トピックス 「製薬協プレスツアー」を開催 深海堆積物、深海微生物菌株、遺伝子情報等のリソースを、国内の民間企業等の外部機関に広く提供することで、オープンイノベーション体制による深海バイオ資源の開発を推進する「国立研究開発法人海洋研究開発機構」を訪問

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2019年度の製薬協プレスツアーは、2019年12月18日に国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)の生命理工学センター(神奈川県横須賀市)を訪問しました。JAMSTECは、「新たな科学技術で海洋立国日本の実現を支え、国民、人間社会、そして地球の持続的発展・維持に貢献する」ことを使命として、(1)地球環境変動の統合的理解とその予測、(2)地球内部ダイナミクスの統一像の構築と地震・津波の防災研究、(3)生命の進化と海洋地球生命史、(4)資源研究・海洋地球生命工学の新たな展開、といった課題に挑戦しています。今回のプレスツアーの内容は、一般紙・業界紙の記者9名と製薬協広報委員7名の参加のもと、JAMSTECの海洋機能利用部門の中核である「生命理工学センター」の取り組みに関するセンター長の出口茂氏によるわかりやすい講演と、有人潜水調査船「しんかい6500」の視察でした。参加者は、海洋生物研究と製薬産業とのかかわりの可能性という観点も踏まえて取材をしました。

講演の様子 講演の様子

深海バイオテクノロジーとオープンイノベーション 第四次産業革命時代のヘルスケア・データの取り扱い

国立研究開発法人海洋研究開発機構 生命理工学センター センター長 出口 茂 氏

国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)は、地理的には海の表面から深海底・地殻まで、生物の切り口では水族館で見かける海洋生物から極限の環境に生きる微生物までを研究対象としています。日本国内に5ヵ所の拠点(青森、横須賀、横浜、高知、沖縄)があり、生命理工学センターは横須賀に所在します。

この敷地はもともと海軍航空隊の基地であったところであり、戦後しばらくたってから敷地がJAMSTECと日産自動車追浜工場に分かれました。JAMSTECが所有する「しんかい6500」は横須賀にあります。

我が国の海洋を取り巻く環境

日本の陸上面積は国別で世界第61位です。しかし、領海面積を見ると、米国、フランス、オーストラリア、ロシア、カナダという大国に次いで世界第6位となります。

海にはさまざまな資源が存在します。たとえば、南鳥島周辺の5500m海底にはマンガン団塊が大量に存在し、希少金属のコバルトが国内消費の1600年分相当が含まれると考えられています。

最後のフロンティアである宇宙と深海

人類にとって、宇宙と海は最後のフロンティアです。このフロンティアに、日本では、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)(宇宙)とJAMSTEC(深海)が挑みます。どのようにそのフロンティアに到達するのでしょうか。そのフロンティアに到達した人類は何名いるのでしょうか。

宇宙
最も近い天体である月は、片道約38万kmです。1969年7月20日に初めて3名の宇宙飛行士が月面に着陸しました。米国の6回に及ぶミッションを通じて、12名の宇宙飛行士が月面に到達しました。
深海
海の深さは、海洋面積の半分以上が3770m以上であり、実はとても深いのです。さらに、水深6000m以深は超深海と呼ばれますが、中でも最も深いマリアナ海溝のチャレンジャー海淵の水深は約11kmあります。つい最近まで人類は3名しかこのフロンティアに到達していませんでした。1960年1月23日、初めてチャレンジャー海淵に人類2名が到達しました。3人目は、2012年3月26日に映画「タイタニック」の監督であるジェームズ・キャメロン氏、2019年には米国投資家が相次いで5回超深海に潜ったので、現在は超深海に到達した人類は累計8名になります。

なぜたった3名しかマリアナ海溝の底に到達していなかったのでしょうか。11kmという距離は、上空でいえば国際線の飛行機が飛んでいるくらいの高さになります。それは深海が大変危険な環境であることに理由があります。たった10m潜るだけでも1気圧上昇します。マリアナ海溝の最深部では1100気圧となり、そのような危険な環境に到達するためには、それ相応の技術と経験がないとできません。現在、深海を調査している国は、日本のほか、米国、中国、フランス、英国、オーストラリア等が挙げられますが、いずれも広い領海を抱える国々になります。

有人での深海の調査の意義

なぜあえて有人での潜水調査にこだわるのでしょうか。ロボット技術や無線技術による無人の調査も著しく進歩していますが、深海には電磁波が到達しない等の陸上とは異なる制限も存在します。有人での潜水調査にも同様に困難は存在しますが、ノーベル賞受賞者がしばしば口にする「セレンディピティ」(予想外の発見)を研究者は信じています。「しんかい6500」の小窓を通じて見る深海の世界から得る直感はかけがえのないものです。完全無人での調査だけに頼ってしまったら、研究者の直感と考え方の泉が枯れてしまうかもしれません。

深海の極限環境

200mより深い海には太陽光は届きません。したがって、太陽光によって海水が温められることはありません。光が届かない漆黒の闇の中で、低温(0~4℃)そして高水圧という過酷な環境であるのが深海です。その深海の中で、水圧の存在がユニークな物質を生み出すことになります。たとえば超臨界水です。水は、気圧が低い富士山山頂では約90℃で、エベレスト山頂では約73℃で沸騰します。逆に218気圧の環境では、水の沸点は374℃まで上昇します。この状態の水は「超臨界水」と呼ばれ、水と水蒸気の区別がつきません。通常は自然界には存在しない物質ですが、超高圧の特殊な環境である深海で、マグマ(700~1200℃)の影響で熱水噴出孔が存在する海底には、この超臨界水が天然に存在します。超臨界状態では、水と油が自由に混ざります。この特性がナノテク(ナノエマルジョン)として機能性食品や化粧品等に使用されています。

