ジュネーブにて開催されたWHA78サイドイベント
「感染症(ベクター媒介性疾患、顧みられない熱帯病、新興感染症)と闘うための戦略的パートナーシップの強化」
感染症対策における日本の貢献と戦略的パートナーシップ

世界保健総会(WHA78)の期間中、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部と製薬協の共催による朝食セッション「感染症(ベクター媒介性疾患、顧みられない熱帯病、新興感染症)と闘うための戦略的パートナーシップの強化」が開催されました。本セッションでは、グローバルヘルスの課題に対する日本の貢献と、今後の国際協力の方向性について活発な議論が交わされました。

開会挨拶

日本政府の取り組み

厚生労働副大臣 仁木 博文 氏

仁木氏は開会の挨拶で、日本政府の感染症対策への取り組みを紹介しました。「本イベントの目的は、グローバルヘルスが大きな変革期にある中で、ベクター媒介性疾患、顧みられない熱帯病(NTDs)、新興感染症に関する課題と解決策について、世界的な関心を高めることです」と述べ、日本がGHITファンドやNTD撲滅のための拡大特別プロジェクト(ESPEN)などを支援していることを強調しました。

また、日本はCEPI、Gavi、グローバルファンドなど、新興感染症やベクター媒介性疾患のワクチンや治療薬の開発・供給を担う国際機関への主要ドナーであることを紹介しました。さらに、コンゴ民主共和国へのエムポックスワクチン提供など二国間協力にも積極的に取り組んでいることを説明しました。

「これらの疾患に対する効果的な対策を講じるためには、国境を越えた協力とイノベーションが不可欠です。今後も、産業界、公共部門、民間、学術界などさまざまなステークホルダーと連携しながら、NTD撲滅をはじめグローバルヘルス課題の解決に最大限取り組んでいきたいと思います」と述べ、参加者に対して知恵を結集し、感染症との闘いに大きな前進を遂げるよう呼びかけました。

基調講演

低中所得国で蔓延する感染症流行への挑戦とGHITファンドの役割

公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金(GHITファンド)CEO/専務理事の國井修氏は、COVID-19だけでなく、マラリアや薬剤耐性(AMR)の「サイレントパンデミック」、気候変動の影響を受けるNTDなど、複数の感染症の脅威に直面していることを指摘しました。

「現在の結核(TB)罹患率の減少は年間わずか2%程度で、2035年までに90%削減するという世界目標からは程遠い状況です。今のペースでは目標達成に150年以上かかってしまいます。2035年までに目標を達成するには、より良い診断法、より効果的で副作用の少ない治療法、そして感染および発病を予防するワクチンという新しいツールとイノベーションがすぐにでも必要です」と警鐘を鳴らしました。

また、「COVID-19パンデミックは深刻な危機でしたが、同時に技術とイノベーションの進歩と応用という大きな機会をもたらしました」と指摘しました。特に1年以内に非常に効果的で安全なワクチンが開発されたことは驚きであり、その成功要因として、資金、技術と知識の共有、自主的なライセンス供与、合理化された臨床試験、迅速な規制承認、そして協力とパートナーシップの力を挙げました。

しかし、現在の状況ではいくつかの課題があると指摘しました:

