トップニュース 「2020 ライフサイエンス知財フォーラム」を開催 テーマは「デジタルデータを価値の源泉とする新ビジネスの保護の在り方」

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2020年2月14日にソラシティカンファレンスセンター(東京都千代田区)において、製薬協主催、一般財団法人バイオインダストリー協会後援により、「2020 ライフサイエンス知財フォーラム」を開催しました。デジタル時代を迎えライフサイエンス分野におけるデータマネジメントの整備がなおいっそう求められる現在、「デジタルデータを価値の源泉とする新ビジネスの保護の在り方~知財および契約による多面的保護~」と題し、産業政策的側面も踏まえ、産学官を代表する有識者のみなさんにより、講演・議論が行われました。当日は約270名の参加者を迎え、最近のデジタルデータを活用した企業の新ビジネスの具体例の紹介がなされ、そのようなビジネスモデルにおいて、ユーザーから提供される計測結果の生データそのものの保護や取り扱いに加え、データの2次利活用のあり方と利活用の結果得られた成果の保護と取り扱いについて活発な議論が行われました。本稿では、講演内容およびパネルディスカッションの概要を報告します。

パネルディスカッションの様子

基調講演(1) 第四次産業革命時代のヘルスケア・データの取り扱い

世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター ヘルスケア・データ政策プロジェクト長 藤田 卓仙

私の所属する世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター(C4IRJ)は、2018年に設立されました。C4IRJは、ダボス会議を主宰する世界経済フォーラムが、技術革新を社会実装するための課題の解消を目的として2017年3月に米国に設立した「第四次産業革命センター」の関連日本法人です。

日本センターの象徴的活動として、内閣総理大臣安倍晋三氏の2019年ダボス会議での提案、信頼に基づくデータの自由な流通(Data Free Flow with Trust、DFFT)の実現、続いて「大阪トラック宣言」等に関する提案の支援・政策協議があります。当センターでは、日本独自のデータ利活用のシステムを作ることを目指し、DFFTに象徴されるような、データ取り扱いに関するプロジェクトを多方面の視点で行っています。

私がリーダーを務めるプロジェクトとして、ヘルスケア・データ政策プロジェクトがありますが、個人と社会の価値最大化の観点から、認知症・高齢疾患の予防とQOL向上に向けた枠組み構築に取り組んでいます。メンバーには、製薬企業からの方もいます。

ヘルスケアに関するデータは、原則として個人情報なので、同意がない場合にも、公益等を理由としたデータアクセスの可否が課題となります。分散して存在するデータは、いわゆる分散型データベースとして活用されることになりますが、相互運用のためには標準化が欠かせません。これらのデータは、多くは匿名加工情報として、データ利用者に提供されますが、仮名化データの利用も重要です。ここでは、統合されるデータや参加する関係者の信頼性を担保することも重要な課題となります。そして、データが利活用された結果、新たな知見、サービスが提供されるようになった際は、利益配分が課題となります。

データ集約に関しては、現在、個人を軸とした個人生活録(Personal Life Repository、PLR)による分散管理のプロジェクト等がいくつか動いています。多くの所有者に分散したデータを、個人を軸に集約的に利用することを目指しています。

私たちは、データの統合・集約についての法整備の検討にも取り組んでいます。たとえば、個人情報に関する法律等は、地方自治体の条例を合わせると約2000もあり、それぞれ規定に違いがあります。その違いが、自治体をまたいで横断的にデータを集約する場合の障害となります。「個人情報保護法制2000個問題」といわれています。

データ提供では、個人・企業・国家、それぞれの権利主張が強くなりすぎないように、この3つのバランスをとることが重要だと考えています。

個人の同意取得方法には課題が多く、たとえば認知症患者さんのように、本人から同意を得るのが困難な場合があります。これに関連し、私たちは「インフォームド・コンセント2.0(仮)」を提案しています。個人の権利が守れるように、本人同意についても専門家やAIによる支援・誘導や、本人同意が困難な場合には第三者による合意形成や代理同意等の支援ができるように、新しい仕組みを考えています。

