「第45回 広報セミナー」を開催 ~体温のあることば~
2026年05月22日
製薬協広報委員会は、2026年5月11日、コングレスクエア日本橋において「第45回 広報セミナー」を開催しました。本セミナーは、広報活動に関する知識や実務の共有を目的として定期的に行っているもので、今回は「体温のあることば」をテーマに設定しました。
講演の様子
講師には、FMX(株式会社FIELD MANAGEMENT EXPAND)のコピーライター/クリエイティブディレクター・松井一紘氏をお迎えし、AI時代における「ことばのあり方」について、広告コピーやマーケティングの視点から講演いただきました。
講演では、長年語り継がれる広告コピーを題材に、「体温のあることば」に共通する構造を紹介。またその作り方についても解説いただきました。また最後には、事前に製薬協広報委員から募集した「製薬業界がイノベーティブな業界であることを表現するキャッチフレーズ」の講評も行われました。本稿では、講演の採録を紹介します。
体温のあることば
株式会社FIELD MANAGEMENT EXPAND
取締役 VP of Creative 松井 一紘 氏
(1)AI時代に問われる「体温のあることば」
「生きていく言葉」の力
私は現在、コピーライター、クリエイティブディレクターとして、「言葉」を軸に仕事をしています。また、「宣伝会議賞 中高生部門」の審査員も務めています。今回、このセミナーにお声がけいただいたきっかけも、その宣伝会議賞でした。製薬協の課題から生まれた「諦めるな、諦めないから。」というコピーが準グランプリに選ばれたのですが、実は私自身、審査の中でもかなり強く推していたコピーだったのです。
このコピーには、患者さんの視点と医療側の視点、その両方が短い言葉の中に共存していて、「生きていく言葉」には生命力があるのだなと強く感じました。一方で、AIによって多くの言葉が簡単に生成される時代にもなっています。だからこそ今回、言葉に「人間ならではの体温」をどう宿らせるべきかを考えてみようと思い、「体温のあることば」というテーマでお話しをさせていただくことにしました。
AI時代に感じる“ドライさ”
最近、AIを使って調べものをしたり、ヒントを得たりする機会がかなり増えてきました。ただ、本当に便利になった一方で、どこか“ドライさ”を感じることも増えてきました。そんな中で、「体温のあることば」って何なのだろう、と考えるきっかけになったのが、SNSで見かけた投稿でした。
そこには、「未来をつくる」「社会に価値を提供する」「お客様に寄り添う」といった、見覚えのある言葉が並んでいたのです。これを見た時、正直、ゾワッとしました。自分でも、無意識に書いてしまいそうだったからです。同時に「体温のあることば」とないことばの線引きについて考えなければいけないと感じました。
なぜ、“温度”を感じるのか
一方で、世の中には、不思議と人の心を動かすコピーがあります。「地図に残る仕事。」「愛は食卓にある。」「昨日まで世界になかったものを。」——こういう言葉は、単に情報を伝えているだけではなくて、何か“体温”を感じますよね。
よく、「体温のあることば=エモーショナルな言葉」と言われます。もちろん、それは半分くらいは合っていると思います。ただ、それだけでは再現性がない。では、なぜ人はその言葉に“体温”を感じるのか。今日はそこを、広告コピーやマーケティングの視点から、少し紐解いてみたいと思っています。
(2)「体温の正体」をマーケティングから読み解く
「体温のあることば」は、なぜ生まれるのか
まず考えたいのが、「広告の言葉は、何によって生まれたのか?」ということです。その答えはマーケティングです。ピーター・ドラッカーは、「マーケティングの究極の目標は、セリング(売り込み)を不要にすることだ」と言っています。ここからも「体温のあることば」は単にエモーショナルな言葉ではないということが伺えます。むしろ、人々にとって「薬」になるような言葉なのではないでしょうか。(図1)
図1:体温のあることば ≒ medicine
「独自のポジション」と「独自の価値」
マーケティングには、「どこで勝つか」を考える“ポジショニング”と、「何で勝つか」を考える“ケイパビリティ”という二つの視点があります。ポジショニングの言葉は、「他と被らない独自のポジション」を提示することで、「新しいな」「見たことないな」という驚きを生む。一方、ケイパビリティの言葉は、「ここにしかない独自の価値」を感じさせることで、「これは、この会社にしか言えないな」という体温を生み出します。(図2)
図2:体温の解体のまとめ
例えば、「地図に残る仕事。」というコピーは、“高品質“というだけでなく“100年先をつくる”という「ここにしかない」視点を提示しています。こうして見ていくと、「なんとなく良い言葉だな」と感じていたものにも、実はちゃんと構造があるのですね。結果的にはエモーショナルなのですが、その裏側には、“なぜ人が温度を感じるのか”という理由が存在しています。
