「第37回 製薬協政策セミナー」を開催 DXが切り拓く次世代医療の展望 ~業界を超えた医療DXへ、共創で動かす新たな試み~

価値を示し世界のモデルへ

2026年3月10日に「第37回 製薬協政策セミナー」を開催しました。近年、医療DX(デジタルトランスフォーメーション)は日本の社会保障と産業競争力において極めて重要な役割を担っています。今回の政策セミナーでは、AI(人工知能)創薬やサプライチェーンの安定化など多岐にわたる課題を念頭に、医療DXの価値をいかに「定量化」し、社会実装を加速させるかについて、様々な立場のキーパーソンが議論を交わしました。以下に、セミナー内容の採録をご紹介します。

(肩書は開催時)

会場の様子

開会あいさつ

持続可能な社会保障を実現

日本製薬工業協会 会長
宮柱 明日香氏

医療費増大や人口構造変化の課題に直面する日本では、限られた資源をより効率的に活用する仕組みが求められている。その基盤となるのが医療DXであり、多様なステークホルダーの共創が不可欠だ。製薬協では、医療DXの価値の定量化と社会的理解のための取り組みを通じて、限られた医療資源の最適配分を後押しし、持続可能な社会保障の実現と日本型医療モデルの発信につなげていきたい。

【特別講演】医療DXによる業務効率化や経営効率化の効果等を定量的に 示すことの重要性と社会的インパクト・国民への影響

導入促進にインセンティブ

衆議院議員
塩崎 彰久氏

自民党の健康医療情報システム推進合同プロジェクトチーム(PT)では、クラウド・ネイティブなシステムへの移行促進や病院DX支援、全国医療情報プラットフォームの構築などを提言してきた。

厚生労働省がAI・ICT(情報通信技術)活用の実態をアンケート調査したところ、臨床データ集計での業務自動化、看護業務の見守りの効率化やバイタルサインの特定など、導入効果が数値データに出ている分野もあった。この実態を踏まえ、2026年度の診療報酬改定では、業務効率化に対するインセンティブを診療報酬に組み込んだ。ICT活用による看護業務の効率化を条件に、看護職員の配置基準を1割以内で柔軟化する。また、生成AIや音声入力システムの導入により、医師事務作業補助者1人を最大1.3人として配置人数に算入できる。

電子カルテ情報共有サービスでは新たに、診療情報提供書や退院時サマリーなど、より広範な情報を医師が参照できるようになる。ただし「情報が多すぎて見きれない」という現場の声もあり、必要な情報を瞬時に要約して提示するサマリー機能の実装が期待される。

電子処方箋も医療DXの大きな柱だ。最近では月間約1000万件近い重複投薬アラートの発生が示されているなど(グラフ参照)、医療の質向上への貢献がデータで定量的に示されている。

現在は様々な医療関連のデータベースをつなぐ取り組みを進めている。医療DXを、攻めでもあり守りでもある大切なインフラとして皆様と進めていきたい。

【基調講演】AI創薬がもたらす定量的インパクト Tokyo-1が拡張する規模・速度・知の循環と創薬の変革

創薬研究を大幅に効率化

ゼウレカ Chief Technology Officer
牧口 大旭氏

製薬会社のAI関連の投資額は年々増加、創薬研究におけるAIも次々と発表されているが、これらを検証するための人材や計算機のリソースがボトルネックとなっている。また、AIは学習データが豊富な領域では高い精度を発揮するが、新薬研究の未開拓領域ではデータがなく、利活用がうまくいかないケースも多い。そこで、少量・高品質のデータを産生し、AIに学習させてループを回す「Lab-in-the-Loop」が重要になる。このループを研究に根付かせるには、AIのモデルのみならず、計算資源や人材、運用などが必須になってくる。

こうした社会課題に応えるべく、当社はハイスペックなGPU(画像処理半導体)スーパーコンピューターの提供とコミュニティー運営を行う「Tokyo-1」というサービスを通じて循環を支えている。ローンチから2年が経過した今、GPUスパコンに加えて、DXソリューションや、それを使いこなすための人材を育てる共創・協働型のコミュニティーを三位一体で提供している。

そこでは、複数社が「参加する、教え合う、助け合う」をルールに、技術紹介やディスカッションを定期的に実施。経営層を集めたエグゼクティブボードも開催し、研究者の熱量や現場の変化を共有している。各社の研究者のマインドも大きく変化しており、10億規模のフルドッキングをはじめ高精度なシミュレーションやAIの利活用を大規模に実施するのが当たり前になるなど、取り組みが非常に活発化している。

