「製薬協メディアフォーラム」を開催 革新的な医薬品がもたらす多様な価値とは–小児急性リンパ性白血病(ALL)を事例に

2026年5月18日に「製薬協メディアフォーラム」を開催しました。「革新的な医薬品がもたらす多様な価値とは—小児ALLを事例に—」をテーマに、東京大学医学部附属病院小児科教授の加藤元博氏と副看護師長の大漉優子氏、患者としての立場の笹光希氏による講演と、製薬協の吉田易範専務理事のファシリテートによる登壇者3名のパネルディスカッションを実施しました。当日は会場およびウェブ配信にて、メディアや会員会社含め90名以上が参加しました。

開会にあたり

製薬協 吉田 易範 専務理事

創薬を取り巻く環境が大きく変化している現状について、かつて創薬の主な対象は生活習慣病など患者数の多い疾患が中心でしたが、現在では難治性疾患や希少疾患へと領域が広がり、治療の考え方そのものも大きく変わってきています。低分子薬を中心とした時代から、抗体医薬、二重特異性抗体、抗体薬物複合体(ADC)、核酸医薬、細胞治療といった新規モダリティが次々と登場し、疾患ごと、患者さんごとの病態に応じた個別化医療が現実のものになりつつあります。

こうした革新的医薬品の価値は、従来のように有効性や安全性のみで評価するだけでは不十分です。新しい薬は、病気そのものを改善するだけでなく、患者のQOL向上、治療中の日常生活の維持、医療従事者のケアの質の向上、さらには医療システム全体への波及効果といった、より広い意味での価値を持ち始めているからです。日本で創薬イノベーションをさらに加速させるためには、こうした多面的な価値を可視化し、社会的に共有し、適切に評価する仕組みづくりが必要不可欠と考えています。

演題1:治療薬が変えた、小児ALL診療

東京大学医学部附属病院 小児科 教授 加藤 元博 氏

小児急性リンパ性白血病(ALL)は小児がんの中で最も発症頻度が高い疾患であり、1950~60年代にはほとんど治らない病気とみなされていました。しかし、その後の多剤併用化学療法の確立、病態に応じて治療強度を調整する層別化治療の進歩、さらに副作用等の苦痛を予防、軽減する支持療法の充実によって、現在では標準治療で高い治癒率が期待できる疾患へと大きく変化しています。

図1:小児ALL治療成績の飛躍

ただし、その進歩とともに、従来型の抗がん剤治療による課題が浮き彫りになっています。化学療法の強度は限界に達し、さらなる強化のみではまだ残る再発を減らすことができません。また、化学療法は長期間にわたる入院を必要とし、口内炎や感染症、脱毛、臓器障害といった強い副作用を伴うことが多くあります。小児医療ではさらに、治療後の人生が長いぶん、成長や妊孕性、二次がんといった晩期合併症にも目を向ける必要があります。「治すこと」が最優先だった時代から、「元気に治すこと」を目指す時代に移っています。

その流れの中で登場したのが、分子標的治療薬や免疫療法といった新規モダリティです。病気の分子メカニズムに基づいて設計された分子標的薬は、特定の遺伝子異常を持つ白血病に対して、予後を劇的に改善しました。CAR-T細胞療法や二重特異性抗体といった免疫療法は再発率や副作用が少ない傾向があり、新たな治療選択肢として期待されています。

特に二重特異性抗体は、白血病細胞とT細胞を結びつけることで、患者さん自身の免疫を利用してがん細胞を攻撃させる治療です。従来の細胞障害性抗がん剤と異なり、正常な細胞への影響が限られているため、感染症、口内炎、脱毛などの副作用が少なく、再発・難治例に対して有効性が示されています。海外では再発例にとどまらず、初発例に対しても導入が進み、従来の化学療法中心の治療構造を変え始めています。

さらに、こうした新しい薬の登場によって、生存率を高めるだけでなく、患者さんが学校生活や家庭生活の質を保ちながら治療を受ける可能性が広がってきたことに意味があります。治療法の選択肢が増えたことで、医療者が一方的に「最善」と考える治療を押しつけるのではなく、患者さんや家族が何を大切にしているのかを踏まえて、一緒に治療を考えることがますます重要になっています。