最後に、個人データへのアクセスを促進する「Authorized Public Purpose Access(APPA)」という仕組みについて紹介します。公益を根拠に、本人同意がなくても個人情報へのアクセスが可能なケースについて検討しており、2020年1月に報告書を発表しました。具体的には、災害時やパンデミック(感染症の世界的大流行)時の扱いについてです。公益と個人の権利のバランス判断は難しく、第三者委員会による審査を経て、データへアクセスできるようにすること等を考えています。

基調講演(2) デジタルヘルスビジネスの市場概況と知財戦略上の論点

デロイトトーマツ ファイナンシャルアドバイザリー パートナー 國光 健一

本日のテーマはデジタルヘルスにおける事業戦略と知的財産戦略です。

市場分析については、デジタルヘルスの市場概観はIoT全般のフレームワークと一緒で、データ収集から始まって、データ蓄積・処理・解析、サービスと同様の流れで整理できます。健康診断データや、ウェアラブルデバイスがバイタルデータを収集し、クラウドにデータを収集してタイムリーに可視化します。そうして収集した医療情報をビッグデータとしてAI等で分析し、スマホのアプリ等を使って新しいサービスへビジネスを広げるような流れになります。

医療における、IoT化やビッグデータの意義としては4つあります。1つ目は、ウェアラブル型器機等により今まで取得が難しかった日常生活の生体反応に関するデータを連続的かつタイムリーに収集し可視化できることです。2つ目は、医療データがクラウド等で一元的に集約されることで、関連する機関の業務効率化、高精度化が図れるという点です。3つ目は、集約された医療情報をビッグデータとして解析することで、新たな市場ニーズの発掘等ができることです。4つ目は、アプリやデータ等による新しいサービスでビジネスの裾野が広がるという意義があります。医療機器のIoT化、それからビッグデータの活用可能性が広がることで、製薬企業にとっては、新薬の探索、治験の効率化、ターゲットとなる患者層の増加が見込まれます。また、AI導入によって、基礎研究の期間を中心に費用・期間の大幅な短縮が期待されます。

次に知財分析です。市場ではあらゆるものがネットにつながり、ビジネスがハードからソフトへ移る点、成長が早い点が特徴です。また、ネットにつながることでグローバル競争が激化します。そして、プラットフォーマーが市場を支配するので、自前特許だけでは限界があります。異業種参入が簡単に起こり、競争が激化する形でライフサイエンス・ビジネスでもその環境が大きく変わってきます。そういったグローバル競争への対応、エコシステム、アライアンスの検討、さらに異業種産業の対応が必要になってきます。また、それらを踏まえた知財のオープン・クローズ戦略が必要となってきます。今まで製薬会社は、基本的に技術を特許化する独占シェアモデルが中心ですが、デジタル化になると、アライアンス戦略はもとより、どのような技術を他社に使わせるのかといった観点でのオープン戦略、エコシステムの構築と保護活用といった知財戦略を考える必要があります。アライアンスがキーになるので、パートナーのことを考慮した知財戦略を考えていく必要があります。上位プレーヤーとしてエコシステムを構築する場合は、エコシステム全体を保護する知財戦略を考えていく必要が、下位レイヤーとしてプラットフォーマーの上に乗っかるのであれば、連携する場合にどのように自分の知財を守っていくかを考えていく必要があります。

特許マクロ分析での注目点は、プラットフォームの特許件数が非常に多い点です。およそ10万件以上あります。この領域はいわゆるオープン領域で次第に共有化領域となりますが、オープン領域であればあるほど特許出願が多くなる傾向があります。特に人工知能、ウェアラブル関連の特許出願が多いのが特徴です。技術別・国別に見ると、アプリ領域で米国のIT企業が先行しているのがわかります。同様にIoTプラットフォームでもやはり欧米企業が先行していて、日系企業は後れを取っている状況です。

デジタルヘルス領域の知財動向のデータを見ますと、ミドルウェアやクラウドに近いところ、分析やプラットフォームに関する特許が多く出て、続いてアプリやサービス、といったところに多く出ている点に注目すべきです。グローバルな出願状況としては、今は米国と中国が2強で、この2ヵ国がデジタルヘルス・ソリューションの知財での主戦場になっています。

