政策研のページ ヘルスケア分野のエコシステムについて考える データエコシステムの論点
医薬産業政策研究所(政策研)で医療健康分野のビッグデータ活用の検討を開始して6年目となります。大量多様な情報が石油に代わる資源として、次世代社会(超スマート社会)の新しい価値を生み出していく源泉となるという認識も広まり、近い未来に訪れるデータ駆動型社会に対する理解も深まりつつあります。これからの議論の焦点はこの情報の種類や精度を上げて、収集から活用に至る仕組みをいかに構築していくか、つまり自律的、継続的に発展する「データエコシステム」の創出をいかに実現化していくかという点に移ってきています。医療を包含し、社会生活との垣根もボーダレス化していく「ヘルスケアの未来」をデータエコシステムという視点で考えてみました。
IT分野の飛躍的な進展の中で、産業やシステム、社会の大きな変革(パラダイムシフト)が生まれつつありますが、その中で「エコシステム」という言葉もよく耳にするようになってきました。ご存じのように、そもそもは自然界の生物と環境の相互作用と継続的に調和した生態系を指す言葉ですが、ビジネスを取り囲む環境を指す「ビジネス用語」にもなり、今ではあらゆる社会現象の中で調和のとれた継続性のある環境を指す表現として使われるようになってきました。まさにバズワードといってもいいと思いますが、第4次産業革命と言われる大きな社会変革の中で、キーワードにもなっています。
このような変革は、データ駆動型社会という新しい社会モデルが生まれつつある胎動とも考えられます。データを制する者がビジネスを制し、社会を制する時代とも言われています。医療・ヘルスケア分野でも医療データや健康関連データはもちろん、生活データや嗜好・行動のデータ、そして個人のゲノムやオミックスといった生体内分子データや個人を取り巻く環境のデータ等々、さまざまなデータの関係性について解析が進みつつあり、新しい発見やソリューションといった価値が創造されるステージに変わろうとしています。
この動きを進め、活性化させていくためには、これらのデータの活用が社会的に、そして経済的に大きな価値を生み出すという認識や実感を国民レベルで広く共有し、データの生成、流通、活用、そして成果の実装化(メリットの享受)といったフローがスムーズに循環する「データエコシステム」を構築していくことが必要で、国家レベルで目指すべき課題だと感じています。
医療を包含し、社会生活との垣根もボーダレス化していく「ヘルスケアの未来」をデータエコシステムの視点 で概観してみたいと思います。
エコシステムの概念
まずエコシステムについて考えてみましょう。ビジネス分野で広く使われ始めたのは、米国西海岸シリコンバレーにおいてスタートアップベンチャーの成功の成否を説明する概念として、1990年代初めのことと言われています。※1スタートアップを取り巻く環境を表す言葉として、ベンチャーキャピタルやビジネス関連企業等との協力体制を進め、ベンチャー起業を成功に導き、協力者全体としてWIN-WINの好循環を作って、サステナブルに共存する状況をエコシステムと表現しました。現在はICT業界をはじめとして、広く産業界で新しいシステムやイノベーションの導入、新しいビジネスやオープンプラットフォームの研究体制の構築といった幅広い対象に「エコシステムを目指す」といった表現で使われています。
たとえばICT関連の新規事業の場合では、その事業を推進するメインプレイヤー(たびたびキーストーンと表現されます※2)、その事業にかかわりをもつ多様な企業(ニッチプレイヤー;産業界の垣根もボーダレス)群、そして多くの場合、消費者や社会を含んださまざまなステークホルダーすべてが協創的なエコノミーを形成しています。この「エコシステム」でメインプレイヤーは従来の「自前主義」では取得が難しい新しい価値やイノベーションの創出、またバリューチェーンの中での補完的関係を拡大する連携化等を目論むことができます。さらに、多くの参加者や社会がともにメリットを享受できる仕組みとなることで、システムの持続性や拡大へとつながっていきます。
このビジネス用語で表現されている幅広い「エコシステム」を具体的に定義することは難しいのですが、多くの場合「共進化(coevolution)※3」を行うプロセスに注目して比喩的な表現として使われているようです。SOMPO未来研究所ではビジネスエコシステムの類型として、図1のようなパターンを説明しています※4(ただし、包括的な分類でも、また排他的な分類でもありません)。
このエコシステムの類型について、以下に少し補足を入れて説明します。
(1)ともに成長する企業群
1990年代に使われ始めた。《中心となるメインプレイヤーと川上企業(原材料、部品等を供給)、顧客がエコシステムを形成し、全体の事業効率化を進めて、ほかのメインプレイヤーやエコシステムとの競争を行う。川上企業との資源吸引※5の強さが競争力を高める》
(2)イノベーションを目指す企業群
