Points of View がん予防について

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医薬産業政策研究所 統括研究員 伊藤 稔

要約

新薬増加等によりがん生存率・生存数は向上・増加傾向にあるが、死因・国民医療費とも第1位を占め、今後も国民の健康に影響を与え続けると想定され、がん予防を含むがん対策強化は引き続き重要と思われる。がん予防研究は、環境・生活習慣など幅広い分野で進行しており、ある程度政策に反映されている旨を確認できた。政策の日米比較では1次予防に殆ど差はなかった。しかし米国では、社会的要因による医療アクセス格差が意識され、国民皆保険によりアクセス良好な日本と違いが見られた。2次予防では、がん検診の重視は日米とも同様だったが、コミュニケーション・教育施策や遺伝性がんの遺伝子検査が目標設定された点において米国が先んじているとの印象を受けた。更に、日米のがん予防研究に関する政策を比較した所、リスク層別化により高リスク層に焦点を当てる全般的方向性は共通していたが、研究対象(日:アジア地域で多いがんや希少がん・難治性がんが対象vs米:遺伝性がん症候群が対象)、研究範囲(日:高リスク層の特定に留まるvs米:高リスク層へのコミュニケーション・意思決定に関する研究を含む)、研究手法(日:行動科学を重視vs米:実装科学を重視)などで違いが見られた。

1. はじめに

次世代ヘルスケアをヘルスケアサービスの範囲拡大の観点より俯瞰した場合、健康寿命延伸のためには、「未病・予防」「診断・治療」「予後・共生」の全てのフェーズが重要であることは論を俟たない。筆者は政策研ニュースNo.621)において、がんサバイバーに焦点を当て、がんの「予後・共生」の状況を報告した。本号においては、がんの予防に関する研究の現況、がん予防政策、今後のがん予防研究の方向性等について概観する。また米国との比較を行うことで、本邦における「がん予防」の現状について明らかにすることを目的に研究を進めた。

2. がんの最新状況

まずは、がんに関する最新の状況を確認したい。がん研究者や医療従事者等の尽力により、がん治療の成果は継続的に向上してきた。また、政策研ニュースNo.692)において椿原が報告しているように、治療満足度・薬剤貢献度がともに高い新薬が増えつつあることも、がん治療の発展に少なからず寄与していると思われる。最新の相対5年生存率、生存数の状況を図1に示す。

図1 相対5年生存率・生存数の推移

全がん協生存率調査(2023年8月集計)3)によると、5年生存数はほぼ右肩上がりで増加していた。また相対5年生存率は、近年の伸びは緩徐であるものの、やはり右肩上がり傾向で推移しており、がん治療の発展を反映していると思われた。しかし、国民の健康に対するがんの影響は依然として大きいと思われる。図2に1960年から2021年の主要死因別死亡数年次推移を示す。グラフからも読み取れるように、がん(悪性新生物)は1981年から死因の第1位で、その後も一貫して増加しており、最近では総死亡の約3割を占めている。第2位の心疾患の約1.78倍の死亡数であり、国民の健康に対する影響は顕著と言える。

図2 主要死因別死亡数年次推移(1960~2021年)

また、がん(悪性新生物)の国民医療費並びに国民医療費における占有率の推移を図3に示す。がんの国民医療費はほぼ右肩上がりで推移しており、近年では4兆円を超えている。占有率も右肩上がりで推移しており、2008年以降一貫して第1位を占め、2020年には13.4%と第2位の「筋骨格系及び結合組織の疾患」の約1.66倍が費やされている。このようにがんは死因の面でも、国民医療費の面でも、国民の健康に対して依然として大きな影響を有している。

図3 悪性新生物の国民医療費・占有率

図4に年齢階級別の全国がん罹患数の将来推計を示す。75歳以上の高齢者を中心に2039年にかけて罹患数が増大する推計となっており、がんが引き続き国民の健康に大きな影響を与え続けることが予想される。がん予防も含めたがん対策を、一層強化することが必要であることが示されていると思われる。

