Opinion 次世代医療基盤法がより良い制度となるために

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医薬産業政策研究所 主任研究員 岡田法大

はじめに

2018年5月に施行された「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律(次世代医療基盤法)」は、同法附則の施行後5年の見直しの規定に基づく次世代医療基盤法検討ワーキンググループでの議論を経て、改正法が2023年5月に公布された。改正点となる「1.仮名加工医療情報の利活用に係る仕組みの創設」「2.NDB等の公的データベースとの連結」「3.医療情報の利活用推進に関する施策への協力」の3点は、いずれも医療情報を利用した研究開発を促進する内容であり、今後の利用拡大が期待される1)。一方で、今回の改正により解決した問題は、ワーキンググループ内で議論された多様な事項の限られた部分に留まっており、本邦において医療情報の利用を円滑に行う仕組みを構築するためには、各ステークホルダーの継続した議論が改正後も必要となると考える。本稿では、今後検討が必要となることが想定される論点に関して、今回の改正を踏まえた情報の流れと対応させて整理を行う。

図1に次世代医療基盤法における情報の流れと、本稿での論点整理に利用する情報の流れに基づいた5つの分類を示す。図中の「①情報の生成」は、国民の医療情報を医療機関や自治体が入手する際の情報の流れ、「②情報の集約」は、医療機関や自治体が保有する情報を次世代医療基盤法の認定匿名加工医療情報作成事業者又は認定仮名加工医療情報作成事業者(本稿では、以下「認定作成事業者」とする)が入手する際の情報の流れ、「③加工医療情報の提供」は、認定作成事業者から学術機関や民間企業に匿名加工医療情報又は仮名加工医療情報を提供する際の情報の流れ、「④成果の創出」は、医療情報から得られた研究成果の社会還元と分類し、その他の制度全体の最適化や情報の適正利用に関する事項を「⑤制度全体」として整理する。

図1 論点整理に使用する5つの分類

各論に先立ち、本改正案が提示された第7回のワーキンググループと、ワーキンググループを設置した会議体である健康・医療データ利活用基盤協議会、国会審議の過程で論点となった事項を、上記の分類に紐づけて集計した結果を表1に示す。これらの会議で言及された事項は、改正前から生じている課題の是正に関する意見や、改正後の対応に関する意見が主であり、情報の流れの全体において満遍なく意見が出されたことが分かる。特に、認定作成事業者に対する提供可能データの拡充や情報の信頼性の確保に向けた要望、国民や医療機関・自治体の制度理解向上のための広報活動の要望など、今回の改正に含まれなかった点に関しても多くの委員や議員が論点としており、継続した検討が望まれる。

次の項から、次世代医療基盤法の下で、医療情報の利用がより活性化するための継続的な検討の論点整理の参考とするために、今回の改正点を踏まえた現状と課題を提示し、医薬品開発や医療政策における医療情報を用いた意思決定の促進を望む立場として、過去の会議体等の記録を踏まえ、筆者が望ましいと考える方向性を制度における情報の流れに沿って示す(表2)。各項目は、表1で紹介した発言内容をはじめとした今回の法改正の過程で行われた議論に基づき検討を続けていく必要があると考えられる論点に加え、政府が進める医療分野でのDX推進と将来的に関連していくと考えられる項目を選択した。

表1 次世代医療基盤法改正案に対する意見
表2 本稿で扱う論点

① 情報の生成

①-1 情報提供者の権利保護

現状と課題

医療情報を研究に利用する際の最も大きな課題として取り上げられる事項が、情報提供者の権利保護の論点であり、次世代医療基盤法に限らず医療情報を利用する様々な場面で検討が行われている。次世代医療基盤法では、一定の要件(書面を用いた通知等)を満たす丁寧なオプトアウト(あらかじめ通知を受けた本人又はその遺族が停止を求めないこと)により、医療機関等から認定作成事業者へ要配慮個人情報である医療情報を提供することが可能となっており、認定作成事業者を介することで、オプトイン(あらかじめ本人が同意すること)を必要とせずに医療情報を研究に利用することが可能となる。医療情報が研究に利用される際の提供者の関与の要否は、利用される情報から提供者個人が特定可能か否かという観点で判断され、個人識別符号に該当する全エクソームシークエンス等の遺伝子情報の利用にはオプトインが必要となっている。

今回の改正では、新たに仮名加工医療情報の利用が次世代医療基盤法のオプトアウトで可能となった。仮名加工医療情報は、他の情報と照合しない限り、個人を特定できないよう加工した情報と定義され、以前までの匿名加工医療情報では利用ができなかった特異な臨床検査値の情報や希少疾患名等の詳細な医療情報も利用可能となるため、個人の特定リスクが増加する。改正が審議された国会の中でも、オプトアウトにより提供者の権利が適切に保護されるかという観点の議論も行われた2)3)。研究に利用される医療情報における個人の特定可能性に関しては、扱う情報の特性や、情報保護のIT技術の進歩にも依存する。研究実施時の情報の有用性と個人情報保護の適切なバランスを継続して検討していく必要がある。