今後のデータヘルスの方向性ですが、Phase 1から3の3段階の方向性で考えます。まず、Phase 1はオペレーションの高付加価値化、効率化ソリューションです。Phase 2は、収集データの融合と戦略への活用へ移行していくことで、たとえば健康データを収集してプラットフォームを確立、さまざまな医療データの統合が予測されます。さらに先にはPhase 3である個別化医療の達成まで研究開発が進んでいくと考えられます。特許出願の伸び率を見ると、Phase 1の特許は2018年6500件で伸び率185%、今後の領域であるPhase 2は出願伸び率260%で急伸しています。

以上の話をまとめると、まず、IoTにおける知財戦略は事業環境が非常に変化しており、従来的なクローズ戦略だけではなくエコシステムを意識したオープン戦略が必要となります。2つ目に、IoTにおける特許出願戦略においては、ビジネスモデルを売り切りからリカーリングへ、さらにはサブスクリプションモデルへと変化することを考える必要があります。また、クラウド化とともにソフトウエアの割合が増えるので、特許ポートフォリオの組み替えを行う必要があります。特にクラウド領域はオープン化領域ですので、特許出願が増えてきます。これらの点のリスク対策を考慮していけば良いかと思います。

そして、デジタルヘルスにおけるソリューション動向に関して、医療の個別化が進む中で個別化データを取得/活用する企業が、IoT/AI技術に基づくデータ収集と解析について、より開発されたソリューションを活用して、医療の各フェーズにおける課題の解決とサービスの高付加価値化を進める傾向が見られます。今後は、収集したデータを利用して医療従事者の経営に活用させる傾向があり、データの重要性が高まります。

デジタルヘルスの知財動向は、ヘルスケア×IoT、AI領域のトッププレーヤーはいずれも製薬業界ではなくIT企業が独占している状況です。そういった点も注意して今後の知財戦略を考える必要があります。

基調講演(3) 保険診療で行われる遺伝子パネル検査とがんゲノム情報管理センターの役割

国立研究開発法人国立がん研究センター研究所 ゲノム生物学研究分野 分野長
がんゲノム情報管理センター(C-CAT)情報利活用戦略室 室長 河野 隆志

本日は保険診療で遺伝子パネル検査ができるようになったこと、また遺伝子パネル検査で得られた情報をがんゲノム情報管理センター(C-CAT)に集約して、次の研究・開発に向かうための財産とする仕組みについて説明したいと思います。

2019年5月に、がんのゲノム医療の根幹となる遺伝子パネル検査システムが保険適用となりました。これは、国民皆保険制度をとる日本において誰もが平等にこの検査を受検できることを意味します。現状では急激にゲノム医療・治療が進んだというよりは、そのための検査が受けられるようになったという段階です。標準治療がない、または標準治療を終えたがん患者さんに対して検査を行い、検査の結果に基づいて専門家による議論が行われた後に最適な治療の提案、たとえば新薬の臨床試験に入る等の手段を講じることが可能となります。現状、「がん遺伝子パネル検査」では、「分子標的薬」または「免疫チェックポイント阻害薬」という2つの治療法について、患者さんが理解しやすく、また、過剰な期待とならぬよう配慮されたパンフレットが作成されています。

現在の日本国内におけるがんゲノム医療体制ですが、11ヵ所のがんゲノム医療中核拠点病院、34ヵ所のがんゲノム医療拠点病院、そして122ヵ所のがんゲノム医療連携病院が存在しており、これらの全施設から患者さんの検体が臨床検査施設に送付され、得られた遺伝子変異情報や臨床情報が患者さんの同意のもと、C-CATへ集約されます。C-CATでは遺伝子変異の意義づけを行い、C-CAT調査結果というレポートにしたうえで3営業日以内に病院へ返信しています。その後、エキスパート会議を経て治療に活用していただいています。患者さんの同意をいただくに際しては、C-CAT調査結果が作成されることや、検査データがC-CATデータベースに蓄積される旨をあらかじめ説明しています。

C-CAT調査結果には、がんの遺伝子変異等の列挙はもとより、関連される臨床試験の情報等の公開情報が掲載されています。掲載される臨床試験の情報は月1回更新しているので最新の情報が取得可能となっています。

