「2025 ライフサイエンス知財フォーラム」を開催 転換期に来た知的財産業務~それを扱う人材に求められること~
2025年2月4日にソラシティカンファレンスセンター(東京都千代田区)において、製薬協主催の「2025 ライフサイエンス知財フォーラム」を開催しました。2025年は「転換期に来た知的財産業務~それを扱う人材に求められること~」と題して、有識者5名の方々による講演およびパネルディスカッションを行いました。2024年に引き続き、会場とオンライン形式とのハイブリッド開催となり、当日は、来場者を含めて約250名の参加となり大変盛況でした。本稿では、講演内容およびパネルディスカッションの概要について報告します。
はじめに
昨今のライフサイエンス知財フォーラムにおいて、2023年はデジタルセラピューティックス(DTx)の社会実装化に向けてというテーマで、製薬メーカーが医薬品としての「モノ」から「コト」を提供することへの変革、続く2024年は、異業種を含む多数のプレイヤーが参加する創薬エコシステムを好循環させて、創薬を成し遂げるための施策について取り上げました。いずれもこれまでの創薬とは異なる、劇的なビジネス環境の変化が浮き彫りとなるなかで、新たな製品・サービスに結実させるためには、ビジネス環境を俯瞰しながら、当事者が納得・信頼できる関係構築ができること、またそのような人材育成の必要性から、2025年の知財フォーラムでは非常に広範なテーマではありますが、知財人材を取り上げることといたしました。
そこで本フォーラムでは、産学官それぞれの立場の先生方から、求められる知財人材、知財人材に必要なスキルおよびマインドセット、製薬メーカーにおける知財部門の役割変化、AIの業務への活用等、広範囲にわたる講演をお願いし、パネルディスカッションでは講演で取り上げられた知財人材に重要なスキルやマインドセット、人材不足や流動性、グローバルといったテーマを中心に知財人材について、まさに産学官の枠にとらわれず、活発な討論が行われました。
以下に、講演内容およびパネルディスカッションの採録をご紹介します。
講演
AI時代において求められる知財人材 -知財情報分析・IPランドスケープを中心に-
株式会社イーパテント 代表取締役社長/知財情報コンサルタント® 野崎 篤志 氏
2022年11月のChat GPT-3.5のリリースを機に、生成AIを抜きにして知財人材をテーマとして語ることはできないような状況となってきています。特許庁が2017年に発出した知財人材スキル標準ver. 2.0には、戦略と実行にレベルを分類して知財人材が求められるスキルが記されていますが、これらのスキルは知財機能として具備すべきスキルであって、一人の知財担当者がこの全てをカバーすることが求められているわけではありません。たとえば知財業務(調査・分析中心)に求められるスキルセットとして、「ビジネス力」「情報収集力、検索・分析力」「情報活用力」が挙げられますが、これら3つのスキルすべてにおいて高いレベルを持つ必要はなく、どれか一つに強みを持ち、その他のスキルに対しては興味を持ち、情報を常に入手するような行動が必要と考えます。特にここ10年においては、知財人材スキル標準にも記載されているIPランドスケープが注目されており、従来の知財スキルに強みを持つ知財部門、知財人材は、知的財産への投資や戦略的活用スキルである「ビジネス力」の強化が求められていると思います。

このような環境における生成AIの知財業務への対応可能性・適用可能性を考慮すると、生成AIの知財業務へ与えるインパクトは、もはやこれを抜きに知財業務を語れないステージにあると言えます。たとえば株式会社イーパテントでは知財情報業務において、ChatGPTを始めとした6種の生成AIをその目的と特徴(ハルシネーションの起こし易さ等)に応じて使い分けて活用しています。また特許調査・分析を専門にされていないスタートアップや大企業の方々向けに、ChatGPTを用いて「特許検索式作成GPT」「特許分析軸作成GPT」「特許調査、分析に関するチャットボット」等を作成し、無料開放していますので、気軽に使用していただきたいと思います。
このようにAIを活用して業務が効率化されていく中で、どのような人材やスキルが必要とされるのかについて考えてみました。AIはすべての知財業務を代替することはなく、明細書作成や契約書チェック、特許検索・分析を効率化するためのサポートツールであり、1つの専門性を有するT字型人材が差別化要素を加えて、さらに発展したπ字型・超T字型へシフトするための専門性を引き延ばすツールとなり得ます。このとき差別化に必要なスキルとして、学ぶことによって獲得できるブライトサイドスキル(弁理士・MBA等)とAIが置き換わることができない人ならではのスキル(人や組織に影響を与え、動かす力等)であるダークサイドスキルを磨くことが、これからは重要となってくると思います。
