トピックス 「第32回 製薬協政策セミナー」を開催 患者さんのためのイノベーションの貢献~With COVID-19時代における創薬のあり方~

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新型コロナウイルス感染症の拡大は多くの人々の命や健康を危機にさらし、社会生活を抑圧しました。危機はいまだ続いていますが、人々の健康を支える医薬品の供給や新薬の研究開発は立ち止まることを許されません。2021年3月2日に開催した「第32回 製薬協政策セミナー」では、患者を起点とした医療のあり方や社会的な取り組み、また創薬イノベーションをはじめとする研究開発の現状や展望をテーマに活発な意見が交わされました。

会場の様子

希望あふれる未来へ 創薬イノベーション加速

質量分析通じ 社会的価値創造

島津製作所 エグゼクティブ・リサーチフェロー/田中耕一記念質量分析研究所 所長 田中 耕一

分子を1つずつ測定 薬学に貢献

創薬をはじめとする薬学の世界では、多種多様な分析機器が使われ、その技法が役立てられている。私がこれまで長く関わり、2002年のノーベル化学賞の受賞にもつながった「質量分析」の分野も例外ではない。

質量分析とは、顕微鏡でも見えない数ナノメートル(ナノは10億分の1)程度の分子を一つひとつイオン化し、質量を測定する方法だ。電場をかけて加速されたイオンは、その重さや電荷に応じて移動する。だからイオンが検出器へ到達する時間を測定すれば、そこから質量が導ける。分析する試料には普通、数種類の分子が含まれる。よって分析結果として得られるグラフには、横軸に「検出された複数の分子」が質量順に並び、縦軸にそれぞれの物質の「量」が相対強度として示される。これを質量スペクトルと呼ぶ。

コロナ対策へ活用 検査・治療薬開発

新型コロナウイルス感染症に対する治療薬やワクチンの開発にも、質量分析が活用されている。インフルエンザ治療薬であるファビピラビルは、新型コロナウイルス感染症の治療薬としても期待されているが、その効果の検証には人体投与後の同薬の血中濃度を知る必要がある。

この場合、患者から採取したファビピラビルを含む血液だけでなく、投与したものとはわずかに質量の異なる同位体のファビピラビルも一緒に分析装置にかける。すると得られる質量スペクトルの横軸には、血中由来のファビピラビルと同位体のファビピラビルとが並ぶ。同位体の量はわかっているので、両者を比較することで、血中のファビピラビルの量や濃度が算出できるわけだ。

呼気を用いた新型コロナウイルス検査にも質量分析が使われる。新型コロナウイルスは、内部にヌクレオカプシド(N)タンパク質を持つ。タンパク質とは20数種類のアミノ酸が50個以上鎖状に連なってできるもので、その配列によって性質が決まる。また、アミノ酸が2~50個連なるものはペプチドと呼ばれる。

同検査では、採取した患者の呼気に含まれるタンパク質を、特定の酵素を使ってペプチドへと分割する。これらを質量分析にかけ、どのペプチドがどのくらいの割合で含まれているかを調べる。得られた質量スペクトルは、いわばタンパク質の指紋のような役割を果たし、これを見れば新型コロナウイルスか否かを特定できる。

新型コロナウイルス関連だけではない。例えば、がんの抗体治療薬の開発や、アルツハイマー型認知症に関連の深いアミロイドβの検出等、質量分析の薬学への貢献は枚挙にいとまがない。

これまでには思いもよらない展開もあった。ある薬品を安価に合成する触媒の構造解明に、我々が考案した質量分析法が一役買ったのだ。産学連携というと「『学』は基礎研究」で、「『産』は応用研究」と考えられがちだが、ここでは「『産』が基礎」となって、「『学』が応用」する形となった。こうした例もあることを知ってほしい。

