政策研のページ アンメット・メディカル・ニーズに対する医薬品の承認状況

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公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団による「60疾患に関する医療ニーズ調査」※1の結果をもとに、アンメット・メディカル・ニーズに対する製薬企業の取り組み状況を分析しました。2022年までに60疾患に対し効能の承認を得た新医薬品の承認状況を調査した結果、抗がん剤の承認が多かったことがわかり、さらにこれら抗がん剤を分類し中期的に分析すると、分類ごとに承認状況に特徴が認められましたので、その結果を報告します。

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    公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団「医療ニーズ調査など国内基盤技術調査報告」
    https://u-lab.my-pharm.ac.jp/~soc-pharm/achievements/ (参照日:2023年5月8日)
    ヒューマンサイエンス振興財団は2021年3月末をもって解散しました。本医療ニーズ調査などの研究事業は明治薬科大学社会薬学研究室において引き続き実施されることになっています。

1. はじめに

政策研では、公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団(HS財団)による「60疾患に関する医療ニーズ調査」の結果をもとに、新薬の承認および開発パイプラインに関するデータを集計し、アンメット・メディカル・ニーズに対する製薬企業の取り組み状況を継続的に分析しています※2※3

本稿では、2022年7月に政策研ニュースで報告した2019年1月から2021年12月末までに承認された新医薬品に、2022年12月までに新たに承認された新医薬品を加えた分析を報告します。後半は、近年、新医薬品の中で承認品目数が増加している抗がん剤領域に着目して、抗がん剤の承認品目数の推移を2014年1月から2022年12月までの期間を3期に分けて分析しています。

なお、新医薬品の承認品目は厚生労働省薬事・食品衛生審議会部会審議品目、または報告品目における「新有効成分含有医薬品」「新効能医薬品」「新再生医療等製品」「再生医療等製品の適用対象の追加」として承認された品目を示します。

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    医薬産業政策研究所「アンメット・メディカル・ニーズに対する医薬品の開発・承認状況」政策研ニュースNo.31(2010年10月)、No.34(2011年11月)、No.38(2013年3月)、No.52(2017年11月)、No.59(2020年3月)
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    医薬産業政策研究所「アンメット・メディカル・ニーズに対する医薬品の開発状況」政策研ニュースNo.41(2014年3月)、No.45(2015年7月)、No.61(2020年11月)、No.66(2022年7月)

2. 治療満足度・薬剤貢献度別に見た新医薬品の承認品目数

HS財団は、医師へのアンケート形式で、「重篤な疾患」「QOLを著しく損なう疾患」「患者数の多い疾患」「社会的に影響の多い疾患」等として選択した60の疾患に対する「治療満足度」と「薬剤貢献度」を、1994年から2019年まで継続的に調査してきました。最新の2019年度調査の結果が図1-ABです。治療方法、医薬品の進歩に伴い、疾患によっては治療満足度、薬剤貢献度が大きく向上しました。一方、まだ治療や薬剤の効果が十分ではないと評価されている疾患、つまり「アンメット・メディカル・ニーズ」のある疾患は依然として多く残っていることがこれらのグラフからわかります。

図1-A 治療の満足度
図1-A 治療の満足度
出所:公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 2019年度 国内基盤技術調査報告書「60疾患に関する医療ニーズ調査(第6回)」

図1-B 薬剤(医薬品)の治療への貢献度
図1-B 薬剤(医薬品)の治療への貢献度
出所:公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 2019年度 国内基盤技術調査報告書「60疾患に関する医療ニーズ調査(第6回)」

政策研はこのHS財団2019年度調査結果※4を用い、2019年から2022年の4年間に、国内でこれら60疾患への効能が新たに承認された薬剤品目がいくつあったのか調査しました(図2)。ここでは60の各疾患に対する治療満足度(横軸)、薬剤貢献度(縦軸)に沿って疾患をプロットし、円の大きさと数値は新たに承認された薬剤品目(新医薬品)の数を示しています。