このような遺伝子パネル検査の結果により、遺伝子変異が見出された際には既存薬を適応外使用する可能性が生まれます。国立がん研究センターでは、医薬品メーカーから無償提供された医薬品の患者申出療養制度による適応外使用の手段があります。適合した場合、患者さんは研究費40万円を負担することで治療が受けられます。現在、9薬品について治療が可能となっており、いずれ国立がん研究センター東病院やほかのがんゲノム医療中核拠点病院にも拡大予定です。また、このように各製薬メーカーが医薬品の無償提供に賛同いただければ、さらなる治療拡大の可能性も出てくると考えます。

インフォームド・コンセントに関しては、前述したがんゲノム医療中核拠点病院からの委員が協議を行い、その方針が決められています。遺伝子パネル検査では、C-CATから第三者へデータ提供を認めるかについて、本人の同意をいただいたうえで、情報利活用審査会の承認を経て、国内外の企業やアカデミアに2次利活用としてデータが提供される予定です。厚生労働省が行ったアンケート結果より、C-CATへのデータ登録および2次利活用への同意の割合は99.3%と非常に高いことがわかります。一方、遺伝子パネル検査の結果が治療や薬剤投与に結び付いた割合は10%程度です。有用な利活用のためには、C-CATへのデータの蓄積を継続的に行っていくことが必要であると考えています。データの蓄積を行う際には、担当医は非常に多数の項目について情報入力する必要があり、データ蓄積は医師の努力のたまものと思います。

C-CAT集積データの適正かつ有効な利活用の方向性については、現在、協議段階です。2020年はデータ利活用のためのクラウド作成、データ検索サイトの開設、ゲノム生データの解析を行うC-CATクラウドの立ち上げ等を目標としています。データ利用者の方につきましては研究計画を立て、必要に応じて各施設の倫理審査に諮った後に情報利活用審査会に諮っていただくことになろうかと思います。C-CAT集積データ2次利活用の基本方針としては、第三者に開示するにあたり対価(例:バイオバンクでの払い出し手数料程度)を請求すること、データ利用による成果・知財はデータ利用者に帰属すること、第三者へのデータ譲渡を禁ずること等を原則として考えています。

最近、リアルワールドデータを利用した研究が話題となっています。米国では2019年のJournal of the American Medical Association(JAMA)の論文にあるように、治療薬のバイオマーカーの有効性について、電子カルテのリアルワールドデータをもとに示すことができると報告されています。

以上、C-CATへのデータ集約は開始されたばかりですが、今後集約されたデータを利活用した研究開発や調査を行うことにより、新たな治療法や医薬品の新たな適応等が見つかることにつながっていくことを期待しています。

講演(1) オムロンにおけるIoTに向けた知財活動

オムロン 技術・知財本部 知的財産センタ 経営基幹職 酒井 顕一郎

本日は、オムロンの事業例を通じて、デジタルヘルスへの入り口であるIoTと知財活動についてお話しします。

オムロンにおいてヘルスケア事業は全体の約2割であり、およそ半分はセンサー・コントローラ等の制御機器、ファクトリー・オートメーション(Factory Automation、FA)システムです。注力ドメインは、FA、ヘルスケア、ソーシャルソリューションの3つであり、社会の「困りごと」「課題」を発見し、それに対して価値を提供すべく、社会システム事業に注力しています。ヘルスケア事業はオムロン ヘルスケアが担当しており、日々の知財活動は同社の知財部隊が担当していますが、人事交流も含めて、われわれ技術・知財本部と連携しています。

まず、当社のIoTに関連する事業を紹介します。当社では、2016年に3つの"I"、integrated(制御進化)、intelligent(知能化)、interactive(人と機械の新しい協調)からなる「i-Automation!」というコンセプトを打ち出しました。integrated(制御進化)は、オムロンがもっている業界随一の幅広いラインナップとソフトウエアをすり合わせることによって製造現場で高速高精度の機械制御を実現しています。intelligent(知能化)は、製造現場のあらゆる機器をAI・IoTを使って制御する、止まらない・不良品を出さない高品質維持のコンセプトです。interactive(人と機械の新しい協調)は、機械が自律的に動いて人と一緒に働くというコンセプトです。まさに人と機械が相互に協力し合うことで新しいモノづくり、新しいサービスを生み出せると考えています。一方、われわれの主戦場は「高度10m以下」すなわち現場に根差したところが強みです。FAの世界でも、IoTの変化を踏まえ、i-BELTと名づけたサービスを展開しています。

