パートナーシップ等のような企業の取り組みをサポートする仕組み(プッシュ・インセンティブ、プル・インセンティブ)が重要であると考えています。それぞれの知的財産に基づいて多くのステークホルダーと協業して研究開発を行うことで、よりスピード感をもってさまざまなイノベーションを生み出し、新たな医薬品・ワクチン等を提供することが可能となります。実際、COVID-19対応においては、多くの協業によって多種多様なワクチン・医薬品の開発が進められています。

経済的な理由により医薬品へのアクセスが限られている地域がありますが、その対応にはTRIPS条項の適用・自主的なライセンスを実施する等の対応が必要となる場合もあります。これまでも製薬会社は多くの自主的なライセンス活動を行っており、知的財産はそのような活動の原資でもあります。

製薬業界として、知的財産制度のもと、今後もワクチンや医薬品が開発され、人々の健康な生活に貢献できるよう取り組みたいと考えます。

パネルディスカッション COVID-19を含むパンデミック対応策における知財権の取り扱い方

モデレーター 明治大学専門職大学院法務研究科(法科大学院)教授 高倉 成男 氏
パネリスト 中山 一郎福島 晃久大久保 貴之澤田 孝之石田 洋平

COVID-19パンデミックの特異性

  • 医薬品の開発には長い年月と膨大な費用を要するため、知財、特許という権利で発明を保護することが重要です。一方、COVID-19禍の中で話題となったワクチンに対する強制実施権、COVAXといった動きへの企業の自主的な対応努力もますます大事なものとなっています。
  • COVID-19パンデミックにおいて、世界全体ではWHOを中心とした国際連携が大事で、日本国内では産官学の連携の重要性をあらためて認識させられました。
  • 研究開発の投資と期間についてもユニークでした。通常では3年かかるワクチン開発をCOVID-19では1年で導入に至っています。異例のスピードで展開できた背景にはどのようなものがあったのか興味があります。
  • 次の3つがあったと考えます。1つ目は、各国各社が、マルチ的に対応する技術ではなく、ある部分に特化したユニークな技術を発揮できたことが功を奏し、結果的にmRNAタイプと、ウイルスベクタータイプがCOVID-19ワクチンとして良かったということになりました。2つ目はスケールメリット。米国では数千億円規模の支援があり、規模の大きな所で集中的に短期間に開発が進められました。3つ目は、欧米では感染者、患者数が多く、臨床試験データの集積に有利であったことです。

日本の創薬研究開発体制に求められること

  • 感染者や患者数が低く抑えられた日本におけるワクチン開発の遅れはやむを得ない、という意見もありますが、次のパンデミックへの備えという点で日本の研究開発体制の見直しは急務と考えられます。
  • 品質保証と技術開発力の点では日本のワクチンメーカーは負けていないと自負します。あらゆる疾病対策に多方面のモダリティーを用意しておくことは大事で、日本ではそれを実行してきていますが、COVID-19ワクチンの研究開発の際に生じたさまざまな課題を踏まえて、次のパンデミックに備えた医薬品開発での平時からの取り組みと努力がますます大事と考えます。研究開発を加速し、効率的な生産と物流を工夫し、ワクチン接種までスムーズにつなぐ仕組みの構築も望まれます。
  • ワクチンをはじめ医薬品の安全保証の問題と、日本企業のとるべき選択肢、エコシステム(産官学の連携+医療現場)の強化の必要性、日本の研究開発のますますの強化策と安全保証の徹底についてご意見をお願いします。
  • 日本メーカーのワクチン開発に対する予算措置は日本政府としても積極的に講じたと考えていますが、ワクチン開発が欧米で急速に進んだため、日本メーカーによる国産ワクチンの完成を日本政府として待つという選択肢はなかったと考えます。その外国産ワクチンの有効性安全性については、日本国内でも治療を実施することにより、万全を期していると考えています。

ワクチン開発のエコシステム

  • SARSやMERSのようにワクチン無しでも沈静化したものもあります。ワクチン開発のエコシステムは市場原理だけではなく、感染症に係る臨床データを大量にかつ迅速に蓄積し、共有、共同利用を可能にすることが大事と考えます。エコシステムを作るのは平時での体制構築が大事であるとともに、緊急時に速やかに動ける体制構築も課題と思います。
  • 有事(緊急時)と平時は分けて考えることも大切です。ワクチンのエコシステムはCOVID-19に限らず、ワクチン接種で妨げになるものを未然に防ぐ仕組みや、そこへの支援が必要です。パンデミックへの備えはそこに副次的に備わってくるものと考えます。WHOの提言書等も参照してワクチン接種を促進する社会の仕組みの構築も大事です。研究段階において、接種までを見通した予見性、それに向けた国内の研究開発の推進が課題と考えます。
  • 産学官の連携、オールジャパンでの連携、医療データの共用、これらを強力に進めるべきと感じています。このような取り組みが新薬の開発に活かすことになり、大切だということですね。

医薬品アクセスと特許権について

  • 強制実施権の市場の合理性を促すという点についてはどのように考えたらよろしいでしょうか。世の中のニーズにお応えする薬を提供するために強制実施権を行使することが本当に正しいといえるのでしょうか。公共の目的のための強制実施権の意味合いとはどのようなものでしょうか。
  • 強制実施権は特許権者による問題解決に向けた自発的な取り組みを促す効果があるとのことでした。目の前の患者さんを助けるためには、やむを得ず強制実施権を適用せざるを得ないケースもあります。ただ強制実施権を適用したからといって、明細書だけで安全で有効な医薬品は作れません。単に医薬品の価格を下げるという短期的な利益のためだけに適用した場合、医療・公衆衛生やイノベーション政策の長期的な利益を損なうおそれもあります。
  • では特許権開放やパテントプール以外の方途としてはどのような選択肢があるでしょうか?基金を作るとか、政府が買い上げて必要な人に配分する等の方策が考えられます。過去、ブラジル政府がメルク社に対して強制実施権を設定し、抗エイズ薬約30億円の負担軽減に成功した事例は世界的に評価されましたが、治療薬の開発に成功した特定の企業が負担軽減分を損失として被るようなモデルはサステナブルではありません。国際社会が買い上げて途上国にワクチンを再配分するCOVAXは、その点合理的かつ公衆衛生政策とイノベーションを両立させる仕組みであると考えられます。政府が特許権者の許諾なく特許発明を使用できる政府使用制度も検討に値するでしょう。政府が適正な価格で買い上げればイノベーションを阻害することもないのではないでしょうか。
  • それでは医薬品の適正な価格をどう考えれば良いのでしょうか?多くの人が製薬産業に対する信頼感を抱く一方で、原価に対して薬価が高すぎるとも感じています。一般的に薬の値段は、医薬品の収益が単にそれまでの投資を回収するだけでなく、次の医薬品開発の原資となるよう設定されますが、具体的な個社の事例を挙げて説明するのが難しく、適正な値段であることを理解してもらうためのさらなる取り組みの必要性を感じます。
  • 試験研究を円滑に進めるために特許権を制限することに対する議論の状況について会場から質問がありました。各国の法制度によって異なると考えられますが、ドラッグリパーパシングのような目的には、我が国では特許法第69条で特許権の効力は及ばないと解釈されています。他方、ワクチン開発のためのリサーチツールとして他社の特許を使用する場合には問題になる可能性があります。
  • 医療政策と知財政策のバランスをとりながら今後も国民の期待に応えていきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。

(知財フォーラム準備委員会)

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