最後に知財分野において生成AIを使いながら、どのように人材育成を進めるべきかについてお話ししたいと思います。企業の知財部門・知財リエゾンや特許事務所などの知財サービス会社の人材育成の対象を、新人・中堅・ベテランに分類することができ、生成AI活用時代においてはこの対象者ごとに必要となる取り組み・育成方法が異なると思われます。特に新人育成においては、始めから生成AIを活用することを学ばせると、AIからのアウトプットの正誤が判断できなくなってしまうため、明細書作成やオフィスアクション対応などの実経験を積ませることが重要となってきます。そして新人の育成を担当する上位者は、いつ頃から新人にAIを使用させるべきかを適切に判断することが求められます。
東京大学TLOの技術移転活動 -産学共創を推進するための知財の役割-
株式会社東京大学TLO 代表取締役社長 弁理士 本田 圭子 氏
本日は、東京大学TLO で、どんな人がどのように働いているかを紹介したいと思います。
はじめに、会社の沿革を紹介します。弊社は1998年に創業し、国立大学法人化に伴い東京大学専属的TLO となり、扱い件数が急速に伸び組織も大きくなりました。2023年に25周年を迎え、現在の従業員数は40名、平均年齢37歳、女性比率が75%、という状況です。
東京大学TLOの技術移転実績については、ロイヤリティを生み出している製品・サービス数が372件、上市された医薬品は7製品、これまでの知財に関する収入は2022年度末時点で約125億円に累積されます。スタートアップ支援には力を入れており、東大関連スタートアップ526社中148社が東大知財を活用しております。東大単独保有知財ライセンス実績約1400件のうち57%(2022年)がスタートアップに対するもので、その中の半分がライフサイエンス系です。私たちのこの実績(比率)は、スタートアップ支援が日本全体では遅れている中において、米国型に近づいています。

次に弊社の技術移転業務について紹介します。年間約600件の発明届については全件発明者インタビューを行い、大学単独保有予定案件についてはライセンス可能性の評価も行い、それらの情報を大学にフィードバックします。大学が出願決定を行った案件は、出願後直ちにマーケッティング活動に入ります。マーケッティング活動は、産業界へのライセンス可能性とスタートアップ起業可能性の探索活動であり、ここで技術導入の意向を示す企業が具体化してきますと契約交渉を含むライセンス活動へと展開します。これを一人の担当者が、一気通貫でプロデュースすることが特徴です。
この一気通貫の意義は、市場ニーズ情報やライセンス交渉で得た企業の考えを、研究者へフィードバックして、研究者とともに社会実装を想像し、魅力ある知財創出につなげることにあります。これを繰り返すことにより、社会実装の確度が高められると考えております。
このような業務を実践する人材には、極めて多様なスキルが求められるところ、弊社では、そのような人材を新卒者から育てることに注力しています。社内の座学に加えて、OJTとして、これまでのネットワークを活用した情報発信・情報収集を通じてスキルを磨いてもらいます。もう一つ大切なことは、社会実装に向けた熱意・熱量、といった高いマインドセットを醸成することです。このためには、組織としてのモチベーション・環境づくりが必要です。特に、成功事例は、モチベーションアップに役立ちます。
東大の発明を社会実装した成功事例を2つ紹介します。1つめは、ペプチドリーム株式会社の事例です。当初、企業へのライセンスを軸に活動しましたが実現せず、スタートアップ設立に方針変更しました。今や、中分子化合物の市場形成に貢献するまでに至っています。2つめは、Vedanta Biosciences社です。こちらも当初、日本でのパートナー探しが実現しなかったところ、研究論文に注目した米国VCによって起業することができました。今やマイクロバイオームのリーディングカンパニーになっています。
このような社会実装の事例をさらに増やすために、弊社は海外の商談会にも出展・参加しています。トレンドを掴み、ネットワークを広げることができ、参加する社員の視野を広げ、モチベーションを高めることにも役立っています。
私たちTLO は、大学発明を社会実装に繋ぎ実現するため、特にバリューチェーン形成に貢献する役割を担っていると考えており、そこで活躍できる人材育成を進めています。
特許庁におけるオープンイノベーション促進のための取組み
特許庁 総務部企画調査課 知的財産活用企画調整官 金子 秀彦 氏
本日は、オープンイノベーション促進のため特許庁の取り組みを2つ紹介させていただきます。
