Topics 政策研主催フォーラム「“国民の皆様にとっての医薬品・DTxの価値”について考える」

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医薬産業政策研究所 主任研究員 吉田晃子
医薬産業政策研究所 主任研究員 辻井惇也
医薬産業政策研究所 主任研究員 三浦佑樹
医薬産業政策研究所 主任研究員 東 宏

1. はじめに

医薬品やデジタルセラピューティクス(以下、DTx)のイノベーションによりもたらされる価値の議論が盛んになってきており、製薬産業の立場においては、その価値が適切に評価され、次のイノベーション創造を通じ、医療現場への還元と豊かな社会づくりへの貢献が重要であると考えている。現状では、医薬品の価値評価は医療的視点をもとに行われており、また、DTxは診療報酬制度が検討され始めている段階であり、多様な価値の議論までには十分に至っていない。そこで、医薬品とDTxの話題を一堂に集め、その差異あるいは共通点を交えながら、医薬品・DTxの多様な価値の要素について整理するとともに、整理された価値を国民の皆様に知って頂くための方策について議論を交わす場として、医薬産業政策研究所(以降、政策研)が主催となり、本フォーラムを企画し、2023年8月21日に会場とWeb配信のハイブリッド形式で開催した。

本稿では、フォーラムにおける各セッションでの発表及び全体ディスカッションで議論された内容についての要旨を報告する。

2. ワークショップの概要

本フォーラムでは東宏主任研究員より簡単な概要の説明の後、前半は外部講師と研究員からの講演、後半は演者が登壇したパネルディスカッションを行った。

まず、国民・患者視点の価値をテーマに、政策研の吉田晃子主任研究員より、「国民が重視する医薬品の価値の考察」について報告を行った。次に、キャンサー・ソリューションズ株式会社代表取締役社長の桜井なおみ氏より、「Patient Journeyに寄り添う医薬品とDTx」についてご講演頂いた。

続いて、医薬品の具体的な価値評価に焦点を当て、政策研の三浦佑樹主任研究員より、「英国の価値評価からみた医薬品のもたらす多様な価値」について報告を行った。更に、横浜市立大学医学部公衆衛生学教室准教授、ならびに東京大学大学院薬学系研究科医薬政策学客員准教授の五十嵐中氏より、「アカデミアからみた医薬品・DTxの多様な価値とは?」と題しご講演頂いた。

その後、DTxにおける価値を題材に、政策研の辻井惇也主任研究員より、「DTxがもたらす多様な価値」について報告を行った。さらに、株式会社MICIN代表取締役CEOの原聖吾氏より、「DTxが拓く医療の未来」についてご講演頂いた。

最後に、前半セッションを受け、弊所所長の山田謙次が司会進行し、6名の演者間で医薬品やDTxの多様な価値及びその評価について全体ディスカッションを行った。

3. セッション① 医薬品やDTxの多様な価値

講演パート

ここでは、各演者による講演について、概要を紹介する。

講演1:国民が重視する医薬品の価値の考察 -WEB アンケート調査結果より-
吉田 晃子主任研究員

2022年6月に政策研で実施した、成人男女2,118名のWEBアンケート調査(医薬品の価格や制度、価値に関する意識調査)結果より、国民が重視する医薬品の価値(図1)について考察した。

図1 医薬品の価値イメージ

医薬品の価値イメージと重視する医薬品の価値

アンケートの設問では「あなたが薬に対して期待する項目」を尋ね、12の選択肢から回答(複数回答)を得た。自身にとって身近な「医療的な価値」を重視する人が多かった一方で、「社会波及価値」を選択回答した割合が一定程度存在したことより、「社会波及価値」を重視する人もいるということがわかった。この調査は一般の方を対象にしており、回答者のうち受診疾患がない方が45%と半数弱いた。そこで、説明文を提示し、QOLや精神面への影響等が異なる3疾患(高血圧、関節リウマチ、がん)を患ったと想起していただくと、どのような変化があるかを見た。例えば、「がん」想起時では「革新性」、「関節リウマチ」想起時では「利便性」、「社会復帰」、「介護負担の軽減」、「医療従事者の負担軽減」といった回答割合が高くなっていた。疾患想起の有無、想起疾患による、回答の違いがあったことが示されている。(図2)

図2 重視する医薬品の価値

「社会波及価値」を重視する集団の特徴分析

「社会波及価値」を重視する集団の特徴を分析した。その結果、集団2、すなわち「社会波及価値」の中でも、生産性、社会復帰・復職、介護負担の軽減を重視する集団(生産性、社会復帰・復職、介護負担の軽減のすべてを選択回答した集団)は、年代として、「30~50代」、特に「40代」で多いということ、また、多重回帰分析の結果からは、「女性」、「有職者」、「最終学歴高」、「医療費負担感大」、「自覚健康度低」の属性で多いという特徴が明らかになった。