図2:ALLの治療:まとめ

演題2:患者・家族が想う、医薬品への期待

Ph+ALLの患者さん 笹 光希 氏

  • Ph+ALL=フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病

小学校3年生の時に白血病を発症し、約1年間の入院治療を経て退院しました。その後いったん治癒しましたが、高校3年生の5月に再発し、再び長い治療に向き合うことになりました。その再発治療の中で、二重特異性抗体による治療を受けました。

最も大きな価値は、「本来なら外に出られない時期に外に出られたこと」でした。高校最後の夏、通常であれば院内で過ごさなければならない時期に、野球部の夏の大会でベンチ入りし、ランナーコーチを務めることができました。さらに、文化祭の準備に参加し、友人と遊ぶこともできました。こうした何気ない日常の一つひとつが、後に控える骨髄移植という厳しい治療に向き合うための大きな励みになりました。

図3:良かったこと

また、二重特異性抗体による治療では副作用が少なく、体力の大きな低下を感じることなく次の治療に進めたことも大きかったです。従来の点滴よりも機器を携帯しながら比較的動きやすく、院内外での活動の幅が広がったことも印象的でした。現在は退院後、数か月に一度の通院を続けながら、大学でスポーツ健康科学を学び、以前のようにスポーツジムにも通えるまで回復しています。

一方で、治療機器の大きさや作動音、機器トラブルや薬剤補充のたびに病院へ行く必要があること、チューブが長く生活の中で引っかかりやすいことなど、患者として感じた不便さもありました。自宅から病院まで1時間程度であった自分でも負担を感じていたため、より遠方に住む患者にとってはさらに大きな問題になるのではないかと思いました。そのうえで、機器のさらなる小型化・静音化、地域の医療機関でも対応できる体制づくり、自宅や外出先でも安心して治療できる仕組みの整備、副作用や後遺症をさらに減らす医薬品開発への期待をしています。

図4:医療品に期待すること

治療中には、副作用や今後の見通しへの不安からインターネットで情報を調べ、かえって怖くなったこともありました。しかしその不安を乗り越える支えになったのは、医師や看護師、保育士、友人、家族に気持ちを話せたことでした。人に相談することで気持ちを整理し、前を向くことができたと振り返り、自身が今元気に生活できているのは、多くの人の支えがあったからこそだと感謝をしています。

図5:最後に

演題3:看護の現場から見た、医薬品の価値

東京大学医学部附属病院 小児科 副看護師長 大漉 優子 氏

2006年当時の小児白血病治療では、患者さんは1年から1年半程度の長期入院を前提とし、外泊は年末年始などに数日認められる程度でした。放射線治療が行われることも多く、皮膚トラブルや知的発達への影響など、治療に伴う別の課題にも目を配る必要がありました。また、患者さん本人はもちろん、付き添う家族の身体的・精神的負担も非常に大きかったです。

それに対して現在は、層別化治療や新規モダリティの導入により、入院期間は1年程度を要しますが、入院開始から約2か月後には一時退院の機会があり、その後も治療の合間に様子を見ながら、外泊の機会を設けることができるようになりました。つまり、治療の場が病院の中だけではなく、自宅や学校へと広がっています。ただしその一方で、患者さんや家族はCVカテーテルの管理、携帯型ポンプの扱い、感染予防、トラブル時の対応などを自ら担う必要があり、在宅治療を支える看護には新しい専門性が求められるようになっています。

図6:新規モダリティの導入による変化

パンフレットや人形を用いた具体的な指導、病棟と外来との情報共有、シャワー時の対応、電池交換、ヘパリンロック、ルート保護など、在宅継続のための細かな支援内容も色々とあり、患者さん本人が管理できるか、家族がサポートできるかを見極めながら、一人ひとりに応じた支援を積み重ねています。

また、新規モダリティには新しい副作用対応も必要です。二重特異性抗体やCAR-T細胞療法では、サイトカイン放出症候群(CRS)などの急変リスクがあり、初回投与時にはモニタリングの強化や緊急時対応体制の整備が欠かせません。つまり、薬が進化するほど看護もまた高度化し、単なる日常ケアではなく、教育、副作用の対応、生活支援、家族支援を含む包括的な役割を担うようになっています。