【基調講演】安定供給におけるDXの役割と課題 サプライチェーン変革の論点

需給一体型のインフラに

日本アイ・ビー・エム 理事
ヘルスケア&ライフサイエンスリーダー
先崎 心智氏

医薬品供給の不安定化は、需給のズレが構造的に増幅される仕組みに起因している。その根底にはデータの断絶がある。感染症流行時に医療側が過剰発注し、増産対応時に流行が収まり返品が起こるサイクルが繰り返される背景には、処方データと出荷データが接続されず、地域単位の需給バランスが見えていないことがある。返品情報もサプライチェーン全体では共有されず、実投与のデータなどの把握も難しい。

「出荷×地域」など、最小単位から見える化することが、需給把握の起点となる。さらに施設を横断した共有ができれば、地域単位で共同在庫を活用して在庫の偏在を解消できる。こうした供給DXはコスト削減だけでなく、地域医療や国の安全保障(医薬品の安定供給確保)の一環でもある。平時の効率と、有事の強靱(きょうじん)性(レジリエンス)を成立させる構造の設計が重要だ。

解決策には3つのポイントがある。1つ目は、処方・需給データの標準化と接続。2つ目が、医療価値や供給安定性を測る国家共通のKPI(重要業績評価指標)の設定。3つ目が、成果に連動したインセンティブの設計だ。これら3つの実現には、国家レベルの医薬品データ連携基盤が必要になる。国家KPIの測定・モニタリング、医療と需給データのリアルタイム接続、成果連動の可視化・評価を目的として、原材料・製薬メーカー、医薬品卸、医療機関、患者のデータをつなげていく。10年後には、需給一体型の国家医療インフラへと進化し、医療と供給が連動することで、危機に強い構造が実現されていくだろう。

【パネルディスカッション】医療DXの価値を 見える化するための連携と政策

製薬業界を超え価値定量化

モデレーター:日本経済新聞社編集委員 安藤 淳

パネルディスカッションの様子

メリットの明確化示す

安藤 日本の医療DXが進みにくいのはなぜか。

塩崎 日本は国民皆保険で、保険医療の規模が大きく、医療DXを公平性や公正性を保ちながら進める必要があるため時間がかかる。ただ、ようやく基盤が整備されてきたため、今後は導入するとどんなメリットがあるのか「出口」を示す段階に入ってきた。

先崎 日本の医療データは、質と網羅性に関してはおそらく世界トップクラスだが、それらが十分に連携されていないのが問題だ。今の医療DXの中でデータ連携を進められれば、日本の医療データ基盤は一気に世界のモデルになり得る。

牧口 医療DXの課題に取り組もうとすると、現場では追加業務のように受け取られやすい。現状は制度や運用ルールが慎重なので、研究や利活用の同意、匿名化、審査プロセスをもっと簡便にすることも必要では。

宮柱 塩崎先生の言う「出口」として、医療DXがもたらす価値を測ることが重要だ。まずは利用者が価値を感じないと進まない。定量的な評価で国民や患者にバリューを届け、国全体として動き出す契機にしたい。

患者のアウトカムが軸

安藤 では、何を定量化すれば一般の人にも医療DXのメリットが伝わりやすいのか。

宮柱 産業界だけでは、医療DXのポテンシャルは明確にならない。定量化すべきなのは、治療のアウトカム(成果)に加え、診療の効率化や医療サービスの質の向上といった、国民や患者が実感できる価値だ。様々なステークホルダーとともに製薬業界を超えて価値を定量化し、その成果が広く実感されるようにしていきたい。

先崎 やはり最終的には患者の健康価値だ。患者のアウトカムという共通のKPIに対して、製薬企業、卸、医療機関、行政、テック企業などが協力し合い、1つの大きな医療システムが形成されていくことが重要だ。DXやAIがドライバーとなり、制度と企業、医療が連携することが目指すべき姿だと考える。

牧口 患者、医療従事者などおのおのの立場に応じたKPIを示し、重要性を実感してもらうことも大事だ。成功事例として、どの仕組みによってどのKPIが何%改善したかを具体的に示すことが求められる。DXが安全と効率の土台だと理解してもらうため、プライバシーや利用目的、アクセスログなどの説明も非常に大事になってくる

塩崎 様々なステークホルダーの向いている方向が違うため、医療DXは難しい。動機まで踏み込んで、インセンティブに沿った政策設計を細かく行うことが大事だ。価値の見える化は、インセンティブの正しい設計にほかならない。

(著作・制作 日本経済新聞社(2026年 日経電子版広告特集))

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