患者や家族にとっての「生産性」の低下やそれに対する薬の有用性を示した事例は限定的

社会波及価値の中で、生産性を例にとり、疾患によって患者さんや家族にとっての「生産性」がいかに低下したか、そして、それに対する薬の有用性を示した事例について調査した。その結果、事例は限定的であった。(図3)特に、治験や市販後に、医薬品に「社会波及価値」があることを示した事例が十分ではない可能性があることが窺われた。

図3 患者や家族にとっての「生産性」低下/薬の有用性を示した事例

国民が重視する医薬品の価値の考察

  1. 1.
    医薬品の価値が十分に国民に届いているか

    まず、医薬品の価値が十分に国民に届いているかについては、アンケート調査の結果から、十分ではないと考えられる。特に「社会波及価値」について、もっと示し、届けていくべきではないかと考える。

  2. 2.
    価値は変わりゆくものゆえに、国民・患者の声の重要性あり

    また、医薬品の価値は、医薬品の進化はもちろん、医薬品の価値を享受する国民・患者の価値観(起因する疾患など、様々な背景)により変化するものであることが明らかになったことから、価値の認識を広げるためには国民・患者の声の重要性があると言える。

  3. 3.
    社会波及価値を重視する集団の分析より

    そして、社会波及価値(特に、生産性、社会復帰・復職、介護負担の軽減)を重視する集団の分析より、こうした集団は、労働や家事に多忙な世代で、かつ何らかの疾患がある集団であることが示唆された。疾患を持ちながらも、治療しながら労働や家事ができる、労働や家事に戻れる、また、介護の負担が軽減できるといった、社会波及価値が医薬品にあることを、労働(家事)世代の国民に対し、具体的に示していくことも一案である。

    医薬品の多様な価値が国民に届き、理解・納得が進めば、価値に見合う価格(評価)の納得性も得られやすいのではないかと考える。

講演2:Patient Journeyに寄り添う医薬品とDTx
キャンサー・ソリューションズ株式会社 代表取締役社長 桜井 なおみ氏

患者の立場より、デジタルに対する所感と今後の期待を述べる。

1.日本のデジタル環境

今年の3月28日に第4期がん対策推進基本計画が閣議決定された。これに基づき、今後6年間、様々ながん対策が推進されるわけだが、4番(これらを支える基盤)で「デジタル化の推進」が明記されている。この中では、取り組むべき施策に、PHRの推進、つまり、患者さんを中心にしてもっといろいろなサービスが展開できるようにしていこうとすることが書かれている。デジタルの活用により、患者視点で利便性が高まることを期待する。また、私はAYA(Adolescent&Young Adult(思春期・若年成人))世代にがんを発症した者だが、過去に受けた治療がその後の自分の健康管理の中でどう活用できるか、自分の中でどう健康をコントロールしていけるのかに関心がある。検査の結果などは紙でしかもらえず、自分で管理できる状況にはないのが実態であり、こうした点を改善していくべきではないかと感じている。また、医療だけでなくて福祉、保健サービス、介護、高齢者のがん医療など様々な場面で、申請しなくても(黙っていても)得られる情報の流れ、仕組みになっていくことが望まれる。

欧米ではどうだろうか。まず、欧州は、EU(欧州連合)として、加盟する20数か国が一緒になって物事を進めようとする動きがあり、よい点であると思う。パスポート一つで他国の治療も受けることができるよう、欧州のヘルスデータプラットフォームを作ろうとする動きがあり日本は取り残されている部分が多々あるのではないか。

例えばフランスの事例(共通電子カルテ基盤)を示している。日本でも近しいものはできつつある認識である。PHR(Personal Health Record)とEHR(Electric Health Recor)が突合、融合し利用されている点は患者としては期待したいところだ。こうしたプラットホームを、我が国の中で持っていてほしいと切望する。内閣府の規制改革推進会議では、患者さんのPatient Journey(健康な人が病気を自覚し、医療機関にかかって治療を受け、回復していく過程を旅路と捉えたもの)、つまり、生まれた時から亡くなるまでのデータをすべて連合するという言葉が入った。集めたデータをストックしていくことを、ぜひ実現してほしい。また、言語や学歴等によらず、適切な使い方やメリットを患者さんにどう伝えていくか、伝わるよう啓発を進めることも大切ではないかと思う。

2023年ASCO年次総会では、デジタルに関わるセッションがたくさんあり、活用による改善報告や副作用軽減報告などがみられた。日本からもこうした報告が出てくると良い。例えば臨床試験の中の比較参照値やジェネリック医薬品等では、PROなどのリアルワールドデータを使って申請、承認が実際行われているとのことである。

