トピックス 「第35回 広報セミナー」を開催

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製薬協広報委員会では「第35回 広報セミナー」を2019年10月23日に野村コンファレンスプラザ日本橋(東京都中央区)にて開催しました。今回は、「企業にとってのSDGsと気候危機」というテーマで、公益財団法人自然エネルギー財団理事であり、国際連合食糧農業機関(FAO)の親善大使を務めている国谷裕子氏による講演がありました。昨今、気候変動や環境に係る社会的課題に対し、解決に向けた企業としての取り組みの強化が求められています。本講演では、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)に関する世界的な取り組みの潮流と、企業活動に取り込むための視点について国谷氏より解説がありました。会員会社の広報関係のみなさんにとって、自社のESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:企業統治)やSDGsへの取り組みをいかに社会に発信し、企業価値の向上に結び付けていくかは共通の課題認識となっています。本セミナーは、90数名の参加者にとって、SDGsに対する理解が深まり、今後の効果的な広報活動のあり方を考える良い機会になりました。以下は、国谷氏の講演内容の採録です。

講演会の様子

1. SDGs取り組みの本質、時代背景

私がNHKで「クローズアップ現代」を担当していた時、番組では1つの課題に対して1つの解決策を提示するものの、数年経つと、より深刻な問題が発生してしまうケースがあり、「どうして社会・経済・環境といった側面から統合的なまなざしで課題を捉えて、情報発信できなかったのか。解決策は単線的であった」との反省が深く心に残っていました。そんな中、2015年に国連へSDGsの取材を行ったところ、SDGsの取り組みは、「社会・経済・環境の3点が連環していることを意識して物事を進めるべきだ」との強い考え方に触れました。これをきっかけに、私はSDGsの取材と情報発信を続けています。

SDGsとパリ協定によって、今まさに、企業は自らの活動が環境に及ぼす影響と社会的な課題に向き合う姿勢について、厳しく問われる時代になってきました。地球環境がサスティナブルでなくなる、その制約の中でいかに新たなビジネスモデルを作っていくのかが求められる時代です。

公益財団法人自然エネルギー
財団 理事、FAO親善大使
国谷 裕子 氏

2. SDGsとパリ協定の関係

世界では環境問題に対する大変革の動きとして「脱炭素」の流れができつつあります。その流れを加速したのが、2018年10月に「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が発表した「1.5℃特別報告書」です。パリ協定では、今世紀末までに産業革命前からの気温の上昇を2度以内に抑え、できる限り1.5度に近づける努力をするのが合意事項でしたが、IPCCの報告では、すでに地球の気温は1.1度上昇しており、2030年には1.5度に到達する可能性があるそうです。温暖化の影響がシビアなものになるのを避けるためには、2030年までにCO2排出をマイナス45%、2050年には実質ゼロエミッションにして、気温上昇を1.5度までに抑える必要があるとの報告でした。

環境と経済・ビジネスの視点では、これまでは「いかに調和させるか、バランスをとるか」あるいは「環境対応はコストである」との捉え方でしたが、もはやそのような段階ではありません。人類の生命を維持してきた地球システムがさまざまな面において限界を迎えつつあるとの認識のもと、地球環境こそが経済やビジネスの土台であるとの意識に転換しないといけません。そうした背景から、SDGsとパリ協定が生まれました。持続可能な社会のための脱炭素時代を作り上げていくことを目指すSDGsとパリ協定は表裏一体の関係にあり、今後の世界、社会、企業、市民生活のあり方を規定していくものです。

たとえば、現在、飢餓人口が増えつつある状況ですが、この背景には地球温暖化による水不足の深刻化や自然災害が、農業生産や漁業に大きな影響を与えたことがあります。飢餓を減らすためには、これまでのような食糧や農業生産の援助だけではなく、二酸化炭素を減らして温暖化の影響を緩和することに取り組まないといけません。食料廃棄の問題については、生産、流通、販売、消費のプロセス全体において、およそ3分の1が廃棄されており、結果的に廃棄された食料のために排出されたCO2は人間が排出している総量の8%になるとFAOは試算しています。ですから食料廃棄を半減するというSDGs目標はCO2削減にもつながります。これはSDGsとパリ協定の表裏一体の関係を示すものです。

3. SDGsが打ち出された背景

SDGsには幅広い目標、ターゲットが設けられています。これまで国連が出していた目標は主に開発途上国向けでしたが、SDGsは異なります。先進国自らが、SDGsのさまざまな課題が根っこではつながっていることを意識し、率先して「自分事として」解決に取り組まないといけないのです。

たとえば、水不足の問題があります。日本にいると実感がもてませんが、今後、世界的に水不足は深刻な問題になるでしょう。一方で、日本は食料自給率が低く、世界の水資源、土壌、労働力を使って大量の食料を輸入しています。今後、水資源の環境が悪化すると、輸入量の減少や穀物価格の上昇等、日本にも影響が表れることになり、決して他人事ではありません。

SDGsが多くの目標、ターゲットをもつに至った背景は、地球環境の限界が意識されるようになったことと、グローバル経済の拡大に伴って不平等も拡大したことにより、世界全体の不安定感が増し、経済、社会、環境の問題を統合的に捉えるものを作るべきとの機運が高まったことにあります。SDGsを理解するには、地球環境に対する危機感と、不平等の拡大により置き去りにされている人たちを取り残さないという理念を共有する必要があります。

4. 地球環境変化のティッピングポイント

地球環境が限界にきていること、これは昨今、日本でも世界各国においても猛暑、台風、高潮、海水面の上昇等、温暖化の影響が随所に表れていることを目の当たりにしています。しかし、これほどまでに気候変動による影響が表れ、地球からのwarningをわれわれは受け取りながら、SDGsが登場してからの4年間、CO2の世界の総排出量は、減少するどころか過去最高を記録し、むしろ増加し続けている状況にあります。これはさまざまなデータとしてはっきりと表れています。