自然科学全域で応用 異分野融合促進

質量分析は極めて基礎的な量である「質量」を測る方法だけに、応用は自然科学のほぼ全領域にわたる。一方で、質量分析の理論的な裏付けは物理や化学、あるいは数学等の理学系の学問にあり、実際の測定は電気や機械等の工学系の学問があって初めて可能になる。もちろん測定の対象である医・薬学系の分野も密接に関わる。そうした意味で質量分析の現場は、学際・異分野融合の場だといえる。

実をいうと、私がノーベル賞を受賞することになった「ソフトレーザー脱離イオン化法」の開発も、異分野融合の結果といえないこともない。私は大学時代、アンテナ工学を専攻し、電磁波のゴースト障害の解消を研究していた。ビルのコンクリートの壁の中に金属アンテナを並べることで、壁で反射する電磁波とは位相が逆の電磁波を発生させ、お互いの波の振幅を相殺するのである。その模式図を改めて見ると、ソフトレーザー脱離イオン化法の模式図とそっくりだ。つまり、大学時代に学んだ電気の分野の基礎知識や経験、発想が、知らず知らずのうちに化学という全くの異分野の発明に生きたのだと思う。

経済学者シュンペーターは異質で新たなものの導入を「新結合」と呼び、その実行をイノベーションと呼んだ。質量分析が核になって、薬学や医学、理学、工学、さらには文系の学問までもが結びつき、社会的意義のある価値が、今後創造されることを望む。

遺伝子・臨床情報蓄積 良質ながんゲノム医療を実現

国立研究開発法人国立がん研究センター 理事/研究所長/がんゲノム情報管理センター長 間野 博行

日本における良質ながんゲノム医療の実現のため、2018年6月、がんゲノム情報管理センター(C-CAT)が設立された。がんゲノム医療とは、患者のがん細胞のゲノムを調べ、遺伝子の異常を捉え、治療の最適化、予後予測、発症予防を行う医療行為を指す。

C-CATの具体的取り組みの一つに、「がん遺伝子パネル検査」の推進がある。同検査では、数百の遺伝子の変異を一度に調べ、がん発症に関わる遺伝子を特定。その結果は、がん医療や薬物療法等の専門家からなる「遺伝子解析結果を検討する委員会(エキスパートパネル)」の分析を経て、報告書として診療現場に戻される。担当医は、これに基づき最適な治療方針を検討する。

こうしたがんゲノム医療は現在、がんゲノム医療中核拠点病院である12施設を含め、全国計206の医療機関で、国民皆保険のもと受けることができる。

一方、同検査で得られたデータは、病院で収集された臨床情報とともに、個人が特定できない形に加工。患者の同意のもとC-CATの「がんゲノム情報レポジトリー」内に蓄積され、新たな治療や診断法の開発に利用される。

また、C-CATが整備を行う「がん知識データベース(CKDB)」にも、同レポジトリーからデータが納められ、エキスパートパネルによる検討の基礎資料として使われる。ちなみにCKDBにはこの他、最新の論文情報や臨床試験情報、薬剤情報、マーカーエビデンス情報等が集積される。これらは腫瘍内科等の専門家からなるキュレーターチームによって、月次の頻度で更新される仕組みだ。

がん遺伝子パネル検査によって遺伝子異常が見つかっても、その遺伝子異常を標的とした既存薬が適用外であるため利用できない患者もいる。こうした場合は「受け皿試験」制度を利用するのも一法だ。同制度は、適用外の薬でも効果が期待できる場合に使用を可能にする公的な手段で、すでに100名以上の患者が利用している。

数十年にわたるバイオバンク 未来型医療への挑戦

東北大学 東北メディカル・メガバンク機構 機構長 山本 雅之

東北大学東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)は、個別化医療・個別化予防を中核とする未来型医療の実現を目指し、2012年に発足した。