2.Patient JourneyとDTxニーズ

Patient Journeyは疾患により様々であると思われる。そのときの疾病や状況に応じて、使うアプリケーションは様々あっても、最終的にはひとつながりでデータが取り出せるようにしていただきたいというのが患者の思いである。

サバイバーシップという考え方(病気になってからよりよく生きるという考え方)では、未病(発症前)から、治療中(急性期)、フォローアップ(延長期)、慢性期、老いにおいてのサービスがあるが、ブルーで示す部分が医療の中でのサービスである。(図4)診療報酬を含めて、適格医療を推進していくという意味からも、画像による病理診断や手術の手技などはデジタル技術が得意とするところであろう。急性期の治療が慢性期にどんな影響として出てくるかは、私たちにとって未知である場合もあるが、未来の患者のためにつながるとも思っているが、こうしたデータの蓄積は、未来の患者のために身体は特にデジタルの可能性、直接恩恵を受けていきたいと思っている部分である。

図4 Patient Journeyの中でのデジタル活用

声の大きな患者さん、データにアクセスできる患者さんだけの困りごとが解決されるのではなくて、可視化されていない、氷山の下にあるものが、デジタルで見える化されることを期待したいと思う。デジタル技術を活用することで、がんの中では格差(収入による寿命の格差、教育機会の減少による学歴の格差等)がたくさんあるが、これらを縮めるためにもデジタルの活用が有益であると発想を切り替えていくことが重要であり、私たちの希望になる。(図5)

図5 見えない副作用の可視化への期待

3. 高度な科学技術を社会に還元する-誰一人取り残さないために-

デジタル技術を使うことで、サービスの向上につなげることにも期待したい。例えば、相談支援は、医療者にとって、専門外であり、対応が難しいものである。コミュニケーションスキルトレーニングなどを一生懸命実施しているが、チャットGPT機能を使用してみたら、意外とよかったという結果も出てきている。働き方改革含め、考えてゆかなければならない点であると思っている。相談支援の中の一つ、アピアランス(見た目が変化すること)などに対し、患者さんがどう行動していったのかを行動経済学の考え方で、セグメント別に特徴を分析すると、課題が複層化していてデジタルだけでは解決が難しい、人手が必要という人たちは2~3割、7割はアプリ等デジタル技術の中で解決できていけるのではないかという仮説も導き出されている。こうした仮説を実装化していく研究も必要であろう。(図6)

図6 行動経済学を取り入れた情報伝達のイメージ

デジタル技術が、臨床現場に入ることを患者として大歓迎したいが、気がかりなのは費用である。診療報酬内でやっていくということになると、私たちもお金を払っていく(3割内で自己負担していく)ということになる。どれだけ患者の期待に応じたサービス提供になるのか、そして、こういうことが実現できるということ(事実)を、もっともっと社会に出していくことが重要であると思う。また、日本では自分が所属するコミュニティへの貢献意識が低いと思われる。自分の病気の情報を提供することで自分の所属するコミュニティさらには、日本全体が良くなっていくことの啓発が必要である。

講演3:英国の価値評価からみた医薬品のもたらす多様な価値について
三浦 佑樹主任研究員

医薬品には多様な価値があるが、評価制度の枠組みに応じて、評価される価値要素の範囲は異なっている。これらのうち、日本で行われている費用対効果評価制度は、主にCost/QALYで測定できるものを評価対象として行われている。これは、費用対効果制度自体が、薬価制度を補完する目的で一部の財政影響の大きなもの等を対象とし、加算部分の価格調整をすることを目的に行われている。一方で、英国NICE(National Institute for Health and Care Excellence:国立保健医療研究所)の医療技術評価(Health Technology Assessment:HTA)は、医薬品の保険償還の可否の意思決定に用いられていることもあり、費用対効果評価以外の様々な要素を総合的に評価している。英国NICEの評価ガイダンスのうち、特にこれらの評価が見られやすい希少疾病を対象としたガイダンスであるHST(Highly specialized technologies)の評価事例を報告した。HSTの評価事例では、Cost/QALYでは捉えきれない要素として償還可否の判断に考慮された要素を表1の通り紹介した。

表1 HST12~21の評価結果

調査対象は、いずれも「推奨」となり、「イノベーションの大きさ」、「介護負荷」等が価値として評価されていることを紹介した。続けて、「イノベーションの大きさ」、「介護負荷」に関して個別にどのような要素が考慮されたか紹介した(表2)。

表2 HSTの個別評価事例の一部(特に質的な考慮が見られた事例)