こうした治療の進歩により、学齢期の患者さんが友人や学校とのつながりを保ちやすくなっています。高校生にとっては単位取得や進学、幼い子どもにとっては兄弟姉妹との時間など、治療の先にある生活が守られることの意味は大きいと考えています。一方で、長期的な晩期合併症や妊孕性への影響についてはまだ十分に見えていない部分もあり、治療後の長い人生を見据えたフォローアップ体制と情報共有が必要であると考えています。

図7:製薬会社の方へ期待すること

パネルディスカッション

患者さんにとっての治療の価値、家族への影響、医療者の関わり方、社会制度上の課題について、多角的な視点から議論が展開されました。笹氏は、加藤氏や大漉氏の存在について「『大丈夫だよ』と言われると、本当に大丈夫だと思える安心感があった」と振り返り、医療者の言葉だけでなく、その存在自体が大きな支えとなっていたと語りました。

これに対し加藤氏は、患者さんや家族に接する際に心がけているのは、単に「大丈夫」と伝えることではないと強調しました。心配しなくてよいことと注意すべきことを整理し、理解できるまで丁寧に、わかりやすく、繰り返し説明することが重要であると述べました。また、病気そのものだけでなく、患者さんや家族が何を大切にしているのかを理解しなければ、本当に良い治療にはつながらないと指摘しました。

大漉氏も、まず見極めるべきは、患者さんが抱える不安の本質が病気そのものにあるのか、学校や日常生活にあるのかという点であると説明しました。そのうえで、院内学級の教員や医師と連携しながら支援を行っているといいます。笹氏のケースでは、「最後の大会に参加したい」という希望を踏まえ、治療スケジュールを事前に調整しました。このような取り組みから、医療チームが治療成績のみならず、患者さんの人生において何が重要かを共有していた様子がうかがえました。

議論ではさらに、新しい薬がもたらす価値は患者さん本人にとどまらず、家族の生活や心理的負担の軽減にも及ぶことが確認されました。外来や在宅で治療を継続できることは、家族が他の兄弟等との時間を確保しやすくなるなど、生活全体を支える効果が大きいとされています。一方で、通院頻度の増加や医療機器の管理、遠方からの移動といった新たな負担も生じており、これらをどのように支えるかが今後の課題として共有されました。

また、治療の選択肢の拡大により、医療の意思決定のあり方も変化しています。加藤氏は、従来は「治るか、治らないか」「副作用があるか、ないか」といった軸で議論されがちであったものの、現在では生活の質や本人の希望、治療中に失いたくない時間や経験まで含めて考える必要があると総括しました。医療者が考える“最善”を押しつけるのではなく、患者さんや家族の価値観に沿って治療を選択する姿勢が求められていることが示されました。

希少な小児疾患における薬剤開発は、有効性・安全性の検証の難しさ、小児に適した用量設定・剤型の開発の必要性などから、海外で承認された薬が国内で使えない「ドラッグ・ラグ/ロス」が依然として課題となっていることも指摘されました。さらに、副作用の少ない新薬開発や治療後の長期フォローアップ体制の整備、情報共有の場の充実も重要です。こうした課題の解決には、産学官が連携し、開発と提供の体制を強化することにより、患者さんに必要な薬を確実に届ける仕組みづくりが求められております。

最後に

フォーラム全体を通じて明らかになったのは、革新的な医薬品の価値は、単に病気を小さくすること、再発を防ぐこと、生存率を上げることだけでは測れないという点です。患者さんが学校に通えること、友人と時間を過ごせること、家族と自宅で日常を共有できること、治療の先にある将来を前向きに描けることこうした生活の領域にまで価値が広がっていることが、医師、看護師、患者さんそれぞれの語りを通じて具体的に示されました。

こうした多面的な価値を社会全体で理解し、適切に評価していくことが、次のイノベーションを生み出す基盤になります。小児ALLをめぐる今回の議論は、医薬品の価値評価のあり方そのものを問い直すものであり、創薬、医療、看護、患者支援、そして制度設計を一体で考えていく必要性を改めて浮き彫りにしました。

革新的な医薬品は、病気を治すためだけのものではなく、患者さんの人生を支える存在へと変化しつつあります。その価値を社会としてどのように受け止め、次のイノベーションへとつなげていくのかが、今まさに問われています。

左から加藤氏、大漉氏、笹氏、笹氏のお母様、吉田専務理事

(産業政策委員会 産業振興部会 松田 拓朗、冨田 紀子、村上 知大)

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