トピックス 「薬剤耐性(AMR)セミナー」を開催 感染症対策の歴史と現状 ~センメルヴェイスからの学び~

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「薬剤耐性(AMR)セミナー ~センメルヴェイスからの学び~」は、公益社団法人日本医師会と製薬協との共催イベントとして、11月の薬剤耐性(Anti-Microbial Resistance、AMR)対策推進月間に合わせ、2019年11月22日に日本医師会館(東京都文京区)にて開催されました。本セミナーでは、感染症対策の歴史と我が国におけるAMR対策の現状や、新規抗菌薬開発の現状等について、産学官それぞれの第一人者より発表がありました。また、AMR問題が喫緊の社会問題であることを、一般市民ならびに医療従事者、政府関係者がさらに理解するためのメッセージが、パネルディスカッションを通じて発信されました。

会場の様子

開会挨拶

冒頭の挨拶で、日本医師会会長の横倉義武氏は、1818年ハンガリーに生まれたセ ンメルヴェイスが、19世紀半ばに脅威とされた産褥熱対策として、手洗い励行による予防を推奨する功績を残したこと、また2018年に彼の生誕200周年を記念し、日本赤十字社本社に彼の胸像が設置されたことを紹介しました。また、薬剤耐性(AMR)に対する取り組みについては、2016年に我が国初の「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」が策定されて以降、抗菌薬適正使用の重要性周知が図られており、日本医師会も積極的に取り組んでいること等を述べました。

日本医師会
会長 横倉 義武 氏

講演1 感染症の歴史と現在の課題〜センメルヴェイスの教えから学ぶ〜

特定非営利活動法人日本医療政策機構 代表理事、政策研究大学院大学 名誉教授
黒川 清

日本医療政策機構代表理事・政策研究大学院大学名誉教授の黒川清氏は、講演の中で、パスツールらによる細菌学の発展以前の時代に、センメルヴェイスが産科施設間での産褥熱発生率の違いに着目したこと、また、産褥熱とそれ以外の疾患により死亡した患者さんの病理解剖所見の類似性に着目し、お産ごとに消毒薬による手洗いを励行したこと等のエピソードを紹介しました。また、グローバル化した現代において、地域・国家間の伝播により耐性化した細菌やウイルスによる感染症が突然問題となった際に、センメルヴェイスの観察から導き出された仮説に基づく対策を講じた先見性から学ぶ意義は大きいことを指摘しました。

講演2 AMR(薬剤耐性)を取り巻く諸課題〜

国立研究開発法人国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター センター長
大曲 貴夫

国立国際医療研究センター病院国際感染症センター長の大曲貴夫氏は、これまで本邦においてAMR対策アクションプランに応じさまざまな対策が行われたこと、ならびにそれらの成果や課題について発表しました。

課題としてまず、日本は欧州各国と比較し、住民の薬剤耐性・抗菌薬に関する正確な知識の保有率が低く、正しい知識に触れる機会をさらに増やすことが必要であると述べました。また、地域でのAMR対策では、中小病院や高齢者施設での感染症対策・診療の支援が必要であり、ガイダンスを作成すること、また、感染防止対策加算医療機関のネットワークをさらに拡大し、支援を広げる必要があると述べました。抗菌薬の適正使用については、感冒の診療が年々改善され、2015年には60%だった抗菌薬処方率が2017年には30%まで低下しましたが、まだ不十分であること、また「抗微生物薬適正使用の手引き」等により、抗菌薬使用量全体は2018年に2013年比10.6%低下した一方、注射剤は10.0%の増加であり、65歳以上の高齢患者さんへの注射剤使用が要因となっていることを述べました。そのほか、海外からの耐性菌の持ち込み、ワンヘルスでの対策、抗菌薬の供給不足・新規抗菌薬の開発停滞等、さまざまな課題についても指摘しました。

一方、成果として、感染対策連携共通プラットフォーム(J-SIPHE)構築について紹介しました。各医療機関の微生物の検出状況や抗菌薬の使用量の実態が可視化され、他施設、ナショナルデータとの比較が可能になったことで、耐性菌対策に役立てることができるようになったと述べました。

最後に、過去15年間は抗菌薬の適正使用の概念の啓発と用法・用量の変更、適応拡大によるアンメット・メディカル・ニーズを満たしてきたが、次の10年は社会の各ステークホルダーとともにAMR対策を推進し、日本がグローバルリーダーとなって医療と社会の発展に寄与することが重要だという展望を述べました。

講演3 感染症対策における日本製薬工業協会の取組み

製薬協 川原 章 専務理事

製薬協の川原章専務理事はまず、製薬協の概略や製薬業界をめぐる状況等を説明した後、製薬協の感染症対策、特にAMR対策への取り組みについて説明しました。

AMR対策アクションプランの中でも、製薬産業は特に「抗微生物剤の適正使用」「研究開発・創薬」について最も期待されており、医療現場にさまざまな細菌やウイルス等の病原体に対応する治療薬を供給しているものの、病原体の種類によっては、予防・治療手段はいまだ十分ではないと述べました。