アンメットニーズの高い疾患に対する治療薬や、不可測費用(心理的影響など)は、ICERに反映されにくい側面もあり、意思決定に考慮がなされていた。

NICEの事例のように医薬品の多様な価値の議論をする上で、Cost/QALYでは捉えられない効用値や制度で評価しきれない価値も医薬品の価値として議論する上で重要な要素ではないかと考える。しかしながら、すべての価値を漏れなく評価することは測定可否(測定に向いた指標であるかどうか、すべての製品が一様に測定できるか等)の観点で難しく、「価値と認識された要素」を様々な立場の方に「説明できること」と「納得感」を得ることは今後の価値評価の議論を進める上で重要であると考える。

講演4:アカデミアからみた医薬品・DTxの多様な価値とは?
横浜市立大学医学部 公衆衛生学教室 准教授、東京大学大学院薬学系研究科 医薬政策学 客員准教授 五十嵐 中氏

三浦主任研究員の講演内容に触れ、英国と日本の事例は異なるという議論において、測れないものは、加算すべきではないのか、と問題提起した。既にある薬価制度の有用性加算率を例に、質的に評価しないといけないことを、疑似的に定量化して組み込む日本の現状の仕組みを紹介した。様々な評価基準や測定方法があると、測定することに目が行きがちであるが、測れなければ価値ではないというのは似て非なる話であるため、注意を払う必要がある。具体的に定量化になじまない要素を紹介し(図7)、定量化ができるかどうかと価値があるかどうかは別問題であると述べた。すべてを定量化しなければいけないかといえば決してそうではない。

図7 定量化不可能≠価格への反映不可能?

加えて、英国の制度を紹介した(表3)。英国の事例も調査やGDPに合わせてこれらの指標を設定したかというとそうではなく、図7のような要素も質的に大事にしなければという考え方から数値化の仕組みを作った。この考え方のプロセスはとても大事で、これを見誤ると測れなかったものは、要らないものかという方向にいく可能性がある。

表3 英国NICEのさまざまな「敗者復活」ルール

ISPOR(International Society for Pharmacoeconomicsand Outcomes Research)のValue flower(図8)の「疾患の重篤度」について触れ、どの介入を優先すべきか3つの事例をもとに実施したアンケートを紹介した。詳細は割愛するが、Cost/QALYを計算したとしても、どの介入を選択するかによってQALYそのものが揺れ動く可能性がある。分析を行うことで最終的な結論が出たと思いがちであるが、たとえばどの疾患が優先されるのかという議論は、価値評価の際に進めなければいけない議論である。

図8 さまざまな「価値」

従来は医療が大切であるため、資源がなければ増やすという議論ができたが、現在は医療資源を増やすことで他にしわ寄せがくることを国民が認識し、また実感した。現在は、価値に基づいた価格設定の議論をするのに、非常に貴重な機会である。

続けて、実際に行った医薬品や医療機器の価値評価事例を紹介した。その中で、企業にとって期待値の高いプロダクトは、十二分に臨床試験の計画をたてられるケースや、類似の研究でモデル構築済かつ詳細な臨床研究データを入手可能であったケースなど幸運にも評価ができた事例はあるものの、すべてのプロダクトで同じように定量化することが可能であるかと問題提起した。

定性部分をどう評価に含めるのか、時間やお金のリソースが限られている中でできるかどうかという観点と、定性部分をいかに量に変換していくかが大事である。(表4)

表4 定量化「以外」部分をどう評価する?

講演5:デジタルセラピューティクス(DTx)がもたらす多様な価値
辻井 惇也主任研究員

DTxがもたらす多様な価値について、具体事例を交えながら、詳細を提示した。

DTxの価値をその享受者の観点から、「患者さんが直接感じる価値」である「医療的価値」と「患者さんの周囲に波及する価値」である「社会的価値」の2つに大別した(図9)。医療的価値は、さらに有効性・安全性に基づく「治療的価値」、治療過程の最適化を通じ、治療を支援する「支援的価値」に分類できる。

図9 DTxがもたらす価値の全体像

治療的価値は、標準治療(医薬品を含む)との併用有無に関わらず、DTxそのものが発揮する治療効果に基づく価値である(図10)。例えば、不眠症治療に用いられるSleepioでは、対面の認知行動療法を受けることが困難な患者さんに対し、インターネットベースの治療を、小児ADHDの治療に用いられるEndeavorRxでは、脳の前頭前野を活性化するゲームベースの治療を提供する。このように、DTxは新たな治療モダリティの一つとして、患者さんに治療効果をもたらすと言える。

他方、「支援的価値」は、日常からの連続データの取得やデジタル技術を活用した治療介入等のDTxの特性を活かし、治療効果の向上または治療機会と自己管理能力の拡大に寄与する価値であり、「DTx特有の価値」とも捉えることが可能と考える。