望まれる検討の方向性

仮名加工医療情報の利用が可能となり、より詳細な医療情報が、個人情報が保護された上で、研究開発に利用可能となったことは望ましい方向である。今後も、改正の議論の中で要望が出された遺伝子情報の利用を含めた情報の拡大や、オプトアウトによる利用の停止が研究結果に与えるバイアスに関する検討が行われる際には、扱う情報の特性と個人情報保護を考慮し、都度適切な対応を用意する必要がある。図2に情報提供者の権利保護の選択肢とそれらに応じた研究への影響を簡易的にまとめる。この検討は、本邦に限ったものではなく欧州のヘルスデータに関する規則案であるEHDS(European Health Data Space)における二次利用の方法を検討する場でも同様に生じている。大きく、情報を自身で管理できる環境とするためにオプトインやオプトアウトの採用を望む患者団体等の意見と4)、研究結果への影響を考慮してオプトアウトの採用に対して懸念を示す医学・ヘルスケア関連団体の意見が存在している5)。このように、情報提供者の権利保護は多様な立場の方が納得する結論を出すことが非常に難しく、医療情報を研究利用する際には、常に検討される課題となっている。利用者が求める詳細な医療情報を収集するためには、情報の提供者となる国民の信頼を獲得するための施策の継続的な検討が不可欠である。

図2 情報提供者の権利保護と情報利用への影響

①-2 情報利用の透明性

現状と課題

情報の提供者である国民に制度の趣旨を理解してもらい、情報提供への不安を払拭するように努めることは、制度への積極的な協力を促すために重要となる。医療情報を利用した研究では、情報の提供者に自らの医療情報がどのような目的で誰に利用されているのか、どのような処理によって個人情報が保護されているかを周知する活動が増加しており、このような取り組みは、国民の制度理解の向上や情報利用の透明性を高め、オプトアウトを利用した停止を減らすことにも繋がると考えられる。

現時点では、次世代医療基盤法の利用実績は、各認定作成事業者のウェブサイトにて掲載されており、認定作成事業者によって公開情報の範囲は異なるものの、課題名や活用された情報、利用申請企業等が公開されている。類似した情報を扱う国内のバイオバンクにおいても、情報提供に関する情報公開について、12施設中8施設が情報を利用した研究課題の名称、12施設中7施設が情報の提供先となる機関名をウェブサイトで公開している状況である6)(2021年2月時点)。

望まれる検討の方向性

国民の制度理解の向上や情報利用の透明性を高めるために、容易にアクセスが可能な場所への情報公開は継続して実施されることが望まれる。欧州のEHDSに対してオプトイン又はオプトアウト望む意見書の中においても、自身の医療情報の利用状況を把握できる状態とすることが求められており、利用状況の開示は国民の信頼性の確保に繋がると考えられる4)。公開される情報には、情報を利用する企業が研究内容を非公開としたい競争領域に関する情報が含まれる場合もあり、公開の範囲や方法については慎重な検討が必要となる。

また、仮名加工医療情報の利用が可能となることにより、認定仮名加工医療情報作成事業者では誰の情報が何の目的でどこの研究機関へ提供されたかという情報の追跡が可能となる。今回の改正では、個人の識別行為は薬事審査に係る審査機関からの調査に回答する場合を除き認められていないが、将来的には、より情報利用の透明性を高める活動として、厚生労働省が進めるマイナポータルを経由した医療情報共有等と連携することにより7)、個人への情報提供やバイオバンクで導入が検討されているような双方向のコミュニケーションの導入の検討も可能となる8)。将来的に、このような機能が実現することになれば、UK Biobankで実施されている研究結果の個人へのフィードバックや、利用者が個別の研究で必要となったQOL調査などの追加情報取得の国民への参加依頼も認定作成事業者を介すことで、利用者が個人を識別しない形で可能となり、医療情報の利用の選択肢が広がる可能性がある。

①-3 情報提供状況の管理

現状と課題

次世代医療基盤法では、個人が複数の医療機関等を利用した際に、認定作成事業者によって同一の人物の情報として情報を連結できる点も大きな利点として挙げられている。そのような状態を想定すると、国民は各医療機関、自治体等で都度オプトアウトに関する説明を受けることとなる。医療機関においても、匿名加工医療情報と仮名加工医療情報のそれぞれに関して、制度の通知患者と未通知患者の管理や、オプトアウトによる停止手続き等の煩雑な管理が必要となり、仕分処理の過程で人的な過誤が生じるリスクが増加する。ワーキンググループにおいても、医療機関でのオプトアウト通知の簡素化による負担軽減が求められたが、今回の改正の検討の中で方針の変更はなされなかった。