  1. 資金調達

    COVID-19との闘いにR&Dへの投資だけでも、発生後わずか8ヶ月で約100億ドルという莫大な資金が投じられ、米国政府だけでも「ワープスピード作戦」の下で最終的に120億ドル以上が費やされました。対照的に、HIV、TB、マラリアを含む他の感染症へのR&D資金はコロナ前には年間40-50億ドルの間で推移していましたが、COVID-19パンデミック以降は下降傾向を示しています。
    GHITファンドは日本政府およびゲイツ財団やウェルカム財団などの民間財団、武田薬品、エーザイ、アステラス、中外、塩野義、第一三共などの日本の民間企業とのパートナーシップによる官民ファンドとして、2013年から感染症と闘うための新しいツール開発を促進・加速させてきました。
    最近広島で開催されたG7サミットで、岸田文雄首相(当時)は顧みられない人々の間の感染症と闘うためにGHITファンドに2億ドルを拠出することを約束しました。また、日本はアフリカでの感染症研究に生涯を捧げた著名な細菌学者の野口英世氏を記念して、アフリカでの感染症との闘いにおいて顕著な研究や多大な社会貢献をした個人や組織を表彰する「野口英世アフリカ賞」を設立し、今年もTICAD9(第9回アフリカ開発会議)において1団体と1個人を表彰する予定です。授賞が決まった組織DNDi(顧みられない病気の新薬開発イニシアティブ)も本日のパネルに参加しています。

  2. R&Dの長いプロセス

    通常、医薬品開発には10年以上の期間と5億ドル以上のコストがかかり、成功率は2万分の1という難しさです。COVID-19ワクチンでは、製造開発と生産規模の拡大が臨床試験と同時に行われ、フェーズ2と3の試験が統合され、緊急使用の承認が与えられたことなどから、このプロセスが迅速化されました。

  3. アクセスと配送

    COVID-19ワクチンは1年以内に開発されましたが、配布には地域間、国家間で大きな格差がうまれました。流行から500日目の時点で、高所得国の人々の43%がワクチン接種を受けていたのに対し、低所得国ではわずか1%未満でした。

基調講演の様子   

各分野の専門家によるパネルディスカッション

日本の製薬企業の貢献

日本の製薬企業はさまざまな形で貢献しています:

  • 武田薬品:4価デング熱ワクチンの提供
  • エーザイ:リンパ系フィラリア症治療薬の無償提供
  • 大塚製薬:多剤耐性結核治療薬デラマニドの提供
  • 塩野義製薬:多剤耐性菌を含む細菌感染症治療薬、COVID-19治療薬のライセンス
  • アステラス:住血吸虫症に対する新たな小児用治療選択肢の開発
  • KMバイオロジクス:エムポックスワクチンの提供

武田薬品ワクチン事業部のグローバルメディカルアフェアーズ責任者であるワリード・カンディル氏は、「武田薬品は240年の歴史を持つ日本のグローバル製薬企業です。私たちのグローバルヘルスに対する最新の貢献は、デング熱ワクチンを市場に投入したことです。このワクチンの開発には50年以上かかりました」と説明しました。

また、企業の社会的責任の観点から、武田薬品は2016年以来、281の医療施設の建設または改修、1,100万人の患者の診断と治療、150万件の治療の寄付などのさまざまな取り組みに対して、支援をしてきたことを紹介しました。グローバルファンドとの戦略的パートナーシップを2年間延長することを最近発表したほか、デング熱予防のための統合戦略実施を支援するアジアでのパートナーシップ、ラテンアメリカでのアクセスイニシアチブを支援するパートナーシップなども確立しています。

インドネシアの事例と課題

インドネシア保健省のイナ・アグスティナ・イストゥリニ氏は、国内の感染症対策について報告しました。2024年以降、いくつかの地区でマラリアとデング熱の発生が宣言され、一部は非常事態宣言をしています。気候変動、高い人口移動性、ベクター(媒介生物)の繁殖を支える環境により、これらの疾患は非常に蔓延しています。

インドネシアの514地区のうち94%がデング熱の流行地域で、2024年には25万件以上の症例と約1,500人の死亡が報告されています。マラリアについては、113地区が流行地域で、2024年には約54.4万件の症例と25人の死亡が報告されています。

「予防、早期発見、迅速な対応が必要です。2030年までのマラリア撲滅とデング熱による死亡ゼロという目標を達成するには、政府だけではなく官民協働などによるさまざまな パートナーシップが必要です。開発パートナー、慈善家、NGO、民間セクター、学術界、メディア、コミュニティとの強力なパートナーシップを構築することにより、必要とされる医療が最も遠隔地にまでいきわたるようになりました。 」と述べました。

