Points of View 循環器病について

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医薬産業政策研究所 統括研究員 伊藤 稔

1. はじめに

次世代ヘルスケアの重要目標の一つは「健康寿命の延伸」にある。その実現のためには、ヘルスケアの重心が、病気の治癒を中心とする「診断・治療」から、病気になる前の「未病・予防」や、病気に罹患しても可能な限り制限を受けずに生活していく「共生」に拡大することが望まれる。「健康寿命の延伸」を考慮した場合、循環器病は、後述の通り健康寿命へ大きな影響を有する。また、それのみならず本邦の死亡原因や国民医療費にも大きな影響を有しており、その対策は国民的な課題といっても過言ではない。そこで本稿においては、循環器病について、その状況、対策の在り方等を把握する一方、製薬産業が貢献の中心となり得る治療薬の開発状況、更には関連する医療DXの状況も、その動向を把握することを目的に研究を進めた。なお、高血圧薬、高脂血症薬等は、循環器病の低下に重要な貢献をしたことはよく知られているが、本稿では、こうした予防薬についてはスコープ外とした。

2. 循環器病とは

循環器病とは、脳卒中と心臓病をあわせた疾患1)であり、より詳細には、虚血性脳卒中(脳梗塞)、出血性脳卒中(脳内出血、くも膜下出血など)、一過性脳虚血発作、虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞など)、心不全、不整脈、弁膜症(大動脈弁狭窄症、僧帽弁逆流症など)、大動脈疾患(大動脈解離、大動脈瘤など)、末梢血管疾患、肺血栓塞栓症、肺高血圧症、心筋症、先天性心・脳血管疾患、遺伝性疾患等、多くの疾患が含まれている。2)本稿においては、比較的患者数の多い脳血管疾患(脳卒中:脳梗塞、脳内出血、くも膜下出血など)と虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞など)を中心に検討を進めた。

循環器病に関連する用語として「生活習慣病」があるが、これは、食事、運動、休養、喫煙、飲酒などの生活習慣が深く関与し、それらが発症の要因となる疾患の総称であり、「循環器病(脳卒中、心臓病)」は「がん」とともに生活習慣病に含まれている。3)世界保健機関(WHO)は、類似した概念としてNCDs(Noncommunicable diseases、非感染性疾患)という用語を用いているが、これは、「循環器病」、「がん」に加え、「糖尿病」、「慢性閉塞性肺疾患(COPD)」などが含まれている。

循環器病は、国民の健康に大きな影響を及ぼしている。2018年の人口動態統計において、心疾患は死亡原因の第2位、脳血管疾患は第4位を占め、両者を合わせると、「がん」に次ぐ死亡原因となっており、年間31万人以上の国民が亡くなっている。更に、2017年度版「国民医療費」の概況では、同年度の傷病分類別医科診療医療費30兆8,335億円のうち、循環器系の疾患が占める割合は、6兆782億円(19.7%)と最多であった。

また、2019年の国民生活基礎調査では、介護が必要となった主な原因に占める割合は、脳血管疾患が16.1%、心疾患が4.5%であり、両者を合わせると20.6%と最多となっている。本件に関し、筆者は、政策研ニュースNo.65(2022年3月)4)において、2001年~2019年の割合推移を年齢構成別に検討した。特に介護保険の第2号被保険者(40~64歳)においては、脳血管疾患(脳卒中)が原因の6割前後を占め、しかも年次毎に緩徐ながら増大傾向を示しており、壮年層の健康にとり大きな脅威となっている。

図1 循環器病の臨床経過

循環器病の臨床経過を見た場合、脳卒中と心血管疾患には共通する特徴と相異なる特徴がある。共通点としては、急激に発症し、急性期では数分~数時間単位で生命に関わる重大な事態に陥り、突然死に至ることがある。死に至らなくとも、特に脳卒中では重度の後遺症を残すことが多い。しかし、発症後の早急な治療により、後遺症を含めた予後の改善の可能性がある。回復期・維持期(慢性期)には、症状重篤化や急激悪化が生じる危険性を常に抱えており、再発・増悪を来しやすいとの共通する特徴がある。一方で、急性期~回復期~維持期の経過には相違がある。脳卒中は、心血管疾患に比し、回復期に長期入院が必要な場合が多く、社会復帰までに身体機能の回復を目的としたリハビリテーションが必要となる。しかし、心血管疾患の回復期の管理は、状態が安定した後は外来において行われることが多い。5)(図1)