1つめは、スタートアップの事業成長に貢献する知財人材のスキル・マインドセットについてご紹介します。これは2022年度にスタートアップ・外部知財人材にアンケート・ヒアリングをした調査研究であり、外部知財人材、たとえば特許事務所にいる弁理士が、スタートアップを支援する時にどのようなスキル・マインドを持っているべきなのか、反対に、スタートアップの方々がどのような知識を持っておけばよいのかを調べました。この調査は、外部知財人材すなわち特許事務所とスタートアップと言う構図で調査を進めましたが、たとえば企業の中で知財を専門とする方、すなわち知財部の方が、企業の中であまり知財の知識がない方、たとえば経営層と接する時にお互いににどのようなスキル・マインドを持っていればよいかに置き換えられると考えております。
まず、外部知財人材が備えるべきスキル・マインドを以下の9つにまとめました。

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知財専門性
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ビジネス知識
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俯瞰力
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説明力
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連携力
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対応力
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共感力
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積極性
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発信・行動力
さらに、外部知財人材がスタートアップ支援を進めるために、段階に応じて必要となるスキル・マインドが変わって来るという点についてもまとめています。
次にスタートアップ側について、アイデア・知を創出し、ビジネスモデルを検討し、そして商品・サービスをリリースするというそれぞれの段階で求められる「知財アンテナ」があるのではないかと考え、以下の6つにまとめました。
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アイデアアンテナ
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ビジネスモデルアンテナ
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発信アンテナ
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リスク・体制アンテナ
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資金アンテナ
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連携アンテナ
2つ目の取り組みとして、オープンイノベーション促進のためのモデル契約書をご紹介します。このモデル契約書は、2020年に公正取引委員会がスタートアップの取引慣行の実態調査を行った際に、必ずしもフェアーでない契約実態が見えてきたことから、この調査報告書を受けて特許庁が作成しました。この報告書では具体的な事例が複数記載されていますが、たとえばPoC契約時に必要な報酬が支払われない、あるいは共同研究契約時の知財権の帰属について問題点が指摘されています。
これらの事例を受けて、大企業とスタートアップの連携を促進させることを目的にモデル契約書を作成しました。このモデル契約書では、連携するうえでお互いにどのようなことに気を付ければよいか、ロールプレイ形式で解説しているので参考にしていただければと考えています。
実は、このモデル契約書を作成している際に、大企業とスタートアップの間の契約は他の契約と性質が異なることに気付きました。たとえばリスクヘッジ1つを例に考えても、スタートアップ側の成長・スピード感と、大企業側の価値観は異なり、双方のメリットを最大限に意識することが重要になります。そこで、ゴール・ビジョンをお互いに共有し、カルチャーの違いを乗り越えてオープンイノベーションを円滑かつ効果的にすすめるために、契約に臨むときの心構え・Tipsを書いたマナーブックも用意しました。オープンイノベーションに携わる方に参考にしていただければ幸いです。
ひろがる、つながる、知財人材の期待役割と活躍フィールド ~無形資産(人的資本と知的財産)の観点から~
株式会社シクロ・ハイジア 代表取締役CEO 小林 誠 氏