ヘルスケアについては、パーソナライズド医療に向かって、循環器・呼吸器・ペインマネジメントの3つの柱の事業があります。さらに、革新的なセンシングデバイスによって、従来は困難であった計測を実現し、たとえば脳梗塞・脳卒中といった重篤な疾患を未然に防ぐべく「ゼロイベント」を目指した研究開発を進めています。2019年末は、腕時計型の血圧計を発売し、「メジャー」から「モニタリング」への変化を実現しています。

社会システム事業としては鉄道・交通システムで培った経験を軸に事業を行っています。また、世の中にあって有効活用されていないデータをつなげるべく、2017年末に100社を超えるメンバーで発足したデータ流通推進協議会に参画しています。これは、有効なデータをみんなで活用しながら推進していく取り組みです。

次に、知財活動に関してお話しさせていただきます。FAの世界では、これまでは、センサやコントローラをはじめ、コンポを中心としたビジネスを考えることが中心でした。各コンポがネットワーク化されることで、コンポがそれぞれつながっている状況です。そうすると、われわれがビジネスとして考えるべき範囲はコンポ単体だけでなく、工場であったり、企業全体へとつながり広がっていくことであり、その範囲で価値提供できるチャンスが増えているという方向に事業構造の変化が進んでいます。

ヘルスケアの世界でも、IoTへの対応の前に、当社の強みは豊富なコンポ群です。当たり前のことですが、その強みを追求していくことが、まずは大切なことだと考えています。

たとえば、ヘルスケアビジネスはB to Cということもあり、デザインを非常に重視して開発しています。そのような取り組みが評価され、オムロン ヘルスケアが知財功労賞を受賞し、全国発明表彰では意匠権が評価されました。

また、最近の話ですが、電子体温計の形として「立体商標」という形で特許庁に認められました。これは、われわれの強みであるコンポの強みを追求するということで、特許はもちろんですが、意匠権、商標権も駆使して、これを守っていくということです。

講演(2) デジタルヘルスにおける知財保護

製薬協 知的財産委員会 石田 洋平 委員長

本日はデジタルヘルスにおける知財保護というテーマでお話しします。デジタルヘルスの時代を迎え、製薬企業には良質な医薬品の提供に加えて、複数の関係者が患者さんにとっての価値の最大化を目指すバリュー・ベースド・ヘルスケア(Value Based Health Care、VBHC)の一員としての役割が求められています。この背景としては、情報通信技術の進歩により、これまで不可能であった膨大な患者データの即時処理が可能になり、患者さん個人に適合した医療・医薬品の提供が可能になろうとしている点が挙げられます。VBHCでは、患者さんにとっての価値の最大化を目指し、医療機関・保険者・製薬企業等の関係者が効果の最大化およびコストの適正化の目的を共有することになります。患者さん個人からアウトカムデータを収集することが容易になろうとしており、収集されたアウトカムデータを使用して、さまざまなステークホルダーが協働し、患者さんへの治療または予防を提供していくモデルが提案されています。製薬企業の現在の役割は、医薬品関連技術の知財保護により良質な医薬品を含む治療オプションを提供することであり、これは今後も継続されるものです。一方で、デジタルヘルスの時代においては、情報通信技術を中心としたプラットフォーム関連技術およびヘルスケアソリューションの保護により、患者価値最大化を目的とした治療および予防から予後まで総合的なヘルスケアソリューションを提案するというソリューションプロバイダーまたはプラットフォーマーとしての新たな役割が求められることになります。

デジタルヘルス分野のビジネスモデルでは、顧客である患者さんに優れたサービスを提供することにより種々のデータを収集し、収集されたデータを活用して新たなサービスを提供していきます。これを原動力として患者さん個人の行動変容を促し、そのアウトカムとして医療サービスの高度化につなげる循環型のモデルが構築されます。このモデルでは、知的財産の活用によるイノベーションの推進が持続可能な社会の実現の原動力となることが期待されます。