また、製薬協が、国内感染症関連学会や医師会等の関係団体、アジア製薬団体連携会議(APAC)、日経アジア・アフリカ感染症会議との連携等を通じて、AMR対策に関するさまざまな普及啓発活動に取り組んでいることを紹介しました。さらに、2019年のG20大阪サミット保健アジェンダには、研究開発、創薬が持続可能となるための環境整備、すなわち、プル型インセンティブ(1)Market Entry Reward、(2)Transferable Exclusivity Extension、(3)買い取り保証、(4)薬剤プロファイルに基づく薬価事前審査制度)の必要性について提言し、首脳宣言にこれらを検討する旨が盛り込まれたことにも言及しました。

最後に川原専務理事は、AMR対策で切り札的なものはなく、地道に取り組んでいく必要があることを指摘しました。特に研究開発型の製薬産業として、抗菌薬の持続的な研究開発につながるプル型インセンティブを早期に導入し、具体化に向けた産学官の連携が最も重要と考えている、しかし、調査費用やインセンティブの財源、制度導入にかかる国民的な同意という意味でハードルは低くないことに触れ、国民の理解を得ながら前進していきたいとの決意を述べました。

講演4 行政の立場からの感染症の諸課題および国際協力について

厚生労働省 健康局 結核感染症課 専門官 嶋田 聡

厚生労働省健康局結核感染症課専門官の嶋田聡氏は冒頭、日本における結核の問題や、グローバル化に伴う人の往来の増加により、感染症は国内だけでの問題ではないことを指摘し、抗菌薬を、将来にわたり価値のあるものにし続ける必要性について述べました。

講演の中で嶋田氏は、日本は現在、世界保健機関(WHO)のAMRグローバル行動計画の大きな5本の柱(啓発、サーベイランス、感染予防管理、抗微生物薬の適正使用、研究開発推進)に加え、国際協力を掲げたAMR対策アクションプランを掲げ行動していること、またプラン推進の結果について、いくつかの事例を交えて述べました。たとえば普及啓発では、著名人やアニメーションとのコラボレーションを効果的に活用して一般の認知を広げる活動を行っていることや、サーベイランスに関する活動としては、抗菌薬の使用状況や耐性菌の発生状況をまとめた動向調査報告書を国民啓発会議に向けてリリースしていることを報告しました。さらに感染予防管理では、抗菌薬適正使用支援チーム(AST)を設置している病院に加算を新設したことについて言及されました。また、適正使用推進の一環として、「抗微生物薬適正使用の手引き 第一版」を2017年に発行し、このたび幼児から乳幼児に向けたガイダンスを追加した第二版を作成中であることについても述べました。

研究開発推進の一環として、厚生労働科学研究や、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)、公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)等を通じ、WHOが重要視している薬剤耐性菌に対して創薬・開発を支援していることを報告しました。また、このようなプッシュ型支援のほか、新薬上市後を支えるプル型のインセンティブの必要性を述べたうえで、同インセンティブを実現するためには、新規抗菌薬およびその開発の必要性が幅広く国民の間に周知され、浸透する必要があると述べました。

パネルディスカッション

モデレーター

  • 特定非営利活動法人日本医療政策機構 理事/CEO 乗竹 亮治
  • 特定非営利活動法人日本医療政策機構 アドジャンクト・フェロー・弁護士 松澤 香

パネリスト

  • 国立研究開発法人国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター センター長 大曲 貴夫
  • 製薬協 川原 章 専務理事
  • 厚生労働省 健康局 結核感染症課 専門官 嶋田 聡
  • 公益社団法人日本医師会 常任理事 釜萢 敏
  • 国立感染症研究所 薬剤耐性研究センター 室長 鈴木 里和

これまでの講演を踏まえ、新たに日本医師会常任理事の釜萢敏氏、国立感染症研究所薬剤耐性研究センター室長の鈴木里和氏が加わり、AMR対策における国内の取り組みの現状や課題と、国際社会における日本が果たすべき役割や今後の展望について議論が行われました。

釜萢氏は、日常診療において「抗微生物薬適正使用の手引き」がAMRへの意識を高める契機として高く評価されていること、国民へのさらなる啓発活動が求められることについて説明しました。また、処方された薬剤を指示通り服用してもらうことは、かかりつけ医の役割における最重要課題であるため、日本医師会生涯教育制度やかかりつけ医技能研修制度において取り組みを行っているとの報告がありました。さらに、今後の展望として、医療現場で課題となっている抗菌薬の安定供給の問題を挙げ、原薬とともに本当に必要な抗菌薬を確保できる仕組みの必要性を訴えました。

