製薬協メディアフォーラム
「人生100年時代のLife Course Immunization」

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フォーラム開催の背景

人生100年時代の安心の基盤は「健康」であり、予防・健康づくりには多面的な意義があります。現在では世界的にも生涯を通じた健康維持のための予防接種の重要性が認識されており、成人・高齢者が使用できるワクチンの数が増えてきています。日本製薬工業協会(製薬協)では、乳児から高齢者まで生涯を通じた予防接種の意義や価値について、発信する機会として2024年9月13日に本フォーラムを企画しました。
当日は会場およびWeb配信にて、14社21名のメディア関係者の参加がありました。

以下、講演内容を紹介します。

講演の様子  

開会あいさつ

製薬協バイオ医薬品委員会ワクチン実務委員会 委員長 丹澤 亨

Immunization Agenda 2030の中で、世界保健機関(WHO)はあらゆる場所、あらゆる年齢のすべての人が、健康と福祉を改善するためにワクチンの恩恵を十分に受けられる世界を目指し、3つの目標を設定しています。

  • ライフコースを通じて、ワクチンで予防可能な疾病による死亡率と罹患率を減少させること
  • 新規および既存ワクチンに公平なアクセスと利用を拡大することにより、誰一人取り残さないこと
  • プライマリーヘルスケアにおける予防接種を強化し、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジと持続可能な開発に貢献することにより、すべての人々の健康と幸福を確保すること

今年、国際製薬団体連合会(IFPMA)から、成人向けの予防接種プログラムが、予防接種にかかる費用の19倍の利益をもたらすことが報告されました。(図1)

図1.成人を対象とした予防接種の社会経済的価値  

この報告により、成人向け予防接種プログラムを含む予防第一の考え方を取り入れることとで、医療制度における、成人の予防接種プログラムを充実することによる価値が、世界的にも注目されています。

製薬協では、我が国において『世界標準の生涯を通じた予防接種(Life Course Immunization) 』を実現するため、ワクチンの研究開発・生産を推進するとともに、国民が予防接種を活用しやすい環境づくりに取り組んでいます。

 

講演

ライフコースアプローチに基づいた予防接種とは?

新潟大学大学院医歯学総合研究科小児科学分野教授 齋藤 昭彦 氏

 

Life course approachとは?

今、大人が接種を検討していただきたいワクチンが増えています。子どもだけでなく大人にもワクチンを接種していただく意識の醸成を進めていくことが大切です。

健康な一生を送るためには様々なアプローチがあります。例えば、その一つが健診であり、妊婦には妊婦健診、乳幼児には乳幼児健診、成人病予防のための人間ドッグなど、私たちはライフステージごとに様々な健診を受けています。私たちの人生を通じた健康維持のアプローチに予防接種を加え、ワクチンで予防できる病気(Vaccine Preventable Diseases; VPD)に罹患しない、罹患しても重症化しないということを人生全体で考えていくというのがLife course approachによる予防接種の考え方になります。

社会全体で予防接種を受けることで集団免疫が生まれます。社会の中で多くの人が免疫を持たない状態だと、病原体は感受性のある人に広がってしまいます。しかし、多くの人が予防接種を受けている社会では、社会の中に免疫を持たない人がいたとしても病原体からそのような人たちのことを守ることができます(図2、集団免疫)。ワクチンを子どもだけでなく大人も接種することによって、社会全体で免疫を作るという考え方が非常に重要です。

図2.集団免疫  

Life course approachに基づいた予防接種とは

ワクチンの多くはLife course approachに基づいて考えなければなりませんが、今日は6つの病気についてご紹介します(表1)。

  1. 百日咳

    乳幼児で重症化・死亡リスクが高い病気です。乳幼児を守るため、すべての世代で予防接種が必要です。 “風邪が長引いている”と思っていた症状が、実は大人の百日咳だったというケースによく遭遇します。百日咳の予防にはこの春から定期接種として使用されている5種混合ワクチンが主に使われています。国内の百日咳患者の年齢分布をみると、5歳から15歳の方が63%、30・40歳代の成人も子どもからうつるため16%を占めています。乳幼児期に予防接種をしっかり受けていても学童期、青年期に免疫が下がっているというのが実態です。このように、現在の日本の予防接種スケジュールでは百日咳の発生をコントロールできていないため、海外のように小学校に入る前、あるいは、10歳前後に百日咳含有ワクチンを(3種混合ワクチン)追加接種することも考えなければなりません。

  2. 水痘・帯状疱疹

    水痘は、多くは乳幼児期のウイルス感染によって、全身に発疹が出て発熱します。一方、帯状疱疹は水痘ウイルスに罹患後、体の中の神経根で眠っていたウイルスが、免疫が下がったときに再び目を覚まし発症します。そのときの痛みが非常に強いというのが特徴です。水痘の国内発生数は、水痘生ワクチンが定期接種になってから大幅に減っており、水痘が流行していないために水痘ウイルスに対する免疫が落ちている高齢者が増えています。海外でも水痘生ワクチンの普及により、水痘の発生数が減ると帯状疱疹の発生数が増えたという報告は多く、高齢者に生、あるいは不活化帯状疱疹ワクチンによる帯状疱疹の予防が重要になっています。