2000年代に入り使われ出した。《研究におけるオープンイノベーションの取り組みのように、探索、開発、収益化のそれぞれのフェーズで外部リソースの活用や連携を行い、参加者全体として、経営資源を相互利用し、役割分担、協創、効率化を進めるエコシステム。成熟した知的クラスターや産業クラスターの仕組みをエコシステムと表現することもある》
(3)起業・スタートアップを生む場
1990年代前半にスタートアップ環境に使われ始め、エコシステムの言葉が広まった。《起業を支援する投資家、インキュベーター、アクセラレーター等がエコシステムの構成要員。起業の成功が増えれば、エコシステムの支援者が増え、エコシステムも成長する。さらに起業家が投資家へ転じる等、循環と成長を伴うエコシステムが生まれる。シリコンバレー等「場所」も重要な要素》
(4)プラットフォーマーの築く経済圏
2010年代~。《GAFA※6に代表されるプラットフォーマーを介するエコシステム。デジタルは必須ではないが、多くの事例でデジタル化とサービス受給者の情報の収集・活用が利益の源泉となっている。構成員同士のつながりは緩かで、プラットフォーマー、ユーザー(サービス受給者)、事業者(財・サービスの供給者)が構成要員》
(5)製品・サービスを際立たせる企業群
比較的新しいエコシステムの類型。《(1)の類型との違いは、サプライチェーンのエコシステムではなく、販売プロセスにおけるエコシステムを想起している点。製品・サービスの提供者を中心として、それらを際立たせる補完材※7(コンテンツ、使い方等)を提供する事業者等がエコシステムを構成》
よく使われる事例で整理されていますが、すでにエコシステムという言葉はこのような類型を超えて独り歩きしている状況があるようです。しかし、ビジネスに関するエコシステムの概念にこのような違いがあることは理解しておきたいところです。また、往々に自律・継続的に共同の進化ができる体制になっていない環境であっても、エコシステムという表現がされていることも多く、現在はビジネス以外の社会活動でも比喩的に使われてもいます。
(1)から(5)の類型で共通していることは、各エコシステム内では参加者間で協力関係と競争関係が育まれつつ、コミュニティ全体としては共進的に発展が目指されている状態であることです。また、それに加えて同類のエコシステム間で競争、淘汰、相互依存関係等が生まれ、さらに大きな視点でのエコシステムが形成されていく状況も発生します。エコシステムの範囲は一元的ではありません。
自然界では森があり、山があり、高原があり、砂丘があり、それぞれにエコシステムが存在し、それらを複数包含した地域のエコシステムがあり、さらに国レベル、世界レベルのエコシステムが存在するといったように、概念としてのエコシステムもさまざまな段階の視点があります。
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※1「ビジネスエコシステムとは何か——その定義と背景を学ぶ」椙山泰生(京都大学経営管理大学院)2016.9.29.「エコシステム」という言葉は1980年代の「省エネルギー・リサイクル」の議論にも用いられている。経営学に持ち込まれたのは、ジェームス・ムーア博士の論文「捕食と被食:競争の新しい生態学」(1993年)から。
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※2建築でアーチの頂部にある要の石。生態学において生態系に大きな影響を及ぼす種を中枢種という意味でキーストーン種と呼んでいる。
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※3共同の進化のこと。注※1のジェームス・ムーア博士の論文(1993年)の中で、ビジネスエコシステムの概念として述べられた。
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※4「ビジネス・エコシステムとは何か」隅山正敏、SOMPO未来研究所レポート vol.75(2019年9月30日発行)
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※5資源吸引:当該企業が取引相手先企業の限りある経営資源をどれだけ優先的に自分に配分してもらえているかを表す言葉
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※6米国を代表するIT企業Google、Amazon、Facebook、Appleの4社を指す。
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※7補完材:ある製品やサービスに対して、互いに補完しあうことで消費者が効用を満たす、あるいは効用が高まる製品やサービスのこと。例としてDVDソフトとDVDプレーヤー、アプリケーションとインターネットインフラ等の関係。
ヘルスケア分野のデータエコシステム
それでは日本におけるヘルスケア分野のデータエコシステムをどのように概念的に捉えたらいいのでしょうか。
