患者団体連携推進委員会 第34回、第35回 患者団体セミナー

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講演1:患者中心の意思決定に必要な情報とは

中山氏は、体が弱かった小児期の自身の経験から、「患者はもっと自分で自分の健康に関してできることがあるのではないか?」という問題意識をもち、現在は、「誰もが、選択肢を知り、おのおののベネフィットとリスクを理解し、自分の価値観に基づいて意思決定することを学び成長できる社会の実現」をテーマに聖路加国際大学大学院で調査研究を行っています。

患者さんは、治療法や生活、そのほかさまざまな場面で、多くの決定をしていかなくてはなりません。その時、一体なにを基準にどのように物事を決めていけば良いのか?この講演では、「患者中心」とはなにを指すのか、なぜ、患者さん自身が意思決定をすることが重要なのか、自分にとって納得のいく決定をするための情報と意思決定支援ツールについての紹介がありました。以下その骨子について紹介します。

聖路加国際大学大学院看護学研究科
看護情報学分野 教授
中山 和弘 氏

「患者中心」とはなにか

国際的な定義では、「患者の価値観に基づく意思決定を尊重する」こと、そのために患者さんに必要な情報を提供し、意思決定を支援することが「患者中心」であると考えられています。良い意思決定をするためには、経験や勘だけに頼るのではなく、情報に基づいて決定することが重要です。

「情報」とは「データ」と「価値」の双方を意味します。通常、科学的根拠(エビデンス)といわれる数字である「データ」を正しく理解することは重要ですが、データだけではなく、自分自身の価値観に基づいて判断することが求められます。

すなわち、意思決定には、

  1. 必ず2つ以上の選択肢があり、
  2. それらの選択肢のベネフィット(長所)とリスク(短所)の両方を理解し、
  3. そのうえで自分はなにが大切だと思うか、その価値観に基づいて決定する

というプロセスが重要となるのです。

人にとって「自分で決められる」ことは幸せなこと

調査研究によると、自分で決められるということは人間が生まれもった性質として幸せなことであり(※1)、国際的な調査からも、自分で希望を決められる、人生の選択の自由度が高いと回答した国ほど幸福感も高いという結果が見られます。また、健康であることが幸福感に影響するということもわかっており、であればなおさら自分の健康に関することを自分で決めることは、満足につながると考えられます。この、「健康に関して自分で決める力」こそが、「ヘルスリテラシー」です。

残念ながら、日本人は欧米と比較してこのヘルスリテラシーが低い傾向がありますが(※2)、それでも近年は、医師と相談しながら自分で決めたいという人が増えてきています(※3)。一方、医療には不確実性も高く、こういう決断をすれば必ずこうなる、とはいえません。選択肢を複数知っても、そこから1つを決めることが難しいことから、患者さんのより良い意思決定をサポートするための支援ツールを作る動きが出てきたのです。

  • 1
    神戸大学特命教授の西村和雄氏らの研究
  • 2
    中村氏らの研究
  • 3
    日本医師会総合政策研究機構:第6回日本の医療に関する意識調査

意思決定ガイドとは

より良い意思決定を行うためのツールとして開発されたもので、治療の選択肢それぞれの長所・短所をよく理解し、そのうえで患者さんはなにが自分にとって大切か、自分の価値観に基づいて☆の数を書き入れていくものです。一覧表にして情報を見える化し、価値観と一致した選択肢を選びやすくするもので、カナダをはじめ国際的にはすでに数百種のガイドが作成されています。日本でも、「乳がんの術式選択」「胃ろう造設」「治験の参加」等さまざまな場面での意思決定ガイドの作成と利用が始まっています(図1)。

みんなで協力して自分たちに必要な意思決定ガイドの作成 図1 意思決定ガイドの作成

国際基準に則って中立的に作成された意思決定ガイドを利用すると、情報提供者や伝え方による違いやばらつきがなくなり、価値観に合った選択肢が選びやすくなります。もちろん、どの選択肢を選んでも、その結果に対する後悔はなくならないかもしれません。ですが、選択肢を考え尽くして決めることは納得感につながり、「なぜそんなふうに決めたのか」という決め方の後悔は減らせるものと考えられます。

このガイドを使っても、初めての、経験のないことに対する判断は、やはり難しいものです。そのため、患者としての経験の共有や人とのつながりも重要です。価値観や長所・短所の感じ方も、人によって異なります。しかし、なにより患者さん自身が納得でき、後悔の少ない人生を送っていけるよう、自分が採り得る選択肢の長所や短所を知り、自分の価値観で健康について決定することができる環境をぜひ実現していきたいと思います。

中山氏の運営する「健康を決める力」のサイトはこちらからご覧ください。

講演2:情報提供における患者団体の役割と工夫の実例

中田氏は、神経難病である多発性硬化症(MS)と視神経脊髄炎(NMOSD)の情報を提供する認定NPO法人「MSキャビン」を1996年に創設し、患者さんに海外の情報を含め必要な情報を届けようと早くからインターネットを活用した患者支援団体の運営に取り組んでいます。現在、主としてウェブサイト、講演会、情報誌、メールや電話を通じた情報提供を行っており、本講演では、こうした情報提供活動についての実例と工夫が紹介されました。