図2 治療満足度・薬剤貢献度(2019年)別に見た新薬承認件数(2019~2022年)
図2 治療満足度・薬剤貢献度(2019年)別に見た新薬承認件数(2019~2022年)
注:数字(カッコ内含む)は該当適応の新薬承認品目数を示す。60疾患のうち異なる2疾患に同一薬剤が承認された場合は別々にカウントしている。
注:「神経因性疼痛(神経障害性疼痛)」「CKD/慢性腎臓病」は疾患定義の見直しにより、承認品目数を前回調査から変更している。
出所:公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 2019年度 国内基盤技術調査報告書「60疾患に関する医療ニーズ調査(第6回)」
https://u-lab.my-pharm.ac.jp/~soc-pharm/achievements/ (参照日:2023年5月8日)、審査報告書、明日の新薬、医薬産業政策研究所 政策研ニュースNo.66(2022年7月)、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA) 平成31年~令和4年度承認品目一覧(新医薬品)をもとに医薬産業政策研究所にて作成。

この4年間でのHS財団調査の60疾患に関する新医薬品の承認数は181品目(1度の承認に複数の効能がある品目を含む)でした。このうち「新有効成分含有医薬品(new molecular entity、NME)」とされるものは73品目でありその割合は40.3%でした。181品目のうち、内資系企業が承認取得した品目数は74品目、外資系企業は107品目でした※5

60疾患に関連する承認品目数を象限別に見ると、治療満足度および薬剤貢献度がともに50%以上である第1象限に含まれる疾患に対する新医薬品の承認割合は87.8%(159/181)でした。2022年の政策研ニュース結果の85.7%を上回り、薬剤満足度、貢献度ともに高い疾患領域に新規承認が集中した結果でした。特に抗がん剤の領域で承認された品目が多く、効能別に見ると「悪性リンパ腫」25品目、「肺がん」16品目、「白血病」14品目、「乳がん」10品目、「大腸がん」8品目、「肝がん(肝細胞がん)」6品目、「前立腺がん」5品目、「胃がん」3品目、「子宮頸がん」2品目と、第1象限に位置するがん疾患を対象とした薬剤が多くを占めていました(56.0%、89/159)。第2、第3、第4象限の承認品目数については、それぞれ6品目(3.3%)、7品目(3.9%)、9品目(5.0%)でした。

3. 60疾患における抗がん剤の承認推移

図3は、2009年4月以降に承認された60疾患に関する新医薬品のうち、10のがん疾患(悪性リンパ腫、白血病、肺がん、胃がん、大腸がん、肝がん、膵がん、前立腺がん、乳がん、子宮頸がん)が占める割合を、過去の政策研ニュースで報告された2009年から2011年、2014年から2016年、2019年から2021年の3年間ごとのデータに、2020年から2022年の3年間を新たに加えて示しています。加えて、2009年、2014年、2019年に報告されたHS財団調査における10のがん疾患の治療満足度と薬剤貢献度の平均値の推移を示しています。60疾患に関連する承認品目数はそれぞれ110、124、133、146品目と増加していました。そのうち10のがん疾患に対する新医薬品数はそれぞれ28、45、62、76品目、割合にすると25.5%、36.3%、46.6%、52.1%と経時的に増加しており、今回の調査では抗がん剤が半数以上を占めることがわかりました。抗がん剤の品目数の増加にならんで、10のがん疾患に対する治療満足度と薬剤貢献度の平均値も経時的に増加しており、特に薬剤貢献度の増加量が大きくなっていました。

図3 10のがん疾患における承認品目数と薬剤貢献度の推移
図3 10のがん疾患における承認品目数と薬剤貢献度の推移
注:対象としたがん疾患は悪性リンパ腫、白血病、肺がん、胃がん、大腸がん、肝がん、膵がん、前立腺がん、乳がん、子宮頸がん
注:治療満足度と薬剤貢献度は10の悪性腫瘍性疾患における平均値
出所:公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 国内基盤技術調査報告書「60疾患に関する医療ニーズ調査」(2009年、2014年、2019年)
PMDA 平成31年~令和4年度承認品目一覧(新医薬品、新再生医療等製品)をもとに医薬産業政策研究所にて作成。