深海での生存戦略

これほどまでに過酷な環境である深海に、生物が存在するとは到底思えないかもしれませんが、生物の生存戦略には驚くべきものがあります。深海の堆積物をサンプリングすると、多種多様な微生物を検出します。たとえば、マリアナ海溝底から単離された絶対好圧菌は深海5000m相当より低い圧力下では増殖できませんが、800気圧で最も活発に活動します。また、122℃で増殖する超好熱菌も存在します。地表の生物は、太陽エネルギーへの依存が圧倒的に大きいのです。太陽光が届かない深海は、ほとんどが堆積物に覆われた、あるいは荒涼とした岩肌の海底が続きますが、海底火山等に存在する熱水噴出孔の周囲には深海生物が密集します。この生態系を支えるのは、熱水に含まれる水素や硫化水素等の還元的物質をエネルギー源として有機物を合成する化学合成微生物です。熱水噴出孔は、いわば、砂漠の中のオアシスのように豊かな生物叢を形成しています。また、海の表面から沈降するマリンスノー(プランクトンの排泄物や死骸等)、地震による海底斜面の地崩れ、あるいはクジラのような大型生物の死体の沈降等によっても、光合成有機物が深海に供給され、深海の生物の貴重なエネルギー源となります。

深海生物の仕組みに学ぶ

バイオテクノロジー(発酵、細胞融合、遺伝子組み換え、クローン等)は、ある程度なじみのある言葉となっていますが、これは生物の作用を活かした技術といえます。これに対して、深海生物においては、深海生物が生存するために採用する仕組みそのものを学ぶバイオミメティクス(生物模倣)が重要です。たとえば、カイロウドウケツは、体がガラス繊維でできており、通信技術に使用される光ファイバーと同じ構造をもっています。人類が光ファイバーを製造するためには、ガラス繊維を高温で加工する必要がありますが、カイロウドウケツは低温でガラス体を形成します。また光ファイバーよりも一つひとつの繊維が細く、曲げに対しても耐久性があります。いわば、超省エネ工程で光ファイバーを天然に製造しているともいえ、この仕組みを解明して、なんとか実用化できないかを研究しています。

深海バイオリソースの外部提供

私たちの社会は、これまでのリニアエコノミー(資源を採取し、製品を作り、そして廃棄するという一方通行の経済活動)からサーキュラーエコノミー(生産・消費・廃棄のそれぞれの段階で資源を循環させて、破棄物を出さない経済活動)に移行しようとしています。海から物をとってきて役割を終えたら廃棄するという時代から、海からとってきた情報を活用し、持続的に循環する環境を作るという時代になります。このような時代において、深海生物・深海微生物が有す独自の生存戦略は、人類にとってイノベーションの源泉になると考えています。

これまでは、深海バイオリソースは、その入手が至難の業であり、また、学術的な利活用が進む一方で、商業ベースでの価値化ができない状況にありました。このため、JAMSTECでは、これまでも陸上で進められてきた有用微生物探索の範囲を深海にまで広げることで、地球上すべての微生物資源を開発し、社会に還元することを目指してきましたが、その枠組みを拡大し、企業のアイデアを深海バイオリソース活用に直結する枠組みの構築を進めています。具体的には、オープンイノベーションを軸とした深海バイオ・オープンイノベーションプラットフォームを2017年に設置し、深海バイオリソース(堆積物、微生物、ゲノム情報)を外部機関に試験的に提供できる体制を整えました。そして、2020年2月から本格的に外部機関への深海バイオリソースの提供を開始しました。

本事業は、JAMSTECが所有する深海バイオリソースを、国内企業や研究機関に積極的に活用していただくことが目的であり、初期費用を低く抑えています。提供するリソースの所有権はJAMSTECにありますが、利用者がリソースを活用して得た改変物の所有権は利用者に帰属します。また、積極的な活用を促進するため、リソース・副生物・改変物の知財権は利用者に帰属することを原則としています。すでに、試験的にバイオリソースを民間企業や大学、国の研究機関に提供していますが、JAMSTECの活動を広く一般に知ってもらい、より多くの外部機関に深海バイオリソースを活用していただきたいです。

「しんかい6500」の見学

講演後に、世界で2番目に深く潜水できる有人潜水調査船「しんかい6500」を見学しました。「しんかい6500」は、文字通り6500mの深さまで潜ることができ、3名の乗員が海底の調査活動を行います。活動領域は、日本近海のみならず、太平洋、インド洋、大西洋といった世界中の海底に及んでいます。

施設見学 施設見学

過酷な深海の環境に繰り返し何度も耐え得る高い信頼性を確保するため、「しんかい6500」のコックピットは内径2mのチタン合金製の鉄球である「耐圧殻」に守られています。また軍用潜水艦と異なり、「しんかい6500」は浮くように作られており、潜水するときは「おもり(バラスト)」を積んでいます。地表では約26トンの重量がある「しんかい6500」が海中で海底を自由に離れて操船するために必要なのは浮力材であり、100ミクロン以下の空洞である微小のガラス球をエポキシ樹脂で固めたものです。この浮力材が「しんかい6500」の隙間という隙間にぎっしり組み込まれています。

ちなみに、「しんかい6500」を操作するためには小型船舶の免許が必要とのことです。

しんかい6500(実物大模型) しんかい6500(実物大模型)

(広報委員会 政策PR部会 河上 崇陽

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