近未来的に訪れようとしている「データ駆動型社会」においては、取得できるあらゆるデータを仲介として、収集・解析によってデータの解釈を付加・蓄積し、個別のデータに対する判断や予測を行ったり、事象の原因解明やコントロールを行ったり、今まで人類が気づかなかった、あるいは対応が難しかった事柄に新しい発見や価値を与えてくれます。これらの積み重ねがパラダイムシフトを実現していく革新につながるわけですが、そのデータの収集や活用が自律的に持続的に拡大していく環境を「データエコシステム」と捉えたいと考えています。
ヘルスケア分野では、医療・ヘルス・介護の領域を中心にさまざまなデータプラットフォームから取得されたデータが有機的に組み合わされて、新しい価値を生み出すデータエコシステムが形成されていくわけですが、そのデータ収集や活用においてさまざまなプラットフォーム構築の重要性が認識されています。
一方で、プラットフォームの活用がすなわちエコシステムとなるかというと、その捉え方は必ずしも正しいものではありません。プラットフォームとエコシステムは類似した概念として説明されることもありますが、プラットフォームを使用して提供されるサービスや製品等の供給者や受給者との共進化が得られる環境が作られることによって、エコシステムと表現される状況が創成できます。その意味でエコシステム形成の重要な要素の一つと捉えたほうが理解しやすいと思います。
米国の巨大企業(プラットフォーマー)であるGAFAはヘルスケア領域のプラットフォーム作りをグローバルレベルで進めており、併せてプラットフォーム内での補完的デバイスやコンピューター解析等のサービスを自らも手掛けています。あらゆる情報はデジタル化して蓄積されていきますが、このデジタル化はコスト構造を変えて規模の利益が働き続ける状況を作り出すことに貢献し、プラットフォームを利用する企業やユーザーにはプラットフォーム活用の利便性、効率性、低コスト等により、協創的なエコノミーが形成されています。GAFAに代表されるプラットフォーマーの活動は、まさに先ほどの(4)の類型であり、(5)の類型でもあるといえます。日本のヘルスケア全体のエコシステム創出の中で、これらのプラットフォームをいかに活用するかも、エコシステム全体の拡大と質の改善の有力な方策と捉えるべきでしょう。
日本のヘルスケア全体という規模でデータエコシステムを考えてみますと、そのシステムの源泉である多様なデータの活用のためのプラットフォームの選択には流動性があります。相補完するプラットフォーム間ではエコシステムに残っていくための競争、淘汰、相互依存等の関係があり、プラットフォームの刷新によって、エコシステムも成長していきます。すでにドメスティックに形成されつつあるものを含め、プラットフォームの形成と成長にはこれからもダイナミックな動きが考えられますが、その有用なプラットフォーム間をつなぐ国レベル、国際レベルのアーキテクチャー(制度設計・法改正等)が進展していくことが全体のデータエコシステム構築の下支えとなることは間違いありません。
ヘルスケア分野のソリューションと産業の役割
このようなデータエコシステムが形成されるにあたり、次世代の医療・ヘルスケア分野のターゲットとする『目標(ソリューション)』の変化が起こりつつあります。つまり、従来の医療・ヘルスケアの中で行われていた治療や健康対応から、「健康長寿・生活自立支援」といった社会のあるべき方向性を踏まえた目標へと変化しつつある状況と考えられます。言い換えると、これがヘルスケア領域におけるデジタルトランスフォーメーションの目的とも重なっているのではないかと思っています。その活動の源泉となるものがデジタル化されたデータであり、]多様なデータのもつそれぞれの特性の重要性は今後ますます高まっていくと考えられます。
このエコシステムを進展させる『ソリューション』創出のために、製薬産業がどのような役割を担っていくことが期待されているのかを考えてみますと、従来の創薬だけではないことは明らかです。もちろん製薬産業が創出を担ってきた画期的新薬の重要性が低くなることはないと思いますが、健康管理や疾患管理、予防・先制医療、疾患治療、リハビリテーション、生活の質といったあらゆるシチュエーションの中で考えますと、ソリューションは必ずしも薬とは限りません。いわゆるデジタルヘルスや疾患管理に使うアプリやデバイス等の補完材としての位置づけも高まりつつあり、「もの」から「こと(サービス)」への大きな変化がすでに現れ始めています。
データ駆動型ヘルスケアの中でさまざまなデータが取得され、健康管理から疾患管理、疾患治療(予防・先制医療)へと進むデータドリブンの研究の中で、多様な成果や価値が創出されることが期待されています。革新的新薬に到達する研究は疾患の因果解明が伴う深い研究段階が必要ですが、その到達の過程で、疾患に影響する因子や疾患関連性を示すデータ等多くの知見が集積されていきます。このような情報や発見もデータ駆動型医療・ヘルスケアに貢献できる新しい価値としてフィードバックが期待されます。データエコシステムの中で、製薬産業の立場からもデジタルヘルスやデジタルセラピューティクス等も含めたより幅広い多様な成果を求める戦略への変更も考慮する必要があると考えられます。