図4 全国がん罹患数(年齢階級別)将来推計

3. がん予防の研究動向

がん予防の研究動向の概略を把握することを目的に、日本医療研究開発機構のAMED研究開発課題データベース6)を用いて検索を行った(2023年8月27日)。検索条件7)を脚注に示す。結果として164件の研究プロジェクトがHITした。内容の精査を行い、がんを対象とした研究とは明らかに趣旨が異なると判断された15件を除いた149件につき、その研究テーマの類似性に基づきまとめを行った。結果を表1に示す。がん予防との関連が深いと思われた研究(83件)と、治療法の開発や疾患の基礎を探索するようながん予防とは比較的関連が薄いと思われた研究(66件)を大きく2分した上で表出した。全体では、治療法開発(治療薬開発を含む)が最多であったが、がん予防関連に限定すると、「がん関連ウイルス並びに予防ワクチン・予防免疫療法の研究」(31件)が最も多く、次いで「がん予防における遺伝子や遺伝子・環境の関連性に関する研究」が18件、「スクリーニングプログラムの研究」が13件との順であった。

表1 がん予防に関するAMED研究の概略

個々の研究を見た場合、「がん関連ウイルス並びに予防ワクチン・予防免疫療法の研究」においては、肝臓がん発症に関連するC型肝炎ウイルス・B型肝炎ウイルスに関する研究が各9件・6件と多く、子宮頸がん発症に関連するヒトパピローマウイルスに関する研究も6件と多かった。「がん予防における遺伝子や遺伝子・環境の関連性に関する研究」においては、一般的な固形がんは勿論、希少がん(AYA世代のがんを含む)に対し、ゲノムの観点からアプローチする研究が特徴的であった。「スクリーニングプログラムの研究」においては、複数の検査を組み合わせた新たなスクリーニングの有用性に関する研究が特徴的であった。AMED研究においては、がん予防に関する幅広いテーマについて研究が進行していることが確認できた。

引き続きPubMed検索等を活用し、がん予防に関連する公表論文を縦覧することで表1を拡張し、主要ながん予防研究のまとめ(表28))を作成した。全ての研究については確認できていないため、網羅性には問題が残るものの、グローバルにおけるがん予防研究の主要な動向は把握できていると思われる。参考とした公表論文については巻末に纏めを示す。

  • 「環境の影響の研究」では、大気汚染、水道中の汚染物質、農薬(化学物質暴露)、日光への暴露、騒音等の環境因子のがん発症リスクに対する影響が検討されていた。
  • 「生活習慣の影響の研究」では、喫煙、肥満、過剰なアルコール摂取等の生活習慣のがん発症リスクに対する影響が検討されていた。
  • 「栄養とがん予防の研究」では、果物・野菜・食物繊維等の摂取、脂肪摂取、緑茶の消費、抗酸化物質(ビタミンC、ビタミンE、βカロチン)の摂取、肉類(赤身肉、加工肉)の摂取等の栄養素摂取とがん発症リスクに対する影響が検討されていた。
  • 「運動とがん予防の研究」では、運動(身体活動)レベルと膀胱がん、乳がん、大腸がん、子宮がん、食道がん、腎臓がん、胃がん等の多種のがん発症リスク低下との関係が検討されていた。
  • 「ストレスとがんリスクの関連性の研究」では、ストレスとがん発症リスクとの関係が、生物学的経路(内分泌や免疫への影響)、行動経路(ストレス誘発性の行動への影響:喫煙・飲酒・睡眠障害・肥満等)、DNA損傷等の3観点より検討されていた。
  • 「腸内細菌とがんの関連性の研究」では、腸内マイクロバイオームと大腸がん、胃がん、肝がん、膵がん等との関連が検討され、糞便微生物叢に基づくスクリーニングの実現可能が検討されていた。
  • 「がん予防における遺伝子並びに遺伝子・環境の関連性の研究」では、特定の遺伝子変異とがん発症リスクの関連並びに特定の遺伝子変異に環境因子(喫煙、アルコール摂取)が加わった場合のがん発症リスクの関連が検討されていた。
  • 「がんリスク評価ツールの研究」では、乳がん、大腸がん、前立腺がん等に対する複数のがんリスク評価ツールに対する検討がなされていた。
  • 「スクリーニングプログラムの研究」では、腫瘍マーカーの精度向上、複数スクリーニング方法を組み合わせたマルチモーダルスクリーニングプログラムの検討、個人のリスクを考慮したパーソナライズドスクリーニングプログラムの検討等がなされていた。
  • 「画像診断技術の研究」では、画像診断の高分解能化、PET-CTの統合9)、3Dマンモグラフィー技術の検討、大腸内視鏡検査を非侵襲的に行うためのバーチャル大腸内視鏡技術の検討、微細な組織イメージングを可能とする光画像診断技術等が研究されていた。
  • 「がん関連ウイルス並びに予防ワクチン・予防免疫療法の研究」では、子宮頸がんに関係するヒトパピローマウイルス、肝がんに関係するB型肝炎ウイルス並びにC型肝炎ウイルス、胃がんに関係するヘリコバクター・ピロリ等へのがんリスク軽減のためのワクチン開発が研究されていた。
  • 「再発予測モデルの研究」では、これまでの一次予防(発症抑制)、二次予防(早期発見)とは異なり、三次予防(再発予防)に主眼を置き、主にゲノムアッセイによる再発リスクを評価する研究が実施されていた。
表2 がん予防に関する主な研究のまとめ

