「第36回 製薬協政策セミナー」を開催 日本の創薬力向上を目指して ~革新的新薬が社会にもたらす価値とは~
イノベーション加速 世界の健康に貢献
2025年3月17日に「第36回 製薬協政策セミナー」を開催しました。多くの革新的新薬を生み出し、世界のヘルスケアに多大な貢献をしてきた日本。今、その創薬力の低下が懸念されています。革新的新薬がもたらす価値とは何か。そして輝く将来に向け、創薬イノベーションを加速させるために何が必要か。今回の政策セミナーでは、AI(人工知能)の活用やデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進、臨床試験や治験の効率化、創薬エコシステム(生態系)の確立など、多くの提言がなされました。以下に、セミナー内容の採録をご紹介します。
会場の様子
ビデオメッセージ
創薬力強化へ官民連携を強化
より活発に創薬が行われる環境整備に取り組むために、2024年度補正予算では創薬を支援する様々な施策を盛り込み、今年2月には薬機法等の改正案を国会に提出した。官民連携で創薬力を強化すべく、昨年7月には創薬エコシステムサミットを開催。今年は官民協議会を設置し、創薬エコシステム育成施策の方針について議論を行う。
厚生労働大臣
福岡 資麿氏
【講演】医療従事者から見た創薬:そのインパクトと課題
多様な人材によるテーマの共有を
埼玉医科大学 学長/慶応義塾大学 名誉教授
竹内 勤氏
関節リウマチはかつて「身近な難病」と呼ばれ、患者の治療満足度は1994年には20%前後だった。その後、革新的な生物学的製剤が生み出されたことで2019年には80%超まで上昇。薬剤貢献度はかつての30%から90%に達した。その背景には関節リウマチの病態への理解が世界的に進み、薬剤開発のニーズに応えてきた歴史がある。関節リウマチの診断に用いられる分類基準も2010年に23年ぶりに改定され、寛解を目指す治療が導入されるなど、創薬が病気の治療体制や診療体制を変える劇的なインパクトをもたらした。
現在、関節リウマチの治療は最初に従前からの薬を使い、効果がなければ別の新たな薬剤を使う順序になっている。患者はその間待たなくてはならず、さらに医師は患者の意見を聞いて効果判定するので客観性に乏しい。そのため、最初から患者の血液を調べて客観的に評価し、個人に合う薬剤選択ができる「個別化医療」に向けた取り組みが世界的に行われている。
創薬はこれまで動物モデルや限定された血液サンプルを中心に行われてきたが、今後は患者の生体サンプルからデータサイエンスの高度な解析技術によってバイオマーカーを見つけ出す流れになるのではないか。それには医療現場とアカデミア、製薬企業、ベンチャーの協力と相互関係が必要だ。異なる専門性や情報を持つ多様な人材が対面で集まり、同じテーマと課題を共有することが重要になる。
慶応義塾大学と大手製薬企業との共同研究では、われわれ医師と製薬企業の研究者が課題を共有し、患者が求めているものを話し合った。産学協同で独自の創薬プラットフォームを確立し、患者一人ひとりの標準治療前後のデータを丹念に追うことができ、次々に特許をとり論文を発表。現在では有望なシーズになっている。
医療従事者が患者に薬を届けるには、適切な技術を持つ製薬企業とタッグを組まないと難しい。さらに患者と社会の理解を得て、治療ゴールを達成することが何よりも重要だ。
【講演】日本の創薬とDX
データ共有するプラットフォーム確立
京都大学 大学院医学研究科 ビッグデータ医科学分野・教授
奥野 恭史氏
個々のAIによって創薬全体は変わらないというのが私の持論だ。すばらしいAIがあったとしてもそれらは要素技術に過ぎず、10年以上かかる創薬にどこまで適用できるかはわからない。ただ、AIを全て1つに集約して創薬プロセスの一連の流れをデジタル空間上につくることで、創薬プロセスの高速化・効率化につながるのではないかと考えている。
