Topics 日米欧創薬におけるサイエンスの貢献:特許と論文のマッチトデータからの示唆

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一橋大学名誉教授 医薬産業政策研究所研究顧問 長岡貞男
学習院大学教授 医薬産業政策研究所客員研究員 西村淳一

要約

  • 日米欧の創薬におけるサイエンスの活用(科学論文の引用)の状況とその貢献について、特許と論文のマッチトデータを構築して分析した。
  • 米国企業による創薬でも、依拠している科学論文の半分は外国論文であり、日本企業のそれは約9割が外国論文である。サイエンスのグローバルな進展を吸収する能力が重要である。
  • 創薬への貢献が大きい国の企業が自国のサイエンスの成果を活用する確率は、他国の企業が自国のそれを活用する確率よりも大幅に高い。創薬では国内のサイエンスを先行して活用する機会を生かすこと(優位性の確保)が重要である。
  • 日本企業は米国企業と比較して、創薬にサイエンスの進展を活用する程度が低く、活用したとしてもそのタイミングが遅い(引用ラグが長い)。
  • サイエンスを活用する能力は、被引用件数からみた影響力のある発明の創出や、創薬を促すうえで重要な貢献を果たしている。
  • 日本企業のサイエンス活用能力の強化のため、博士人材の育成と採用や先端的な研究への取り組みを強化することに加えて、国内大学の研究力と人材育成力の強化も重要である。

1. はじめに

日本の製薬産業は、世界に評価される革新的な創薬を行ってきたが、近年、他の先進諸国と比較してもその創薬力の低下が指摘されている。本号の政策研ニュースで森本(2024)が報告しているように、2000年代の前半(2003年)では売上高上位100品目のうち、米国、英国に次ぐ12品目が日本企業の創製品であったが、2022年には7品目に減少している。この期間、米国、ドイツ、デンマークによる上位品目は拡大し、英国は一時低下したが近年拡大している。

本稿では、企業のサイエンスの活用能力に注目して、その要因分析に貢献することを目的としている。そのために、各国の創薬の発明過程に利用された科学論文(以下、論文)のデータを医薬品特許データとマッチしたデータベースを構築し、分析を行った。

本稿の構成は以下の通りである。2節では分析のために構築した2つのデータセット(データセットAとB)を説明する。3節と4節ではデータセットAを利用して、医薬品の発明で活用されているサイエンスの分野と地理的な広がりの日米欧比較を行うとともに、サイエンスが発明に活用される場合のラグの日米欧比較や、サイエンスと発明の創出が同一国で行われることの効果を分析する。次に、5節ではデータセットBを用いて、サイエンスの活用が創薬のパフォーマンスに重要な影響を与えていること、また、サイエンスの活用における日米欧の差を、韓国、台湾そして中国の動向も含め、分析した結果を報告する。

2. 調査方法

本稿では2つのデータセットを構築した。第一に、2019年9月までに日本で承認された医薬品について、当該医薬品の日本特許に対応する米国登録特許を特定し、その米国特許が引用しており、かつWeb of Science(WOS)に掲載されている論文のデータを構築した(データセットA)。各医薬品を保護する特許の識別には、特許の分類(物質特許かどうか)を含めて、サンエイレポートを利用した。また日本特許に対応する米国特許の識別には欧州特許庁が公表しているPATSTATを用いた。米国特許が存在する医薬品に限定することで、国際性がある発明と医薬品に分析を限定した。このデータセットAでは論文著者の所属機関も識別しており、各国の創薬発明が依拠している論文の源泉国を識別している。

第二に、米国登録特許の中で、世界知的所有権機関(WIPO)のIPC and Technology Concordanceに基づいて、35技術分野のうち医薬品発明に分類されている米国特許(分野16)を対象に、欧州特許庁のPATSTAT及びコーネル大学のMarx教授が公開しているPCSデータを利用して特許と論文のマッチトデータを構築している(データセットB)。データセットBでは、最終的に医薬品として上市されるに至らなかった多くの医薬品分野の特許も含まれており、かつ最近の発明も対象であるため、より最近の動向の分析が可能である。両者のデータによって補完的な分析が可能となる。