以上のようにがん予防に関連する研究は、環境、生活習慣、個人の体質、診断、介入、再発予測など幅広い分野で研究が進められている。これらの研究成果が社会実装されるためには、費用対効果や社会的な受容性(社会の受け入れ易さ)を含む研究の有用性を慎重に検討し、十分なエビデンスを確立する必要がある。決して容易な取り組みではないが、がん予防の国民の健康に対する重要性を鑑み、着実に進行されることに期待したい。次章においては、がん予防に関連する研究成果がどのように政策反映されているかを把握することを目的に、本邦におけるがん対策を確認し、米国の政策と比較することで、その特徴を明確にしたい。

4. がん予防政策の日米比較

本邦のがん対策の基本は、がん対策推進基本計画である。2018年3月に閣議決定された第3期がん対策推進基本計画(以下、第3期基本計画)10)は、2022年6月の中間評価(以下、第3期中間評価)11)を経て、2023年3月閣議決定された第4期がん対策推進基本計画(以下、第4期基本計画)12)へ移行した。第3期中間評価における個別目標とその結果から第4期基本計画制定の一連の流れを詳細に見ることで、本邦におけるがん予防対策の動向を確認する。

WHOの「がんの約40%は予防できるため、がん予防は、全てのがん対策において、最も重要で費用対効果に優れた長期的施策となる」13)との主張を受け、第3期基本計画の分野別施策と個別目標において「科学的根拠に基づくがん予防・がん検診の充実」が謳われ、「がんの1次予防」と「がんの早期発見及びがん検診(2次予防)」が規定された。第3期基本計画における主な個別目標と第3期中間評価の結果を表3に示す。

表3 がん予防の個別目標(第3期基本計画)並びに第3期中間評価における評価

がん1次予防の個別目標として、喫煙については、①成人喫煙率を12%とすること、②妊娠中の喫煙をなくすこと、③20歳未満の喫煙をなくすことが目標とされた。飲酒については、2022年までに生活習慣病のリスクを高める量を飲酒している者を男性13.0%・女性6.4%とするとされた。また運動習慣のある者を、20~64歳:男性36.0%・女性33.0%、65歳以上:男性58.0%・女性48.0%とする旨が目標とされた。がんの早期発見及びがん検診(2次予防)の個別目標については、男女ともがん検診受診率の目標値を50%、精密検査受診率の目標値を90%、「職域におけるがん検診に関するガイドライン(仮称)」を1年以内に策定し職域での普及を図る旨の3点が規定された。10)

これらの目標に対する第3期中間評価の結果は、表3に示した通りであった。がん1次予防の個別目標については、成人喫煙率は改善が不十分であり、目標達成には更に4.7%の減少が必要であった。妊娠中の喫煙率、未成年者の喫煙率は減少傾向が見られた。高リスク飲酒者の割合は、男性では横ばい、女性では増加しており改善が必要であるとされた。また、運動習慣のある者の割合は、減少傾向であり改善が必要であると言及されている。がんの早期発見及びがん検診(2次予防)の個別目標については、がん検診受診率は、いずれの検診でも増加傾向であったものの、男性肺がんを除く全領域で目標値50%は未達であった。精密検査受診率については、多くのがん種で十分とは言えず改善が必要と評価された。職域におけるがん検診については、2018年3月に「職域におけるがん検診に関するマニュアル」14)が公表され、科学的根拠に基づくがん検診の普及啓発に取り組んでおり、取組について評価できるとされた。11)

