トピックス 「製薬協メディアフォーラム」を開催 テーマは「ワクチンとは?—コロナ禍において、今一度ワクチンを学ぶ—」

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2021年2月9日、室町三井ホール&カンファレンス(東京都中央区)にて、「製薬協メディアフォーラム」を開催しました。今回は「ワクチンとは?—コロナ禍において、今一度ワクチンを学ぶ—」をテーマに、川崎市健康安全研究所長の岡部信彦氏より講演が行われました。当日は、会場およびWeb配信にて60名以上の記者の参加がありました(会場参加19名、Web配信視聴44名)。講演の概要は以下の通りです。

フォーラムの様子

日本のワクチン接種の成り立ち

エドワード・ジェンナーが牛痘種痘法を開発したのは1796年のことです。日本では、それから約50年後に佐賀藩の御典医の楢林宗建によって牛痘種痘法が行われました。その後、1858年に今の東京大学医学部の発祥の地にお玉ヶ池種痘所が開設され、さらに1909年には種痘法が制定されました。これらの経緯がいまの予防接種法へとつながっています。感染症の対策として、ワクチンが重要な武器であることは間違いありません。しかし、ワクチンには、わずかな確率であっても、時に重篤な副反応を生じることがあります。過去の予防接種では、国に責任があるとして集団訴訟にもなりました。このことからも、日本における予防接種は、集団では行わず、個人ごとにしっかりと予診をし、個人を尊重して行うことが基本的な考え方になりました。

川崎市健康安全研究所
所長 岡部 信彦 氏

ワクチン接種の目的

ワクチン接種の目的は、感染症を予防することですが、接種の意義はそれだけにはとどまりません。たとえば、風疹は比較的症状の軽い感染症です。しかし、妊娠早期に感染した場合、胎児に感染し出生後の障害が残る可能性があります。つまり、ワクチン接種には、個人の感染予防だけでなく、次世代の健康を守るという目的もあるのです。一人ひとりの予防が広がれば、社会全体を守るということにもつながります。爆発的に起こった感染症に対するワクチン接種は、危機管理的な意味があります。

新型コロナウイルスワクチン

新型コロナウイルスのワクチンが実用化され、医療従事者から接種が開始されました。最近、「このワクチンはいつまで効果があるのか」といった質問をたくさんいただきます。しかし、新型コロナウイルスの流行が始まってまだ1年程度です。疾患としての自然経過がまだよくわからない中、人工的に獲得された免疫がいつまで持続するか等、わかっていないことも多いのです。しかし、これによりただ不安になることはありません。現時点では、「数ヵ月~1年程度の免疫をつけておいて、次の手を考えていく」という考えで良いのでは、と思います。もしかするとインフルエンザのように毎年の接種が必要かもしれないし、数年おきの接種でも十分かもしれません。今後の経過を見ていく必要があるでしょう。

ワクチンには、大きく分けて生ワクチンと不活化ワクチンの2種類があります。生ワクチンとは、弱毒化ワクチンともいい、感染性を弱めた病原体そのものを接種するものです。不活化ワクチンは、感染性をなくした病原体(死菌ワクチンとも呼ばれる)や、病原体のうち抗原性のある部分(タンパク)等を取り出して接種するものです。これらは、いずれもウイルス等の病原体そのものを大量に培養する必要があるため、開発・製造には時間がかかります。新型コロナウイルスに対しては、さまざまな方法でワクチン開発が進められています(図1)。ウイルスから一部の遺伝情報を取り出してワクチンとする方法として、たとえばDNAワクチンやmRNAワクチン等があります。しかし、遺伝子は不安定であるため、ウイルスベクターワクチンといって他のウイルスの中に新型コロナウイルスの遺伝情報の一部を入れてワクチンとして接種する方法も開発されています。これらのワクチンには、開発への着手が早く、早く大量生産ができるというメリットがある一方、実績が乏しく経験としては不十分であるという点は否定できません。

図1 開発が試みられている新型コロナウイルスワクチン
出所:新型コロナウイルス感染症対策分科会資料

副反応と副作用、有害事象

ワクチン接種には、副反応が起こる可能性があります。一般的には副作用という言葉のほうが、なじみがあるかもしれませんが、ワクチンでは「副反応」という言葉が用いられます。また、有害事象という言葉も最近よく用いられるようになりました(図2)。有害事象や副作用はワクチンに限らず薬剤や手術等の医療行為全般に用いられる言葉です。