ToMMoの未来型医療への挑戦の一つに「ゲノムコホート調査」がある。コホートとは集団を意味する言葉であり、当機構は東日本大震災の被災地域に住む人を対象とする「地域住民コホート調査」と、遺伝継承性のある家族を対象とする「三世代コホート調査」を実施している。集めたデータは、未来型医療のエビデンスとして活かされる。同調査では、一般住民を募り、生体試料を採取し、病気への罹患等の健康調査を数十年にわたって追う。健常な状態から未来に向かって進める"前向き"調査であることが大きな特長である。すでに罹患した患者を集め、過去に遡る調査とは異なり、病気発症前の微少な兆候を探れるのが大きなメリットである。具体的な対象疾患は、成人でがん、心血管障害、糖尿病、認知症、精神疾患等。現在、地域住民コホート調査に約8万4千人、三世代コホート調査に約7万3千人が参加している。

ToMMoのもう1つの挑戦が「複合バイオバンク」の構築である。当バイオバンクでは、コホート調査によって収集した膨大な生体試料と情報を保管するとともに、これらを解析、データ化し、同様にバイオバンクに格納、蓄積する。当機構のバイオバンクから利活用が可能であり、現在、すでに50件以上の分譲と、140件以上の共同研究が行われている。生体試料をデータに変換した後、利用者に分譲することにより、限りある生体試料の枯渇を防ぐことができる。また、当バイオバンクが"複合"を名乗るのは、バンク内にこの解析センターを備えることによる。

ToMMoはこの他、日本人のゲノム情報を高精度かつ低コストで解析できる遺伝子解析ツール「ジャポニカアレイ(R)」を開発している。全国の検診センター等がこのツールを用いることで、日本の個別化医療・予防が発展することを期待している。

日本の医療支える基盤整備 ゲノム・臨床情報検索システム構築

参議院議員 丸川 珠代

ゲノムに基づく医療が、必ず日本の医療の基盤になる──。こうした強い思いで、これまでゲノム医療政策に取り組んできた。

その甲斐あって2019年6月、「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)に、ゲノム医療の推進が明記され、同年末に「全ゲノム解析等実行計画」が示された。強調したいのは我々がエクソーム解析ではなく、全ゲノム解析を選択したことだ。

全ゲノム中、タンパク質の設計コードが書かれているのは、全体の1~1.5%にあたるエクソン領域だけだ。そこで諸外国では、エクソン領域のみを調べるエクソーム解析が優先されてきた。ところが最近、これまで役割が不明だったエクソン領域以外の領域も、タンパク質の発現の制御や、疾患の原因に関わることがわかってきた。全ゲノムを調べ、遺伝や疾病の全容を体系的に理解することが、将来の大きなイノベーションにつながると、我々は信じており同計画は進行中だ。

一方、集めたデータの利活用の基盤が情報検索システム「CANNDs」だ。同システムにはゲノム情報とともに臨床データも収め、公共財として広く利活用する。こうした医療データは、これまで研究ごとに集められ、患者ごとに利用の同意を得ていた。そのため、研究課題を超えた横断的なデータの利用が難しかった。CANNDsは審査委員会が一括で使用許可を取る。アカデミアはもちろん、製薬企業等の活発なデータの利活用を期待する。

ゲノム医療推進のうえでもう1つ重要なのがELSI(倫理的・法的・社会的な課題)だ。例えば、患者にご本人のゲノム解析の結果を返すとき、日本にはその明確なルールがまだない。また、こうしたデータを本人以外が知ることで、何らかの差別や誤解が生じた場合、どう解決すべきなのか。その基盤となる環境整備は、私たちの喫緊の課題である。

イノベーションと医療保険制度の両立 医薬品・医療機器の費用対効果を評価

厚生労働省 医務技監 福島 靖正

医薬品産業の売上高に対する研究開発費比率は約11%と、他の製造業の平均である約4%に比べて突出して高い。医薬品の開発には、長い年月と多額の費用が必要であり、この傾向は近年ますます強まる。医薬品開発を促進するためには、基礎から実臨床までの様々な段階での支援が必要である。