気温が2度から3度に上昇するどこかの時点で、気候が極めて不安定化し、グリーンランドや北極・南極の氷や氷床が不可逆的に溶け出す、臨界点=ティッピングポイントを迎えるといわれています。このティッピングポイントを超えることで温暖化が加速すると、熱帯雨林のシステムが崩れてサバンナ化します。このように、1つのティッピングポイントが次のティッピングポイントを生み出し、悪循環に陥ることが懸念されています。すでに北極の氷の溶け出しは予想をはるかに超えたスピードで進んでいます。これらのことから、われわれが死守すべきは、気温の上昇を1.5度以内に抑えることなのです。

直近の70年ほどの期間において、大量生産・大量消費でCO2を排出し続けたことにより、人類が地球の姿を変える力をもってしまいました。これまでの経済成長を支えてきたやり方では地球は耐えられなくなりました。このような状況下において、企業として環境は「コスト」ではなくビジネスの「土台」であるとの認識に変えていくことが求められています。

5. 製薬企業、業界としてのSDGsへの向き合い方

SDGs「持続可能な開発のための2030アジェンダ」には、企業がもつ創造性、イノベーション力の発揮による、社会課題の解決に向けた積極的な取り組みへの強い期待が表現されています。今後、気温が上昇していくことは明らかであり、企業としては、この課題に対して10年後20年後の地球の姿からバックキャスティングすることにより、イノベーションを通じた社会的課題の解決に結び付くビジネスを見出していただきたいと考えます。

SDGsの17の目標、169のターゲットにはビジネスチャンスも含まれていて、各企業で取り組みがなされています。一方で、悪くいえば、「いいとこ取り」をする例も散見されます。得意とする事業分野でSDGsに貢献しているとアピールしつつ、CO2の排出を増やす事業も行っているような例です。そうした行為は、企業活動の開示が求められる今の時代では、もはや認められない状況にあります。つまり、SDGsは、ビジネスチャンスが多く含まれるものであると同時に、「してはいけないリスト(ネガティブリスト)」でもあるといえるのです。

これからは、企業の活動や行為に対して、SDGsの観点からさまざまな指摘がなされます。CO2削減、再生可能エネルギーへの転換、水の使用量、原材料調達、サプライチェーン、人権、雇用、長時間労働、ダイバーシティ等々、さまざまな問いかけが企業に向けられることになり、各社の広報担当者は大変な課題に直面しています。ぜひ、SDGsをネガティブリストとしても、企業の取り組みの情報発信に活用いただきたいです。

また、現状、日本は残念ながら「環境後進国」と見られています。その大きな要因は、CO2を大量に排出する石炭火力発電への依存であり、いまだに20基以上の火力発電所の建設計画をもっていることです。新たな発電所が建設されると40年間は使い続けることになるわけで、SDGsの達成の道から大きく外れており、エネルギー転換がうまくなされていないといわざるを得ません。グローバルにビジネスを展開している企業にとって、そうした日本全体に向けられるまなざしは、ブランディングにおいて決してポジティブではありません。

気候変動、高温がもたらす身体への影響はさまざまな形で表れてきます。SDGsの「自然エネルギーを増やす」「気候変動への具体的対策」といったテーマは、健康と密接につながっており、製薬業界においても「脱炭素」に積極的に取り組むべきではないでしょうか。

6. 倫理的(Ethical)な企業活動とSDGs

人間の生存、私たちの社会・経済を支えてきた地球の限界が見えてきた中、今後、われわれがどのような社会を目指すのかが問われています。地球を劣化させ、回復力を破壊する「大量生産・大量消費・大量廃棄」のビジネスモデルは変革をせざるを得ないでしょう。いかに早く資源循環型のビジネス、circularな経済に転換していくかが求められています。

そうした流れの中、企業行動の倫理的(ethical)な側面がこれまでとは違った形で意味をもち始めています。たとえば、人権とビジネスの考え方もSDGsの広がりの中で変わってきました。たとえば、経済活動が活発でなくCO2の排出をしてこなかった発展途上国の国々こそ、最も温暖化の影響を受けている状況が指摘され、「Climate Justice(気候正義)」という言葉で表されています。自分たちが豊かな暮らしをするために排出したCO2によって、発展途上国の人々が渇水や大雨に悩む状況を、先進国はどう考えるのかとの問いかけです。

環境と人権とビジネスの関係性を重視する考え方がますます広がっています。企業がSDGsに取り組む、ethicalであることは自社に何をもたらすのか。企業の行動が人や社会に対してどう責任を果たすのか、という視点を経営者はもつべきです。

最後に:広報パーソンへのメッセージ

2019年6月、海外の機関投資家が声を上げました。世界大手企業707社(日本企業29社)に対し、環境インパクト報告が不十分として、「カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(CDP)」を通じて情報開示の実施を求めたものです。情報開示のプレッシャーは今後ますます強まり、チェックは厳しくなっていきます。その状況下で、企業としての情報開示をどのように展開するのか、戦略をもつ必要があります。

一方で、製薬企業の状況を見てみると、SDGsのうち「ダイバーシティ」については、かなり遅れている傾向が見られます。たとえば、女性管理職比率の低さ。これまでの経緯があってすぐには解消できないかもしれませんが、今、機関投資家はダイバーシティの視点を重視した企業への問いかけを強めている状況です。ぜひ、ダイバーシティ、ひいてはSDGsを前向きに捉えた企業として取り組みを実践し、その情報を発信していただきたいと思います。

(広報部 部長 酒井 信一

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