4. カテゴリー別に見た抗がん剤の承認推移

最近の10のがん疾患に対する抗がん剤の承認品目数の増加の要因を調査するために、新しいタイプの抗がん剤である分子標的薬や抗体医薬に着目してその増減を分析しました。2014年度HS財団調査(第5回)※6にさかのぼり、2014年から2016年の3年を「2010年代中期(以下、10年代中期)」、2017年から2019年の3年を「2010年代後期(以下、10年代後期)」、2020年から2022年の3年を「2020年代初期(以下、20年代初期)」として、各3年間に承認された新医薬品を「分子標的薬」「抗体医薬品」「その他抗がん剤」のカテゴリー※7に分類し、各年次の承認数と承認割合の推移を分析しました。

3つのカテゴリーの抗がん剤の品目数は10年代中期、10年代後期ではともに45品目と変わりませんでしたが、20年代初期の承認品目数は71品目と、大幅に増加していました(図4-A)。カテゴリー別に推移を見ると、「分子標的薬」の品目数は、経時的に10→18→27と増加し、その割合はそれぞれ22.2%、40.0%、38.0%でした。「抗体医薬品」は10→19→27と推移し、割合は22.2%、42.2%、38.0%でした。「その他抗がん剤」は、25→8→17と推移し、割合は55.6%、17.8%、23.9%でした。

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    公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 2014年度 国内基盤技術調査報告書「60疾患の医療ニーズ調査と新たな医療ニーズ」
    https://u-lab.my-pharm.ac.jp/~soc-pharm/achievements/img/index/h26.pdf
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    当調査における「分子標的薬」は、2014年から2022年に承認されたチロシンキナーゼ阻害薬、KRAS阻害薬、BRAF阻害薬、MEK阻害薬、mTOR阻害薬、サイクリン依存性キナーゼ阻害薬、PARP阻害薬、プロテアソーム阻害薬、BCL-2阻害薬を対象としています。
    「抗体医薬品」は、同期間に承認された「遺伝子組換え型抗体医薬品」「抗体薬物複合体(Antibody Drug Conjugate、ADC)医薬品」を対象としています。

図4 10のがん疾患に承認された新医薬品の承認区分別分類(2014~2022年)
図4 10のがん疾患に承認された新医薬品の承認区分別分類(2014~2022年)
注:対象としたがん疾患は悪性リンパ腫、白血病、肺がん、胃がん、大腸がん、肝がん、膵がん、前立腺がん、乳がん、子宮頸がん
出所:公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 2019年度 国内基盤技術調査報告書「60疾患に関する医療ニーズ調査(第6回)」
PMDA 平成31年~令和4年度承認品目一覧(新医薬品)をもとに医薬産業政策研究所にて作成。

次に、抗がん剤の承認品目数の増加がNMEが増えたことによるものか、既存の医薬品の効能追加が増えたことによるものか、カテゴリー別に推移を分析しました。3カテゴリーのNMEの数は各期安定した承認数であったことに対し、効能追加の数は、「分子標的薬」「抗体医薬品」が直線的に増加(図5)しており、20年代初期では3カテゴリーのNME数は20品目でしたが、対して効能追加数は51品目とその差は広がっていました。このことから、近年の抗がん剤の承認品目数の増加は、効能追加の影響が大きいことがうかがわれました。

図5 10のがん疾患に承認された新医薬品の承認区分別分類(2014~2022年)
図5 10のがん疾患に承認された新医薬品の承認区分別分類(2014~2022年)
注:対象としたがん性疾患は悪性リンパ腫、白血病、肺がん、胃がん、大腸がん、肝がん、膵がん、前立腺がん、乳がん、子宮頸がん
出所:公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 2019年度 国内基盤技術調査報告書「60疾患に関する医療ニーズ調査(第6回)」
PMDA 平成31年~令和4年度承認品目一覧(新医薬品)をもとに医薬産業政策研究所にて作成。

10年代中期、10年代後期、20年代初期の9年間を通じて、各カテゴリーにおける効能追加の承認状況を分析すると、10のがん疾患で新たに効能追加が承認された抗がん剤は、「分子標的薬」で32品目(23製品)、「抗体医薬品」で42品目(17製品)、「その他抗がん剤」で30品目(23製品)でした。これらをカテゴリー別に追加承認数が多い順に製品を並べたところ(図6)、抗体医薬品で1剤あたりの効能追加の承認が多い傾向にありました。特に免疫チェックポイント抗体薬と呼ばれる抗がん剤が上位3位を占めていました。