この十数年来の私の創薬DXプラットフォーム構想を、実際に実現させていく方向で進めており、まずはアーリーステージの基礎開発を行ってきた。例えば疾患名と患者サンプルデータを入力することで、疾患メカニズムや標的タンパクを推定する創薬ターゲット検索ができる。また、標的タンパク名を入力して、リード化合物を推定することも可能だ。
こうした技術は世界中で様々なものが既に開発されているが、AIの精度にとって最も重要なのはデータだ。われわれは日本の製薬企業17社からデータを集約し、世界的にも精度が高いAIの開発に成功した。各社にデータを置いたまま、複数組織が協調してAIモデルを学習できる連合学習(フェデレーテッド・ラーニング)の方法を用いて、データを共有する仕組みを既に企業16社に導入している。
産学で開発したこのAIは、2025年度から製薬企業十数社への有償提供が決まっている。計算に要する時間は、患者のサンプルを入力して標的タンパクを推定するまでに2日以内。化合物のデザインも3日程度、さらにシミュレーションで精緻に絞り込むところで3日程度かかり、計10日程度あれば患者のサンプルを受け取ってから化合物のデザインまで推定できることから、コラボレーションをどんどん進めている。
欧米のAI創薬ベンチャーは数百億円以上の投資を受けて進められるが、日本の製薬企業が個社でその規模のAI整備をするのは厳しい。日本の一つの共通基盤としてこのDXプラットフォームがあれば、現場が活性化されていくのではないかと考えている。
【講演】スタートアップから見た創薬~がん免疫治療とiPS細胞
iPS細胞技術によるTリンパ球の再生
京都大学iPS細胞研究所 教授/筑波大学医学医療系 教授/
シノビ・セラピューティクス共同創業者
金子 新氏
体内のTリンパ球の中には、がん細胞を見定めて排除する抗原受容体を持つものがあるが、それほど数が多くないため十分な戦力にはならない。このTリンパ球の欠点を克服するべく、Tリンパ球を遺伝子改変してがん細胞に反応する人工的なセンサーを組み込み、がんと闘わせる治療法が開発された。実際に、ある種の血液腫瘍では非常に優れた治療効果を示すことがわかっている。
しかし一方で、この治療法はオーダーメードのため時間とコストがかかる。また、リンパ球採取には特殊な器械も必要となり難易度も高い。患者によっては抗がん剤などの治療でTリンパ球が弱り、遺伝子改変に耐えきれないことも知られている。
これらの問題を克服するために、われわれは10年以上前からiPS細胞技術を使ったTリンパ球の再生に取り組んでいる。弱ったTリンパ球からでもがん情報を見定めるiPS細胞を作成し、体外で増やしてもう一度元気なTリンパ球に再生できる。さらにiPS細胞自体は体の外で増やせるため、供給は無尽蔵だ。
しかし細胞作成に要する時間やコストの問題が解決できないため、研究所のiPS細胞バンクから、がんを見定めるTリンパ球をあらかじめ作り置きしておき、適合する患者に使用する方法論を考えた。大手製薬企業との共同研究では、固形腫瘍のマウスモデルによって受容体搭載Tリンパ球が皮下腫瘍を制御できるという基礎データが取れたので、現在は治験の準備を進めているところだ。
2013年に共同スタートアップ企業を立ち上げ、23年には米国のベンチャーキャピタル(VC)から投資を受けて米国籍の企業となって米国へ展開。その後UCSF(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)発スタートアップを吸収合併して現在に至る。1種類のiPS細胞で多くの患者をカバーできる治療法はもちろん、完全に個別化した自分のリンパ球を再生してがんと闘わせる治療法を、世界中どこでも受けられるための研究を続けている。
【講演】患者さんとの共創で実現する、革新的な創薬の未来