3. 結果

(1) 創薬に利用されるサイエンスの地理的分布と分野の広がり

① データの説明

2019年9月までに日本で承認された医薬品の日本特許2,288件のうち、WOSに掲載されている論文を引用している米国特許がある日本特許は1,119件あり、有効成分数では582存在する。本稿では、以下で説明する条件で推定サンプルを選択した結果、データセットAでは134成分が対象である。この条件を満たす発明による医薬品の一番早い承認は1991年10月であった。

本稿では創薬が依拠している論文を米国特許における引用で識別している。米国では特許申請の際、出願人が把握している先行技術文献を特許庁に申請する必要がある(Information Disclosure Statement)。米国特許庁の審査官はその内容を確認しつつ、自らの文献調査で先行技術文献を補い、その結果が米国特許の先行文献リストとして公開されている。その中に存在するWOS論文がデータセットAでの我々の分析対象である。論文については発刊日と著者の所属機関の情報を得ており、論文の発刊日から特許の優先権主張日の差を算出し、論文から発明への引用ラグを算出した。また、著者の所属機関の所在情報は、WEB情報からCHAT-GPTを利用して収集し、サイエンスの地理的分布の把握に利用している。

以下のデータセットAによる分析では、医薬品特許の中でも、創薬イノベーションで重要性が高いと考えられる物質特許に注目し、それと対応する米国特許を特定し、それが引用している論文に注目する。なお、出願企業国ごとに、分析サンプルからの記述統計を付録の表1に示している。米国企業の物質特許は日本企業と比較して、特許1件あたりで引用している論文数が2.8倍高いことがわかる。

論文著者の所属機関は、大学、公的研究機関、企業と分けることができるが、特許によって高頻度に引用されている論文は大学や公的研究機関からが多い。我々の分析サンプルで物質特許による引用頻度が高い上位10機関は、1社を除いて、大学(ケンブリッジ大学、ロンドン大学、シェフィールド大学、MITなど)または公的研究機関(MRC、Scripps Research Institute、NIHなど)であった。

論文において著者が所属する機関が複数の国にまたがる場合は、各国の貢献を反映できるように、論文毎に主要国について著者機関ダミーを作成している。例えば、論文から特許への引用ラグの分析において、論文が米国と日本の大学の共同論文である場合、日米の著者所属機関の所在国のダミーが1をとり、推定に反映される。特許の共同出願についても同様である。

② 物質特許の創出に利用されたサイエンスの地理的分布

以下の分析では、日本で上市された医薬品の物質特許があり、それに対応した米国の最初の登録特許からのWOS引用があり、かつそれは1980年以降発刊であり、引用ラグが負ではない特許と論文の組み合わせに注目する(記述統計は付録の表1を参照、負の引用ラグがある論文は発明より後に追加された可能性があり、以下の分析では対象としていない。最初の米国特許を対象とする理由を含めて、補論を参照)。

表1 医薬品物質特許の先行科学技術論文の著者機関所在地(発刊年1980年以降)

表1は、このデータセットによる、各特許の出願人の所在国とその特許が引用するWOS論文の著者が所属する機関の所在国分布を示している。横軸が特許の出願人の所在国であり、縦軸が論文著者の所属機関の所在国である。この表では、論文との対応の理解のしやすさのため、著者国あるいは出願人国が複数の場合は一ヶ国に集約している(特許や論文の数で下位の国を優先して論文と特許を割り当てている、但し日米では米国優先)。付録の表2には、著者国、出願国を集約しない場合(いわゆるWhole Countsによる集計)を示しているが、傾向は非常によく似ている(各種の比率も近い)。したがって、以下で述べる表1からの基本的な知見は影響を受けない。

各国の創薬に引用された論文数全体で6,680論文ある(引用件数で重みづけをした論文数であり、1論文が2つの特許に引用されていれば2論文としてカウントしている)。表では出願人所在国は創薬の実績が高い、特定6か国のみ表に記載した。米国出願人についてみると、自国の論文を引用している割合は54%程度であり、米国の創薬の発明過程においても外国の論文が重要な役割を果たしている。なお、外国の論文のうち、米国の創薬が依拠している論文の5.8%は日本発である。次に、日本では自国の論文を引用する割合は11%であり、約9割は外国の論文に依拠している。創薬の水準が高い、独、英国、スイス、デンマークでも日本と同様の傾向である。ただし、英国では自国の論文の引用比率が18%と比較的高いが、約8割は外国の論文である。