一方で、国民医療費は年々高騰し、現在、年間40兆円を超える。また、国民医療費の対国民所得比も11%に迫る。我が国はこれまで、有効性や安全性が確認された医療であり、それが患者に本当に必要で、適切とされたものについては、全て保険適用していくことを基本としてきた。しかし、今後の高齢化の進展や生産年齢人口の減少を考えると、この医療保険制度の安定的運営は非常に難しいといわざるを得ない。こうした状況下、厚生労働省は18年より医薬品・医療機器の費用対効果を薬価に反映させる仕組みである「医薬品等の費用対効果評価」を導入。同評価に基づく価格調整が行われている。

我々は「医療保険は何のためにあるのか?」、そして「今後どういうスタンスで制度を維持するのか?」という点を改めて考えるべきだ。

日本は、薬事承認された医薬品のほとんどを保険で償還する仕組みを取る。一方、世界には費用対効果評価を用いて、保険収載の是非を決める国もある。また、保険制度が経済的なリスクヘッジのためにあるなら、医療費が高額であるとき、保険でカバーする割合を高くし、そうでないものは保険でのカバーを低くするという方法もある。現在の高額医療費制度はこうした考えに近いともいえよう。

いずれの方策を採るにせよ、これらは我が国の従来の医療保険制度を大きく変えるものであり、一朝一夕で進めることは難しい。議論の活発化と、国民の理解を深めていくことが重要だろう。「創薬イノベーションと医療保険制度の安定的運営の両立は可能か」というテーマで論じてきたが、我々は「両立は可能か?」と問うのではなく「両立しなければならない」という考え方に立って、今後の取り組みを進めていかなければならないのである。

社会的・経済的悩みの解決へ 患者を救うイノベーション

キャンサー・ソリューションズ 代表取締役社長 桜井 なおみ

治療中の患者さんの悩みは、治療や副作用、後遺症といった、医療における問題だけではない。多くの患者が社会的、あるいは経済的な悩みを抱える。

疾病、とりわけがんを抱える労働者に対して、これまで10年にわたって「治療と仕事の両立」への支援が行われてきた。しかし現在でも、がんの診断を受けた人の2割が仕事を辞めざるを得ず、治療によって働ける状態に回復しても2割の人が復職できずにいる。こうした労働損失に伴う日本社会の損失は年間1兆円を超えると推計される。また、がん患者の4.9%が治療費の負担を理由に、治療を変更、あるいは断念したという統計もある。さらに若年のがん患者では、約33%が治療のために預貯金を切り崩し、約17%が親戚や他人からの金銭的援助を受けたと答えている。

医療におけるイノベーションというと革新的な治療効果に目がいきがちだが、患者のニーズを考えた場合、患者の命を救うだけでなく、患者を社会的に生かし、患者の生活の質や量を高める方策も模索すべきだ。そしてこれは日本社会の活力を高め、さらなるイノベーションにもつながるのではないだろうか。

一方で、医療に対する社会全体のニーズとして、国民が安心できる医療制度維持が挙げられる。現在、日本の国民医療費は43兆円を超える。私たち患者会は、新薬の保険収載をお願いしているが、半面これは、社会保障費の増加につながる。がん治療が進むのはいいが、他の疾患の患者さんとの予算の奪い合いや負担となってしまうのは課題だ。

英国では、国立医療技術評価機構(NICE)が、保険がカバーする医療の範囲を合議で決める。合議には有識者、メディア、製薬企業、市民、患者、同機構スタッフ等20人が参加する。大切なのは、ここで社会合意が形成されることだ。一方、日本はこうした議論に患者は加わっていない。薬価算定や、医療の保険収載に対し、患者の声が届くような仕組みを日本も確立すべきだ。

人・資金、技術・情報を循環 革新的新薬がもたらすもの

日本製薬工業協会 中山 讓治 会長

医療の質を向上させ、健康的に生活できる期間を長くする。そのための創薬イノベーションを起こすべく、我々は現在、3つの課題に取り組んでいる。

1つ目は、疾患の発症や進行のメカニズムの解明だ。これが実現できれば、現在、健康な人の将来の発症を予測、早期に介入する先制医療が可能となる。我々は、先制医療の分野を新たなターゲットと定め、治療薬や診断薬の開発が行えるようになる。