インドネシアは官民パートナーシップで大きな進展を遂げており、以下のような取り組みを行っています:

  • ガジャマダ大学との5都市でのウォルバキア・パイロットプロジェクト
  • ウダヤナ大学との世界蚊プログラム
  • 武田薬品とのデング熱ワクチン接種と健康キャンペーン
  • GORIKAとのマラリア予測のためのAI情報システム
  • OKRUとインドネシア大学とのマラリアワクチン研究

今後の優先事項とパートナーシップの重要性

WHO NTD部門責任者のラマン・ベラユダン氏は、限られた資金と競合する優先事項がある現在の環境では、長期的な影響をもたらす役割とパートナーシップを優先すべきだと強調しました。これは、保健システムの強化、地域の能力構築、NTDプログラムのユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)や基本的医療への統合を意味します。ブレンドファイナンスや官民パートナーシップなどの革新的な資金調達メカニズムが新たな資源を動員できると述べました。

「国のリーダーシップとオーナーシップを優先しなければなりません。WHOの役割は技術的ガイダンスで国を支援し、国の優先事項の周りの連携を促進することですが、プログラムは国が主導する場合にのみ持続可能です。国の能力を構築し、監視システムを強化し、NTDサービスを日常的な医療に統合し、地域の医療従事者を訓練する必要があります」と述べました。

DNDiのファビアナ・アルベス氏は、「グローバルヘルス資金は、パンデミック、紛争、気候変動の影響など、複合的な危機により大きな圧力を受けています。地政学的な断片化の増加が資金の流れと調整を複雑にしています。これらの課題にもかかわらず、感染症は低・中所得国(LMIC)の人々に不釣り合いな影響を与え続けており、そこでは医療システムがすでに過負荷になっています」と指摘しました。「伝統的な市場インセンティブだけでは、顧みられない人々のためのR&D投資を確保できません。健康ニーズを優先し、手頃な価格で利用可能な治療法につながるイノベーションと製造エコシステムが必要です」と訴えました。

国立健康危機管理研究機構(JIHS)のグローバル・アウトブレイク・インテリジェンス部長の氏家無限氏は、「健康は人権です。すべての人が達成可能な最高水準の健康を享受する権利がありますが、世界中で大きな格差が続いています」と述べ、日本の厚生労働省が感染症専門家を発生地域に派遣していることを紹介しました。

「将来を見据えると、強力な保健システムと十分に訓練された労働力に投資しなければなりません。良いワクチンがあっても、効率的な規制、信頼できるサプライチェーン、持続可能な資金調達、熟練した医療従事者がなければ、人々に届きません。専門家の派遣やワクチン展開の支援など、日本の貢献は重要な役割を果たしていますが、脆弱なコミュニティに命を救う介入を届けるには、政府、国際機関、製薬会社が協力して取り組む必要があります」と強調しました。

まとめ

製薬協の中川祥子常務理事は閉会の辞で、「イノベーションの促進とアクセスの確保を両立させることはより健康で公平な未来を推進するうえで喫緊の課題です。製薬協は革新的医薬品の創製を通じてグローバル社会に貢献し、感染症との闘いで誰も取り残されないよう主要なステークホルダーと協力していきます」と述べ、8月に日本で開催される第9回アフリカ開発会議(TICAD 9)でのサイドイベント開催を予告しました。

本セッションを通じて、感染症対策における日本の低・中所得国(LMIC)を含むグローバル社会への貢献の重要性と、今後のグローバルヘルス課題に対応するための戦略的パートナーシップの必要性が改めて確認されました。限られた資源の中で最大の効果を上げるためには、政府、国際機関、民間企業、学術界、市民社会など、あらゆるステークホルダーの協力が不可欠であり、日本はその中で重要な役割を果たし続けることが期待されています。

集合写真

(国際委員会 グローバルヘルス部会 幸松 邦彦)

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