論文を活用する頻度合計における各国のシェアを一番下の欄に示している。米国の活用シェアは56%(3,746/6,680)であり、日本はそれに続く14.4%である。また、表の一番右の列は論文著者の所属機関所在国別の分布を示している。米国の科学者が6,680論文のうち48%を供給しており、英国が10%、日本が7%とそれに続く。

図1 物質特許に利用された論文の創出と活用

図1は、各国の著者の論文が引用される頻度(論文の被引用件数で測定した供給量)の対数値を横軸とし、各国の出願人が引用している論文数合計(論文の活用量)の対数値を縦軸とし、両者の相関を示している。各国の論文の供給量と論文の活用量は、国の規模が大きくなるとどちらも大きくなり、また、同じ規模の国でもライフサイエンス分野での研究人材が拡大すれば両方とも拡大するので、両者は正の関係が予想される。

表1と図1から論文の活用量の方がより特定国に集中していることがわかる。表1の活用と供給の上位3ヶ国で(日米英)、活用シェアの合計は77%であり、供給シェアの合計は65%である。ベルギー、デンマークなど論文の供給では小さいシェアの国が創薬では高いシェアをもっている。このことは、大学を中心とした研究能力の構築と、商業化までの長期的な事業の実施能力やリスク資金の調達能力が必要な、企業の創薬力の構築はかなり異なっている可能性を示唆している。

③ サイエンス活用における自国発明者の優位性

サイエンスを発明に活かすには、科学的な発明をした研究者の人的資本に体化された知識(ノウハウ)が重要である(Zuckerなど(2000))。知識の移転を得るため、米国におけるバイオテクノロジー産業の黎明期には、バイオテック企業はコアとなる発明者が所属する大学の近隣に立地した(Kenney and Mowery(2014))。知識の移転に限らず、地理的近接性により産学連携研究や学会での交流なども実施しやすくし、さらに自国内の産学連携研究は自国の財政支援も受けやすい。これらは自国のサイエンス活用における自国発明者の優位性といえる。

表2 自国出願人と外国出願人による自国論文利用率

このような優位性について示唆を得るため、表2では表1のデータを活用して、自国企業が自国サイエンス(例えば日本企業が日本のサイエンス)を利用する確率と外国企業が自国サイエンス(米国企業が日本のサイエンス)を利用する確率を比較している。ここで用いている特許データはすべて創薬(上市)に繋がったものであり、自国企業に優位性があれば、前者の確率の方が高いことが予想される。

実際に、創薬の上位国である、日本、米国、独、英国、スイス、デンマークの6ヶ国では、スイスを除いて前者の方がかなり大きい。例えば、日本の場合、外国企業が日本のサイエンスを利用する確率は6%であり、自国企業による自国サイエンスの利用確率11%である。英国とデンマークでも同様に自国企業が自国サイエンスを利用する確率は高い。米国では、外国企業による米国サイエンスの利用確率は40%であり、米国企業による米国サイエンスの利用確率はその1.4倍の54%である。

一方で、オランダやスペインでは、自国企業による創薬(日本市場で上市された物質特許を持つ医薬品)の実績は無く、外国企業のみが自国サイエンスを利用している。

④ 創薬に利用されたサイエンスの分野

表3 医薬品発明(物質特許)に引用されたサイエンスの分野

表3は出願人の所在国別に、創薬にどのような分野のサイエンスが貢献しているかを示している。サイエンスの分野として、WOS掲載の学術雑誌の22分類(Essential science indicators)を用いる。

分野数は当該分野に1つでも論文が存在すればカウントしている。合計の列に示すように、日本で上市された医薬品の物質特許は、ほとんど全分野の論文に依拠している(依拠している特許が無いのは経済・経営分野のみ)。これは広範な分野のサイエンスが創薬に活用されていることを示す。多様なサイエンスの活用をリードしているのは米国の創薬であり、21分野と最も多くの分野のサイエンスを活用していた。日本、ドイツ、英国はその半分(11分野)である(なお、WOSのデータベースに論文の分野分類が不明なものがあり、表3の引用数合計は表1のそれと一致しない)。