望まれる検討の方向性

現在は、国民の制度への理解向上が求められており、丁寧な説明が求められているが、将来的には、医療情報取扱事業者単位での管理ではなく、国民単位で通知やオプトアウトを利用した停止を管理できる環境への移行も考えられる(図3)。既に医療情報の一次利用では、他の医療機関への情報共有の同意をマイナポータルで管理可能とする計画がされており、このような管理の方法を二次利用においても踏襲することにより、情報の提供者や医療機関の負担軽減に繋がることが期待される9)。制度に参加する医療情報取扱事業者の数が限られる現段階では、連結可能な情報が限られており、次世代医療基盤法の利点を最大に活かすためには、後述の②-2で示す参加する医療情報取扱事業者の拡大が優先される。しかしながら、将来的に本制度が拡大していくためには、情報提供者である国民と医療情報の管理を担う医療機関の双方の負担を軽減するための重要な論点であると考える。多様な医療情報を連結するうえで、個人の情報を一括管理することは、国民の名寄せを行う上でも有効となる。厚生労働省の会議体では、次世代医療基盤法の名寄せにオンライン資格確認の基盤を利用することが想定される事例として示されている10)。情報提供者が共通のIDを有することは、幅広い情報源に由来する情報を利用する上でもメリットが大きいと考えられる(後述②-1)。

図3 情報提供状況の管理方法

② 情報の集約

②-1 認定作成事業者の在り方

現状と課題

現在の次世代医療基盤法の運用では一般的に、一つの医療情報取扱事業者が保有する情報は一つの認定作成事業者のみを経由して利用者へと提供されている。現時点で主に利用されている電子カルテデータやレセプトデータは、複数の認定作成事業者が提供を行っており、利用者の立場からは、自らが実施しようとする研究課題が、どの認定作成事業者が提供している情報と親和性が高いのか判断することが困難な状況にある。2023年5月時点では、匿名加工医療情報の作成事業者として認定されているのは3事業者であり、ワーキンググループでは、扱う情報量や情報の種類を増加するために認定作成事業者の増加を求める意見も出ている。一方で、現行の運用が継続すると、認定作成事業者の増加に伴って医療情報の偏在が進むこととなるため、認定作成事業者が増加した際の情報の管理方法に関しても検討が必要となる。

望まれる検討の方向性

ワーキンググループにおいても、利用可能な情報の種類や量を利用者が検索しやすくするためにデータカタログの公開が求められた。このような保有する情報を検索可能とする仕組みは、情報へのアクセス性向上の観点から、各認定作成事業者で作成するのではなく、AMEDのゲノム医療実現バイオバンク利活用プログラムで作成されたような、情報管理者(認定作成事業者)間の横断検索システムとしての構築が望ましいと考える11)

さらに、長期的な視点で考えると、悉皆性の高い情報を利用して、より精度の高い研究結果を創出していくためには、電子カルテデータやレセプトデータ等の基本的な情報の収集を医療DXの推進で計画されている全国医療情報プラットフォームに一元化することや、認定作成事業者間の情報連携の可否を検討していく必要があると考える。現在までの集約方法は、認定作成事業者が特定の種類の情報を軸に収集しているが、画像情報を利用した研究で臨床情報のアウトカムが必要な場合や、薬剤投与後の予後を確認する研究等の、多様な情報を組み合わせて解析を行う必要がある場合は、特定の種類の情報ではなく個人を軸としたライフコースを追跡できる情報として集約されていることが望ましい(図4)。このような多様な情報が利用可能となる理想的な状況となるためには、複数の認定作成事業者が提供する医療情報を、利用目的に応じて連結して研究に利用可能となる仕組みとなることが期待される。他の認定作成事業者との間で医療情報の授受を行うことは現行の法律でも想定されており、契約を結ぶことで可能とされている。これらの実現には、①-3で示した情報提供状況の一元的な管理も貢献すると考えられ、個人を軸とした情報の管理と併せて検討が進むことが望ましいと考える。

図4 多様なライフコースデータの利用に向けて

②-2 医療情報提供の促進

現状と課題

次世代医療基盤法に協力している医療情報取扱事業者は2023年5月時点で110事業者に留まっており、ワーキンググループや国会での議論の中でも、情報を提供する医療機関の少なさが指摘された。このような状況を踏まえて、今回の改正で、医療情報取扱事業者に対して、医療情報提供等により国の施策への協力に努めることが規定された。医療情報を利用した研究において、より一般化可能な結論を導くためには、一定数以上の研究対象者数が必要となる。希少疾病や特定の医薬品の副作用リスクを検出するような対象者が限られる研究においても、本制度で提供される情報を利用可能とするためには、より多くの医療機関の協力が必要となる。