3. 循環器病の推計患者数

厚生労働省の患者調査6)に基づく循環器病の推計患者数の推移を図2に示す。同調査は、3年毎に実施されているが、最新の調査結果(令和2年患者調査)が、2022年6月に公開されている。結果として、脳血管疾患の推計患者数の総数(入院+外来)は、1996年には389.8(千人)であったが、ほぼ一貫して減少し、2020年には197.5(千人)となった。しかしながら、現状でも国民の健康に大きな影響を及ぼしていることは、前述の通りである。

本邦の総人口は2004年の12,784万人をピークに減少傾向にある。よって、人口減少の影響を調整する目的で、推計患者数を同年の人口推計7)で除した推計患者率を算出し、その推移を図3に示した。その結果は、推計患者数推移とほぼ同様の挙動を示し、1996年に0.31%であった推計患者率は、ほぼ一貫して減少し、2020年には0.16%まで低下した。以上より、循環器病の患者数が減少傾向にある事は誤りないと思われた。

循環器病の発症には、食事(減塩含む)、運動、喫煙、高血圧、高コレステロール血症等の多因子が関与し、その改善の程度に応じて発症率が低下する8)とされている。循環器病の患者数の減少には、これらの因子の状況が関与していると思われるが、多因子が絡むため、個別の因子の関与の程度については明確ではない。

図2 循環器病の推計患者数の推移
図3 循環器病の推計患者率の数推

4. 循環器病対策について

4-1. 脳卒中・循環器病対策基本法

近年の循環器病対策を考察する上で重要なイベントは、2018年12月の「健康寿命の延伸等を図るための脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法(脳卒中・循環器病対策基本法)」(以下、基本法)の公布である。基本法を始点とする循環器病対策のスケジュール9)を図4に示す。基本法では、「目的」として「循環器病対策を総合的かつ計画的に推進」することが示され、「基本理念」として①国民啓発、②保健・医療・福祉サービス提供体制の整備、③研究推進、情報提供、商品・サービスの開発・提供が掲げられた。2019年12月1日に基本法は施行された。直後の2020年1月に循環器病対策協議会が組織され、基本法に基づき循環器病対策推進基本計画(以下、基本計画)が策定され、2020年10月に公表された。これにより、国の循環器病対策の基本的な方向が明らかにされた。また、基本計画を基本とした循環器病対策推進計画が都道府県で作成され、国・地方公共団体・医療保険者が連携して対策を推進する体制が整えられた。2)

図4 循環器病対策に係る今後のスケジュール

4-2. 循環器病対策推進基本計画

基本計画の概要を図510)に示す。基本計画では、全体目標として、3つの目標を達成することで、「2040年までに3年以上の健康寿命の延伸、及び循環器病の年齢調整死亡率の減少」を目指す旨が謳われた。3つの目標とは、(1)循環器病の予防や正しい知識の普及啓発、(2)保健・医療・福祉サービス提供体制の充実、(3)循環器病の研究推進である。また、循環器病の発症・重症化には多因子が関わることより、対策全体の基盤として、幅広い診療情報の収集・提供体制を整備し、その実態解明を目指すこととされた。

  1. (1)
    循環器病の予防や正しい知識の普及啓発では、回復期・維持期(慢性期)に再発・増悪を来しやすいとの循環器病の特徴を鑑み、発症予防及び重症化予防(合併症の発症、症状の進展等)に重点を置いた対策を推進することが示された。また、循環器病は、生活習慣を改善することで進行を抑制できる可能性があり、発症予防のみならず再発予防・重症化予防としても生活習慣の改善が重要である。つまり、予防には生活習慣に対する国民意識の向上と行動変容が必要なため、国民に十分で的確な情報提供を行うことが示された。更に、発症早期の対応等の知識の普及啓発も行うこととされた。
  2. (2)
    保健・医療・福祉サービス提供体制の充実では、発症後早急に診療を開始する必要がある循環器病の特徴を鑑み、地域医療構想の実現に向け、高度急性期~急性期~回復期~維持期(慢性期)までの病床の機能分化・連携等に取り組み、都道府県が地域の実情に応じた医療提供体制の構築を進めることが示された。より具体的には、①循環器病を予防する健診の普及や取組の推進、②救急搬送体制の整備、③救急医療の確保をはじめとした循環器病に係る医療提供体制の構築、④社会連携に基づく循環器病対策・循環器病患者支援(生活支援)、⑤リハビリテーション等の取組、⑥循環器病に関する適切な情報提供・相談支援、⑦循環器病の緩和ケア、⑧循環器病の後遺症を有する者に対する支援、⑨治療と仕事の両立支援・就労支援、⑩小児期・若年期から配慮が必要な循環器病への対策などの多面的な取り組みが示されている。
  3. (3)
    循環器病の研究推進では、患者のニーズを踏まえつつ、産学連携・医工連携を図りながら、循環器病の病態解明、新たな治療法・診断技術の開発、リハビリテーション等の予後改善、QOL向上等に資する方法の開発、発症リスク評価・予防法開発に関する研究を推進する旨が示された。また、科学的根拠に基づく政策を立案し、循環器病対策を効果的に進めるための研究を推進することとされた。研究については、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(以下、AMED)を通じて、基礎的研究から実用化研究開発までの各研究段階において推進が図られている。また、厚生労働省では、健康寿命延伸に資する施策の根拠となるエビデンス創出や生活習慣病の治療均てん化を目指した研究等を推進している。より具体的には次項において記述する。
図5 循環器病対策推進基本計画案 概要

