From JPMA 専務理事就任のご挨拶

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2020年10月1日に、日本製薬工業協会(製薬協)の専務理事を拝命した森和彦です。私は子どもの頃から身体が弱く、幸い大病はしなかったものの、これまで本当にたくさんの「くすり」のお世話になって育ってきたこともあり、常に医薬品に関する興味関心をもって過ごして来ました。大学も薬学部に進み、就職した旧厚生省(今の厚生労働省)でも医薬品の審査業務からキャリアを始める等、「くすり」とのご縁がずっと続いています。

就職して数年のうちに1970年代から発展したバイオテクノロジーによって1980年代に登場した遺伝子組換えヒト成長ホルモン、遺伝子組換えヒトインスリンの承認審査にかかわって以来、生命科学のめざましい進歩により、画期的な新薬が登場するさまざまな局面にかかわってきました。1980年代後半の新薬承認審査の現場での当時の経験から、科学技術の進歩がどんなにめざましくても、その応用、実用化は決して平たんな道のりではないことも骨身にしみて理解しました。せっかく申請にこぎ着けた新薬の申請資料を審査すると申請資料を裏づける元データとの不整合が見つかったり、臨床試験の設計に問題があったり、試験結果も有効性や安全性を示すには不十分といった残念な事例が少なからずあり、大変もどかしい思いをしました。ある時、企業の臨床開発に長年携わっている方々とお話しする機会があり、新薬審査の実務担当としての問題意識や素朴に感じている疑問をぶつけさせていただきました。申請された新薬の臨床試験成績がなぜこんなに不出来なのかと思うことが多いという説明をしているうちに思いついたことがありました。審査側も申請されてからダメ出しをするよりは、そもそもどのような質と内容の臨床試験成績を期待しているのかをあらかじめ開発する企業側に説明し、それが実現可能かどうか「相談」したらスムーズに開発が進み、審査も円滑にできるのではないかというアイデアです。その時に話を聞いていた企業の方が「なるほど『相談』ですか、それは面白いですね」とおっしゃっていたのを今でもよく覚えています。

規制当局と製薬企業とが臨床開発に関して相談を行うのはそれぞれの仕事が見通し良く滞りなく進むためだけでなく、病気で苦しむ患者さんに優れた新薬を適切な形で速やかに開発し、届けられるようにするためでもあります。GCP(Good Clinical Practice)が法制化された1996年の薬事法改正の際に治験のあり方をより良くする目的で製薬業界からも要望が出され、1997年から旧医薬品機構の治験指導部で治験相談が始まりました。その当時、薬事規制の国際調和を進めていたICH(医薬品規制調和国際会議)の会合やDIA(Drug Information Association)の米国、欧州年会等の機会に米国食品医薬品局(FDA)や欧州各国の規制当局も製薬企業に対して臨床開発に関するさまざまな指導・助言を行っていることを知りました。そこで2002年には欧州医薬品庁(EMEA(現在のEMA)に出張し、日本の治験相談制度を紹介するとともにEMAが製薬企業からの相談を受けている様子を見学させてもらいました。立場や専門性が異なるさまざまな関係者が相互にコミュニケーションを良くすることがいかに重要で有益であるのかは国を越えて共通していることがよくわかり、非常に勉強になりました。

ちょうど同時期にヒトゲノムプロジェクトがほぼ完了し、がんの分子標的治療薬が相次いで登場する等、生命科学の進歩による画期的な治療の実現への期待が膨らんでいました。21世紀は抗体医薬に代表されるバイオ医薬品の時代を迎え、ヒト全ゲノム解析プロジェクトの成果等もあって、画期的な新薬が次々と登場するようになっています。外科手術、放射線治療、化学療法に加えて第4のがん治療として抗PD-1抗体やCAR-T等のがん免疫療法が登場し、たった1回の投与で重篤な遺伝性疾患が根治できるような遺伝子治療薬が登場する等、患者さんや医療従事者の期待はますます膨らみます。

その一方、新薬の開発は依然として困難を極め、基礎研究段階からの成功率は3万分の1といわれるほどです。開発の失敗が多ければ当然開発コストは高騰します。しかもバイオ医薬品の製造は従来の低分子化学合成品に比べて製造コストもまだまだ高く、画期的な治療効果がある一方で極めて高価な新薬が国民医療費に及ぼす影響は破壊的になるのではないかという強い懸念も生じています。こうした新薬開発コストの高騰に対する解決策として、さまざまな提案がなされています。特に臨床開発のプロセスを大幅に効率化し、患者さんにとってもよりメリットがある改善が検討されるようになっています。たとえば過去70年にわたってゴールデンスタンダードであった、ランダム化比較試験だけでなく、患者レジストリーを用いた臨床試験等リアルワールドデータを活用するアイデアや複数の候補薬を複数の疾患を対象としてテストするマスタープロトコルと呼ばれる試験デザインのアイデア等が臨床開発や市販後調査に応用されるようになっています。また、ITやデジタルデバイスや急速に進歩する人工知能(AI)を臨床試験に応用しようとする動きも急速です。今まで考えられなかったような規模と速度で臨床開発の方法は進化を続けています。日本の臨床開発環境も世界の変化に遅れないようにさらなる進化が必要だと痛感する今日この頃です。

昔も今もイノベーティブな製品の実用化により病気で苦しむ患者さんが心から待ち望んでいる治療を実現しようと多くの研究者や医療従事者、そして製薬企業の方々はたゆまぬ努力を惜しみなく注いでいます。これまで新薬の臨床開発に携わっている国内外のさまざまな製薬企業の方とお話しする機会がありましたが、どなたも患者さんの期待に応える製品を少しでも早く届けたいとお考えでした。また、画期的な新薬の重要な臨床試験の成績はたびたび「The New England Journal of Medicine」(NEJM)等の国際的な医学雑誌に掲載され、世界の医学コミュニティーが活発な議論や論評を展開しています。今や新薬は世界中の患者さんと医療従事者が強い関心をもち、少しでも早期に使用したいと期待されているグローバルな製品です。

まだまだ優れた治療を必要としている病気は数多くあり、画期的新薬の登場を世界中の患者さんが待っています。同じ志を抱く者として、日本の製薬産業から画期的な新薬を合理的な開発により速やかに患者さんに届けられるように私も微力を尽くしたいと思います。

日本製薬工業協会
専務理事 森 和彦

日本製薬工業協会(製薬協)
Japan Pharmaceutical Manufacturers Association (JPMA)

製薬協は、病院、診療所などの医療機関で使われる医療用医薬品の研究・開発を通じて世界の人々の健康と福祉の向上に貢献することをめざす、研究開発志向型の製薬会社が加盟する団体で、1968年に設立されました。

製薬協は、「患者参加型の医療の実現」に向けて、医薬品に対する理解を深めていただくための活動、ならびに製薬産業の健全な発展のための政策提言などをおこなっています。

製薬協は、国際製薬団体連合会(IFPMA)の加盟団体として世界の医療・医薬に関わる諸問題に対応し、各団体と連携を図りながら、グローバルな活動を展開しています。

新薬の開発を通じて社会への貢献をめざす 日本製薬工業協会

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