これらの結果・評価を受け、2023年3月に第4期がん対策推進基本計画が閣議決定された。がん予防については、第3期基本計画を引き継ぎ、がんの1次予防、がんの2次予防(がん検診)が規定されている。がんの1次予防の個別目標としては、栄養・食生活、身体活動・運動、飲酒、喫煙といった生活習慣の改善(リスクファクターの低減)について、「次期国民健康づくり運動プラン15)」で定める目標値の達成を目指すとされた。また、HPV(ヒトパピローマウイルス)、肝炎ウイルス、HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型)といった発がんに寄与するウイルス・細菌感染の減少を目指す旨が明記された。ウイルス・細菌感染の減少については、第3期基本計画においても言及はあったものの個別目標として設定がなかったが、第4期基本計画では個別目標とされた。がんの2次予防(がん検診)の個別目標としては、がん検診受診率を向上させ、指針(がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針16))に基づく全てのがん検診(胃がん、子宮頸がん、肺がん、乳がん、大腸がん)において、受診率60%を目指すとされた。がん検診の精度管理を向上させるとともに、精密検査受診率90%を目指す旨も設定された。第4期基本計画における主な個別目標を表4に示す。

表4 がん予防の個別目標(第4期基本計画)

第4期基本計画におけるがん1次予防の個別目標は、第3期中間評価の結果が特に不十分と思われた運動・飲酒に関する言及の順位が上がるとともに、栄養・食生活が個別目標のトップに設定されたことが特徴的と思われた。2次予防(がん検診)については、がん検診受診率の目標が60%とされたことは野心的な目標と思われた。図5に国民生活基礎調査17)におけるがん検診受診率の推移を示すが、2019年以降は大腸がん以外のがん種においては受診率の停滞傾向が見られており、一層の取り組み強化が急務と思われた。新型コロナウイルス感染症の一時的影響の可能性もあり、今後の推移を注意深く見ていくことが必要と思われた。

図5 がん検診受診率の推移

以上のような本邦のがん予防政策には、表1、表2に示した多くの研究の成果が取り入れられていると思われた。特に表1で最多であったがん関連ウイルス研究が第4期基本計画・個別目標に新たに反映されたことや、検診の精度向上が言及されたことは、少なからずがん予防研究の成果が影響していると思われた。

一方、米国のがん予防対策では、Healthy People 2030(以下、HP2030)18)が大きな役割を担っている。政策研ニュースNo.6819)で既に触れているが、HP2023は、米国保健福祉省(HHS:United States Department of Health and Human Services)が1979年に開始したイニシアチブであり、米国民が直面する健康上の懸念を特定し、健康増進と疾病予防の測定可能な(2020年から2030年までの)目標を設定し、複数のセクターが行動を起こすように設計された国家アジェンダである。HP2030では、複数の疾患・健康状態が対象とされているが、その一つとしてがんが設定されている。20)

がんは米国における死亡原因の第2位であり、がんによる死亡率はここ数十年で減少したが、依然として毎年60万人以上ががんによって死亡している。20)一部のがん種及び一部の人種・民族的少数派グループでは死亡率が高くなる傾向があり、これらの格差は、教育、経済的地位、医療アクセスなど、社会的要因に関連するとされている。HP2030においてがん予防に関連する目標を表5-1に示す。また、日本の第4期基本計画のがんの1次予防個別目標には、「次期国民健康づくり運動プラン」の一般的な目標が含まれているため、HP2030においてほぼ相当すると考えられる一般的目標を表5-2に示した。

表5-1 Healthy People 2030のがん予防関連目標
表5-2 Healthy People 2030の一般的目標

がん予防政策の日米比較を目的に表4、表5-1、表5-2を縦覧した場合、がんの1次予防に関しては、栄養・食生活(栄養と健康的な食事-一般)、身体活動・運動(身体活動-一般)、飲酒(薬物・アルコールの使用-一般)、喫煙(タバコの使用-一般)の間には、項目の粒度に多少の違いはあるものの特段の差はないと思われた。また発癌に関与するウイルス・細菌感染に関しても、日米ともにHPVへの言及があり、やはり顕著な差は認められなかった。