基本計画については、少なくとも6年毎に検討を加え、必要がある時には変更しなければならないとされている。また第1期基本計画の実行期間は、令和2(2020)年度から令和4(2022)年度までの3年程度が1つの目安として定められた。現在(2022年9月)は、第2期基本計画の方向性が検討されている。未だ案の段階ではあるが、循環器病に係る評価指標の更新、2024年度から開始予定の第8次医療計画・第9期介護保険事業計画との連携、COVID-19感染拡大時でも機能維持できる医療体制の整備が基本的な考え方として示されている。9)

4-3. 循環器病に対する研究事業

AMEDにおいては、循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業11)が推進されている。本研究事業では、「健康増進・生活習慣病発症予防分野」と「生活習慣病管理分野」の2分野で、生活習慣病対策研究を推進することが事業目標として示されている。具体的には、生活習慣病予防のための行動変容を促すデバイス・ソフトウェアの開発、個人に最適な生活習慣病の重症化予防及び重症化後の予後改善・QOL向上等に資する研究開発、AI等を利用した生活習慣病発症を予防する新たな健康づくり方法の確立、循環器病の病態解明や革新的な予防・診断・治療・リハビリテーション等に資する研究開発を推進するとされた。(図6)

図6 循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業

厚生労働省においては、循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業13)が推進されている。事業目標としては、がん以外の代表的な生活習慣病対策について、疫学研究、臨床研究、臨床への橋渡し研究を推進し、保健・医療の現場や行政施策に寄与するエビデンスの創出を目指す旨が示されている。研究スコープとして、以下の3分野が提示されている。①「健康づくり分野」においては、個人の生活習慣改善や社会環境整備による健康寿命の延伸・健康格差の縮小に資する政策の評価や、政策の根拠となるエビデンスの創出を目指す。②「健診・保健指導分野」においては、効果的・効率的な健診や保健指導の実施(質の向上、提供体制の検討、結果の有効利用等)を目指す。③「生活習慣病管理分野」においては、生活習慣病の病態解明やその解決策となる政策提言、治療の均てん化、生活習慣病を有する者の生活の質の維持・向上等を目指すとされた。(図7)

図7 循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業

循環器病の発症・重症化には多因子が関わっており、その病態は十分には明らかにされておらず、治療法の多くは対症療法にとどまっているとの指摘が基本計画においてなされている。2)医療の質の向上、健康寿命の延伸のためにも早期の研究成果が期待される。

4-4. 米国における循環器病対策

日本の対策の参考として、米国の対策を調査した。米国における循環器病対策では、Healthy People 2030(以下、HP2030)15)が大きな役割を果たしている。これは、米国保健福祉省(HHS:United States Department of Health and Human Services)が1979年に開始したイニシアチブであり、健康改善の優先事項や(2020年から2030年までの)目的・目標を提供する国家アジェンダである。HP2030では、複数の疾患・健康状態が対象とされているが、その一つとして心臓病と脳卒中(Heart Disease and Stroke)が示されている。