前者の治療効果の向上に寄与する価値は、患者さんの意識・行動の変容や症状変化の管理等により、標準治療が持つ治療効果を強化または上乗せする価値である。一例として、うつ病治療に用いられるedupression.comやアルコール依存症治療に用いられるvorvidaは、患者さんのヘルスリテラシーや自己効力感の向上により、積極的な治療参画や確実な奏功をもたらす。また、心不全の症状管理等を支援するProHerzは、ガイドラインや認知された治療基準と整合した治療の提供や日常モニタリングによる治療の空白期間への介入を通じ、個人に合った適切な治療提供、早期介入による重症化防止等に寄与する。このように、DTxには標準治療が元来有する治療効果を向上させる価値があると言える。

後者の治療機会と自己管理能力の拡大に寄与する価値は、患者さんに対して適切な治療アクセスや治療関連の負担軽減、良好な治療経過をもたらす。前述のSleepioや全般性不安障害等の治療に用いられるDaylightでは、妊婦や医師との対話を拒む方等、治療アクセスが限られていた患者さんに対し、新たな治療選択肢を提供する。また、edupression.comやvorvidaは、患者さんのヘルスリテラシーや自己効力感の向上を通じた再発予防を利用目的の一つとしており、予後の健康維持にも寄与すると言える。

以上を踏まえると、DTxは、患者さんがより早く治療を開始し、より効果的な治療を受け、より長く健康でいるための価値を提供していると言えるのではないだろうか。

図10 DTxの価値:医療的価値

ただし、DTxがもたらす多様な価値を適切に捉えるためには、患者さんが直接感じる価値のみならず、患者さんの周囲に波及する価値である社会的価値も含め、多面的に検討していくことが不可欠と考える。例えば、家族視点では、過敏性腸症候群の症状管理等を通じた患者さんの生産性(仕事、学業、日常生活等)向上や小児糖尿病に対する連続血糖モニタリングを通じた介護負担の軽減は社会全体の生産性向上につながると言える(図11)。また、医療従事者視点では、認知行動療法に対するセラピストの対応時間の短縮や、糖尿病における投薬量の管理を通じた他業務の時間確保といった医療資源の効率化が考えられる。保険者視点では、DTxの介入による診察・投薬の削減や医療従事者との健康状態の共有による入院リスクの減少を通じた医療コストの適正化が挙げられる。医薬品においても、「社会波及価値」について言及されたが、DTxも同様に、患者さんの健康回復の過程に伴い社会にもたらされる価値があると考える。

図11 DTxの価値:社会的価値

DTxの多様な価値の議論をさらに進めていくため、産業側にまず求められることは、患者さんをはじめとする価値の享受者にDTxの多様な価値を具体的に整理・提示し、多様な価値の重要性への共通理解を醸成することではないだろうか。

講演6:DTxが拓く医療の未来
株式会社MICIN 代表取締役CEO 原 聖吾氏

DTx(例えば、治療用アプリ)はソフトウェアの特性を持ちつつ、医薬品のような治療効果も有する製品であり、製品単独の効果のみならず、「デジタルエコシステム」としての価値を持つ(図12)。「デジタルエコシステム」は「エビデンスの蓄積」、「デジタルバイオマーカの活用・創造」、「患者・医療者接点」、「介入の最適化」の4つの要素からなる価値である。

図12 DTxの価値:デジタルエコシステム

DTxはデジタル技術を活用しているがゆえ、リアルタイムでエビデンスが蓄積され、さらにそれらを活かしたデジタルバイオマーカの活用・創造により、患者さん毎により最適な治療をもたらす。加えて、DTxは患者・医療者の接点として活用されるとともに、介入の最適化への寄与も期待される。医薬品やハードの医療機器も長い時間をかけ、同様のループを回していくことがあろうが、DTxは非常に速いサイクルでこれらの価値を創造していく点で、特徴的と言える。さらに、DTxは医薬品の価値を相乗的に高めるポテンシャルを有するとも言えるであろう。ダイナミックに時間軸をもってDTxの価値を考えた場合、特有の価値として「デジタルエコシステム」の価値があるのではないか。

「デジタルエコシステム」の価値を体現するため、株式会社MICINでは、周術期ケアアプリであるMedBridgeシリーズやスマートフォンを使用して患者さんの呼吸音を取得する生体音測定アプリBSA-01等のDTx製品の開発を進めている。

しかしながら、DTx普及に向けてはいくつかの課題も存在する。ここでは、「制度の整備」、「技術・環境の整備」、「医師・患者の受け入れ」の3つを挙げる。

「制度の整備」については、2020年10月の規制改革推進会議でプログラム医療機器(SaMD)が初めて議題として扱われたのを皮切りに、中央社会保険医療協議会保険医療材料等専門組織下へのSaMDワーキンググループの設置や「プログラム医療機器の特性を踏まえた適切かつ迅速な承認及び開発のためのガイダンス」の公表等、薬事承認制度をはじめとした制度議論が加速している。ただし、保険上の評価(価値)の軸については未だ不透明な部分もあり、継続的な議論が求められる。