現在の医薬品知財戦略は、研究開発の適切な時期に特許出願および権利化を行って製品を保護するというものであり、技術主導型です。物質特許等の少数の特許で製品を一定期間確実に保護して、投資を回収することになります。他方、デジタルヘルス分野では、自社のコア技術(知的財産)がクラウドデータベースを介して他者の技術と相補的につながり、需要者を意識して競争力を確保するという需要主導型のビジネスモデルが考えられます。このような新たなビジネスモデルでは、特許により製品の独占期間を確保するという従来の考え方(自前主義)とは異なり、知的財産は仲間作りのツールの一つ(技術の独自性のアピール、業務提携等)と考えることができます。デジタルヘルスの知財保護の対象としては、データ提供の場面でのデータ収集デバイスおよびシステム・ユーザーインターフェース、データ収集の場面でのデータおよびデータベース、データ利用の場面でのデータの2次利用成果等が挙げられます。河野氏のご講演にもありましたように、その権利の帰属は、これから議論していかなければならない課題であると感じています。

デジタルヘルスの知財保護における課題を考えてみます。データやデータベースに関連する知財保護は、根拠となる法律(特許法、著作権法、不正競争防止法、契約等)により保護の要件または権利の内容等が異なるため、種々の側面からの多面的な保護を考える必要があります。従来の少数の特許による製品の保護という考え方とは異なり、デジタルヘルスの知財保護においてはコア技術の競争力を高めるために活用できる知的財産権には多様な選択肢があり、要件等が異なるためそれらを組み合わせて権利を取得することが重要です。また、権利の実効性も課題の一つと考えられます。たとえば、クラウドデータベースによりサービスが提供されている場合、特許の使用実態を把握することが困難な場合があります。

これらの課題を解決する方法の一例として、インターネット上を流通するデータフォーマットを保護するデータストリーム特許が挙げられます。データストリーム特許であれば、データベースおよびサーバーが海外にある等の場合でも、他者の国内での実施行為を発見することが容易になると考えられます。また、ビジネス方法としての権利取得も解決方法の一つとなります。さらに、ユーザーインターフェースを意匠により保護することも考えられます。

デジタルヘルスの知財保護においては、知的財産による保護とデータの利用のバランスを考えることが重要です。デジタルヘルスビジネスの価値の源泉となるデータは患者さん、医療機関等の多くのステークホルダーから収集されたものであり、その利活用においては個人情報の保護だけでなく、公平な利用、ステークホルダーへの説明責任および透明性の確保にも留意する必要があり、さまざまな解決すべき課題が残っていると考えています。

まとめますと、多くの製薬企業にとって新しいビジネスモデルであるデジタルヘルスには、患者さん・医療機関・ITベンダーをはじめとする多くのステークホルダーが関与します。ステークホルダーとの良好な関係を構築しつつ、適切な知財保護によって産業の振興を図ることで、患者さんの健康増進だけでなく「持続可能な開発目標」に向けた社会課題の解決に貢献することが期待されます。一方でデジタルヘルス分野においては、知的財産権による独占と関係者間での自由な利活用をバランス良く両立したビジネスモデルが必要であると考えられます。本日ご紹介しましたことの実現には、さまざまな解決すべき課題が残されていますが、解決策をみなさんと一緒に考えていきたいと考えています。

講演(3) デジタルヘルスイノベーションについて

経済産業省 商務・サービスグループ ヘルスケア産業課 課長補佐 佐々木 稔

本日の議論から、製薬会社としては、創薬のプロセスにデジタルを使っていくことよりも、デジタルなソリューションで新しく新規事業を作っていくことを目指していると受け止めました。そのような方向性にわれわれが少しでもお役に立てればと思います。疾患にアプローチしていくうえで、薬が効く領域と薬以外のアプローチが非常に有効な領域があります。たとえば認知症に対して、薬以外のアプローチも非常に重要であろうと思っています。こうしたアプローチに対して情報が果たす役割は非常に大きいです。これまでは医療情報と日常の情報が断絶されていましたが、それらが統合されることで新しいソリューションが出てくると考えています。これまで医療産業では、製薬会社や医療機器メーカーが中心だったのではないかと思います。これからは情報の垣根がなくなっていくことで、ベンチャーが新しいソリューションを出したり、これまでヘルスケアを扱っていなかった企業が新しくヘルスケアに参入したりという動きが出てくると思います。