しかしながらHP2030では、医療のアクセスと質-全般において「科学的根拠に基づいた予防医療を受ける成人割合を増やす」との項目が設定されており、既述の社会的要因に関連する格差の克服が意識されていることは特徴的と思われた。この点では、本邦の国民皆保険による医療アクセスの良好さを思い起こさせる結果となっていた。一方で、「がんを予防するための介入について医療従事者と話し合う人の割合」との医療従事者とのコミュニケーション・教育が目標設定されている点は、米国の政策の懐の深さを感じさせた。

がんの2次予防においては、日米ともがん検診を重視する傾向は類似していたが、「乳がんや卵巣がんの遺伝カウンセリングを受けるリスクの高い女性の割合」「リンチ症候群検査21)を受ける結腸直腸がん患者の割合」等の遺伝性がんを意識し、遺伝子検査が目標設定されている点は、米国の政策に一日の長があると思われた。エビデンスの確立や財政的課題の解決が重要であるが、本邦においても、遺伝子検査等のより先進的で有用性の高いがん検査の導入を特定のがんにおいては検討することが望ましいと思われた。

5. がん予防研究に関する政策の日米比較

本邦における(がん予防研究を含む)がん研究政策の基本はがん研究10か年戦略である。現在のがん研究10か年戦略22)は文部科学、厚生労働、経済産業の3大臣合意に基づいて制定され、2014年度から取り組まれている。がん研究10か年戦略では、8つの具体的研究事項が提示されており、その一つとして「がんの予防法や早期発見手法に関する研究」が規定されている。研究としては、簡便に幅広く実施可能な手法を開発するとともに、遺伝素因をはじめとする固定リスクや生活習慣・感染・環境要因をはじめとする変動リスク等、個別の要因に関する発がんリスクの層別化・個別化を的確に行い、個人に最適化された手法を確立することで、個々の実践を可能にすることが求められているとされた。具体的な研究事項の例として挙げられている研究内容を表6に示す。

表6 がん研究10か年戦略におけるがんの予防法や早期発見手法に関する研究事項

2019年には、「がん研究10か年戦略」の推進に関する報告書(中間評価)23)が上程された。「がんの予防法や早期発見手法に関する研究」については、引き続き未知の発がん要因を探索していくとともに、これまでに判明した発がんリスクにゲノム情報から得られた発がんリスク等を統合的に解析することで、より精緻な予防の個別化を進めることが重要であるとされた。また予防の実践のために、介入試験などを通じた科学的根拠のある予防実践法を開発・普及する必要性が言及された。更にコホート研究の重要性が指摘され、中長期的な視野に立った研究支援の必要性も謳われた。早期発見については、早期発見困難で、有効な治療法が少ない膵がん等の難治性がんを中心に重点的に研究を推進するべきとされた。一方で、生命予後に影響しないがんの発見、いわゆる過剰診断に着目する必要性も指摘された。がん研究10か年戦略(中間報告)において、戦略の後半期間に取り組むべきとされた具体的研究事項を表7に示す。

表7 がん研究10か年戦略(中間報告)で指摘された戦略の後半期間に取り組むべき研究

2023年度は10か年戦略の最後の年に当たり、「今後のがん研究のあり方に関する有識者会議」において次期10か年戦略の検討が行われている。第15回会議(2023年9月27日)にて、「今後のがん研究のあり方について」報告書案24)が提示された。今後変更の可能性があるが、がん予防に関する具体的研究事項を表8に示す。

表8 今後のがん研究のあり方について報告書案のがん予防に関する具体的研究事項

未だ報告書案との位置づけではあるが、1次予防・2次予防(がん検診)ともリスク層別化との立場がより強く打ち出されている点、ゲノム解析やマルチ・オミックス解析等の先進的な技術について言及されている点、希少がん・難治性がん検診に関する研究が含まれた点が特に特徴的と思われた。