一方、「医師・患者の受け入れ」について、株式会社MICINが行った医師向けアンケート調査では、実際の診療に活用した経験のある医師は9.4%に留まり、DTx普及の面で課題が見られた(図13)。ただし、治療用アプリの活用に興味のある医師は約半数おり、特に勤務医で比較的前向きな回答が認められた。興味がない理由としては、対象となる患者さんを診察していないことが最多であった。アンケート時に利用可能なDTxは2製品のみであり、裏を返せば、制度の整備や医師・患者の受け入れのみならず、事業者による「技術・環境の整備」が引き続き重要と言えよう。

図13 医師のDTxの受け入れ

4. セッション② 全体ディスカッション、医薬品やDTxの多様な価値及びその評価について

ここでは、全体ディスカッションでの議論の内容について紹介する。

トピックス1:多様な価値の整理について

Q. 医薬品/DTxの価値について、どのような観点や認識の広がりが重要か?

五十嵐氏からは、まずwell-beingとQOLの概念の近さと、測定に際しての統合・代替リスクについて示された。英国の評価では、QOL概念におさまらないメリットと、QOL概念の内側には入るがEQ-5D等では測り切れない要素の2つに区分しており、測れないものは価値ではないといったような議論になる恐れがあることを言及された。何かを測る尺度を標準化すると、いつの間にかその尺度で測れないものは入れなくてもよいとされ得る危険性があることを指摘された。

QOLの概念と重なるwell-beingの話が盛り上がると、QOL値で測れるのではないかという点や、質問票でこれら概念の担保ができるだろうといったように一部では検討が進んでいる。尺度ができれば、ある要素の全てが測りきれるという考えは幻想であり、議論が盛り上がってきたからこそ注意しなければならない点であると意見が挙げられた。加えて、well-beingで測り切れない要素は何があるのか、全て量的評価ができるのかといったようなことは、新しい尺度であるがゆえに注意しなければならないと述べられた。

桜井氏からは、一例として精神疾患領域では、専門医の不足や相性により患者さんが満足する治療が受けられない場合があるという、治療アクセスへの課題が挙げられた。DTxの活用の拡がりにより、個人に合った適切な治療が受けられる、社会にカミングアウトせずに治療に参加できるといった新たな喜びが期待される。このような当事者である患者・市民がDTx開発に参画し、DTxの良さを可視化していくことが重要であると述べられた。

また、原氏からは、2つの観点で見解を述べられた。一点は、「治療以外の価値をいかに可視化するか」である。デジタルに強い医師によると、投薬治療に入る前や医薬品を追加する前の患者さんで、DTxの受け入れが強くなる傾向があるとの意見があった。このタイミングの患者さんにとっては、何かしらDTxの価値を感じていると想像できるが、このような現状では見えない価値を可視化していくことが必要と述べられた。もう一点は、「デジタルエコシステムの価値を患者さんに実感ベースで伝えること」である。例えば、DTx製品の利用の拡がりは、DTx製品の進化や治療効果の高い患者群の理解等につながることが期待されるが、このような事例を蓄積し、デジタルエコシステムが素早く実現される価値を患者さんに理解してもらうことが重要であると示された。

Q. 日本における医薬品/DTxの価値認識の現状について

五十嵐氏から、表側と裏側に分けた形で紹介され、表側の部分として、より価値を反映した新しいシステムの話をするのではなく実例をもとに検証するという点が示された。過去に発売された医薬品のその時点でのエビデンスを顕在化した部分のみを数値化するか試算した結果、抗がん剤は9割引という結果が出た。一方で、C型肝炎の事例は、様々な要因が重なり、うまく言った事例であり、他の医薬品も同様に検証できるとは言えない。検証が難しい事例も含めて評価をするのであれば、ある程度は質的部分も入れた評価が必要と考えると述べられた。

裏側の部分として、製薬企業は足並みを揃えて価値に基づいた値付けを提唱する姿勢があるのかという点が示された。ようやく価値の議論がきちんとできるようになってきた中で、全てのものがプラスに評価されるというのは現実的ではないが、プラスもあればマイナスもあり、かつ今まで構築してきた値頃感の知識が場合によっては無に帰す可能性があることを許容できるかどうかが、価値の議論を本気で進めることができるかのポイントになると述べられた。

次に、桜井氏からは、予防の価値について触れられた。医薬品を含め、現在の議論は「発症後」からスタートしており、予防は議論の俎上にすら載っていないと所感を示された。デジタルの視点で見た場合、未病の方の健康増進や重症化予防に対する価値も考えられるが、その議論や見える化はまだできていないと指摘された。海外では、医療へのアクセス性が日本よりも悪いため、自己の健康や症状の管理を目的としたアプリの利用が進んでいる。デジタルには、発症前の介入を期待しており、製薬産業以外にも保険産業など、保険外も含めた幅広い支援が必要であろうとのコメントがなされた。