表3の下段では分野を更に4つの大分野(基礎生命が8分野、化学・薬学が2分野、臨床医学2分野、その他が10分野)に集計した結果を示しているⅰ)。右端の合計が示すように、引用数のシェアで基礎生命分野が53%を占め、化学・薬学が24%、臨床医学が22%とこれらの12分野が大半を占めている。各国で依拠するサイエンスに差があり、例えばドイツでは化学・薬学の論文のシェアが41%と高く、臨床医学のシェアも33%と高い。これに対してデンマークでは基礎生命が63%と高い。米国、日本、英国とスイスは活用するサイエンスの分野が似ている。

(2) サイエンスから創薬までのラグ

サイエンスの進展を創薬に活用するラグが短いことは、イノベーションを早期に実現することを可能とし、社会をより豊かなものにする。また、創薬における競争という観点からも、サイエンスのいち早い活用は重要な要素と考えられる。本節では、論文からみて、当該論文を最初に引用した物質特許を調査しⅱ)、当該論文の発刊日と物質特許の出願日(優先権主張日)との差(引用ラグ)を算出した。以下では、この引用ラグを被説明変数とした推定によって、そのラグが、依拠する論文の分野、出願人と論文の執筆機関が同一国に所在しているかどうか、そしてこれらをコントロールした上で日米欧企業の間でどのように異なるのかを分析する。

① 生存時間分析による創薬までのラグの分布

図2 論文の創出から最初の物質特許による利用までの引用ラグ

回帰分析を行う前に、特に、日米英企業の間で創薬までの引用ラグがどのように異なるかを図2に示した。この図の縦軸は、「生存確率」(経過時点ごとに、論文のみにとどまっており、上市される物質特許にまだ活用されていない確率)を示す。横軸は論文の発刊年から発明の出願年の間のラグであり、それが長くなるにつれて、創薬に活用されていない確率は低下する(創薬に活用されている確率は上昇する)。ここで用いたデータセットAでは、創薬に利用された論文のみが分析対象であるので、確率は1から始まって20年程度でほぼ0に近くなる。

図2をみると、青色の日本(JP)のラインが一番上にあり、逆に英国(GB)のラインは一番下にあり、米国は中間に位置する。論文が創薬に利用される確率が75%に至るまでに、英国では約7年、米国では約9年、日本では約11年を要することがわかる。これらの3か国のラインの差は、統計的にも有意である(他の要因をコントロールしても有意であるかどうかは推定で検証する)。付録の表1に示すように、日本企業は米国や英国の企業と比較して、物質特許1件あたり、比較的小数の論文しか発明に活用していないが、このラグの結果から、サイエンスの進展を活用するタイミングも遅いことを示している。有力な研究機会を早く探し出し、それを活用するために研究をスピーディーに行うことで、その成果が高められると予想されるが、このような能力が日本企業には一層求められるだろう。

② 回帰分析による創薬までのラグの分析

以下では、特許の出願人国の差(「米国」基準)、そして出願人組織と論文著者機関が同じ国にあることが、創薬までの引用ラグを有意に予測するかどうかを、回帰分析(Cox比例ハザードモデル)で評価する。このモデルでは、創薬につながる特許出願イベントが起きる(物質特許が論文を引用する)確率に、外生的な要素(説明変数)が時間を通じて比例的に影響を与えると仮定して推定する。論文著者の所属機関の所在国(「その他の国」基準)、論文の22の分野、WOSにおける被引用度で評価した論文のサイエンスにおける重要度、及び論文の発刊年をコントロールする。各物質特許は複数の論文に依拠しているので、これらの論文からの誤差には相関があり、クラスタリングによってこれをコントロールしている(例えば、審査過程における特許化手続きの加速化が進展すれば、この特許が引用する全ての論文からのラグが短くなる)。分析対象論文は3,602件あり、そのうち1,776論文が米国所在の著者による論文であり、米国企業は外国の論文を含め2,257論文を最初に創薬に活用(特許が引用)している。日本所在の著者論文は231件であり、日本企業は415論文を最初に創薬に活用している。

表4 論文から物質特許の発明への引用ラグ変動の要因(Cox regression)

表4に結果を示している。表から、出願国の日本の係数(「米国」基準)は負であり、米国と比べて創薬につながる特許出願イベントが日本で早期に起きにくいことを示しているが有意でない。他方で、欧州各国は米国との比較で全て正の係数であり、英国、スイス、デンマークでは有意である。これらの国と日本の係数の差も欧州の方が大きく有意であり、これらの欧州各国では、日本より特許出願イベントが早期に起きている。この結果は図2と整合的である。