望まれる検討の方向性

今回の改正で新たに加えられた条文では、医療情報の提供は努力義務となっている。制度の参加に伴って生じる医療機関や自治体の作業負担の増加を考慮すると、参加の可否を医療情報取扱事業者の自主性に委ねた運用の中で、参加する医療機関や自治体を拡大することが可能であるか否かは、今後の参加医療機関の推移を踏まえて検討が必要となる。後述する医療DXの推進において、電子カルテデータの標準化が進められており、一次利用での規格の標準化が進むことが見込まれている。情報集約の簡易化に伴い、制度参加への敷居が低くなり、参加する医療機関や自治体の拡大と共に、国民への制度の周知が進んでいくことが望まれる。

②-3 情報の標準化

現状と課題

複数の医療機関等から提供される情報を一つの研究で利用するためには、各施設の情報を同様に扱うことの妥当性が求められる。情報の標準化という観点では、情報の形式や使用する用語を統一するといった構造的な標準化と、検体の管理方法や検査時に使用する機器の違いなどに由来する質的な標準化の双方が重要となる。構造的な標準化の重要性は既に周知され始めており、厚生労働省が主導する電子カルテの普及や厚生労働省標準規格の整備により解決に向けた検討が始まっている。質的な標準化に関しては、単一の医療機関で診断から治療までが行われる一次利用の中では問題となりづらく、二次利用の際に調整が求められることが多い。PMDAから発出されている、製造販売後調査でのアウトカム定義のバリデーション実施に関する考え方の通知等も質的な標準化に関する通知であり、このような標準化に関する検討の必要性は医療情報を二次利用した研究の開始を遅れさせる要因の一つとなる12)

望まれる検討の方向性

情報の標準化の検討は、構造的な標準化と質的な標準化の双方が、政府が進める医療DXの推進と大きく関わっている。構造的な標準化の観点では、電子カルテデータの標準化が動き始めており、将来的には、全国の情報を統合することが可能となることが想定される。質的な標準化の観点においても、電子カルテ情報共有サービスの構想が公表されており、一次利用においても医療情報の共有が進められている中で、レセプト病名を始めとする医療情報の二次利用を困難とする課題に関しても、同時に解消に向かうことが期待される13)。また、臨床検査値の単位等の細部にわたる標準化は、AMEDの事業である臨中ネットでも検討がなされており、これらの事業間の連携も必要となる。検体から得られる情報の質的な標準化の検討は、現時点で次世代医療基盤法よりも詳細な医療情報を扱うバイオバンクにおいて検討が進んでいる。特に生体試料の扱い方の方針として、暫定版ではあるがバイオバンク利活用ハンドブックの資料編がAMEDのウェブサイトで公開されている14)。これらの外部動向も踏まえて、複数の医療機関等から提供される情報が研究を進めるうえで扱いやすくなるための検討が進むことが望まれる。

②-4 情報の種類の拡大

現状と課題

次世代医療基盤法で提供された医療情報の実績は、2023年5月時点で電子カルテデータ、DPC調査データ、レセプトデータの3種類のみに限られており、ワーキンググループにおいても種類の拡大が求められた。今回の改正では、NDB等の公的データベースとの連結が可能となったことにより、特定健診や死亡情報などの情報が将来的に利用可能となり、利用可能な情報の幅が広がった。しかしながら、NDBは高齢者の医療の確保に関する法律に基づき、匿名化された情報として利用されているため、NDBとの連結は匿名加工医療情報での利用に限られる。今回の改正で新設された仮名加工医療情報として利用することはできないため、今回の改正が利用の促進に繋がるのかという問題提起が国会でもなされた。ワーキンググループでは、他にもバイオバンクや学会が保有するレジストリとの連結についても要望が出されており、学術機関や民間企業が管理する情報との連結の可否についても今後の検討が期待される。

望まれる検討の方向性

医療情報を研究で利用する際には、遺伝子変異の情報やエンドポイントとなる評価指標の結果など、通常診療では入手することが少ない情報も必要となる場面も多く、今後も情報の増加に関する検討が継続することは、研究の幅や精度の向上に繋がる。利用者の立場に立つと、研究の立案を行う際に利用可能な情報の選択肢が多いことは望ましいものの、医療情報の収集や管理には一定のコストを要するため、認定作成事業者の収益を考えると、必要となる情報の種類には一定の優先順位を付けることが求められる。情報の結合の前提として、情報入手時の情報提供者への同意取得の方法が問題となることは前述のとおりであり、次世代医療基盤法における丁寧なオプトアウト以外の方法を用いて収集されたバイオバンク等の情報との結合に向けた検討も期待される。更に、外部の情報と結合する際には、結合に用いる個人の識別子が存在しないことが多いことも大きな障害となる。マイナンバー制度の導入時にも、他の資格情報等との照合や紐づけにおいて不具合が発生しており、既存のデータベースとの結合は難易度が高いと想定されるため、オンライン資格確認等の活用も情報の種類の拡大のためには重要な課題となる。