図6 10のがん疾患での各薬剤カテゴリーの効能追加数(2014~2022年)
図6 10のがん疾患での各薬剤カテゴリーの効能追加数(2014~2022年)
注:横軸は追加承認を受けた製品を示す(nは製品数を示す)。縦軸は各製品の効能追加数を示す。
注:対象としたがん性疾患は悪性リンパ腫、白血病、肺がん、胃がん、大腸がん、肝がん、膵がん、前立腺がん、乳がん、子宮頸がん
出所:PMDA 平成26年~令和4年度承認品目一覧(新医薬品)をもとに医薬産業政策研究所にて作成。

5. 内資・外資別に見た抗がん剤の承認数推移

10のがん疾患に対する抗がん剤の承認申請企業を内資・外資に分け、10年代中期、後期、20年代初期の承認数の推移を分析しました(図7)。抗がん剤全体では、内資企業の承認品目数は20年代初期に増加しましたが、外資企業の品目は10年代中期に比べて約2.5倍増加していました。カテゴリー別に見ると、「分子標的薬」は外資企業が通期にわたってシェアが高く、内資品目の承認も経時的に伸長していることがわかりました。「抗体医薬品」は内資、外資企業ともに伸長しており、内資企業のシェアは通期にわたり優勢でした。

図7 10のがん性疾患における内資品目比率(2014~2022年)
図7 10のがん性疾患における内資品目比率(2014~2022年)
注:対象としたがん性疾患は悪性リンパ腫、白血病、肺がん、胃がん、大腸がん、肝がん、膵がん、前立腺がん、乳がん、子宮頸がん
出所:PMDA 平成26年~令和4年度承認品目一覧(新医薬品)をもとに医薬産業政策研究所にて作成。

6. まとめと考察

「2019年度 HS財団調査(第6回)」における60疾患の治療満足度(横軸)、薬剤貢献度(縦軸)に沿って、2019年から2022年の4年間に国内で承認された新医薬品を重ねた結果、治療満足度および薬剤貢献度がともに50%以上である第1象限に含まれる疾患への承認品目数の割合は87.8%と高く、第1象限に集中していました。特に抗がん剤の品目が第1象限品目の約60%を占めており、直近3年間では60疾患に対する新医薬品の承認の約半数が抗がん剤でした。

近年の抗がん剤の増加の背景を分析すると、「分子標的薬」と「抗体医薬品」が経時的に増加していることが理由であり、NMEの承認数よりも効能追加の承認数が大きく影響していることがわかりました。特に免疫チェックポイント抗体薬の承認数が多く、多くのがん腫に共通して発現する自己免疫による攻撃を回避するPD-1と呼ばれる分子を標的にする医薬品は、複数のがん疾患への効能追加の機会が多いと考えられます。また、一部の分子標的薬は、臓器が異なっても遺伝子変異が共通する複数のがん疾患に対して効能追加の承認を得ていました。

抗がん剤の経時的な品目数の増加に伴い、HS財団調査の治療満足度、薬剤貢献度の増加が認められ、治療薬の進歩と治療薬品目数の増加は、がん疾患の臨床現場に大きく寄与してきたと考えられます。しかし前述の通り、医師の評価では60疾患の中でも治療満足度・薬剤貢献度の低い疾患、アンメット・メディカル・ニーズのある疾患は多く残っています。また、たとえがん疾患領域などの治療満足度、薬剤貢献度が高い象限にある疾患であっても、詳しく見ると「治療に十分に満足している」「医薬品が十分に貢献している」という回答は少なく、実際、患者さんの余命に大きな影響を及ぼすがん疾患はいまだメディカル・ニーズを十分に満たしているとはいえません。

「画期的新薬」の開発はもちろん、現在ある医薬品の効能、適応を拡大し、あらゆる患者さんのアンメット・メディカル・ニーズに応えていくことは、製薬企業、製薬産業の重要な社会的責務です。製薬企業、製薬産業の活動が、患者さんに対する貢献として客観的に評価できるように、医薬産業政策研究所では今後も、疾患の治療満足度と薬剤貢献度から見た医薬品の承認状況、開発状況について調査・分析を継続する予定です。

(医薬産業政策研究所 主任研究員 椿原 慎治

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