患者中心の新たな治験を促進
武藤 ドラッグラグ・ロスは日本の大きな課題だ。米国の承認薬の約7割弱が日本では未承認で、背景に国際共同治験に参加している割合が低いことがある。その理由には、日本では患者が治験に参加するハードルが高く、通院の負担があること、治験実施機関の数が不十分なこと、医師が多忙で治験にかける時間が不足していることなどが挙げられる。一つの解決策として、われわれは分散型治験(DCT)を提案したい。患者中心の医療が広がる中で、治験においても患者中心の治験が求められている。
インテグリティ・ヘルスケア
代表取締役会長/
DCT Japan 代表取締役社長
武藤 真祐氏
柿木 現在のDCTには2つある。患者が一度も治験医療機関に来院しなくても治験を終えられる「完全バーチャル型」と、来院の一部を遠隔に置きかえ、患者の通院負担を減らしながらも従来の通院型の治験をメインとして行う「ハイブリッド型」だ。通院と遠隔のメリットを最大限に引き出す形で、現在のDCTはこちらが主流となっている。DCTでは、パートナー医療機関やサテライト医療機関など、治験医療機関ではない施設からの患者の紹介も容易になる。われわれDCT Japanは日本初のDCTに特化した専門会社だ。全国で在宅治験を担当する訪問看護師のネットワークや被験者リクルートのためのサテライト医療機関ネットワークの構築をはじめ、DCTに関連した包括的なソリューションを提供している。
DCT Japan 取締役
柿木 博之氏
武藤 DCTで訪問看護を利用する患者の声を訪問看護師に集めてもらったところ、「利用してよかった」という声が約7割、「どちらかといえば利用してよかった」という声が約3割。時間的負担や体力的負担の軽減、精神的な安心感、家族の負担の軽減などがメリットに挙げられた。治験を中断しようか悩んでいたが前向きに取り組めた、病気を乗り越えようという気持ちになったという具体的な声もあり、患者のQOL(生活の質)向上にも寄与している。
【講演】創薬力強化に向けた製薬協の取り組み
イノベーションの好循環つくり出す
日本製薬工業協会 会長
上野 裕明氏
今や世界最高水準となった日本人の平均寿命の延伸には医薬品が大きな役割を果たしている。わが国では戦後以降は抗生物質や降圧剤、脂質低下剤などが、近年では様々ながんの治療薬などが登場し医療に貢献してきた。しかしながら、いまだに有効な治療法や治療薬がない疾患も多く存在し、日本の創薬力の強化が必要なことは言うまでもない。しかし今、数々の革新的新薬を生み出してきた日本の創薬力低下が懸念されている。特に抗体医薬、遺伝子治療、再生医療、細胞治療といったバイオ医薬品分野での遅れが深刻だ。
日本が得意としてきた低分子医薬は比較的少ないプレーヤーで創薬、実用化することができたが、多様な創薬技術を必要とするバイオ医薬品では複数のプレーヤーの連携が不可欠だ。そこでクローズアップされるのが製薬企業、アカデミア、スタートアップやベンチャー、医薬品開発業務受託機関(CRO)やVCなどからなる創薬エコシステムだ。
米国・ボストンに代表されるように欧米では巨大なエコシステムが形成されているが、我が国では各地にバイオクラスターが点在し、また規模も小さい。AIやデジタル技術を活用し、その力を集積することも必要だろう。
またアカデミアによる基礎研究の実用化促進も創薬力強化のポイントだ。1つの発見だけでは薬はできず、何を標的にするか、どういった物質が作用するか、どんな疾患に適応させるかなどが組み合わされ、はじめて創薬のテーマとなる。いわゆる「魔の川」というこの部分を越えるためには創薬エコシステムにおける各プレーヤーの連携強化と、主に国による設備的、制度的な基盤整備が必要と考える。そこには製薬企業の知見や経験値も大いに役立てたい。