2つ目の課題は、1つ目に挙げた「疾患の発症や進行のメカニズムの解明」に向けたデータの蓄積と、それを利活用する体制の確立である。とりわけ必要とされるのが、「臨床情報とセットになったゲノム情報」「体内のタンパク質に関する網羅的な情報であるオミックスデータ」等だ。また、病気の発症中だけでなく、発症前や回復後のデータを揃えることが大切だ。そして、その利活用の環境を整える。これは医療におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の実現といえる。

3つ目は、アカデミア・ベンチャー・製薬企業だけでなく、医療機関・規制当局・投資家も連携し、人材や資金、技術革新・知識・情報を循環させることで、革新的新薬を創出するエコシステムの構築である。

また、感染症対策は、平時から行うことが必要だ。このまま何も手を打たなければ、2050年に年間1000万人の死亡が想定されているAMR(薬剤耐性)は重要な課題だが、問題になる菌種はすでにリスト化されており、その菌種に対して優先的に新薬の研究開発を進めることで、重大な社会問題となることを防ぐことができる。プル型インセンティブ等の政策によって抗菌薬の研究開発が継続的に産み出されるサイクルを構築することが必要だ。

創薬イノベーションが健康寿命の延伸をもたらし、さらには労働人口の増加、経済の好影響、医療費負担の改善へとつながる。そして再び新たな創薬イノベーションが起きる。我々はこうした良循環"エンジェルサイクル"が生まれることを期待している。

パネルディスカッション

より健康で安心な生活を 最新技術が変える医療

パネルディスカッションの様子

コロナにより変わったもの、学んだこと

桜井
新型コロナウイルス感染症はがん患者の日常にも大きな影響を与えた。検診受診率の低下に加え、受診控えや治療の変更・延期等による重症化、経済的な困窮からの受療控え等が懸念されている。新薬の研究・開発の現場にも影響があったのではないか。
中山

製薬業界には新しい薬を待つ患者さんのもとに一刻も早く届けたいという強い思いがある。そのためには臨床試験のスピードと質を保つことが必要だ。オンラインによりデータの収集は大体できているが、被験者のもとへの治験薬の送付や訪問診療等は十分にできているとはいいがたい。監督官庁とも協議しながら対応を模索しているところだ。

間野
海外では臨床試験が10分の1に減った国もあるという。我が国のがんゲノム医療に関しても新規の臨床試験のエントリーをやめる等の影響は出たが、C-CAT調査等は継続し続けることができた。
桜井

新薬に関する治験や研究が止まると私たちのみならず未来の患者もその恩恵を受けられなくなり、影響は大きい。一方、今回の体験から得たものもあったのではないか。

山本

バイオバンクはまさに新型コロナウイルス感染症と戦う武器になる。第一線で奮闘する医師たちには試料をデータ化するゆとりはないだろうが、それを我々が肩代わりできる。ビッグデータは集めた人が使うだけでなく、皆で使うものだということを改めて認識する必要がある。

田中

今回当社で製品化したコロナ用のPCR検査キットは1995年に開発していたものがベースだ。全く新しいものを生み出すだけでなく、資産を活用することでもイノベーションは可能だと証明できたのではないか。また、リモート環境が整備され、地球の裏側ともリアルタイムで顔を合わせることが普通になり、分野を超えた交流が始まった。多様な発想のコラボレーションが生まれるきっかけにもなるだろう。

中山

交流やつながりは新たなものを生む力になる。新薬についての患者さんの感想を医師から聞くたびに会社の士気が大きく上がるのを何度も実感している。イノベーションは研究現場だけでなく、より多くの分野とつながることで生まれると感じる。