次に、著者国の係数を見ると(「その他の国」基準)、その大きさは出願国の係数と比較して小さく、米国との差でも同様である。例えば日米の差(日本-米国)は、出願国で-0.34、著者国で0.14である。また、米独の差でみても出願国で0.48と著者国で0.06である。このことは、利用側(企業出願人)の能力がラグの大小の決定要因としてより重要であることを示している。

コントロール変数については、論文の被引用件数は有意ではない。より質の高い論文がより優れた発明をもたらしうると考えられるが、革新的な発明ほど時間がかかる可能性がある。最後に、出願人と著者機関が同一国に所在していることは、創薬イベントを早める傾向にあるが有意ではなかった。

(3) サイエンスの活用と創薬パフォーマンス

ここまでの分析から、サイエンスの活用に日米欧で大きな差があることが確認された。以下では、このような差が創薬のパフォーマンスに与えている影響について分析する。以下の分析ではデータセットBを用いて、米国の最近までの登録特許を利用し、より近年の状況も確認する。また、創薬(上市品)とならなかった医薬品特許も分析対象に含まれるので、サイエンスが創薬パフォーマンスにどの程度の影響力をもつかをより包括的なデータで検証できる。

① データと推定モデルの説明

欧州特許庁のPATSTATを利用して、米国登録特許の中で、出願が1980年以降のデータを分析対象とする。データセットAで分析した日本市場で上市した医薬品特許はWIPO35技術分類では、分類14の「有機ファイン・ケミストリー」、分類15の「バイオテクノロジー」及び分類16の「医薬品」にまたがっているが、以下では専ら医薬品の特許であると考えられる分類16の特許のみを対象とした。分析単位は特許単位であるが、PATSTATの特許ファミリーの最も早く出願された特許に注目している。

創薬イノベーションのパフォーマンスを示す指標として、当該発明が後続特許によって高度に引用されるか(被引用上位5%)、また日本で上市される医薬品特許になったかを利用するⅲ)。説明変数として、当該発明が依拠する論文数(1を加えた対数値)、及び発明が依拠する論文との引用ラグの最小値が主たる変数である。これに加えて、発明者数の対数値、外国在住発明者の存在ダミー、先行特許文献からの後方引用ラグ(中央値)及び外国在住発明者の発明の引用件数(1を加えた対数値)を用いる。このモデルは、サイエンスを含め、知識の組み合わせが発明の源泉となることを想定している(モデルの考え方の詳細と、全産業を対象とした分析は長岡(2024近刊)を参照)。

表5 米国特許からの被引用上位5%の医薬品特許の9ヶ国シェアの特許出願年代別推移
表6 医薬品特許1件あたりにおいて利用した論文数の9ヶ国の動向

表5では創薬の上位国である6ヶ国の先進国と近年創薬力を高めつつある、中国、韓国、台湾の3ヶ国出願人の被引用件数上位5%の医薬品特許シェアの動向を示している。日本は1980年代では米国に次いで7%のシェアであったが、2010年代のそれは2.7%と半減している。米国は1980年代の75%から下がってはいるが、2010年代でも70%のシェアである。欧州は英国とスイスがシェアを高めている。中国、韓国、台湾は1980年代では0%であったが、2010年代はそれぞれ2%、2%、1.4%とシェアを高めている。

このような背景には、表6で確認できるように、欧米諸国では発明におけるサイエンスの進展の活用の拡大など発明の高度化があると考えられる。日本は物質特許1件あたりのサイエンスの活用件数は増えてはいるものの、絶対数でみると欧米諸国に大幅に劣っており、近年はその数値の差が広がっている。中国、韓国、台湾でも研究開発の拡大に加えて、サイエンスの活用による発明の高度化が起きている。