図2 有害事象と副反応

副反応とは、ワクチン接種の結果として生じる明らかな反応です。たとえば、発熱や倦怠感、局所の発赤・腫脹等です。副作用や副反応はいずれも、投薬や予防接種との因果関係を否定できない事象です。しかし、因果関係を判断するには時間がかかります。そのため、因果関係を問わず、投与やワクチン接種後に起こった症状を広く取り上げる「有害事象」といわれる言葉が用いられるようになりました。つまり、投薬やワクチン接種後に生じた体にとって有害なあらゆる事象を早く把握し、その中に含まれるかもしれない副反応・副作用を早く捉える、いわばアンテナを高くしておくという意味で用いられます。

世界保健機関(WHO)は有害事象を、(1)ワクチン成分に対する反応(アレルギー反応等)、製造上の欠陥、(2)手技上の間違い、(3)偶発事象に分けています。偶発事象とは、他の疾病が偶然に接種後に現れた等のことが明らかなものになりますが、しばしば副反応であると誤認識されることがあります。たとえば、「予防接種前に感染していたものが予防接種後に発症し、高熱が出てけいれんが生じた」等の場合です。厚生労働省では、有害事象を含めた予防接種後の健康上の一定の変化を「副反応『疑い』報告」として求め、因果関係を問わず広く事例を収集し、評価を行い、必要な対策に結び付けています。

予防接種ストレス関連反応(ISRR)とは

ワクチン接種に対する人々の不安も問題ですが「気のせい」等として片づけられることも多くありましたが、ワクチン接種自体への不安やストレス等が要因となり、さまざまな症状を生じることがあることも知られてきました。WHOのワクチン安全性諮問委員会(Global Advisory Committee on Vaccine Safety、GACVS)は、予防接種ストレス関連反応(Immunization stress-related responses、ISRR)という新たな概念について議論を進め、このたびマニュアルとして公表しています(図3)。ISRRとは、予防接種に関連したストレス反応として観察される多様な症状・徴候スペクトラムを含む包括的概念です。生物学的な要因、心理学的な要因、社会的な要因が組み合わさることで、ワクチン接種に関連して多様な反応が起こります。生物学的な要因とは、年齢や遺伝的要素、低体重等です。心理的な要因とは、ワクチン接種を不安に感じる心理的傾向であり、過去のワクチンに対するネガティブな体験や、ストレス反応が要因となります。社会的要因とは、家族や知人、メディア等のワクチン接種に関する情報や他人の反応、文化的信念等によるものです。ソーシャルメディアも大いに影響しています。

図3 ISRRとは

ワクチン接種にかかわるすべての医療従事者は、ISRRを理解するとともに十分な対応を行う必要があります。ISRRの予防には、いくつか重要なポイントがあります。たとえば、接種前後の不安や恐怖を軽減するための対策として、ISRRについて医療従事者が丁寧に説明をし、丁寧な接種をすることによって落ち着いてワクチンを受けてもらうことが重要です。Vaccine hesitancy(ワクチン接種をためらうこと)という言葉も最近問題になっています。ワクチンをためらう人たちにどのように対応するかも課題の一つです。日本では個人の意思を尊重し、ワクチン接種に対して「no」とする人に接種を強制することはありません。しかし、病気を防ぐという利益と、副反応が起こるリスクのバランスを改めて考える必要があります(図4)。本当に勧められるワクチンであれば、迷っている人たちにはどうして必要か、副反応を含めて起こり得ることはどのようなことか等について丁寧に説明を尽くすべきでしょう。

図4 利益と副反応のバランス

また、ワクチン接種を行う環境の整備も重要です。混雑していたり、長時間の立ち姿勢であったり、プライバシーが守られていない環境でのワクチン接種は、ISRRを起こしやすいことが知られています。加えて、ソーシャルメディアについても、ISRRの社会的要因であるということも認識する必要があるでしょう。

WHOによるトレーニングプログラム"Vaccination and trust"

2017年にWHOにより作成されたVaccination and trustというトレーニングプログラムがあります。ここでは、ワクチン接種への懸念がどのように起こるのか、その懸念を払拭するためのコミュニケーションの方法等がまとめられています。

たとえば、ワクチン接種でなにかアクシデントが起きたときには、対応者がすぐに情報を収集し、結果をいち早く人々に伝えます。もし、分析が不十分な情報があるならば、現時点では明らかではないということも伝えます。一方で、いろいろな人々の意見をモニターし、世間がどのように受け止めているかも見ていく必要があります。

ワクチン接種にともなう好ましくない事象には、ワクチンそのものだけではなく、ISRRを含めたさまざまな要因が関係している場合があります。安全にワクチン接種を進めるためには、「焦らない」「慌てない」「数を競わない」ことが重要です。国民のみなさんが予防接種について判断するための正しい情報を、今後も届けていくことが大切でしょう。

(広報委員会 コミュニケーション推進部会 嶋本 陽子

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