治療から予防へ ビッグデータ活用

桜井
「未病」という概念が注目されている。未病や予防についてイノベーションは望めるだろうか。
田中

質量分析技術の応用で、認知症の一つであるアルツハイマー病の早期発見が可能になりつつある。発症の20年くらい前からだ。行動療法等の対応が取れる時間が長くなり、アルツハイマー病への恐れを減らすことができるようになると期待している。

山本
日本の医療は「個別化予防」にシフトしていくのではないか。アルツハイマー病も重症化後の治療薬の開発は難航しているが、早期に診断をして早期に使用する薬であれば創薬の可能性が高まるだろう。また例えば高血圧の人には一律減塩というのではなく、遺伝子を調べてその人に合った予防法、治療法がつくれる時代がかなり近いところまで来ていると感じる。ビッグデータサイエンスは個別化予防を支える一番のパワーになると思う。
間野

今後、がんゲノム治療はDNAだけでなくRNAだったり血液中のエクソームだったりいろいろなバイオマーカーを活用していくようになるだろう。今のがんゲノム治療は標準治療が効かなくなった患者に適用されるが、遺伝子パネル検査がもっと安く、もっと早い段階から実施されるようになれば、がん治療の最初から最適な薬を選んで治療が進められるようになる。

21世紀になってからの20年はがんの世界では分子標的療法の時代だった。これからの20年は予防の時代になるだろう。血液中等からがんの前駆状態の細胞を検出したり、がん化するリスクのあるDNAの損傷を解析できるようになりつつある。C-CATのデータにもAI等の新たな解析手法が導入されるようになるだろう。がんのリスクを具体的に数字で定量化できるようになり、がんの発生リスクを自分で管理できる時代になると期待している。

ライフサイエンスで医療効率化

桜井
コロナワクチンは驚くほどのスピードで実用化された。こうした薬の開発にはどれほどの費用や研究開発体制が必要だったのだろうと想像してしまう。今後医療のイノベーションを進めるうえで新薬等の開発費用等により社会保障費が圧迫され、国民皆保険制度の維持は難しくなるのではないか。
中山

コロナワクチンはベンチャーで開発を進めていたものを大手製薬企業が実用化したため早かった。一方で我々も安全保障として十分な準備をしておかないとこうしたときに新しい技術を取り込めないと反省している。

ある肺がんの薬は当初効く人が少なく、副作用も多いとされていた。遺伝子タイプ別による治療の研究が進み、効果の見込める人にだけ投与し、副作用も少なくすることができた。これはサイエンスがいかに医療費の効率化につながるかの実例だと思う。一方、グローバルで開発された素晴らしい新薬にはそれに見合った薬価を付けなければ日本に入ってこなくなってしまう。国民皆保険制度を維持しながらどうバランスを取るのか、情報を開示しながら議論を進めねばならない。

田中
新たな認知症薬が開発されたとなれば、その患者だけでなく、周りの家族の負担、さらに社会全体の負担をどれだけ減らすことができるか。新薬の開発にはそうしたトータルの財政的バランスを考えて国民のコンセンサスを得る必要があるだろう。
中山

ゲノムというビッグデータを活用し、サイエンスに基づいた医療を進めていけば、医療財政的な問題には光明も見えてくると思う。ライフサイエンスでのイノベーションは少子高齢化で手詰まり感のある日本の大きな突破口にもなるのではないか。

間野

日本では患者同意のもとC-CATのシステムで全国のがんゲノム医療病院の臨床情報を集める仕組みがすでにできている。日本が全ゲノム解析の面でも世界のトップに躍り出ることも夢ではない。新しい産業の育成にも役立つだろう。

山本

バイオバンクを科学技術立国のためのインフラとして役立てたい。同時に皆が安心して暮らせる社会のために生活習慣病のような多因子疾患のリスクを正確に予測し、予防や治療につなげるようにしたい。

田中

日本のモノづくり力が衰えたと懸念されているが、蓄えてきたものはたくさんある。それを横に展開するだけでもイノベーションが生まれることが今回証明された。医工連携に限らず、壁を取り払うことで日本の底力が発揮される。

パネルディスカッションの登壇者

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