データの流れから見たヘルスケアデータエコシステム
目指すところは種々のプラットフォーム(あるいはデータエコシステム)を集めて、幅広い多様なデータの活用と、健康や経済や社会、国民満足度といった視点で大きな成果を得る仕組みをターゲットとすることです。
ヘルスケア(医療を含む)のデータ循環において主役になるのは、デジタル化され幅広い解析と活用を行えるデータそのものです。このデータの重要な要素を整理してみると図2のようになります。(1)データの多様性と連結、(2)データの継続性、(3)データの質の確保(目的に応じたデータの質、標準化・構造化・クレンジング、時系列アウトカムの把握、等)、(4)データのアクセシビリティ(利用者、提供者がともにアクセスできる環境が必要。データのセキュリティや倫理性等の対応も含む)、それに付け加えて(5)データ提供者への解析結果や成果の還元がスムーズに実施されること(価値の創出と社会還元)。以上の5つの要素が満足できることで、データ循環の仕組みが成り立ち、データがサイクルとして回ることでデータエコシステムの形成が担保できると考えています。
データ流通・活用については、多種のステークホルダー(プレイヤー)が存続しますが、概念を短絡化するために単純なモデルで考えてみます。データ提供者(データを提供するとともにデータの利用や成果の利用をする立場)、データ管理者(データを収集し、1次利用をする立場)、データ利用者(2次利用をし、広く成果を創出する立場)で、データ活用のエコシステムの中での関係性を見たものが図3です。
「データの提供者」は一般に患者さんや生活者です。つまり、国民全体がデータ提供者となる可能性をもっています。「データ管理者」はこれらのデータを収集して、1次活用しようとするところです。多くの場合は医療機関であり、国や保険者といった公的機関であり、Personal Health Record(PHR)の収集では企業や民間事業者といったところとなります。そして収集されたヘルスケアの情報が、公的機関やアカデミア、民間ヘルス関係企業等の「データ利用者」に流れることによって、マルチな解析が行われ、連結されたデータから新たな価値が創出されます。その成果が広くデータ提供者や社会に還元されます。そのための各プレイヤーをつなぐ源泉が「クオリティ(質を確保された)データ」であり、「データアクセシビリティ(データを利用できる環境)の確立」であり、創出された「新しい価値(成果物)のフィードバック」の流れと考えています。
具体的にどうやってこの流れを築くのかがまさにヘルスケア分野のデータエコシステム構築の論点となります。ここではその論点の詳細には入りませんが、マクロの視点で、次世代ヘルスケアを支える「データエコシステム」達成のキーは、特にデジタルデータの活用と得られた成果の社会還元にあることは明らかと考えています。全体のマネージメントとフローが円滑に回るようなアーキテクチャーをいかに整備していくかというアプローチが重要ですが、この点は政府・行政にゆだねざるを得ない部分が多いと思います。このアプローチはまさしくDigital Transformation in Healthcareの実現を目指す活動につながるものです(図4)。
日本のヘルスケア分野のデータエコシステム構築についての論点
「未来投資戦略2018」の中で、Society5.0やデータ駆動型社会への変革について国を挙げた議論が行われ、その重要分野としてヘルスケア分野の取り組みも採り上げられ、KPIや課題、施策がまとめられているところですが、どのようなデータエコシステムを構築していくのかといったマクロ的視点で具体的なロードマップが示されてはおらず、そのアプローチは必ずしも明確ではありません。
この分野のデータ収集・活用という視点から特に4つの論点についてコメントしたいと思います。
(1)PHRとして多様なデータの連携ができるプラットフォーム構築
PeOPLe※8の議論がありましたが、PHRの視点でデータ集積の要となるプラットフォームを構築することが重要と考えています。将来的にPHRの重要性が高くなることは研究会報告書の中でも述べています※9。ここでは、PHRについて詳細を記載するのは避けますが、Precision Healthcare/Medicineに向けて大きなパラダイムシフトの進行が見えている中で、ライフコースヘルスデータの解析ができるプラットフォームが期待されています。ゲノムデータも、診療データもPHRの一部と捉える発想が必要ですし、そのうえで「個人を軸としたデータ流通のプラットフォームやPHRの活用ができるデータエコシステム」の構築が期待されます。
(2)現場活用を優先した医療情報の収集プラットフォーム構築(現場ファースト)