② サイエンスの活用と創薬パフォーマンスの推定結果

表7 サイエンスの活用と発明のパフォーマンス

表7ではサイエンスの活用の程度と創薬パフォーマンスとの関係を示している。サイエンスの活用水準は、引用論文数自体とそれに1を加えて対数値とした2つの変数で計測している。対数による後者の変数は論文間の重複による収穫逓減効果を反映している。一番左のモデル1の結果は、医薬品分野の特許が米国特許で被引用件数上位5%となる確率がどのような要素に依存しているかを示している。モデル2は、比較のため、医薬品含む全技術分野についての結果である。モデル3は当該発明が日本市場で上市された物質特許となったかどうかの結果である。いずれも線形確率モデルによって推定を行った。各モデルでは特許出願年、出願組織の固定効果をコントロールし、組織単位でクラスタリングをした頑健な標準誤差を推定している。モデル2ではWIPO技術分野ダミーも導入している。推定では論文からの引用ラグを説明変数として利用しているので、論文を引用している発明のみ分析対象となっているが、この変数を除いた推定を行っても主たる結果に大きな変化はなかった。付録の表2に各変数の記述統計量を示した。

表7のモデル1によると、論文の引用水準が高く、また引用ラグが小さい場合に、被引用上位5%になる確率で評価した創薬パフォーマンスは有意に高くなる。論文数は対数をとらない変数が有意である。推定された係数値から、論文が引用されていない場合と比較して、平均の引用水準(原数値で29本、それを対数値に変換して3.4で)で評価した場合、トップ5%の発明となる確率は0.9%ポイント高まる。また、論文から発明の引用ラグが1年短くなると、その確率は0.1%ポイント高くなる。サイエンスの進展が発明に活用されることには、かなり大きな影響があることを示している。

次に、モデル3が示すように、上市される物質特許となる確率については、論文の成果の活用では、論文の対数値のみが有意である。被引用上位5%になる確率の場合と同じ、平均の引用水準で評価した場合、引用されていない場合と比較して0.24%ポイント高まる。本稿で用いたサンプルのうち、上市された物質特許の比率は0.14%であり、その影響は大きい。論文からのラグの係数は負だが有意ではない。上市品の中でも、新作用機序など革新性が高い医薬品には有意性が高い可能性はあるが、今後の研究課題である。

その他の変数であるサイエンス以外の要因については、発明者チームの規模が大きいこと、先行技術文献からのラグが短いこと、外国在住発明者の発明への引用件数の水準の大きさはいずれも創薬パフォーマンスを高めるⅳ)。また、モデル2が示すように、全分野を対象とした推定結果と係数値の大きさは異なるが、整合的な結果となっている。新しい知識を広く、かつ早く、発明に活かすことが創薬を含めて、発明の成果を一般的に高めるといえる。

4. おわりに

創薬は、疾患メカニズム、標的、候補分子の作用メカニズム、候補分子の構造、その製造方法、医薬品の標的へのデリバリー、スクリーニング方法などにかかるサイエンスの進展を活用して行われる。サイエンスの進展は著しく、創薬に利用されるサイエンスも多様化している。それは低分子医薬品についてもあてはまる。

本稿の分析が示すように、サイエンスを活用する能力は、影響力のある発明、また発明が医薬品に活用される確率に重要な貢献をする。同時に、日本企業は、欧米企業と比較して、創薬にサイエンスの進展を活用する程度が低く、それを利用する場合でも、利用タイミングが遅い。近年では中国、韓国、台湾でもそのようなサイエンスの活用能力は高まっていた。

以上の結果から、日本企業のサイエンス活用能力を強化していくことが重要といえる。そのコアとなる一つの要素は人材であり、特に博士人材の育成と採用が重要である。課程博士あるいは論文博士を有している発明者は、発明の知識源として大学や科学技術論文が非常に重要であると認識している割合が大幅に高い(長岡他、2012の9頁)。日本企業における博士号取得の割合は米国企業の半分程度と考えられⅳ)、それを拡大する余地は大きい。日本では論文博士の存在が、企業内人材の高度化と産学連携に重要な役割を果たしてきたが、近年これが大幅に縮小されてきたのは大きな機会損失であり、その復活が望まれる。

また、企業の研究の方向においても、近視眼的ではなく長期的な観点から、先端的な研究への取り組みを強化することも重要である。そうした研究を行う中で、人材が育成され、またグローバルな知識の獲得にもつながる。

このような長期的な研究を支えるには国内大学による先端的な研究と人材育成も非常に重要である。サイエンスの活用能力を強化するには、人材育成と研究開発戦略の両輪をうまく駆動させていくことが望まれる。