本医師会 常任理事
釜萢 敏 氏

鈴木氏は、耐性菌サーベイランスデータの変遷と、国内医療現場の取り組みとの関係を振り返りました。代表的な耐性菌であるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)をひもとくと、2000年代当初70%程度であった耐性率は現在47%とアクションプランの目標である20%には達していないものの大きく低下しており、その要因として感染症対策加算という診療報酬上の取り組みが貢献したことを紹介しました。また、近年減少の著しい多剤耐性緑膿菌(MDRP)や諸外国と比較して耐性率が著しく低くコントロールされているバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)、多剤耐性アシネトバクター(MDRA)の事例を挙げ、MDRPは入院患者の尿等の取り扱い方法改善により大きく減少に成功し、MDRAやVREは発症者の全例報告に伴う徹底した現状の把握と院内感染対策の取り組みによりアウトブレイクも抑え込んできたという歴史が紹介されました。MDRAについては海外渡航歴のある人の感染例からアウトブレイクに至ることが多く、日本だけでなく海外の耐性菌コントロールの重要性を示唆する事例であることが強調され、今後の海外渡航者の増加に対し、今まで以上に院内感染対策に注意を払わなければならないと指摘しました。さらに、国際貢献の観点から、耐性菌感染症患者が多い途上国で不適切に新薬が使用されるとすぐに耐性菌が発生するため、この課題を解決するために、各国の細菌検査室のキャパシティー・ビルディングの重要性を述べました。

国立感染症研究所
薬剤耐性研究センター 室長
鈴木 里和 氏

大曲氏は、抗微生物薬の適正使用、感染防止対策においては一定の成果があるとの認識を示す一方で、国民への啓発という点では、努力をしているものの、その成果は見えづらく、改めてその継続が必要であると述べました。また、感染症対策の範囲を、外来や高齢者施設といったより広い視点で捉える必要性と、今後のアクションプランの展望として、地域の感染症の実態の見える化と、海外の耐性菌対策等、国際的な対応をより踏み込んだ取り組みとして、WHOが作成した原因菌リストやさまざまな指針に対し、アジアや日本の状況に合った文脈は別にあるとの考えを示し、それぞれの環境に合った考えを国際社会の中でも発信していくことの必要性を強調しました。

嶋田氏は、啓発活動、抗菌薬使用量の抑制という点では一定の成果があると評価したうえで、今後は地域でのAMR対策ネットワークを構築していく考えを示しました。また、新薬開発促進対策の点で、プッシュ型だけでなくプル型のインセンティブについて言及し、そのことが共有されました。

川原専務理事は製薬企業の立場から、適正使用情報を今後も地道に継続していくことの重要性と、医療現場では適正使用を前提として、ビジネスとしても継続的に新薬が上市される環境が保たれるようなインセンティブの仕組みと、そしてその前提として新薬が社会のためになるという認識が広く国民の間で高まることの期待を述べました。

最後に大曲氏は、これまで一般の人へは薬剤耐性とはなにか、適正使用とはなにか等を伝えてきたが、耐性菌を少なくしようとすることや、新薬を求めることにはそれなりの負担が必要となるということを、われわれも周知し、国民のみなさんにも理解していただく必要があることを述べ、本パネルディスカッションを締めくくりました。

日本医療政策機構 理事/CEO
乗竹 亮治 氏

同 アドジャンクト・フェロー・
弁護士 松澤 香 氏

パネルディスカッションの様子

閉会挨拶

製薬協の中山讓治会長は閉会の挨拶の中で、AMRの問題に対応するために、臨床現場における適正使用の推進、患者さんに対する啓発活動、そして必要に応じて新たな新薬を創出するという役割分担のもと、産学官民によるパートナーシップを引き続き推進していくことの重要性について述べました。また、中山会長は、AMRに対する取り組みの現状について、産学官民のステークホルダーが集まる本セミナーのような機会を通じて、定期的に情報共有を行うことの必要性にも触れ、本セミナーの成果について総括しました。

製薬協 中山 讓治 会長

まとめ

2016年に発表されたAMR対策アクションプランのもと、さまざまなAMR対策への継続した取り組みが行われています。また2019年6月に開催されたG20大阪サミットの首脳宣言には、AMRを対象とした新規治療薬の研究開発の最良のモデルを特定するためプッシュおよびプル型インセンティブの仕組みを分析し、関連するG20関係閣僚に報告することを求めるステートメントが盛り込まれました。対策取り組み強化の機運は高まりつつあり、研究開発型製薬企業が果たす役割(適正使用のさらなる推進や、AMR治療薬の新規開発等)は、ますます大きくなるものと思われます。

(国際委員会 グローバルヘルス部会 感染症グループ 有吉 祐亮、河田 将司、黒田 高史、舘林 智子、吉田 博之

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