③ 加工医療情報の提供

③-1 情報利用の方法

現状と課題

匿名加工医療情報の利用者には国からの認定は求められていなかったが、今回の改正で新設された仮名加工医療情報を利用する際には、利用事業者も国から認定を受ける必要が生じることとなった。改正法の施行までに改定されるガイドラインに含まれる認定要件に応じて、利用者にも相応の安全管理措置が求められることとなる。法改正後に開催されたワーキンググループでは、情報提供の際の安全管理措置の方法として新たにクラウドを利用した情報利用が検討されることが示された。先行して検討がなされているNDB等の情報を扱う医療・介護データ等解析基盤でも、解析用に提供される情報を利用者の管理下に置かない情報管理の方法が提案されており、類似した安全管理措置の方向に進むことが見込まれる15)

望まれる検討の方向性

クラウドを利用して情報の安全管理措置を強化する方法は、世界的にもバイオバンク等で採用され始めており、より情報の漏洩や不適切な利用を制限する方法として期待されている。クラウドを利用することにより、機微な情報を利用者が管理する解析環境に移動することなく、解析の実行を可能とする情報管理の方法は、情報と利用者の双方を隔離する方法と、情報のみを隔離する方法の二つに大きく分類できる(図5)16)。これらの解析基盤の導入には、大きな初期コストを要するため、求められるセキュリティの強度と設備への投資のバランスを考え、適切な方法を検討していく必要がある。解析の側面からも研究計画を策定する前に蓄積された情報を使用する後ろ向きの研究では、特に外部対照群を利用する場合には、恣意的な結果となることを防ぐために、評価項目の情報にアクセスすることなく解析方法を検討することが望ましいとされており、情報のみを隔離する方法は研究に介入するバイアスを軽減することにも貢献し得る17)

図5 情報利用方法の種類

③-2 利用手順の簡易化

現状と課題

研究を効率的に実施するためには、利用申請から一貫した利便性の高い手続きで、短い期間で情報へのアクセスが可能となることが望ましい。次世代医療基盤法での利用者が情報を入手するまでのプロセスは、認定作成事業者ごとに運用されているが、研究課題の特徴ごとに認定作成事業者を選択する必要がある現在の仕組みでは、利用者が研究の特徴に応じて異なる認定作成事業者の情報を利用する場合もあり、認定作成事業者で異なるプロセスの多様化は望ましい方向ではないと考えられる。

望まれる検討の方向性

利用者にとって制度を分かりやすいものとするためには、利用の申請方法から、利用可否の審査、情報の入手方法までのプロセスが統一された仕組みとなることが望ましいと考える。特に③-1で言及した情報利用の方法は、認定作成事業者ごとに解析環境を構築して、異なる解析環境の利用方法や情報管理のルールを都度習得する状況は、利用者にとって非効率な状況を招く。さらに、ワーキンググループで検討されているクラウド利用の場合を想定すると、用意される環境はセキュリティの確保のために外部との情報の授受が制限されると想定される。解析時に必要となるライブラリやパッケージと呼ばれるコード群や、比較群となる別途実施された臨床試験の結果等を解析環境に持ち込む仕組みや、異なる目的の研究課題で利用する情報が混在しないような仕組みも統一されたものであることが望まれる。これらの運用方法は、認定作成事業者間で連携し、共通化された規定となることが望ましいと考えられる。

②-3で触れた情報の標準化という観点では、医療情報取扱事業者から認定作成事業者への情報だけでなく、認定作成事業者から利用者に提供される情報の構造的な形式も、認定作成事業者間で統一することにより、利用者のデータ構造の把握や解析コードの再利用等の研究の効率化への寄与が期待される。

③-3 利用者の管理

現状と課題

今回の改正で仮名加工医療情報の利用が可能となったことに伴い、仮名加工医療情報の利用者の認定を安全管理等の基準に基づき国が行うこととなった。認定作成事業者は、国の認定に基づいて、利用者に仮名加工医療情報を提供することとなる。これまでは、認定作成事業者と利用者だけの間での情報の授受であったため、利用者の管理は容易であったが、仮名加工医療情報の利用では、加えて国やクラウド事業者とも資格証明等の情報の授受が必要となり、情報の管理が煩雑となることが想定される。