こうして生まれたイノベーションが適切に評価されることで新たな投資を呼び、次の革新的医薬品が生まれる。この好循環により国民の健康寿命の延伸や日本の経済成長に貢献することを目指したい。
【パネルディスカッション】
革新的新薬がもたらす価値とは
モデレーター:日本経済新聞社 編集委員 安藤淳
パネルディスカッションの様子
創薬力の維持 医療安全保障支える
安藤 日本発革新的新薬としてどのようなものが挙げられるか。
竹内 例えば関節リウマチ治療薬として承認されたヒト化抗IL-6受容体抗体製剤。これは受容体そのものの発見から抗体医薬の開発、そして臨床への応用、すべて日本が主導したまさに日本発の革新的な医薬品だ。リウマチ以外にもさまざまな適応疾患があり、これなくしては多くの医療が成り立たないぐらい重要な医薬品といえる。
金子 日本発でいえばiPS細胞を利用した再生医療製品も挙げられる。ただ基礎研究は日本がリードしているが、臨床応用に関しては欧米が猛スピードで追い上げてきている。
安藤 患者の立場から言えば、日本発にこだわる必要もないのではないか。
武藤 新型コロナウイルス禍ではワクチンが海外からなかなか入ってこない事態もあった。世界が自国主義に向かっていく中で医療安全保障の観点から考えると、革新的新薬が日本でもどんどん生まれる土壌があったほうが間違いなくよいだろう。
奥野 薬は世界中の人の命を救うもの。それを日本の製薬業界が生み出すことは日本の誇りともいえる。そしてそれを必要な人に安く確実に届けることにAIやDXは大いに役立つと思う。ただAIやDXは万能ツールではなく、野球場のようなもの。製薬企業などの多彩なプレーヤーが活躍できるフィールドとして整備を進めるべき。
上野 日本の創薬力を維持・向上させるためには治験制度や評価制度もきちんと整備されていなければならない。そうしたものが整っていて初めて海外からも革新的な薬が入ってくる。また創薬はベーシックサイエンスの底上げに大きく貢献し、レベルが上がるほど日本の科学力を担う人材の育成につながる。
AI活用・データベース整備、クラスター連携進めよ
安藤 創薬イノベーションを加速する上で欠けているもの、障害になっているものはあるか。
竹内 臨床の視点から挙げると、患者の情報や診療情報を共有するプラットフォームができていないことだ。日本は非常にきめ細かく患者の情報を収集しており情報の質は高いが、活用しやすい構造化データになっていない。こうしたデータ化の遅れは国際共同治験などを進めていく上でも不利だ。
武藤 働き方改革などが進み、医療従事者が治験にかけられる時間がどんどん減っている中で、データベース化が進んでいないことが余分な負担を生んでいる。また、治験医療機関も分散しており非効率化が生じている。
奥野 AI基盤・データ基盤に関しても分散させることはよくない。国が主導し、予算も集中して共通のAI基盤・データ基盤を整備しなければ世界には勝てない。
金子 創薬エコシステムを担う多彩なプレーヤーを結集する枠組みはすでにできつつあるが、日本人の慎重さがブレーキをかけている面も否めない。動物実験で悪いデータが出たらそれを改良して先に進めばいいのだが、悪かったからもうだめ、開発終了みたいになりがち。責任をもってリードする人や機関が必要かもしれない。
上野 創薬に失敗はつきものであり、失敗も一つの情報として次のイノベーションにつながる。国を挙げて創薬や医療に関心が高まっている今、失敗も是とするようなカルチャーを養うのにいい時期になっているのではないか。日本にも各地に優れたバイオクラスターがあり、革新的な研究が進んでいるが、それぞれで閉じているように感じる。新しいモダリティの活用や革新的な創薬には多様な視点からのアプローチも必要だ。各地のバイオクラススターがつながる仕組みを国が主体となって作ることが必要だ。
(著作・制作 日本経済新聞社(2025年 日経電子版広告特集))