本日は、本フォーラムのテーマである「人材」について触れながらお話します。
まず時代背景を振り返ると、令和になって環境、Well-being、政界情勢の不安定化等、正解の無い非常に難しい問題が発生してきており、「無」から「有」を創り出さなければならない時代になっています。人材の観点で掘り下げてみると、中長期的な投資戦略に重要な要素として企業と投資家でギャップが大きかったのは、「人材投資」でした。投資家に重視されているのは、経営戦略と人材戦略を連動させる取り組みであり、そのためには自律した個と企業がともに成長することが重要ですが、直近のデータではないものの日本の人材投資額は諸外国と比較して低い傾向にあり、「自己啓発を行っていない人」の割合が諸外国よりも高いというアンケート結果も出ています。経営者と従業員の関係も、これまではモノカルチャーで同質性が重視されていましたが、昨今ではダイバーシティが広く受け入れられ、相互に選び/選ばれるオープンな関係が求められています。

また、2021年にコーポレートガバナンス・コードが改訂され、初めて知財の論点が入りました。当初は、知財戦略のような競争力に関わる重要情報の開示はできないとの批判がありましたが、求められているのは「自社の経営戦略・経営課題との整合性」の開示・提供です。知財の視点だけで捉えず、企業活動として俯瞰して考える必要があります。また、これを実行できる人材、すなわち従来の知財業務だけでなく経営・ビジネスに関するスキルを持つ人材が必要です。機関投資家も一つの観点として知財に着目しています。また、ESGを意識した経営を実行していることも投資判断材料の一つであり、SDGsの観点も知財と無関係ではありません。なぜならば、SDGsのいずれのゴールにおいても根本的な課題解決のためにはイノベーションが必要だからです。ノウハウ・データを含め広い知財・無形資産が競争力に重要であり、知財人材に求められるスキルも「戦略スキル」へと広がっており、投資家や経営陣からの期待役割の変化に応じた転換が必要です。これまでは競合企業情報やマーケット情報のみを活用して戦略が立案されていましたが、今後は知財情報を加えてビジネスインテリジェンスとして活用することになるでしょう。
知財人材はルール(法律)の中で物事を考えること(規定演技)は得意でも、正解がない中で戦略を作り出すこと(自由演技)は苦手な方が多いです。しかし今後は、「自由演技」の部分が重視されます。組織に定着した知財ガバナンス体制の構築にはマインドセットが必要となり、情報の分析・解析力等のハードスキルと推進力等のソフトスキルを回していくことが大事です。これからの市場では、これまでの知財マネジメントに、知財ガバナンスの経営視点、IPランドスケープ等の事業視点、幅広く物事を捉える知財ミックスの視点、企業連携におけるオープン・クローズの視点を掛け算していく必要があります。これら全てを備える人材になることや、育成・採用することは難しいですが、それぞれ自分が社会や組織に対してどのような貢献をするのか、どのような価値を提供したいのかを考えてキャリアをデザインしていくことが重要です。
最後に、知財業務がイノベーションや税務の領域にまで広がっていることの証左として、2024年度の税制改正で創設されたイノベーション拠点税制(イノベーションボックス税制)をご紹介します。これは、一定の基準を充たす知財から生じるライセンス所得または譲渡所得を対象に所得控除する制度です。現状での財務的インパクトは決して十分ではありませんが、今後さらに改訂し、より使いやすく、より大きく育てていくべき制度です。そのためにも製薬企業の皆さまに是非積極的に活用していただきたいと思います。
転換期の製薬産業と求められる知財人材
日本製薬工業協会 知的財産委員会 奥村 浩也 委員長
「転換期の製薬産業と求められる知財人材」というテーマで、ニューモダリティの台頭、オープンイノベーションへの転換といった製薬業界が置かれている環境の影響、それにより知財に求められている役割変化、加えてAI活用の試みや知財部に求められるスキルや人材について、製薬協知的財産委員会のタスクフォースで議論した内容をご紹介します。
はじめに、製薬業界が置かれている環境変化をデータで示しながらお伝えします。医療用医薬品売り上げ高の推移を見ると、年々ニューモダリティ品が増えていることがわかります。一方で、医薬品研究開発費は増加傾向が続いています。医薬品研究開発には長い投資期間が必要で、製薬産業は対売り上げ高研究開発費18%超と他の産業と比較して異なることがわかります。
医薬品に関連する特許の数・種類にも変化が見られます。従来の低分子医薬品は、特許の数・種類ともにはそれほど多くない一方、ニューモダリティ製品は、分子構造等が複雑で関連技術は多岐に渡り、数百~数千件ある自動車やIT業界の特許とまではいかないにしても一製品あたりの関連特許数が多く、今までの低分子とは異なる特許戦略が必要となります。