一方で、現時点でヘルスケア分野のデータ活用を考えたとき、個人の疾患履歴やカルテ情報等の医療情報の重要性は否めません。医療現場での活用ファーストの体制構築が2つ目の論点となります。医療情報を中心として病因や疾患発症プロセスが明快になることが全体のパラダイムシフトのキーになることは異論をはさまないと思います。次世代医療基盤法のこれからの運用論議でも精度の高い病院情報の集積・活用が焦点ですが、医療現場や患者本人が活用できて、データ駆動型医療に対するインセンティブが明確でなければ、そもそも精度の高いデータ集積は難しいと思います。長年医療情報の標準化や構造化の議論等、現場での活用を進めることが取り組まれてきましたが、たとえば、AI支援カルテシステム、LHS※10による医療改善等、現場のメリットが見え、実効性のあるシステム構築が期待されるところです。
(3)データ駆動型社会、Society5.0を進めるアーキテクチャーの実践
次がイノベーションを進めることに効果的な国のアーキテクチャーの推進ということです。データエコシステムを回していくアプローチでは、技術・システムの革新的な進展が見られる中で、イノベーションとアーキテクチャー(法制度や社会システムの整備・設計)の調和が重要で、加えてビジネスマインドが欠かせない要素であることはかねてより指摘があるところです。公的な仕組みであっても、民間を含めたマネタイズを考慮した制度設計が必要と考えています。また、パラダイムシフトの実現といった社会制度を大きく変えることを前提に議論が必要なことは言うまでもありません。特にこの領域のデータ活用においては、個人情報保護とデータ活用のハーモナイズを明確にしていかなければなりません。さらに医療とヘルスケア、社会生活の境界がなくなりつつあるといった社会変容(超スマート社会への変革)についてもアーキテクチャーに反映する必要があると思います。
(4)データを改善、拡大するプラットフォームの幅広い構築・受け入れ
さらに医療実装の中でデータ活用を進める際にプラットフォームのインフラ構築がネックになっている状況(たとえば、電子カルテの普及、Electronic Health Record(EHR)システムの構築※11等)から、データエコシステムにつながるデータ収集や活用が顕在化されていないという状況があります。一方で、GAFAに代表されるプラットフォーマーの台頭にどのように対処するかという問題意識もあります。しかしライフコースヘルスケアにかかわるデータ活用に、多様なプラットフォーム構築とデータ連結の仕組みが必要であることは言うまでもないことです。グローバルなデータ連携の視点も必要であり、海外のプラットフォームを含む既存の提供サービス等の活用と、さまざまな日本独自のプラットフォームの構築と連携が問われています。新設プラットフォーム構築に際して、先行投資的なアプローチは避けて通れませんが、データ駆動型未来ヘルスケアの体制づくりが未来社会の重要テーマであり、将来的な価値の創出やグローバルでのリーダーシップにつながるという期待効果も踏まえて、迅速な国家的取り組みが待たれます。
日本のヘルスケア分野でどのようなデータエコシステムを構築していくのか、未来社会へとつなげる具体的なアーキテクチャーを含めた議論が必要です。このレポートではエコシステムについてビジネス的な概念も踏まえ整理をし、データ流通の面からヘルスケアデータエコシステムの概念について考えてみました。また、マクロ的に筆者が注目している4点の論点についてコメントを入れています。これからも、これらの論点を具体的に検討を深めつつ、その中での製薬産業のあるべき方向性や役割について政策研究を進めていきたいと思っています。
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※8PeOPLe(Person centered Open PLatform for well-being):「保健医療分野におけるICT活用推進懇談会」が提言した「患者・国民を中心に保健医療情報をどこでも活用できるオープンな情報基盤」
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※9医薬産業政策研究所「医療健康分野のビッグデータ活用研究会報告書 Vol.4」(2019年5月)(PHR活用をメインテーマにしている)、「PHRの標準化に向けて -クオリティデータ収集の視点から-」政策研ニュースNo.58(2019年11月)
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※10LHS(Learning Healthcare System):医薬産業政策研究所「Learning Healthcare System —実臨床データによる医療の検証・改善—」政策研ニュースNo.46(2015年11月)
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※11医薬産業政策研究所「Electronic Health Record —医療ビッグデータの多角的利用に向けて—」政策研ニュースNo.49(2016年11月)
(医薬産業政策研究所 統括研究員 森田 正実)