バイオマーカー関連研究分野の特許出願動向からみた創薬プロセスの効率化に向けた日本の課題
鳥山 裕司(医薬産業政策研究所 前主任研究員)
(No.46:2009年10月発行)
本稿では種々のバイオマーカー関連特許の出願件数と、特許の質の代理指標とされている「特許1件当たりの被引用特許件数」を、それぞれバイオマーカー研究の活動度と成果レベルの間接的な指標として捉え、バイオマーカー研究の動向と体制について分析することで日本の創薬プロセスの効率化に向けた課題について考察を行った。加えて、実際に創薬研究に携わる現場において創薬プロセスに関わるバイオマーカー研究の現状と課題についてどのように考えているかについて、日本製薬工業協会に加盟する製薬企業に対しアンケート調査を実施した。この調査結果とバイオマーカー関連特許の出願動向調査で得られた結果とを比較し、バイオマーカーの開発に際してボトルネックとなっている日本の研究環境について考察した。
今回のアンケート調査と特許動向調査の結果から、日本におけるバイオマーカーの研究環境には以下のような課題があるといえる。まず、アンケート調査の結果から、バイオマーカーの開発におけるボトルネックは以下のように総括できる。
第一にバイオマーカーを開発するためにはヒト試料を使うことが重要であるが、入手するための手続きの煩雑さやこれに要する費用を考えると実際には困難である。第二に狭義のバイオマーカーは、生体内の生物学的変化の指標となる分子でDNA、RNA、蛋白質、ペプタイドなどから構成されており、この分子は定量化・数値化され、疾病の状態と相関して量的に変化することが培養細胞やモデル動物などによる基礎実験で確認され、最終的に大規模な臨床試験で検証されて初めて有用な指標として確定される。このようにバイオマーカーを用いて新薬開発する場合、初期の段階では従来の創薬中心の研究開発以上に手間とコストがかかるため、新薬開発の初期段階から臨床試験まで創薬ターゲットの特定と代理マーカーの探索・バリデーションを並行して行うことが困難となっている。第三に製薬企業が探索・検証した代理マーカーであっても審査当局が主要評価指標としてこれを認定しない限り、製薬企業はこれを承認申請データの評価ツールとして使えない。これを解決するためのレギュラトリー・サイエンスの確立を目的とした産学官の連携体制がない。第四に予後マーカーには未知な部分が多く、これを探索・検証するための国のイニシアチブによる大学・医療機関中心の連携体制がない。第五に大学、医療機関との共同研究に対して積極的な企業がある一方で、全体的に消極的な企業が少なくなく、企業側としても共同研究への取り組みがまだ十分とは言えない。
第一と第五のボトルネックについてはバイオマーカー関連特許の調査結果とよく符合した結果といえる。医薬関連バイオマーカーの研究開発を質・量ともに高めるためには、ヒト組織を利用する研究関連の法的整備を進めるとともに、製薬企業、バイオベンチャーが大学医学部とのヒト組織・細胞を利用した共同研究を活発に行なう努力が不可欠である。日本からの代理マーカー特許の出願件数は欧米に比べて少ないが、今回のアンケート調査によって第二、第三のボトルネックが原因となっていることが明らかになった。バイオマーカー研究の成果利用を促進するため、国のイニシアチブによる代理マーカーの検証と認定を目的とした産学官連携体制の構築とレギュラトリー・サイエンスの確立が求められる。
日本からの予後マーカー特許の出願件数も少ないが、これは第四のボトルネックが原因と思われる。製薬企業からは国や医療機関によって検証された予後マーカーがあれば使いたいという意見も多く、これらの機関との共同研究やコンソーシアムのような連携の構築が課題といえる。