望まれる検討の方向性

資格情報や、各利用者が利用可能となった医療情報を正確かつ効率的に管理する仕組みは、デジタル庁が推進するTrusted Webと親和性が高い18)。利用者の資格情報や仮名加工医療情報の授受の管理に分散型の識別子(DID:Decentralized Identifier)や検証可能な資格証明(VC:Verifiable Credential)を利用することにより、セキュリティの保護を一層強化した情報の授受を行うことが可能となる。現在の制度では、不正利用に対しては罰則規定が設けられているが、将来的に海外からの情報アクセス等の検討がされるとすれば、これらの技術的な安全管理措置の重要度もより増してくると考えられる。

④ 成果の創出

④-1 薬事申請での利用

現状と課題

改正前に利用されていた匿名加工医療情報は、匿名加工前の情報に遡ることが不可能であったため、薬事承認申請に利用することができなかった。今回の改正で仮名加工医療情報が利用可能となったことで、加工前の情報まで遡ることが可能となり、承認申請に利用できるようになったことは今回の改正の中で大きな変化のひとつである。しかしながら、ここでの「可能となった」という表現は、審査当局が実施する信頼性調査の際に、情報の照会が可能となったことを意味しており、次世代医療基盤法の仮名加工医療情報が、オプトインを基に構築されている他のレジストリデータと同様の立ち位置まで来たことを示している。したがって、以前から存在している外部データを承認申請に利用する際の様々な問題は依然として残っている。厚生労働省は、「承認申請等におけるレジストリの活用に関する基本的考え方の通知」を発出しているものの19)、本邦において承認申請に利用された事例は少数にとどまっており、直ちに承認申請での利用が増加するような状態とはなっていない。

望まれる検討の方向性

臨床試験の外部で取得された情報を承認申請で利用する際に大きな課題となるのは、比較可能性の確保とサンプルサイズであると分析がなされている17)。比較可能性の観点では、対象集団やエンドポイントのバリデーション及び背景因子の情報が重要であり、②-3で言及した質的な標準化や②-4で言及した情報の種類の拡大が大きく関連する。サンプルサイズの観点では、②-2で言及した参加医療機関の拡大が関連しており、当該医薬品の適用範囲となる患者集団において、一定数の症例数が確保できる規模の情報が必要となる。また、このような情報を承認申請に利用する際の、信頼性確保のための通知も出されており、認定作成事業者においても②-3に関連するような情報の品質管理等の対応が求められることとなるため相応の準備が必要となると考えられる20)

④-2 成果の国民への還元

現状と課題

国民に制度の必要性を認識してもらうためには、研究成果の情報提供者への還元が必要となる。還元の方法としては、新しい医薬品の承認申請や既存の医薬品の安全性リスクの検知等が想定される。これらの成果の周知活動は、制度の有用性を国民が理解し、研究への積極的な協力を促すために重要となる。次世代医療基盤法では施行後5年が経過した現在も、研究の成果はウェブサイト上では公開はされていない。類似した情報を扱う国内の3大バイオバンクでは、いずれもホームページにて研究の成果が公開されており、本制度でも同様の公開が求められる。

望まれる検討の方向性

次世代医療基盤法に基づく医療情報の利用実績は2023年5月時点で22課題に留まっており、その内訳に関しては、国会の質疑の中で、研究プロジェクト実施前の実現可能性の調査のために用いられた事例が多いということが示された。実現可能性の調査は一般的に論文投稿など目に見える形の成果となりづらく、社会的に影響度が大きい研究に利用された件数が少ないことが、成果の事例が公開されていない背景にあると考えられる。全体の利用数の少なさは、ワーキンググループや国会でも幾度となく指摘されており、当面の課題としては、成果に繋げるためにも利用者の拡大に向けた施策が必要となる。国会においては、利用数が少ない理由として、情報の悉皆性の低さや匿名加工医療情報の扱いづらさが挙げられていたが、認定作成事業者の事業継続のための収入の維持が求められる中で情報の収集が行われていることを考えると、限られた情報でも試験的な利用数を増やす施策を行わなければ、今後の発展は難しいと考えられる。情報の公開に関しては①-2で示した利用の状況と同様に、成果に関しても情報を利用する企業が研究内容を非公開としたい競争領域に関する情報が含まれる場合もあり、公開の範囲や方法については慎重な検討が必要となる。

④-3 利用数の増加

現状と課題

次世代医療基盤法の利用数が少ないという問題の精査は本制度の発展のために重要な事項となる。この課題は、国会の答弁で述べられた次世代医療基盤法で提供されている情報が利用者のニーズを満たす情報となっていないことに加えて、本邦における研究力の低下も一因となっていると考える。医療情報を用いた研究では、後ろ向き研究特有の考慮すべき事項も多く、専門的な知識が要求される。本邦からの論文数が他国と比較して相対的に低下していることは、文部科学省の調査でも示されている21)。他国において医療情報を利用した研究が進んだ場合には、日本人集団に対する情報の創出が遅れることが懸念される。国会の審議の中でも、認定作成事業者の収益構造について指摘がされたが、利用者が存在しないことは本邦の医療情報基盤の整備への投資の低下や、国民の情報提供に対する意欲の低下に繋がる恐れがある。