米国における(がん予防研究を含む)がん研究政策の基本はCancer Moonshot25)である。Cancer Moonshotは、オバマ政権においてがん対策の進歩加速のため2016年に開始され、7年間で18億$の資金提供が承認された。2022年にバイデン政権において、その再興と新たな目標(25年以内のがん死亡率半減、がん患者・がんサバイバーの生活改善)が発表された。Cancer Moonshotにおいては7つの優先事項が示されているが、その一つとしてがん予防が規定されている。新型コロナ感染症パンデミック中、推奨されるがん検診を何百万人が受診不可であり、スクリーニングを以前レベルに戻すには、早期診断で生活の質が劇的に向上する可能性がある人々への多面的アプローチが必要とされた。スクリーニング・予防アクセスには、性別、人種、民族、地域、社会経済的地位に大きな違いがあり、十分に活用されていない実証済みスクリーニング法26)の導入改善アプローチ(遠隔医療・地域社会への直接的関与など)が研究されている。また、スクリーニングでは、遺伝性がん症候群によりがんリスクが高い人々が特に重要とされた。Cancer Moonshotにおける研究への取り組み(Cancer Moonshot Research Initiatives27))におけるがん予防に関連する具体的研究事項を表9に示す。

表9 Cancer Moonshot Research Initiativesにおけるがん予防関連研究

がん予防研究の日米比較を目的に表6・表7・表8・表9を縦覧した場合、研究対象、研究範囲、研究手法において違いが見られた。研究対象においては、リスクを層別化し高リスク層に研究の焦点をより当てようとする全般的な方向性は共通していたものの、本邦ではアジア地域で特に多いがんや希少がん・難治性がんが、米国では遺伝性がん症候群が主な研究対象とされていることは特徴的と思われた。また、既述の政策の日米比較同様に、米国では社会的要因に関連する格差を克服するための研究が含まれていることも研究対象における特徴と思われた。研究範囲においては、本邦では高リスク層の特定(希少がん・難治性がん検診等)に留まるのに対し、米国では遺伝性がん症候群を持つ個人のためのコミュニケーションと意思決定(の支援)に関する研究が明示されており、この点においては米国に一日の長があると思われた。

更に、がん予防(1次予防・2次予防)の実践・利用拡大を目指すとの全般的方向性は日米とも共通しているが、その研究手法にも大きな違いがあると思われた。本邦においては、その実践を行動科学(Behavioural Science)に依拠した研究によって進めようとしているのに対し、米国では実装科学(Implementation Science)に依拠した研究によって進めようとしている。行動科学とは、人間の行動を科学的に研究し、その法則性を解明しようとする学問であり、社会内の個体間コミュニケーションや意思決定メカニズムなどに焦点が当てられている。一方、実装科学とは、エビデンスに基づく介入を、医療機関、医療保険者、都道府県、市町村などでの日々の活動の中に効果的、効率的に取り入れ、連続性をもって根付かせる方法を開発、検証する学問領域で、疾病予防から早期発見、治療、支持療法、サバイバーシップ、緩和ケアまで幅広いテーマが扱われる。しかし、実装科学は学問として新しい領域であるため、方法論、重要性について本邦ではほとんど認知されていないのが現状とされている。28)29)がん予防(1次予防・2次予防)の実践・利用拡大は、国民性や社会構造の影響を色濃く受けると思われ、軽々に優劣を判断することはできないが、公衆衛生プログラムを実装するための体系的アプローチである実装科学の成果を取り入れ、より幅広い視点で本邦におけるがん予防の実践・利用拡大を考えていくことは意義深いと思われた。

6. まとめ・考察

がんは、治療満足度・薬剤貢献度がともに高い新薬が増えつつあり、5年生存率・生存数は増加傾向で推移している。だが、依然として死因の第1位を占め、国民医療費及び占有率も第1位で増加傾向にあり、今後も罹患数増加が見込まれることより、引き続き国民の健康に大きな影響を与え続けると思われる。がん予防も含めたがん対策強化が求められると思われた。

がん予防の研究動向を見ると、環境、生活習慣、個人の体質、診断、介入、再発予測など幅広い分野で研究が進められていることが確認できた。本邦のがん予防政策へのこれら研究成果の反映動向を確認し、米国の政策と比較した。2018年以来実施中の第3期がん対策推進基本計画では、1次予防として喫煙・飲酒・運動が目標設定され、2次予防としてがん検診受診率、精密検査受診率、職域におけるがん検診に関するガイドラインの策定・普及が目標設定されていた。しかしながら2022年の第3期中間評価においては、ガイドライン策定は目標を達成したものの、飲酒・運動や一部の精密検査受診率は悪化傾向が見られ、他の項目は改善傾向が見られるものの目標未達であり、決して十分とは言えない結果であった。これを受け、2023年に第4期基本計画が閣議決定されたが、がん関連ウイルス研究が個別目標に新たに加わったことや、検診の精度向上が言及されたことは、がん予防研究の成果が少なからず反映されていると思われた。しかしながら、2次予防において重要ながん検診は、受診率が近年停滞傾向にあり、一層の取り組み強化が急務と思われた。