原氏からは、アウトカムに基づくリソース配分について、改善の余地があるとの考えが示された。まず、(診療報酬の)点数の付け方に対する議論では、当局と企業側の阿吽の呼吸により、目指す価格に向けてロジックを構築していくような面があると感じているが、そうした面は見えにくい。リソース配分の議論が、ステークホルダーの利害関係調整によりなされるといった建付けが多く、アウトカムに基づく議論が十分になされていないのではないかとの問題を提起された。現状では、上記のような既存の仕組みが成り立ってしまっている難しさがあると感じており、価値に基づきリソース配分されていくような世界になると良いとの見解が示された。

トピックス2:価値の評価について

Q. 患者さん/国民の声を価値評価に反映することへの日本と海外の違いは?

桜井氏からは、海外での事例として、後発品やバイオシミラーを実装化する際に患者さんにとっての価値を反映することがあると共有された。また、海外も含めた今後への期待として、データ活用によるプラセボのない治験の実現や、連続したデータの可視化、量(生存期間)も含めたQOL評価の実現、治療と治療の間の評価により顕在化していた価値がみられる可能性が述べられた。

Q. 2023年6月に厚労省より出された「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会報告書」への受け止めについて

桜井氏からは、有識者検討会では、ドラッグラグ・ロス問題解決に向けて、患者団体として議論に参画し、生の声を届けることができたことに触れられ、意見が文言として報告書に盛り込まれたことに対し、驚きと感謝の意が述べられた。

Q. DTx開発の多くは資金的に制約があるスタートアップ企業が担っていることが多いが、多様な価値を証明するためのエビデンスを取得することに対し、どのような課題や必要な支援があるか?

原氏からは、DTxが(保険償還で)どの程度評価されるかという予見可能性が乏しいことが開発を進める上で難しい点であると指摘された。新しい領域であるため、ある程度のリスクを許容しながら開発を進めているが、評価の可能性をもう少し見えやすくすることが重要と感じる。そのような観点で、様々な価値の切り口が予見可能性の議論の軸になると考えており、評価される価値が明確になることで、開発者がどのようにその価値を証明するかという戦略も立てやすくなると主張された。ただし、単純に高い点数をつけてほしいというわけではなく、評価軸を明確化していくことが目的であり、これまでのやり方とコンフリクトする部分に対し、どう整理していくかが重要と付け加えられた。

また、五十嵐氏からは、患者さんの手元にあるDTx独自の強みとして、市販後のリアルワールドエビデンスを収集できる点があると指摘された。特に、評価される項目(価値)や評価軸が明確でない場合、DTxでは収集済みのデータからエビデンスを構築することができることが大きな強みである。加えて、結果の患者さんへのフィードバックについて、DTxは個別具体的に患者さんに結果を返還できるツールである点も見逃せないとの意見もあった。承認時点で全てを証明することは不可能であり、価値に基づく値付けをするということは、究極的には承認後のエビデンスに基づき、プラスにもマイナスにも再評価することである。それを最も安価に達成できるのがDTxであると述べられた。

加えて、桜井氏からは、患者視点の意見として、例えば、デジタルを用いて抗がん剤による外見変化をグラフィックで予測(可視化)することができるのではないかとの意見があった。さらに、このデータを医学部での教育の方にもフィードバックできる可能性も述べられた。一方、一つ一つの開発者が個々に取り組むだけでなく、国策として患者さんのデータを一つに集約することが必要であり、これによりペイシェントジャーニーの様々な時点でデータを利用しやすくなるのではないかとの問題提起があった。

トピックス3:国民に多様な価値を知ってもらうためには?

Q. 国民の価値の認識をより高めるための産業側からアプローチについて

吉田主任研究員は、医薬品に多様な価値があること、特に社会波及価値があることを、製薬企業が主体的に、具体化し、国民にしっかりと示していく必要があると述べた。社会波及価値(特に、生産性、社会復帰・復職、介護負担の軽減)を重視する集団は労働や家事に多忙な世代で、かつ何らかの疾患がある集団であることが示唆されたことより、疾患を持ちながらも、治療しながら労働(家事)ができる、労働(家事)に戻れる、また、介護の負担が軽減できるといった、社会波及価値が医薬品にあることを、特に労働(家事)世代(国民)に対し、具体的に示し、届けていくのも、一案であるとした。