望まれる検討の方向性

利用数の増加には、幅広い研究課題に対応するために、提供される医療情報の種類と量や質の拡大が求められることに関しては、前項までに述べてきた。次世代医療基盤法の利用実績を確認すると、全22課題の利用者の内訳は17課題が民間企業で、6課題が学術機関となっている(産学共同課題1課題)。民間企業や政府における利用数を増やす施策が必要であることに加えて、研究力の底上げや教育という観点では、東北メディカルメガバンクやUK Biobankが提供する情報の主な利用者が学術機関であることを踏まえると、学術機関が行う研究の対象として選択されている件数が少ないことが分かる。類似した他の医療情報と比較して、学術機関からの情報アクセス数に差が生じている原因の解明も行っていく必要があると考える。利用者を増やして、本邦の医療情報基盤の整備への投資を増やすという観点では、研究力を伸ばしている中国をはじめとする海外の研究者や、データの利用を強化している海外の製薬企業に利用の門戸を開くことも、日本人の情報を利用した研究成果の蓄積や資金確保の面で有効に働くと考えられる。

⑤ 制度全体

⑤-1 制度の最適化

現状と課題

次世代医療基盤法は、認定作成事業者が丁寧なオプトアウトによって医療情報を扱うことができるようにする法律であるため、①~④で個別の項目の該当する箇所でも言及したように、本邦における医療情報の研究開発利用の全体的な最適化を目指すものではない。認定作成事業者に主体的な情報の管理が求められていることが、情報の偏在化等の前述した複数の課題と関連している。ワーキンググループにおいても、情報の共通化や全体的な取りまとめを行う準公的機関の必要性が一部の認定作成事業者からも提起された。認定作成事業者は事業継続のための収入の維持が求められる中で情報の提供を行っており、認定作成事業者間の差別化戦略が行われることは、情報の偏在化や解析環境利用プロセスの多様化に繋がることが予想される。

望まれる検討の方向性

バイオバンクの動向を見ても、当初は各地で散発的に開始された事業を、世界的に標準化し、検索や統合した解析を実施できるような仕組みをGA4GH(ゲノム情報を用いた医療や医学の発展を目指す国際協力組織)を中心に検討していたり、国内のバイオバンクでもAMED事業として、バイオバンク横断検索システムを構築していたりと分散した情報を一元的に利用可能とする方向に進んでいる。情報やノウハウの偏在は国内のデータ利用を発展していくための妨げとなる可能性があり、避ける方向での検討が求められる。情報の共同利用に関しては、今回の改正で利用可能となったNDBが一定の役割を果たしており、いずれの認定加工事業者も共通で利用できる情報となる。現在、医療DXの推進で検討されている、全国医療情報プラットフォームで管理される情報も、将来的には研究目的で利用するための検討が計画されている13)。長期的な目線を持つと、電子カルテデータやレセプトデータ等の基本的な情報は、今回の改正で利用可能となったNDBと同様に公的な基盤で収集された情報を利用し、各認定作成事業者は特色に応じて、医用画像情報の収集やバイオバンクとの連携を進め、必要に応じてそれらの情報を共同利用可能とすることにより、特色を持った情報の連結、加工等を担っていく方向性も想定される。今回の改正で利用可能となったNDBとの連結は匿名加工医療情報のみに限られており、将来的に、NDBや全国医療情報プラットフォームで管理される情報が、仮名加工医療情報で利用可能できるようになるか否かを含めて、公的な基盤で収集される情報と認定作成事業者で収集する情報を整理し、公的基盤と認定作成事業者においてそれぞれどのような情報を収集していくべきかを検討していくことは、本邦の医療情報基盤の方向性を決めるためにも重要となると考える。

⑤-2 不適正利用への対応

現状と課題

今回の改正で利用可能となる仮名加工医療情報は、匿名加工医療情報と比較すると、個人識別の可能性が高くなるため安全管理措置に係る厳格な基準策定の附帯決議が附された。利用者の裾野を広げるためには、組織に求められる認定基準は緩和することが必要である一方で、次世代医療基盤法では医療情報の不適切取得事案が昨年発生しており、改正法の施行までに改定されるガイドラインの検討では、利用の促進と安全管理措置のバランスをとった運用方法の検討が求められる22)。改正前の次世代医療基盤法における安全管理としては、組織的安全管理措置、人的安全管理措置、物理的安全管理措置、技術的安全管理措置が取られており、認定作成事業者に対しては厳格な基準が求められている。