米国では、循環器病による年齢調整死亡率は減少しつつあるが、死亡原因の第1位は心臓病であり、脳卒中が第5位を占め、循環器病が国民の健康に大きな影響を及ぼしている。16)この状況は日本と近似している。HP2030では、循環器病の予防と治療、関連する健康全般の改善に焦点を当てている。即ち、予防ケアとしての高血圧・コレステロールの管理強化(心臓病リスクの高い人々にはスタチンの服用が推奨されている)、それに資する健康的な食事や運動の推進、発症時のタイムリーな治療(心臓発作患者への線溶療法・経皮的冠動脈形成術、脳卒中患者への静脈内再灌流療法・血栓除去術)の提供、発症後の再発・増悪回避を目的としたリハビリテーション実施率の向上・アスピリン療法などが言及されている。また、症状に関する知識の普及啓発が、必要な治療を受けるための鍵として重視されている。15)これらは日本の対策と共通する部分が多いと推察された。一方で、非外傷性心停止時の心肺蘇生やAED(自動体外式除細動器)の実施率向上が、非常時対応の目標として明示されていることは、循環器病発症早期の対応強化や、その必要性に関する国民への知識の普及啓発との観点より、日本の参考になると思われた。

5. 治療薬開発(製薬産業の貢献)について

循環器病に対する製薬産業の貢献を考えた場合、治療薬開発への期待が最も大きいと推察される。就いては、グローバルな治療薬開発動向を調査した。調査は「明日の新薬(㈱テクノミック)」のグローバル検索機能を用いて実施した。分野は医薬品並びに再生医療とし、ステージはActiveな「前臨床・臨床準備中・Phase1-3・申請準備中・申請中・承認済・発売済」とした。なお、「中止・続報なし」は除外し、「承認済・発売済」については古い品目も含まれるため、2016年以降の承認品目・発売品目に限定した。脳疾患の適応症は「脳血管障害、くも膜下出血、脳血栓症、脳梗塞、脳動脈硬化症、脳出血、脳虚血、脳塞栓症、脳卒中、虚血性脳卒中、急性脳塞栓症」とし、心疾患の適応症は「虚血性心疾患、狭心症、心筋梗塞、冠動脈硬化症、心不全、心筋症、不整脈、心疾患」として検索した。

結果として、循環器病(脳疾患、心疾患)における、現時点(2022年9月10日)のグローバル開発品目数(グローバル検索における全Hit 品目数を意味する。なお、複数適応で開発がなされている同一品目は一品目として扱った)は、脳疾患37品目、心疾患63品目であった。国別に見た場合、脳疾患では米国31品目、日本12品目、欧州8品目がトップ3であり、心疾患では米国44品目、日本25品目、欧州17品目の順で品目数が多かった。また分野の内訳をみた場合、グローバルの脳疾患37品目は、医薬品32品目、細胞治療5品目で構成されていた。新たなモダリティである細胞治療に関しては、日本、米国がともに4品目と開発が活発であった。心疾患63品目は、医薬品47品目、細胞治療9品目、遺伝子治療7品目で構成され、細胞治療は日本(7品目)、遺伝子治療は米国(6品目)で開発が活発であった。(表1)

引き続き、現時点における開発状況を検討した。脳疾患に関する開発状況を表2に、心疾患に関する開発状況を表3に示す。なお、同一品目が複数の適応症で開発されている場合、適応症によって開発進度が異なるケースがあるため、適応症毎に個別に集計した。結果として、開発状況が第2相、第3相にある品目が多かったが、米国では前臨床・第1相等の若いフェーズでの品目数も比較的多い傾向にあり、新規の開発が活発な状況が伺えた。

更に、循環器病のどのような適応症で開発がなされているかを検討した。開発品の適応症を表4に示す。同一品目が複数の適応症で開発されている場合、適応症毎に個別に集計してグローバルの状況を示し、その内数として日本の状況を示した。結果として、脳疾患では脳卒中が圧倒的に多く脳梗塞がそれに次いだが、日本では脳梗塞の方が多い状況であった。心疾患では、心不全が抜きんでて多く、心筋症、心筋梗塞がそれに次いだ。日本の状況もほぼ類似していた。

治療薬の開発状況をみる限りでは、相応の数の開発品目が確認でき、製薬産業として循環器病にそれなりの貢献ができつつあると思われた。脳疾患・心疾患とも、第2相・第3相に比較的多くの開発品が控えており、細胞治療や遺伝子治療等の新規モダリティも散見された。これらの開発品が早期に上市され、国民のアクセスが保証されることで、循環器病対策に資することに期待したい。