  3. 肺炎球菌

    肺炎球菌は乳幼児や高齢者が感染すると重症化や死亡リスクが高い感染症です。ワクチンは、主に乳幼児に使用される結合型ワクチンと、高齢者や、リスクのある患者に使用される多糖体ワクチンの2種類があります。肺炎球菌には血清型の種類が90以上ありますが、特に子どもに重い感染症をきたす型があります。ワクチンは、これらの型をカバーしています。重い肺炎球菌感染症の小児の患者数は、小児定期接種が始まる前と比べると約3割程度まで減っていますが、ワクチンでカバーされていない方による感染症が相対的に増えています。結合型ワクチンは、現在、13価と15価のワクチンが小児定期接種にて使われていますが、1つのワクチンの中に血清型を増やすとそれぞれの血清型に対する効果(免疫原性)が落ちることも分かっているため、1つのワクチンにどこまでカバーを広げるかを考える必要があります。なお2024年10月からは、20価の結合型ワクチンが小児定期接種ワクチンとして追加され、今後は小児だけでなく、高齢者への接種も進むものと考えられます。

  4. インフルエンザ

    インフルエンザの予防接種は、全ての世代に必要です。妊婦も接種し、母親からの移行抗体で乳児を守ることが必要です。インフルエンザの流行は新型コロナ感染症の流行によって大きく変化しました。2023-2024シーズンは、秋から流行が始まり年明け以降も患者数が減らず、全体の患者数が非常に多いシーズンでした。インフルエンザに対する集団免疫を獲得するためには子どもと大人の接種率を上げることが重要です。今シーズンからは、新たに経鼻生ワクチンを使用できるようになり選択肢が増えています。

  5. RSウイルス

    RSウイルス(RSV)は乳児と高齢者で、重度の下気道炎をおこし、死亡リスクが高いウイルスです。早期出産の乳児やハイリスク児を守るために、モノクローナル抗体をRSV感染症シーズン開始前に毎月1回、合計6-8回接種し、乳児への感染を予防する方法がとられていました。最近、持続型のモノクローナル抗体が開発され、今年の5月からはハイリスク患者に対して、RSV感染症シーズンに1回接種することで予防できるようになりました。また、新しく高齢者に接種できるワクチンと妊婦に接種できるワクチンも開発されています。RSV感染症は、今年に入り、予防の選択肢が増え、新しい時代に入っています。

  6. 風疹

    風疹ウイルスは妊娠初期に感染すると、産まれてきた子どもに先天性風疹症候群(Congenital Rubella Syndrome, CRS)を高い確率で引き起こします。CRSの主な症状は、白内障、網膜症、感音性難聴、心臓の奇形などです。先進国においてCRSは過去の病気となりましたが、残念ながら日本では2013年に風疹のアウトブレイクが発生し、その後、45例ほどのCRSが報告がされました。妊娠されている方を風疹から守るために、これまで予防接種をする機会のなかった昭和37年-昭和53年度生まれの男性に対して、抗体検査と検査陰性の場合のワクチン接種を無料で実施する措置が2025年3月末まで行われています。CRSから子どもを守るために妊婦のご家族など成人男性が予防接種を受けることがとても大切です。

表1.6つの感染症のLife course approach  

Life course approachに基づいた予防接種を実現するための課題

Life course approachに基づいた予防接種を実現する日本での課題として、日本医療政策機構が5つの視点を示しています(図3)。

1点目は、「Life course approachに基づいた予防接種・ワクチン政策を推進」すべきであるということです。2点目は、医療従事者と市民を対象にした「普及・啓発活動やコミュニケーション戦略」を構築することで、情報を継続的に発信することが重要です。現在、国内では、予防接種を受けるための情報が不足しています。メディアを通じた情報発信が特に重要になります。3点目としては、予防接種と対象疾患の発生に関する情報システムの連携、疫学的な効果を分析および共有できる体制づくりが政策決定や評価に重要、という点を挙げています。例えば、高齢者のRSV感染症の患者数の正確なデータは無く、疾病負荷やワクチンの効果を評価するデータが不足しています。サーベイランスを常に行い、データを蓄積・分析することが大切です。4点目は、アカデミアからの発信のみならず「マルチステークホルダーでワクチン政策に関する議論を継続的に行える体制づくり」を進めることが挙げられます。最後に5点目は、平時や有事を考慮し、未来のワクチン需要を見据えた予防接種政策への投資を促進すべきという点になります。

図3.ライフコースアプローチに基づいた予防接種・ワクチン政策5つの視点

最後に、ワクチンの必要性の判断につながる「ワクチンのベネフィットとリスク」についてお伝えします。実はその評価は非常に難しいです(図4)。ワクチンのベネフィットとしては、病気の重症化・合併症の予防や病気の根絶などが挙げられますが、これらは、ワクチンが効果を発揮すると見えなくなってしまい、副反応や有害事象などのリスクのみが残ってしまいます。ワクチンの接種によって、どれだけの病気が無くなったのか、重症化の患者さんがどれだけ減ったのかということをデータとして残して、国民の皆さんに情報提供することが重要です。日本は平時のサーベイランスデータや予防接種歴の記録管理が十分ではなく、これまでは予防接種全体への投資が十分ではありませんでした。今後は、疫学的なデータとワクチンのベネフィット、つまり、見えなくなってしまう効果についても、国民の皆さんへの情報伝達をしっかりと行っていくことが大切になると考えています。

図4. ワクチンのベネフィットとリスク  

以上

(文責 製薬協バイオ委員会ワクチン実務委員会 矢野 修一郎)

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