(3)「体温のあることば」はどう作るのか
「正しい言葉」だけでは、体温は生まれない
ここからは、より実践的な、「体温のあることばのつくり方」についてお話ししたいと思います。広報の現場でもそうだと思いますが、言葉を考える時、どうしても「正しいことを書こう」としてしまいますよね。ただ、実際に人の記憶に残る言葉って、“正しさ”だけでは生まれないことが多いのです。
例えば、「そうだ 京都、行こう。」というコピーがあります。本来、日本語として“正しく”書くなら、「京都“に”行こう」と書きたくなる。でも、あえて「に」を入れていない。そうすることで、「ふと思い立った感じ」が生まれてきます。説明ではなく、“独り言”になる。そこに、人間らしい体温が宿るのだと思います。「おいしい生活。」というコピーもそうです。このコピーが作られた当時、“生活”という言葉は、豊かさや経済性と結びついて語られることが多かった。そこに「おいしい」という五感の言葉を持ち込んだ。その少しの違和感が、人の記憶に残ったのだと思います。
「正」と「負」の間に、体温が生まれる
もう一つ、お伝えしたいのが、「一文の中に、プラス極とマイナス極をつくる」という考え方です。人は、絶対温度ではなく、“差”で温度を感じます。言葉も同じで、一つの文章の中に“対立”があると、急にダイナミズムが生まれてきます。
例えば、「考えよう。答えはある。」というコピーは、「考える」という不安定さと、「答えはある」という安心感が共存している。また、「難問を愛そう。」という言葉も、本来避けたい“難問”に、「愛そう」という真逆の言葉を置くことで、一気に引力が生まれているのだと思います。
今回、宣伝会議賞 中高生部門で準グランプリに選ばれた「諦めるな、諦めないから。」というコピーも、患者さん側と医療者側、二つの視点が共存している。だからこそ、シンプルなのに強く記憶に残るのだと思います。
図3:体温をつくる方法
(4)広報委員会応募作品の講評
最後に、「製薬業界がイノベーティブな業界であることを表現するキャッチフレーズ」をテーマに製薬協広報委員の皆さまからご応募いただいたコピーについて、僭越ながら講評させていただきます。
準グランプリ:生きたいと、生きてほしいが出会うとき。
準グランプリ作品で印象的だったのは、「患者さん側の思い」と「研究者・医療側の思い」が、非常に綺麗に対になっていたことです。「生きたい」という患者さん側の願いと、「生きてほしい」という医療側の願い。その二つが一つの言葉の中で共存していることで、感情のダイナミズムが生まれていますね。しかも、このコピーは、一方的なメッセージになっていない。企業側が「何を言いたいか」だけではなく、ちゃんと患者さん側の言葉を救っている。だからこそ、“相互性”のある言葉になっているのだと思いました。
どうしても企業のタグラインは、「企業として何をうまく言うか」に寄りがちなのですが、このコピーには、ちゃんと患者さん側の視点が入っている。製薬協が掲げる「共創」というテーマにも、非常に沿った言葉だなと感じました。
図4:準グランプリ作品(日本製薬工業協会 宮永睦さんの作品)
グランプリ:“まだない”を、終わらせる
グランプリ作品は、「まだないものをつくる」ではなく、「まだない状態を終わらせる」という視点で書かれていました。普通、製薬業界は、「新薬をつくる」「未来をつくる」という言葉で語りがちなのですが、「終わらせる」と言い切ることで、他とは違う強いポジションが生まれている。今日お話しした、“独自のポジションをつくる”という考え方に非常に近い言葉だと思いました。
さらに、このコピーは、製薬業界の人だからこそ言える言葉でもあると思います。研究開発に向き合っているからこそ、「まだない」を終わらせる、という発想になる。そこに、“ここにしかない価値”が宿っているように感じました。また、「終わらせる」という言葉には、少しドキッとする強さがあります。その“違和感”や“引力”が、このコピーの大きな魅力なのだと思います。
図5:グランプリ作品(グラクソ・スミスクライン株式会社 髙橋祐基子さんの作品)
「引力のある言葉」とは何か
毎年、宣伝会議賞では何千本というコピーを読みます。その中でも、見た瞬間に温度を感じる言葉が、やはりあるのです。
「なぜ、その言葉には引力があるんだろう?」
そう考え続ける中で、今日お話ししたような構造や方法論に、少しずつ辿り着いていきました。本日のお話が、皆さまの今後のお仕事のヒントになれば嬉しく思います。
まとめ
本セミナーでは、AI時代における「体温のあることば」をテーマに講演いただきました。言葉を大切にする広報担当者にとって、「体温のあることば」の構造や作り方について、広告コピーを交えながら体系的に解説いただいたことは、非常に気付きの多いものとなりました。
事後アンケートでは、「感覚の世界を論理で理解することができた」「クリエイターの思考を言語化いただいたことに感銘を受けた」といった感想も寄せられるなど、参加者にとって学びの多いセミナーとなりました。
(文責 製薬協広報部)