表1 循環器病に関する開発品目数

表2 脳疾患に関する開発状況

表3 心疾患に関する開発状況

表4 開発品の適応症

表5 循環器病に関連する医療DX の動向

6. 循環器病に関連する医療DXについて

循環器病は、前述の通り、生活習慣を改善することで進行を抑制できる可能性があり、発症予防のみならず再発予防・重症化予防としても生活習慣の改善が重要である。佐々木は、リサーチペーパー「デジタルテクノロジーの進展と医療ヘルスケアのパラダイムシフト」にて、21世紀前半は「行動変容の世紀」と表現し、行動変容アプローチが可能になった背景に、デジタルテクノロジーの進展がある旨を指摘した。17)循環器病対策推進基本計画には、大規模データの活用やAIによる画像診断などデジタル技術の活用による革新的な診断法・治療法の開発が求められている旨の記載があり、医療DXの進展には注目する必要があると思われた。

就いては、循環器病に関連すると考えられる事象を調査した。残念ながら、医療DXを十全に調査するに足るデータベース等は未だ存在しないため、各種メディア18)から、過去2年間の医療DX関連情報を国内外問わず収集・分類した。分類に当たっては、「疾患」「介入」の2軸で整理した。疾患については「脳」、「心臓」に分類し、両者に共通する情報は「循環器」として表記した。介入については、「予防」、「診断」、「治療」、「予後ケア」と4分した。結果を表5に示す。疾患軸では「心臓」が最も多く、介入軸では「診断」に関連する情報が最多であった。

代表的な情報を以下に例示する。

  1. (1)
    GE Healthcareは、心臓病治療におけるAI推進に向け、米国心臓病学会(ACC)との提携を2021年6月に発表した。循環器疾患領域で最重要視される「ケア・パスウェイ(早期発見~治療~自宅でのフォローアップ)」に取り組む。GEは、AIとデジタル技術の専門知識を提供し、リスク予測と臨床意思決定を支援する。19)
  2. (2)
    米オハイオ州のMercy Healthは、Viz.ai社と提携し、脳卒中の迅速な発見を可能とするAIシステムの運用開始を2022年7月に明らかにした。Viz.ai社が提供するクラウドベースのAIシステムは画像上に脳卒中の疑いを認める場合、専門家に警告を発することで、より早い段階での診断と治療開始を可能とする。20)
  3. (3)
    オーストラリア・インスブルック医科大学が主導するeBRAVE-AF trialの最新成果が欧州心臓病学会(ESC)2022年次総会(2022年8月開催)で発表された。同trialは、スマートフォンのカメラを利用したデジタルスクリーニングと従来型スクリーニングを比較する心房細動スクリーニングの無作為化試験である。結果として、デジタル群では、抗凝固療法による治療が必要な心房細動の発見率・治療率が、従来群に比し2倍以上となることが示された。21)研究成果はNature Medicine22)にも掲載された。

ニュース検索以外の情報として、厚生労働省の令和元年度 老人保健事業推進費等補助金 老人保健健康増進等事業にて「AIを活用した健康管理システムによる重症化予防に関する調査研究事業」が採択され、2020年3月に報告書が示されている。本調査研究では、在宅患者・利用者のバイタルデータを収集し、AIが異常検知することで在宅医療・介護の質と効率を高めるモデルの可能性等が検討された。調査協力者の既往歴は「脳卒中」「心臓疾患」が多い状況であった。結果として、一定の実現性、有用性が確認できたと総括された。23)

循環器病に関連する医療DXの取り組みは、診断・治療のみならず予防・予後ケア等の幅広いフェーズで進みつつあり、医療のみならず介護の分野にも広がりつつある。これらの新たな取り組みの動向には、引き続き注視が必要と思われる。

7. まとめ

循環器病は、その患者数が減少傾向にあるものの、未だに死亡率、介護が必要となる主原因、医療費等で大きな位置を占めており、国民の生命や健康寿命、社会全体に大きな影響を与える疾患である。2018年の基本法の制定後、国・地方公共団体等の連携が進み、戦線が整いつつあるが、疾患との闘いは漸く緒に就いたと言える。製薬産業としては、新規モダリティへの取り組みも含めた治療薬開発での貢献が最も期待されると思われる。現状では相応数の品目が開発ステージにあるが、循環器病の発症や重症化には多くの因子が関わっており、その病態は十分には明らかにはされておらず、治療の多くが対症療法に留まる2)との指摘が基本計画に示されており、アカデミア等を中心とする病態解明等の基礎研究は引き続き注力されるべきと言える。また医療DXの取り組みには、予防・診断・治療・予後ケアと幅広い領域をカバーし得る可能性があり、今後の展開を期待したい。循環器病は、生活習慣の改善が重要であることより、国民も疾患との戦いに行動変容との形で積極的に参戦することが望ましい。そういった意味では、循環器病対策は、国民を挙げての総力戦と位置づけられるであろう。

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