参考文献

森本 潔、2024、「世界売上高上位医薬品の創出企業の国籍-2022年の動向-」医薬産業政策研究所、政策研ニュースNo71

長岡貞男、塚田尚稔、大西宏一郎、西村陽一郎、2012、『発明者から見た2000年代初頭の日本のイノベーション過程』、RIETI Discussion Paper Series 12-J-033

長岡貞男、2016、『新薬創製:日本発の革新的医薬品の源泉を探る』、日経BP社

長岡貞男(編著)、2024、『日本産業のイノベーション能力の検証』(近刊)、東京大学出版会

Fleming L., H. Greene, G. Li, M. Marx, D. Yao, 2019, “Government-funded research increasingly fuels innovation, ”Science 21. JUNE. VOL 364 ISSUE 6446

Kenney Martin and David C. Mowery, 2014, Public Universities and Regional Growth: Insights from the University of California, (ed.)Stanford University

Poege F., Harhoff D., Gaessler F., Baruffaldi S., 2019, “Science quality and the value of inventions, ”Science Advance, 5 : eaay7323, 11 December 2019

Zucker, L. G., M. R. Darby and M. Torero[2002]., “Labor mobility from academe to commerce”. Journal of Labor Economics 20(3), 629-660)

謝辞

本研究は科研費基盤B(「創薬イノベーションとインセンティブの研究」、18H00854)と学習院大学経済経営研究所(研究プロジェクト:創薬イノベーションの普及とその経済効果)の助成の支援を受けて実施した。所属機関の所在情報については学習院大学経済学研究科渡邉翔氏に収集してもらった。本稿の研究には医薬産業政策研究所の研究員各位から有益なコメントを頂いた。この場を借りて深く御礼申し上げる。

補論1 論文から発明への負の引用ラグなど事後的な論文引用追加の可能性への対応

今回のデータ構築で判明した点は、論文から発明への引用ラグが負である場合がかなり多いという点である。本来、先行文献であれば、ラグは正のはずである。このような論文の分野を調べて見たところ、正のラグがある場合と比較して、臨床研究がかなり多く、発明の有用性を説明するための事後的な臨床試験も米国特許庁に情報提供され、それが反映されている可能性がある(米国の特許審査では出願後も登録までは、特許性にかかる情報の提供義務が存在する)。その解明は今後の課題として、データセットAの分析では、論文から発明への負のラグは、ラグの分析から除いている(データセットBではその割合をコントロール変数としている)。

また、論文の引用の事後的な追加の別の経路として、継続出願・分割出願がある。米国ではこれへの制約が小さく、その結果、米国特許数は1,676件と日本特許の1,119件より50%多くなっている。同じ発明の継続出願等の機会にも、新たに論文の引用が追加されている。これらの追加引用論文は、最初の発明への知識として重要性は低いと想定され、今回の分析からは除いている。

付録表1 分析サンプルの記述統計量
付録表2 医薬品物質特許の先行科学技術論文の著者機関所在地(発刊年1980年以降、著者国と出願国集約しない場合)
付録表3 表7の推計の記述統計(モデル1と3)
  • ⅰ)
    基礎生命分野の分類は文部科学省の科学学術政策研究所の分類に準拠しているが、薬学は化学と統合し、他方で、“Nature”,“Science”等多分野をカバーする雑誌(Multidisciplinary)もこれに分類している。基礎生命分野は、Biology & Biochemistry、Immunology、Molecular Biology & Genetics、Neuroscience & Behavior、Microbiology、Agricultural Sciences、Plant & Animal Science及びMultidisciplinaryの8分野である。臨床医学はClinical Medicine及びPsychiatry/Psychologyである。
  • ⅱ)
    論文毎に最初に引用した特許のみからなる特許論文ペアの中で、物質特許が最初の引用特許であるサンプルに限定している。
  • ⅲ)
    米国で被引用上位5%の特許であると、WIPOの医薬品分類の米国特許が、日本で上市された医薬品の物質特許の対応特許である確率を0.7%ポイントだけ大きく高める(確率の平均値が0.14%ポイント)。
  • ⅳ)
    長岡他(2012)によると、欧州特許庁への出願をしている発明者について、日本発明者の16%、米国発明者の33%が博士号を保有していた。日本では4割強が論文博士であった。

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