デジタルの部分に関して、デジタルを支えるようなプレーヤーの多くはベンチャー企業です。われわれはデジタルヘルスに対するアプローチとして、ルールのようなものを作っていくというアプローチと、成功事例をしっかりと積み上げていくというアプローチの2つが存在すると考えています。ルールについて、われわれは研修と認証を考えています。一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)や一般社団法人保健医療福祉情報システム工業会(JAHIS)の協力のもと、ヘルスケアITへの新規参入者に対して研修を提供しています。認証については現在検討しているところです。また、医療関係者との連携が非常に重要になると思っていますが、医療関係者の観点からすると誰が信頼できるパートナーかわからないということや、民間企業の観点からすると複雑な医療の法令がわからないということが問題となっています。この問題点にはしっかりアプローチしていく必要があると考えています。

われわれはデジタルヘルスの導入が進みやすく、かつ、経済的インパクトが大きい領域として糖尿病に注目しています。一般社団法人日本糖尿病学会の先生の協力のもと、患者さん自身がアプリを介して気づきを得て、運動を改善したり、食事を改善したりすることで糖尿病を予防します。一方で、医師は患者さんの日常行動情報を得ることで、運動指導や食事改善ができることを期待しています。われわれは、ヘルスケアのデジタルデータを活用することで、糖尿病に限らず、さまざまな疾患領域でのデータ利活用にチャレンジしていきたいと思っています。たとえば、ウェアラブルデバイスを用いることでパーキンソン病の服薬判断に役立つことが想定されます。医療界と一緒に検討し、医療界がメリットを感じることで、インセンティブにつなげていくようなアプローチが重要であろうと考えています。

さらに、得られたデータをいかに利活用していくのかという視点も重要だろうと考えています。今注目されているのが、Personal Health Record(PHR)です。このPHRは、医療情報というよりは日々の健康情報や健診データを指しており、個々人にひもづいて利活用されていくことが理想的です。それに向け、われわれは今検討会をしています。

デジタルヘルスに関して、デジタルの技術をもっていない方でもデジタルプラットフォーマーと協業することで、デジタルヘルスのソリューションを生み出していけるのではないかと考えています。われわれは、アジアに多く存在するデジタルプラットフォーマーと連携していただけるプレーヤーを募っています。さらに、スタートアップが集まるハブであるヘルスケア・イノベーション・ハブを作っており、日本の主要なヘルスケアのプレーヤーで投資家とのマッチングや政府への規制等の紹介、グレーゾーンの解消等がワンストップでできるようになることを期待しています。

2019年に未来イノベーションワーキングを実施し、報告書をまとめました。デジタルやAI等のソリューションを使うことで、患者さんからも医師にアプローチし、SNS等のさまざまなコミュニティを介して、双方向かつより多くの人々が取り込まれるような、ネットワーク型のヘルスケアを目指しています。

パネルディスカッション デジタルデータを価値の源泉とする新ビジネスの保護の在り方
知財および契約による多面的保護

モデレーター 藤田 卓仙
パネリスト 國光 健一 氏、河野 隆志 氏、酒井 顕一郎 氏、石田 洋平 氏、佐々木 稔

具体的にどのようなデータからどのような価値・サービスが生まれるのか? どのようなビジネスを知財で保護できるのか?

C-CATが発足し、カルテから必要な情報をテンプレートに移し替える作業が発生しました。作業の担い手である医師は、論文執筆や承認申請、診断に使えるという比較的限定的な視野でそのメリットを捉えていましたが、今日の議論を聴いていて、データを利活用する側によっては医療(創薬やバイオマーカー探索、診断薬開発等)以外の幅広いサービスを新たに生み出し得る可能性を感じました。

ヘルスケアデバイスの側から見ると、扱うデータが医療データなのか、その外側(生活パターン等)のデータなのかによって取り扱い方が違ってくると思います。またデータそのものの保護は難しいです。匿名化や仮名化等、それらの利活用の仕組みを考えていく必要があると思います。

製薬企業の場合、ヘルスケアにおけるデータ利活用はワールドワイドに考える必要があります。匿名化されたデータの取り扱い方や海外移転の可否については、国によって異なることに留意しなければなりません。知財の利活用については、(C-CATのように)利用者に権利が帰属するという流れになってくれると製薬企業としてはありがたいです。

この分野で知財とビジネスがどう結び付いているのか? 国際的なトレンドは?