望まれる検討の方向性

法改正後のワーキンググループで提示された、クラウドを利用した情報利用による安全管理措置の検討は、利用者の情報利用環境の安全管理の状態に依存しない技術的な措置であり、利用者の拡大のためには、これらの発展する情報保護のIT技術の利用が求められる。安全管理措置の強度が利用者の組織に依存しないような情報の管理体制は、情報を提供する国民の安心にもつながると考えられる。一方で、これらの技術導入には多くの費用や人的な負担が必要になるため、個々の認定作成事業者に対応を求めることへの可否は引き続き検討が必要であると考える。

⑤-3 人材と資金の確保

現状と課題

医療情報を研究に資する状態で管理し、結果の社会還元に繋がる研究を遂行するためには、医療情報の管理と利用を適切に行うことができる人材と資金の確保が重要となる。④-3では研究力の低下を挙げたが、加えて医療情報の管理を適切に行う人材も重要となる。文部科学省が主導する「医療データ人材育成拠点形成事業」は、学術機関における教育カリキュラムを設定し、医療情報を利用する研究に興味を持つ人材を育成するという観点で非常に重要な取り組みであり、学術機関からの本制度の情報の利用数の拡大にも繋がることが期待される23)

資金的な観点では、改正時の国会の議論において、認定医療情報等取扱受託事業者の収支が赤字となっている点についても議論が及んだ。国会では、今後の利用が拡大することにより収支の改善が期待されることが述べられた。本邦における医療情報活用基盤の整備に関する公的資金に関しては、2024年度の医療DX推進の予算として、2023年度より大幅に多い166億円の概算要求が出されている24)。これらは、将来的に医療情報の研究開発利用にもつながるものと考えられるが、医療DXの推進は、現時点では主に一次利用を想定しており、二次利用の環境整備は2030年頃と予定されている。

望まれる検討の方向性

次世代医療基盤法の下で加工された医療情報は、本邦における実際の大規模な医療情報に触れる貴重な機会を提供することができる。医療情報を利用する研究に興味を持つ学生を増やすためにも、学術機関においてより多く利用される仕組みとなるための検討も求められる。例えば、学術機関に対して研究資金の助成や利用料の優遇を行い、その対価として研究終了又は論文投稿後に研究に利用した解析コードやノウハウを利用者コミュニティに公開することを必須とすることにより、情報利用の効率化に繋げるといったような検討が進むと、専門的な研究知識の偏在化の緩和にもつながると考えられる。英国の診療記録の解析基盤であるOpenSAFELYでは、全ての解析コードと実行ログが公開されており、オープンな学術的なプラットフォームとして機能している25)。非営利目的と営利目的の研究間での、研究知識や運営資金等様々な側面でのより良い協力関係の構築が望まれる。

医療情報活用基盤の整備に対する資金に関しては、EHDSでは欧州委員会から8億1,000万ユーロの支援が予定されている。法改正後の本制度の利用状況を踏まえて、本邦においても一次利用だけでなく、二次利用を見据えて設計される医療情報基盤への投資として、公的資金利用の必要性を考えたい26)

まとめ

現行の次世代医療基盤法の状況から将来的に想定される大きな論点を列挙した。本稿では、本邦において医薬品開発や医療政策における医療情報を用いた意思決定が促進されることを望む立場として論点の抽出を試みたが、費用負担等の問題を踏まえると実現が難しいものも存在しており、異なる立場から見ると本稿で述べた方針とは異なる主張が存在するかもしれない。反対意見が出される契機となることを含めて、検討が進むための補助的な資料となることを期待する。

本稿で示した記載の中では、情報の流れに関連する内容を各項目で記載したため、それらを踏まえて考えられる全体図を図6に示す。オプトイン又は丁寧なオプトアウトにより取得した情報のみが利用可能となる仮名加工医療情報の利用を想定する場合と、全国医療情報プラットフォームも公的データベースとして扱うことが可能となると想定し、匿名加工医療情報との連結が可能となった際の匿名加工医療情報の利用を想定する場合の二つの状態を想定し、本稿で提示した望まれる方向性を法改正後の情報の流れに水色で加えた。将来的には、NDB等の公的データベースも仮名加工医療情報として利用可能とできるような個人情報保護の措置を可能とし、図6の匿名加工医療情報の流れを仮名加工医療情報でも使用できる状態が理想であると考える。本稿では、次世代医療基盤法を基に将来的な理想像を考えたが、より悉皆性の高い二次利用のための医療情報基盤の構築において他国の遅れをとらないようにするのであれば、医療DXの推進で計画されている全国医療情報プラットフォームの情報を二次利用にも利用可能とする動きを加速し、公的機関と認定作成事業者が収集する情報の役割分担を明確化する必要がある。情報に基づく意思決定ができる国となるために、各ステークホルダーの意見を尊重し、発展的な検討が継続的に行われることを期待したい。

図6 本稿で提案する次世代医療基盤法の情報の流れ

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