また、ニューモダリティ製品の研究開発ではアカデミアやベンチャー等複数当事者との提携が模索されます。創薬エコシステムにおいて、知財は、ベンチャー、大学、製薬企業、スタートアップなどのプレーヤーたちを繋ぐ重要な存在であり、それらの好循環には、人の繋がりや契約が重要な役割を果たします。
従来型の企業の知財活動は、調査、出願、管理等が主流でしたが、オープンイノベーションの台頭により変化が見られ、新たな知財の役割として、パートナー探索、評価、契約業務などが加わってきました。さらにコーポレートガバナンスコード、ガバナンスガイドラインが定められ、これらも知財部門の業務として重要になってきています。
次に、製薬企業でのAI活用の試みについてお話しします。製薬協知的財産委員会参画の会員会社数社 にヒアリングしたところ、AI活用の可能性を見出しているのは、特許調査、翻訳、IPランドスケープになり、先ほどの野崎先生の評価と似ていると思います。
生成AIの影響により、この先実際に仕事のやり方が変わっていく可能性があります。AIの応用範囲が拡大することにより、AIによる業務の効率化、業務の幅、どのように業務を行っていくのかなどに影響が考えられ、大変期待されています。
次に、知財部に求められるスキルとそれを具備した人材についてお話します。医薬品の開発段階によってさまざまな知財業務、たとえばFTO調査、特許出願や商標、ライセンスDDや係争・訴訟などが発生します。従来の企業の知財部では、1人の担当者が専門性のある分野を担当し、たとえば出願なら出願を専門に担当するということが多かったです。
しかし最近では、本田先生が触れられた「一気通貫」に似て、1人の担当者が1つのプロジェクトの全知財業務を対応する、という形態が企業でも多くなってきています。
先ほど野崎先生のスライドにも「T型」、「超T型人材」と言う言葉がありました。タスクフォースで意見交換したところ、従来は特定の分野を専門とするI型人材を育てることが主流でしたが、最近では1つのプロジェクトについて全般的に知財業務を担当するT型の人材を育てる方向にあり、それぞれに一長一短があるといった議論がありました。
私からのプレゼンテーションはここまでとし、求められる知財人材の議論の続きはパネルディスカッションで行いたいと思います。
パネルディスカッション
モデレーター:奥村 浩也 委員長
パネリスト:野崎 篤志 氏、本田 圭子 氏、金子 秀彦 氏、小林 誠 氏
世界の創薬エコシステムのランキングでは、東京圏は25位と低く、その要因として人材の不足が指摘されています。本ディスカッションでは、創薬エコシステムの好循環に寄与できる知財人材の特徴や育成方法について議論します。
1.知財人材に求められるスキルとマインドセットについて
知財人材のスキルとして、「俯瞰力」はやはり重要でしょうか?その他のスキルはいかがでしょうか?
- 俯瞰力は、本質的なスキルとして重要と考えます。従来は知財実務能力が着目されていましたが、今後はビジネスの中で知財をどのように活用するかが重要になるでしょう。
- 「知的好奇心」も重要と考えます。
- 技術の社会実装を考慮しつつ、役職者とコミュニケーションを取る能力も重要です。
- 知財ではスーパーマンのようなπ型万能人材が求められますが、現在の事業動向などを考慮すると、スーパーマンには永遠に到達できません。一方、T型のように専門性が高まるとコミュニケーションが難しくなるので、知財の専門知識をビジネスに活かすための通訳的な能力が求められてきます。
知財人材に求められるスキルがフェーズによって異なることについて、ご意見いただけますか?
- たとえば事業立ち上げ、製造販売、ガバナンス体制や制度整備などのフェーズによって必要人材が異なりますので、知財人材も同様に、権利化やライセンス交渉など、フェーズごとに重要なスキルがあると考えられます。
- 市場は常に変化しており、個性による業務の向き不向きもあるので、他者の知恵を借りながら対応することも重要です。
- 企業規模の観点からは、スタートアップでは人材の新陳代謝が活発であるのに対し、大企業では社内人材を探索・活用する傾向にあるので、フェーズに応じて人材のオープンイノベーションを活用することも一案です。
熱意や連携力等のマインドセットの有無によって、得られる結果が変わるでしょうか?
- ライセンシー候補の探索を諦めるか続けるかなどの行動で、結果が変わる場面はあると思います。
- 人を動かす力や組織を説得する力は、熱意も必要です。言葉巧みに説得したり、資料を作成したりするスキルのみでは不信感を招く可能性があります。
2.知財人材の育成について
企画部門の人材が必要な仮説提案や分析などの能力を、知財人材も得る必要があるでしょうか?