また、三浦主任研究員は、多様な価値の整理のパートで出てきたまだ見えていない価値をどう見える化をするのかが重要だと述べた。治療をしている患者さんや患者団体の方に、今までできなかったことが出来るようになった経験等を聴取する機会を設け、患者さんと接する医師へこれらの情報をフィードバックするようなアプローチが、患者さんに多様な価値を知ってもらうためのアプローチになるとした。

最後に、辻井主任研究員は、DTxでのアプローチについて、「医師等を介した間接的な啓発」、「直接的な啓発」の2つを挙げた。前者では、DTxにどのような価値があるかを、医師等へエビデンスをもって提示することが重要である。一方、後者では、患者さんの視点から、専門的な言葉で言われても理解が難しいという問題があると述べた。例えば、製薬協では今春、国民向けの健康医療データ活用に関する啓発冊子を作成し、公開しているが1)、医療ヘルスケアに対するDTxの貢献やDTxがもたらす多様な価値等についても、できる限り平易な言葉や分かりやすい表現を用いて直接国民に届けるアプローチが重要であるとした。

Q. 医師自身へ価値を認識してもらうあるいは、患者さんに価値を知ってもらうための方策について

原氏からは、治療効果や有用性を医師が感じること、どういうユースケースで有効なのかを見つけて展開していくことが重要であり、医師同士のコミュニティ等、様々な広がりがそのきっかけになるとの意見があった。

Q. 10年前との国民の認識の変化並びに製薬産業とアカデミアの価値の認識を高めていくためのアクションについて

五十嵐氏から、世の中の価値の見方が変わったというよりも、当時と今とでは説明をするステークホルダーが変わったことが挙げられた。当時は、中医協のメンバーを対象とした説明であったが、現在では国民に説明をし、納得してもらわないといけないという変化があると述べられた。当時のように何の疑問もなく、医薬品が処方される時代から、様々な手を使って(資源を)分けてもらうよう工夫して優先順位付けをしなければならず、今までより説得する相手が増えたからこそより平易な言葉で説明しなければいけなくなったと述べられた。

Q. 患者さんにとって医薬品・DTx、医療そのものの認識がどのようにかわってきたか、また、認識を高めていくために産業界と患者さんで取り組んでいけることや課題等について

桜井氏からは、医薬品の処方や服用が、どこか他人事(受け身)であった過去に比べ、今は、例えば、かつては病状が厳しかったような患者さんも社会復帰ができるといった、より幅広い薬の効能や価値を感じられるようになったと、所感を述べられた。また、こうした価値や評価の議論は、医薬品・DTxに共通して、患者団体も含め、製薬産業などステークホルダー皆が、継続して議論いくことの重要性が述べられ、締めくくられた。

5.おわりに

本フォーラムでは多くの方に聴講を頂き、会場とWeb配信を合わせて500名強に参加頂いた。会の終了後に実施したアンケートを集計し、医薬品・DTxともに多様な価値への理解が深まった、やや深まったという意見が大半(86%、89%)を占めた結果となった。(図14)

図14 「“ 医薬品”、“DTx”の多様な価値について自身の理解が深まったか?」の回答結果(N =65)

またアンケートの価値に対する自由記載欄では、以下のようなコメントが寄せられた。(一部抜粋)

  • ステークホルダーに広く価値が多様であるように価値観も多様であり、万人に受け入れられる単一の価値尺度は存在せず難しい。
  • 今後、普及が想定されるDTxの価値課題、位置付け、医薬品とのすみわけ、医師、患者のそれぞれのニーズなど色々な視点で大変参考になった。
  • 価値は時代、環境、文化により変化するものと考えるため、持続的活動と共有をお願いしたい。

本フォーラムの議論を通じて、著者らが得られた示唆を述べる。医薬品の価値や評価といった議論は、本フォーラムであった通りまだ十分とは言えず、医薬品産業としてより可視化、平易化に努め、患者さんや国民目線でリテラシーを深め、あるいは医師・薬剤師といった医療関係者も含め、事例を交えながら価値を示していく必要性を感じた。

DTxも同様に、実感していても可視化に至っていないものに対し、具体的なエビデンスを積み上げ、価値を実証していくことが重要であり、さらに、予見可能性といった評価軸の提示を産業側が積極的に行い、議論を前進させるべきと考えられる。

これらは、従前も議論されてきたが、本フォーラムを通じ、特に議論に興味・参画するステークホルダーが増えてきていると実感できた。中央社会保険医療協議会(中医協)や厚労省主導の様々な検討会が立ち上がっている今こそ、評価手法などを駆使して、訴求力のあるデータをもって説明していく必要が増したと感じている。これら、本フォーラムで得た示唆は、今後の政策研の調査研究にも活かしていく所存である。

最後に、本フォーラム開催にあたり、ご尽力・ご協力いただいた演者ならびに関係者、そしてご参加いただいた全ての方に、改めて御礼申し上げる。

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