認定特定非営利活動法人
MSキャビン 理事長
中田 郷子 氏

ウェブサイトについて

1.「訪問者がどんな情報を欲しているか」を念頭においた情報提供

ウェブサイトは、患者さんのみならず、ご家族や一般の方等、さまざまな人が訪れます。そのため、訪問者のニーズに合った情報を提供することを心がけています。

1例として、一般向けには、疾患の概要に加え、「伝染する病気ではない」といった、ぜひ知ってほしい内容を盛り込んだり、家族の病気について調べている子どもの読者にも配慮し、子どもに向けたページも作り、1人で抱え込まないよう、必ず大人と一緒に読んでほしいといった注意書きを入れるようにしています。

2.情報の信頼性を重視

信頼性を高めるため、その要素としての「情報の鮮度」「安全性」「独立性」を大切にしています。

  • 情報の鮮度:掲載している情報は定期的に見直し、メンテナンスを心がける
  • 安全性:全ページ、通信データへの不正アクセス等から大切な情報を守るための通信技術であるSSLに対応
  • 独立性:製薬企業からの寄付を受けず、金銭的にも独立した運営を行っていることを明記

そのほか、病気の情報も多いことから、かわいいイラストを入れる等、親しみやすい雰囲気づくりにも気を配っています。

MSキャビンのサイトはこちらからご覧ください。

講演会

毎年15回程度全国で実施している講演会は、疾患の情報を提供することに加え、各地域にどのような医療者がいるのか、参加者に知ってもらうことも大きな目的です。また、下記のような工夫もしています。

  • 参加できなかった人のために、要旨をまとめて後述の情報誌に掲載
  • その場の雰囲気や、公開して問題がないと判断した内容に関してはツイッターで実況中継
  • 講演会後には少人数の交流会形式で、理解できなかった点について演者に聞ける場を設ける
  • 後日、電話やメールで問い合わせを受け付け、わからなかった点を補足したり演者への受診をすすめたりする
  • 講演会の内容は、後日必要になった際に検索できるよう内部記録としてまとめておく

情報誌

年4回発行しており、現在約1400名の定期購読者がいます。中田氏が原稿を書き、7人の理事の医師の校正を経てまとめていきます。専門家間の意見やこだわりが異なることもあるため、まとめの作業は大変ですが、患者としての視点に複数の医師の視点が加わり、患者さんの知りたいことが提供できる方法だと思っています。そのほかにも下記のような工夫をしています。

  • もち歩きやすく、さっと開けるA5サイズでの提供
  • 専門用語は極力なくしてわかりやすい表現にする
  • 患者さんを指すときに「症例」という言葉を使わないようにする
  • 同じ患者から患者さんへ情報を提供しているという観点から、上から目線に感じる「~しましょう」という表現を使わない

電話・メールによる情報提供

電話・メールは、情報誌の購読者か講演会の参加者を対象に受け付けています。

相談内容は情報の宝庫であり、必ず記録を残すようにしています。後日検索できるよう、氏名やその時の相談内容、薬剤名等も記載して、データベースソフトで管理しています。こうして記録を残しておくことで、たとえば「この治療法は、因果関係はわからないものの、こういう訴えが多いな」ということに気づくことがあり、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)のウェブサイトの有害事象報告と見比べてみたり、ツイッターで同じような症状の人がいないかアンケートをとったり、医師に相談して共同で学会発表したりすることもあります。情報を収集して提供していく患者支援団体の機能として、なにかに気づいたら課題を提示することも1つ重要なのではないか、それが専門家による研究や対策につながれば良いと考えています。

組織運営に関する情報の提供も重要

もう1つ重要なのは、組織の運営に関する情報の提供です。MSキャビンは、製薬企業から寄付を受けないように方針転換したため、運営の安定化は重要な課題です。講演会の時や情報誌等さまざまな機会や媒体を通じて、個人のみなさんにご支援の依頼をし、カード決済を採り入れる等、寄付しやすくなるように工夫しています。同時に、寄付に頼るだけではなく、Tシャツの販売や、本の発行等の事業収入を増やす努力もしています。なにより、組織運営に関する情報も積極的に提供することで、ご理解や賛同をいただき、多くの方にご協力いただけることをとてもうれしく思っています。

製薬協からの情報提供:医薬品の経済性評価について

ゲストスピーカーによる2つの講演に続き、製薬協からの情報提供として、医薬品の経済性評価についての説明がありました。過去、医薬品は安全性と有効性から評価されていたものの、現在は医療費の効率化が求められる中で経済性という観点も必要とされるようになってきています。日本でも2017年度より厚生労働省主導のもと、医薬品の費用対効果評価の試行的導入が行われています。講演では、費用対効果の評価法の基本的な考え方、また費用対効果評価で算出される値と、その値だけでは評価できない価値の議論から最終的な評価がされること等が紹介されました。加えて、日本ではこの費用対効果を議論する場に患者さんが参加していないという現状について述べられ、医薬品の価値を評価していくためにも、患者さんの適切な参画の仕方を今後も考えていきたい、として締めくくりました。

医薬産業政策研究所
主任研究員
廣實 万里子 氏

まとめ

質疑応答の場でも積極的な質問がされ、また終了後の懇親会も患者団体間、あるいは演者の先生方との活発な情報交換の場となりました。アンケート結果からも9割以上の参加者から「ためになった」という声が聞かれ、盛況のうちに終了しました。

(患者団体連携推進委員会 患者団体セミナーTF リーダー 宮川 真理)

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