- マインドセットとスキルとの間にあるリテラシーによって、ビジネスや経営に関するコミュニケーションが円滑に進むと思いますので、リテラシーとして持つ必要があります。そのうえで、個々の強み(企画力、営業力など)を発揮させることにより、新しい価値の創出に貢献することとなるでしょう。
- リテラシーを持って他者交流をしたり、OJTや外部機関支援などの機会を通じて現場経験したりすることも能力向上に必要です。
人材育成では、育てる側の意識だけでなく、育てられる側の自立(自律)も大切かと思いますが、いかがでしょうか?
- 個人が自分で成長する意識を持たなければ、組織がどれだけ育成を試みても効果は限られるでしょう。学校教育の環境不足に起因して、所属組織での人材育成も困難になっていますこの点は、育成する側と育成される側との間のギャップもあり、難しい問題です。
大学や外部機関支援の視点から見た人材育成の取り組みがあれば、ご教示いただけますか?
- 社会人の約半数が学習しないというデータからも、機会を与えられることに慣れすぎていることが示唆されます。自分で学ぶ面白さを感じてもらえるように、参加型の講義を提供するように工夫しています。
- プロボノへの応募者が少ないことも踏まえると、チャレンジ精神の低下の他に、所属機関での副業禁止規定も育成機会減少の 一因かと思われます。若手の育成に関しては、小中学校での教育機会を提供している企業や自治体もあるので、このような機会を地方学生にも提供していきたいです。
- 育成機会が都市部に集中するので、日本全体での水準向上が必要だと考えます。実際、人材育成プログラムを地方にすでに提供しており、他の地域でも同様の取り組みを広めていきたいです。
日本は知財人材が不足していますが、海外ではそのような話は聞いたことがありません。人材の流動性の違いが一因でしょうか?
- 人材流動性は海外と異なる印象です。私たちが知財の仕事の魅力を発信しないと、この業界で仕事をしたい人材が現れないように思います。
人材の流動性の観点から見たIPOとM&Aとの違いについて、M&Aは、被買収側の人材流動性の向上に寄与するでしょうか?
- アメリカではIPOとM&Aの割合が1:9であるのに対し、日本はその割合が約7:3と逆転しています。M&Aでは、才能ある起業家がスタートアップを設立・売却し、また異なるスタートアップを設立・売却するという循環を作ることができるので、人材流動性は向上していくと思います。また、M&Aによるキャッシュの流動性という点でも貢献できるでしょう。
3.AIの発展と知財人材の今後について
AIが今後発展した際に、知財人材に求められるスキルは変化するでしょうか?
- プロジェクトを動かすのは人間であるという点は、おそらく変わらないでしょう。
- 人間がやるべきところは、他者との繋ぎやアレンジメント、ファクトチェック、そして意思決定です。AIがあったとしても、決定自体は人間が最終的に行うことに変わりはありません。
AIの台頭により、人間は新たに何をすべきでしょうか?
- AIはあくまでもツールであるので、意思決定や創造性に人間の価値を見出すことができます。
- 特許情報分析がAI搭載ツールで簡便にできるようになっているので、知財の専門家でない方が特許情報を利用し、個々の活動を充実させることができます。
グローバルでの競争の観点からは、どのような人材が必要になるでしょうか?
- 言語の壁の消失により、英語を含む他言語のコミュニケーションが多く発生し得るので、交渉ができる人材は必要です。一方、資本力が高い企業との勝負では資本の論理により追いつけないので、日本独自の軸や価値観を持って勝負することが重要になってきます。日本の競争力は決して無いわけではないと思います。
- 海外は単一パイプラインを有するスタートアップが一般的で、M&Aを活用して成功する柔軟性が高い考え方が浸透しています。一方、日本は複数パイプラインのスタートアップに資金が投入される傾向です。これまでの固定観念にとらわれず、戦っていく必要があります。
発想力や破壊的思考力を得るためには時間を要しますが、日本の技術は海外と比較しても必ず成功すると思います。いかがでしょうか?
- 日本の優れた技術をどのように売り込むかが重要になってきます。海外企業への売り込みを行うことで、導入が早期決定した事例があります。商談では、自社の技術をアピールするだけでなく、相手企業の事業を調査し、具体的な提案を行うことが成功率を高めるポイントになります。成功事例やノウハウが広まれば、日本の技術もさらに普及していくでしょう。
- グローバルはあくまでローカルの集合体であり、グローバルを意識するほど各国や地域のローカルを意識することがより良いと考えます。
パネルディスカッションの様子
(知財フォーラム実行委員会)