データ(例:活動量や運動強度)を活用した個々のソリューション(例:健康増進)については多くの特許が出ています。こうした特許情報はどういうソリューションを今後考えていけば良いかというヒントになります。データに関しては契約で保護するしかないでしょう。製薬企業はアプリ会社にデータを提供してアプリケーションを作ってもらいます。アプリ会社は提供されたデータを使って開発したソリューションを横展開したいのに対し、成果物を自社で独占したい製薬企業との間でコンフリクトが生じる可能性があります。そのようなことが起こらないようにするケア(例:GEのようなプロフィットシェア)を通じて両者がWin-Winの関係になるにはどうしたら良いか考える必要があると思います。

この分野で知財とビジネスがどう結び付いているのか? 国際的なトレンドは?

デジタルヘルスというと、米国ではデジタル・セラピューティクスの進展が著しいですが、新興国では遠隔診療等、現地の医療提供体制問題を解決するためのソリューションに対するニーズが高いです。日本の企業はこの領域でどこを狙っていくべきでしょうか? 予防に対するインセンティブとはなんでしょうか? これらの問いの解を見出すには、ビジネスモデルを保険償還以外の部分でどう設計(マネタイズ)するのか難しい問題が少なくありません。新しいプレーヤーをどう巻き込むかについては、自社技術を製品化・サービス化するだけでなく、コーポレート・ベンチャー・キャピタル(Corporate Venture Capital、CVC)等、投資家としての役割に取り組んでいる企業も出てきていますので、国をまたいでのプレーヤーマッチングや、海外市場をどう取り込んでいくかについて国として貢献できる部分があると思っています。医療情報を横につないでいくためには、個人情報保護に関する法的な問題のほかに、医療情報をどう標準化していくか、そして海外情報との連携をどう図るのかという課題があります。この部分については国が業界団体と連携してしっかりやっていく必要があると考えます。

国際的にどのようなデータプラットフォームが形成されていて、そこでどんなビジネスが回っているのか? それに対して今後日本はどうかかわっていくべきか?

多くのプレーヤーが集まる場を提供するのがプラットフォーマーであると定義します。GoogleやAmazonはコンピューティング基盤(インフラ)を提供し、IBMやGEはそのうえでアプリ開発基盤(ソフトウエア)を提供するプラットフォーマーです。メルカリ等はそれらの上に乗る決済機能(アプリ)を提供するプラットフォーマーであるといえます。

プラットフォームは、インフラの基盤とその上の開発基盤や、アプリケーションの階層があります。情報に保護や知財はなく、電子カルテの会社を買収すれば患者情報が入ります。信頼されているメンバーでのデータ流通がオープンといっても、誰もがオープンなプラットフォームに乗っかれる話にはなりません。製薬企業がプラットフォーマーとして一翼を担うのはハードルが高く、プラットフォーマーと提携するのが1つの方向性です。

製薬企業は、デジタルヘルスに関しては、IT企業より後れを取っています。キャッチアップし参入するには買収と提携の両方を使っています。買収は差別化するためのクローズ領域で、強みにしたいところを取り込みます。提携は協調領域で、IT企業の技術を活用し、効率的にアプリケーションを開発しています。

会場からの質疑応答
臨床データを所有する会社が買収されることについてどう考えますか?

買収された企業のデータは、自社のために利用可能であり、あり得る話と思います。

個人情報保護法の中では、買収や委託は第三者提供ではなく、スムーズに移行します。買収段階で止める、越境でのデータ移転規制、トラストされている海外でないとデータを止めることを議論しています。医薬品開発業務受託機関(Contract Research Organization、CRO)は委託であり、自社のために集めていない場合も多いです。自分たちのサービス改善にどこまで使って良いのか課題があります。データ企業が匿名化しているから自由に使えると考えていますが、医療データの匿名化を確認しないと同意なくても使って良いとはいえません。同意なくてもデータを使えるケースでも、患者さんの権利を保障した形でデータを使えることを議論しています。

最後に

ヘルスケア・データの利活用による新ビジネスへの期待が高まっています。新ビジネスを保護できるのか、データだからこそ難しい部分もあり、データに関する契約を考えなくてはいけないのが現状です。世の中のためにデータの利活用が進み、健全なビジネスにつながるエコシステムの構築を期待します。

(知財フォーラム準備委員会)

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