米国のがん予防対策ではHealthy People 2030が大きな役割を担っているが、1次予防については日米の差はほとんどなかった。しかしながら米国では、医療アクセスにおいて社会的要因に関連する格差の克服が意識されており、この点は国民皆保険によりアクセスが良好な日本に分があると思われた。一方、医療従事者とのコミュニケーション・教育が目標設定されている点は、米国の政策の懐の深さを感じさせた。2次予防についてはがん検診を重視する傾向は日米とも同様だったが、遺伝性がんを意識し遺伝子検査が目標設定されている点では、米国に一日の長があると思われた。

引き続き、将来のがん予防に関係するがん予防研究に関する政策の動向を確認した。本邦のがん予防研究政策の方向性は、2014年に制定されたがん研究10か年戦略に示されているが、2019年の中間報告を経て、現在は2024年に開始予定の次期がん研究10か年戦略が検討されている。未だ報告書案との位置づけだが、1次予防・2次予防(がん検診)ともリスク層別化との立場がより強く打ち出されている点、ゲノム解析やマルチ・オミックス解析等の先進的な技術について言及されている点、希少がん・難治性がん検診に関する研究が含まれた点が新たな研究の方向性と思われた。

一方、米国における(がん予防研究を含む)がん研究政策の基本はCancer Moonshotであり、これら研究政策の日米比較を行った。研究対象については、リスクを層別化し高リスク層に焦点を当てようとする全般的方向性は日米で共通していたが、本邦ではアジア地域で特に多いがんや希少がん・難治性がんが、米国では遺伝性がん症候群が主な研究対象とされていることは特徴的であった。研究範囲については、本邦では高リスク層の特定(希少がん・難治性がん検診等)に留まるのに対し、米国では遺伝性がん症候群を持つ個人のためのコミュニケーション・意思決定(の支援)に関する研究が明示されており、この点においては米国に一日の長があると思われた。また、がん予防の実践・利用拡大を目指すとの全般的方向性は共通しているが、その研究手法には大きな違いがあると思われた。本邦では行動科学に、米国では実装科学に依拠した研究によってその実践を進めようとしていた。公衆衛生プログラムを実装するための体系的アプローチである実装科学の成果を取り入れ、より幅広い視点でがん予防の実践・利用拡大を考えていくことは、本邦においても意義深いと思われた。

7. おわりに

健康寿命の延伸を目的の一つとする次世代ヘルスケアにおいては、「疾病の診断・治療」は勿論、「未病・疾病の予防」「疾患との共生」と視点を拡大することが大変重要である。特にがんは約40%が予防できるとされており、がん予防に取り組む意義は大変大きいと思われた。

今後のがん予防のキーワードは「リスク層別化」にあると思われる。リスク層別化を考えた場合、ゲノム解析やマルチ・オミックス解析が特に重要と思われ、この分野で本邦の研究が着実に進んでいくことに期待したい。また、リスク層別化の後には、層別化された集団への治療介入が必要となると思われる。いわゆる精密治療に連なる流れであり、この分野では製薬産業が貢献できる余地は大きいと思われた。

更にがん予防の観点では、がん予防ワクチン30)の取り組みも製薬産業の貢献余地が大きいと思われる。新型コロナウイルス感染症パンデミック時のワクチン開発において、製薬産業は相応の社会貢献を成し遂げたと考えられるが、この知見をがん予防に生かすことは大変意義深いと思われる。

がん予防の研究成果が、実際に社会実装されるためには、費用対効果や社会的受容性を含む研究の有用性を慎重に検討し、十分なエビデンスを確立する必要がある。がん予防研究の日米比較において言及した行動科学・実装科学は決して二律背反的なものではなく、統合活用できる可能性がある。十分な社会実装を達成するためには、より幅広い視野でがん予防を考えることが望ましい。がん予防の国民の健康に対する重要性を鑑み、社会実装の取り組みも着実に進行されることに期待したい。

巻末表 主要ながん予防研究 一覧

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